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正の言葉

 暗闇の中。アゼルたちは延々と繰り返される悪夢にうなされていた。ヴォールクは人間に追いかけられる幻覚。ディオは目の前の男にナイフを突きつけられている場面。シズメは姉が次第に壊れていく様子。レウィシアはアレンダが処刑される瞬間を。


「やめろ、今の僕には銃があるんだぞ!」


 ディオが小銃を取り出し、男に向かってそれを構える。すると男は、「撃てるのか」とほくそ笑んだ。そしてディオナの首をぐっと締め付ける。「苦しい!」という声が彼の耳に響く。それに動揺したディオは、男の足に目掛けて一発、発砲した。


「――痛いっ!」


 それは男ではなく、シズメの声だった。暗くて何が起こっているのかわからないが、撃ってしまったのは彼女の体のどこかのようだ。ディオは泣き叫ぶシズメの声を聞きながら、彼女とディオナの姿を重ねた。


 「助けたい」けれど「怖い」。


 そんな感情が彼の心の中を行ったり来たりした。


「僕はどうすれば良いんだ! 誰か、誰か教えてよ‼」


 

「……オレが助けなければ村は襲われずにすんだ。オレは誰も助けんぞ」


 ヴォールクは牙をガタガタと震わせながら、何かから隠れるように蹲っている。鍾乳石の雫の音にもグルルと威嚇していた。彼は、幻覚とうつつの間で、苦しんでいるのだ。

 

「まってな、あたしが助けてやるよ……!」


 レウィシアは真っ暗な洞窟の中で”アレンダ”の名を呼んだ。彼女にはシズメの声がアレンダの声に聞こえているのである。


 アゼルは、テスラの呪いによって何もすることができない。魔法で灯りをともすことも、シズメの怪我を癒すことも……何もできない。諦め。彼は震える声で、


「すまぬのう……」


 そう呟いた。


 

(――みんな。ひとつになって――)


 

 突然アゼルたち全員の脳内に、こどものような声が響いた。その声の持ち主は――


「アウル……?」


 シズメが足の痛みをこらえて名を呼ぶと、「そうだよ」と答えた。なんとなく、そうではないかと感じたのだ。そして、一行の幻覚の中に、そのオウムのような愛くるしい姿を見せる。アウルの瞳を見つめていたら、少しだが幻覚は薄れていった。


(ぼくにナマエをくれたみんな。くるしんでる、かなしい)


「もしや! ワシたちに感情移入アインフュールングしたのか」


 アゼルが驚いたように言う。それは、鬼が心の中を覗き込むときに使う妖術であり、行うには相当の魔力を使うものだ。エルフの間では扱えるものも少なくは無いが、化鳥であるアウルに使えるとは思っていなかった。


(みんなのくるしみがみえる。でも”かがやくもの”もみえるよ)


 羽を広げて光を放つアウル。ディオの小銃から光の線がパァッと現れた。それは、洞窟を長いろうそくで灯された様に輝かせる。そして、


 ――この銃で誰かを傷つけたのなら、最後の一発は誰かを助けるために使え――


 という男の声が聞こえた。

 

「……ノエルさん?」


 ディオは思い出す。声の持ち主を。彼はティアマトの首都カラカラへと向かう途中、強盗に襲われていたのを、ノエルという男に助けられた。そのときに小銃を貰ったのである。聞こえてきた声は彼の遺言であった。残った強盗の銃がノエルの左胸を貫いたのである。

 

 その言葉は、彼に”強さ”を与えた。どんな環境でも生き抜いていこう、と。それを思い出したディオは、幻覚から解放され、苦しんでいる仲間の姿を目の当たりにした。


「そうか、”正の言葉”だ……!」


 ”負の言葉”の裏には、必ず隠された裏の言葉がある。そう思ったディオはみんなに語りかけた。


「ヴォールクは僕を助けてくれた”優しさ”をもった人狼だよ!」

 

「シズメちゃんとアンナさんはお互い”羨望”しあってたんだよね!」

 

「レウィシアさんは”真実”と向き合ったじゃない!」

 

 



「逃げてるのはアゼル、君だよ! 君は”孤独”が怖いんだ‼」



 ディオの呼びかけに、アゼルは一歩退いた。アウルはその様子を首をかしげながら、無垢な瞳で見つめている。ディオは洞窟の高い天井に目掛けて残りの一発を発砲した。みんなを助けるために。強く思いをはせて。

 

「響け! みんな、正気に戻るんだ‼」


 銃声は、洞窟の奥深くまでいきわたった。そして、光が消えて、再び洞窟内は真っ暗闇になる。しかし、すぐさま灯りはアゼルの魔法によってついた。一行は頭をおさえながらヨロヨロと立ち上がる。


 シズメの左足からは血がだらりと垂れていた。それをアゼルは魔法で癒す。

 

「逃げていたのはワシ、か。今までの使徒になんと謝ればいいか」


 転がる骸はクリスタルメイデンだけではなかった。こんなくらい洞窟の中で、精神を病み、ずっと餓死するまで自らの負の言葉と戦ってきた者たちが居たのだ。“負の言霊”は、そんな彼らの未練の声だったのかもしれない。

 

「オレは、”優しさ”を捨てられなかった」

 

「僕は生き抜く、”強さ”を貰った」

 

「私はお姉ちゃんへの、”羨望”を忘れない」

 

「あたしは、”真実”から逃げない」


「ワシは、”孤独”を恐れん」


 全員が凛と立ち上がってクリスタルメイデンの“声”に答えるように言うと、五つの言葉が紋章と作用して、六芒星ヘキサグラムが現れた。それは、クリスタルメイデンの、”負の言霊”を浄化し、ただの無害な骸骨にしたのである。


 鬼はそれを見て、「ボクはもう疲れたよ。先生」と、少年混じりの声で言うと、黒いシルエットは、砂塵のように流れ去る。そこから男女二人のエルフが現れた。それは、ニコラとテスラの姿であった。

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