人狼の記憶
白銀の地。樹氷に囲まれた大地は風が強く、アゼルの白い頬を赤く染めた。彼は呪文を唱える。すると、身の回りを暖かくする黄色い光が現れた。これでアズールを探索できる。
しばらく歩いていると、アゼルは厚手のフードを深く被った小柄な男と出会った。
(もしや)
と思い、アゼルは尋ねた。
「お前さん。死を感じたことはあるか」
すると、男はアゼルを見上げて「ある」と言った。少しかすれた低い声。突然の質問にも関わらず、動じることなく答えた目の前のフードの男。チラッと見えたギロリと輝く金の目。
「こんな所に人はおるまい。お主、人狼じゃな」
アゼルがそう言うと、男はフードを少し上げた。ハスキー犬の様な顔立ちで、口元には立派な牙がある。指も人間同様5本あるが、鋭い爪がちらりと見えた。これは人狼と呼ばれる種族に見られる特徴だ。
「オレはヴォールク。そのふざけた耳は何だ。人間のものとは違う」
「これは、エルフという種族の特徴じゃよ。とっくの昔に滅んだがの」
アゼルの「滅んだ」という言葉に、ヴォールクの牙が小刻みに震える。
「……エルフの耳もカネになったから殺されたのか?」
ヴォールクが何処か恨めしそうに小さな自分の右手を見る。そしてグッと強く握った。並々ならない感情が見えたとき、鬼と思われる異形の者が突然彼らの前に現れた。欠けた月のような角と、ごうごうとした雲のような髪に十字の体のシルエットをした影である。表情は伺えない。
「キサマ、何者だ!」
ヴォールクが牙をむいてグルルと唸った。すると鬼は、
「感情移入」
とだけ唱えて、ヴォールクの体の中に溶け込むように入り込んだ――
◇◆◇
――人狼の村。
牛の頭をかち割るように、仲間が殺されてゆく。奴らの目的は「人狼の牙」だ。小柄な人狼にとって、人間は恐ろしい殺戮者だった。とてもじゃないが、抵抗は出来ない。ヴォールクは逃げながら思った、何故殺されなければならないのかを。
すると、小さな声で人間が言った。「コイツらは金になる」と。
「カネ?」
ヴォールクはお金の存在を知らなかった。食べ物は皆で分け与え、困った者がいれば助ける。それが当たり前だと思い、彼は一人の人間を助けたのだ。しかし、それが仇となった。助けた人間はドルエンの密猟者で、仲間を呼んで人狼の村を襲ったのである。
それを知ったとき、ヴォールクは失望した。同時に、人間に対する”恨み”も生まれた。
「いつか、覚えていろ。人間め」
ヴォールクは口をかみ締めて吹雪く夜空に遠吠えをした。満月の夜だった。
◇◆◇
「……今のは」
「お前の記憶と負の感情だ」
鬼はヴォールクにそう言った。抑揚の無い低い声だった。
「”恨み”でいいんじゃな、イミタシオンよ」
アゼルは鬼にそう言う。イミタシオンとは、彼が鬼を「偽者」の月のようだとして名付けた。一種の皮肉だ。鬼は続けて言う。
「”恨み”……。前にも聞いたが、今度はうまくいくのか」
「わからん。使徒によるじゃろうな」
「ならば、次の使徒を見つけよ。アゼルよ」
鬼はそう言うと、地面の中に吸い込まれるように消えていった。
「オレの”恨み”が何だ。お前たちは何が目的なんだ」
「後にわかる。たった今から、お主の力が必要になった。ともに来てくれないか」
「唐突に言われても何のことだか……」
アゼルは戸惑うヴォールクに「手を太陽にかざせ」と言う。
「何か企み事を考えているなら、その場で食って殺すぞ」
疑いながらも手を掲げた。彼の右手にU字型の月の紋章が現れる。驚いたのかヴォールクは、グルっと息を一度鳴らす。
「この紋章を持つものは、鬼に選ばれた使徒。ワシもその一人じゃよ。選ばれたものには何か”負の言葉”がある。それを鬼は5人分捜しておるのじゃ」
「オレに手伝えと? それをしてオレたちはどうなる」
「鬼の悲願を成し遂げれば、その代わりに使徒たちの願いがひとつ叶うのじゃ」
「願い……」
「ついて来るか」
ヴォールクはしばらく考え、小さく頷いた。
「村が襲われて15年。生きる意味も見つけられずにアズールを彷徨って一人で生きてきた。鬼の悲願とは何だか知らないが、お前のような老人なら裏切りもしないだろう。オレもオレの願いを叶えたい」
こうして、ヴォールクはアゼルと共に旅をすることになった。
「では、手をワシの上に重ねてくれ」
「わかった」
すると、二人の手の甲の紋章が作用し、ティアマト共和国の方に一筋の光が指した。
「行くぞ」
アゼルはワープの魔法を使って、光の先へと向かった。