世渡り上手な少年
ティアマト共和国の首都、カラカラ。砂埃が舞い、地面はひび割れている。アゼルたちはしばらくあたりを散策していた。すると、数人の男に声をかけられる。彼らはみな、大柄で厳つく、手に銃を持っている。
「おまえら、よその者だな。何ゴールド持っている。よこせ」
「強盗か。あいにくワシのような醜い老人らに金はないぞ」
「そうか、なら用は無い」
男たちは銃を構えた。撃つ気だ。すると路地裏から、ひょこっと鶯色の髪をした少年が現れ、「やぁ」と一声かけてきた。なかなか良い身なりをしている。顔立ちもよく好青年といった感じだ。
「おじさんたち、僕と賭けをしようよ」
「賭けだと?」
男たちは顔を見合わせ銃をおろす。金を持っていそうな相手。しかも少年とあれば、いくらでも欺けると思い、男たちは賭けにのった。
「このコインの表が出るか裏が出るか。それを当てるだけさ。簡単でしょ」
「ああ。じゃあ、表がでるに600ゴールド」
「じゃあ僕は裏が出るに1000ゴールド」
パッと挙げられた手にちらりと見える指輪。男たちはニヤリとした。確実に少年は金を持っている。賭けに負けても殺して奪い取れば良い。そう思っていた。
しかし、少年の袋に男たちが賭け金を入れると、彼はすばやく路地裏へと走り去ってしまった。一瞬のことだった。
「ありがとー、おバカさんたち!」
「あのやろう! 騙しやがったな」
男たちは路地裏に目掛けて銃を撃つが、少年はもう走り去った後だった。壁には複数の穴があいている。
「まんまとやられたのぅ。それで、ワシたちはどうなるんじゃ」
アゼルが言うと、男たちは銃口を彼らに向けた。
「うっぷん晴らしだ。死ね」
「そうか……じゃが、そうはいかんのじゃ」
呪文を唱える。すると、火の玉が男たちの衣服に燃え移った。男たちは焦りだす。「服を脱げ!」と叫びながら、彼らはアゼルたちの側から離れた。
「今のは何だ、変な言葉と火の粉が出たぞ」
ヴォールクが小さな声で言う。出来るだけ人に気付かれたくないのだろう。アゼルは魔法の説明をした後、それでも理解できないでいる彼に、「仕方あるまい」と言って、軽くため息をついた。
「それにしても、さっきのあのこども。気になるな」
ヴォールクが口元に手を添えて考えるような仕草をした。
「どうしたのじゃ」
「……微かに血のにおいがした」
それを聞いてアゼルは、何となく勘が働いた。
「あの少年、使徒になり得るかもしれん」
「まさか」
冗談交じりに笑うヴォールクと対照的に、アゼルは彼を探そうと決めた。物資の少ない国で、あの身なり。そして血のにおいのする少年……確かに不自然だ。何か”負の言葉”があるかもしれない。
「その優れた嗅覚で、あの少年の居場所はわからんかの」
アゼルがそういうと、ヴォールクは、本気で探すのかと思いつつも、「ある程度の場所まではわかる」と言った。
少年が逃げた路地裏の先をいくと、細くて小さな隙間があった。ここはヴォールクのような小柄なものにしか通れない。彼がそこを入ろうとすると、少年と鉢合わせになった。その衝撃でヴォールクのフードが半分脱げてしまう。彼の姿を見た少年は小さな銃を向けて腰を抜かした。
「あわわわ、お前、何なんだよ! 近寄るな」
「すまない……驚かせるつもりは無かった。お前は人狼を知らないんだな」
ヴォールクも少年も、時間が経てば次第に警戒心を解くようになった。少年のいる場所は非常に狭く、横になるので精一杯といった感じだ。そこには沢山の服や食料が置いてある。
「これは何だ」
「君達はよそ者だから特別に教えるけど、ここにあるのはみんな殺された人の服や遺品なんだ。それらを貰って生きてるんだよ。中には物好きな旅人が殺されて、良い服が手に入ることもある。今日着てるのがそれさ。指輪もね」
少年は自慢げに服や指輪を見せた。
「人を欺く一番の方法は見た目。それを使い分けなきゃここでは生きていけない。だからいろんな衣装があるのさ」
中には血にまみれた軍服もあった。軍の配給を貰いに行くときに使うのだろうか……。
「それで、僕に何か用でも? 人狼君」
「オレはヴォールク。ある事情で旅をしている。もしかしたらお前の力が必要になるかもしれん」
「は?」
少年は首をかしげた。突然のことで手に持っていた服が手から滑り落ちる。
「隙間の先に同行者がいる。ぜひ会ってくれないか?」
「えー、タダでー」
「……奴はマホウという不思議な力を使える。お前の命を守れる力を持っているぞ。銃や大砲より強い」
「え、本当に!?」
少年は驚いたように眼を輝かせる。さっきまでの大人びた眼ではなく、希望を持ったこどもの眼だ。
「この国から出られるチャンスだ……!」
少年とヴォールクは、さっきの隙間から出て、アゼルと合流することを決めた。