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アゼルの過去

 朝。


 アゼルたちはシズメと合流し、宿を出てレウィシアを探した。噴水の近くでは、グルニエが睨みながら威嚇するように歩いていた。一行は彼を避けるように歩いたが、くしゃみをしたディオのせいで見つかってしまった。

 

「おい、そこの奴ら。止まれ」


 グルニエが近づいてくる。面倒なことになりそうだ。アゼルが呪文を唱えようとすると、レウィシアの声がした。その声に気付いたグルニエは、「ちっ」と舌打ちをしてその場を立ち去った。

 

「大丈夫かい」


 レウィシアはアゼルたちのもとへと駆け寄った。


「何もされとらん」


 と、アゼルが答えると彼女は、ホッとしたように胸に手を当てた。まだ朝が早いこともあって周囲には人の姿はない。


「人のいないうちに……本題に入らなくていいのか」


 ヴォールクがアゼルに呟く。すると、アゼルは少し迷った顔で、レウィシアの前に立った。


「……死を感じたことはあるか」



 それを聞いた瞬間、レウィシアは真剣な顔で、「あなたはアゼルか」と問い返した。一行は驚いた様子で彼女を見やる。話を聞いてみると、いにしえの王、ダンデライオンが残した手記に、変わった耳の醜い老人が「死について聞いてまわる」ことが記されていたらしい。その名が「アゼル」であったということも。

 

「古の王って、何年ぐらい前の人なの?」


 ディオの質問に、レウィシアは「700年ぐらいかな」と答えた。王国が出来て数百年ぐらいの伝奇として王族に伝わっているらしい。それを聞いた一行は、アゼルの方を向いて不思議そうに聞いた。


「一体何者なんだ」


と。


その問いに、アゼルはしばらく考えて、「全てを話そう。お主らには知る権利がある」と切り出した。



 ――1000年前のエルフ村。


 人間に追いやられたエルフたちは、人間の持つ「科学」の力を恐れていた。「いつか世界を滅ぼしてしまうのではないか」と。そして、それを最も警鐘していたのは、“テスラ”という女性だった。彼女には息子のトーマスと夫がいた。


 ある日、トーマスが心の病を負ってしまい、それは魔法でも治せないとわかった。奇怪な妖術にでもかかったのであろうと村八分にされるトーマス。困り果てたテスラは、変わった噂を耳にする。


 それは古代人の書物を詠んで、人間の心や所作を変化させることが出来る、「古代詩(こだいし)呪術(じゅじゅつ」という力を持った、“二コラ”という少年の話であった。聞けばニコラは、エルフたちが封印した、古代人の書物庫である「閉鎖図書館へいさとしょかん」に閉じ込められているという。テスラはそれにかけた。


 当時のアゼルはまだ幼く、人間の容姿で言うと10歳程度であった。彼は夜な夜な出歩くテスラを不思議に思い、父にそれを話した。すると、それを、「監視するように」と父に言いつけられたのだ。

 

 何日か見張っていると、トーマスを連れてテスラが閉鎖図書館へ向かっていくのが見えた。しばらく様子を伺う。すると、ニコラが何かを詠んだ声がした。すると、普通に会話し、抱き合っているテスラとトーマスの姿が見えた。


「これはすごい」


 アゼルは思わず口にした。ニコラは、トーマスの病を、古代詩呪術を用いて治したのである。彼はそれを興奮気味に父に話した。しかし、アゼルの父はニコラの力を恐れたのだ。エルフの魔力を超える術によって正常に戻るなどあり得ない。そんな存在が居ていいはずが無い、と。


 そして村長たちは、翌日テスラを呼んでトーマスを村人みんなの前で焼き殺させた。そのとき、アゼルはテスラにものすごい形相で睨まれたのを憶えているという。まるで、


「一生怨んでやる」


 というように。


 その夜もテスラを見張り続けていたアゼル。テスラはまたもや閉鎖図書館に通っていた。会話こそは聞こえなかったが、その日は様子が違っていた。


   『  』


 ニコラが何かを詠んだとき、満月の光がテスラに降り注ぎ、月は砂時計が落ちるように消滅した。その瞬間、全ての明かりは消え、何が起こったかわからないエルフたちは困惑した。そして次の瞬間、アゼルの前に鬼が現れた。欠けた月のような角。表情の窺えない十字のシルエットをした影。


 アゼルはそれに畏怖し、逃げ出そうとしたが、足が動かなかった。そして問われたのだ。


「死を感じたことはあるか」


 と。


 混乱したアゼルは鬼に向かって火炎の魔法を放った。しかしそれはするりと鬼の体を抜けて、周りの木々を焼いてしまった。


(大変だ!)


 気付いた頃にはエルフ村は大きな火事になってしまった。暗闇の中ではどこの木が燃えているのかがわからない。ついにエルフ村は全焼してしまった。魔法で守られている閉鎖図書館を除いて。

 

 うな垂れているアゼルに鬼は、ある古代詩呪術をかける。



   『年年歳歳 花相似たり、歳歳年年 人同じからず』



 それを聞いた瞬間、アゼルは鬼がニコラだとわかった。アゼルの体はたちまち醜い老人の姿となり、右手の甲にU字型の月の紋章が現れ、光り輝いた。

 

「……これは」

 

「これからお前に使命を与える。お前を含め5つの”負の言葉”を集めよ」

 

「”負の言葉”?」

 

「お前の場合は”不死”だ」


 鬼は抑揚のない声で続けた。

 

「疑わしいものには、『死を感じたことはあるか』、そう問えば良い」

 

「5つみつければ、この体を戻してくれる?」

 

「約束しよう」

 

 そうしてアゼルの長い旅が始まった――



「……でも、僕たちは1週間もしないうちに出会ったんだよ。なんで1000年もかかったのさ」


 話を聞いていたディオがアゼルに詰め寄る。みんなも事情が飲み込めず、困惑している。アゼルは、それには答えようとしなかった。しばらく沈黙が続く。

 

「……真実を知るには、あたしの”負の言葉”が必要なのかもしれないね」


 レウィシアは覚悟したように切り出した。凛とした態度だった。


 すると、彼女の花飾りから鬼が現れ、例の呪文を唱えてレウィシアの体の中へと入っていった――

古代詩呪術『年年歳歳(略)』

引用元:谷沢永一編集『名言の智恵 人生の智恵』p170「昔は紅顔の美少年」より。


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