休息
ドルエン国。
レンガ造りの建物が規則正しく並び、街中のバザールは買物客で賑わっている。アゼル一行は、目移りしながらも宿を目指して喧騒の街を歩いていた。
「ねぇアゼル、ここのこと知ってるの?」
初めて訪れたはずの国にもかかわらず、迷うことなく道案内をするアゼルを不審に思ったディオは、彼に尋ねた。アゼルは「あぁ、ちょっとの」と言葉を濁す。
「ドルエンか。あまりここの人間は信用できん」
ヴォールクはフードを深く被って、小さく呟いた。
「まぁ皆がおぬしの牙を狙うわけではあるまい。安心せい」
「ねー、何の話なの?」
「……お前には関係ない」
二人の会話に全くついていけないディオは、不機嫌そうな顔をして腕を組んだ。
「なんか隠してるよね。アゼルって」
その表情は明らかに訝しがっている。まだ会って少ししか経っていないから当然の事であろう。気まずい空気の中、バザールの呼びかけの声が威勢よく響き渡る。
「疑り深い臆病者は早死にするぞ」
「ひえっ」
アゼルは冗談交じりに言ったつもりだが、ディオは心底怯えたような表情をした。
◇◆◇
「ここが宿じゃ」
そこは、酒場と一体化した大きくて立派な宿だった。アゼル一行は宿泊の手続きをするために、カウンターへと向かう。
「宿泊代はいくらじゃ」
「お一人様200シルバーとなっております」
きょとんとするヴォールクとディオ。
「シルバー? 僕、600ゴールドしか持ってないよ」
「1600ゴールドじゃないのか……」
ヴォールクが呆れたように言う。ディオは「そんなに持ってるわけないじゃない」と、当然そうに笑った。あの時の賭けは、全てはったりだったのだ。ある意味使徒として選ばれなければ、こどもじみた発想のまま、どこかで死んでいたかもしれない。心の中でそう思うアゼル。
そんな中、会話を聞いていた受付係が、顔色を変えてアゼル一行に詰め寄った。
「あの、お客様。お手持ちのゴールドでも宿泊できますが」
「え、そうなの」
「はい。ちょうど600ゴールドになります」
アゼル一行は代金を支払って、3人用の相部屋を借りることが出来た。酒場と一体化しているだけあって、下の音ががやがや聴こえてくる造りだった。
夜。
空は黒く染まり、鼈甲飴のような満月が煌々と輝いていた。
「ねぇアゼル。どうしてイミタシオンは僕を使徒にしたの」
「ある意味、ワシの願いでもあるからかのぅ……」
「答えになってないよ」
ディオは腕を組んでそっぽを向いた。ヴォールクは窓辺越しに月を見ている。
「どこの月も変わらず綺麗だ……だが、同じ月を見ているはずの人の心は醜い」
ヴォールクが呟くと、ディオは怪訝な顔で彼に「それじゃまるで僕も悪い奴みたいじゃない」と言い返した。それに対してヴォールクは気まずそうに「すまん」と謝った。
「そのフード、部屋では不要じゃろ。脱いだらどうじゃ」
アゼルが言うと、ヴォールクは「それもそうだな」と返し、フードを脱いだ。すると、長く束ねられた白い髪がするりと姿を現した。
「その髪、人狼では流行ってるの」
ディオが聞くと、ヴォールクは少し俯いて「戒めだ」と呟き、彼に過去の出来事を話した。
「もう死にかけている人間がいても絶対に助けない。そして見返りも求めない。この髪はその証だ」
「それじゃ、僕が死にかけてても助けてくれないんだ」
「あぁ。お前もカネにがめついからな」
「ひどいや」
ディオが冗談交じりに笑う。だが、ヴォールクが笑うことは無かった。彼は腕を組んで再び窓際の景色を眺めていた。今度は街の風景を。
「……あの娘は何をしている」
閑散とした街を眺めていたヴォールクが不思議そうに言う。二人が窓を見やると、黒髪が肩まで伸びた小柄な少女が、街中を歩いている姿があった。何かを探しているようだ。
「見てあの服、きっとお金持ちだよ」
ディオはうっすらと見えたドレスのようなスカートを見て嬉しそうに言った。
「あまり人の内情に関わらん方がよいぞ」
「……アゼルはイミタシオンと一緒に僕の記憶を盗み見たじゃない」
そういわれると、そうだ。アゼルは少し困った顔で「誰にも言わんからの」と彼の耳元で囁いた。
「使徒を探すのは明日にして、今日はもう寝ないか」
「そうじゃの。時間は有限じゃが、休息も必要じゃ」
「じゃあ、お休み」
三人は各々の床について灯りを消した。