引かれていく糸1
ウィルフレッドとジョンは、悲鳴がした方へと走った。
角を折れて直ぐのメイン階段で人々が騒然としていた。
階段を見下ろすと、丁度階下へと向かう踊り場で女性が二人倒れていた。一人は直ぐにわかった。たった今顔を合わせていたアンだった。
ウィルフレッドは、慌てて階段を駆け下りた。
先に駆け寄っていた者もいたが、ウィルフレッドに気が付くと道を開けた。
「大丈夫か?」
「ウィルフレッド様!? ご心配おかけして、大丈夫です」
アンは、ウィルフレッドの差し出した手を取った。しっかりと手を握り直すとアンを引き寄せた。多少ふらついたが、自分で立つ事が出来た。
アンが立ち上がると、下から現れたのはディアドラだった。
「ディアドラ様、大丈夫ですか?」
ウィルフレッドもジョンも、まさか一緒に倒れているのがディアドラだとは思いもしなかった。
「ディア!?」
「大丈夫ですか!?」
「え? あら? どうしたの二人共」
「どうしたの、じゃありませんよ。悲鳴が聞こえたから慌てて来たんですよ。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「何があったのですか?」
アンの下敷きになっていたディアドラは、ジョンの差し出した手を握った。しかし、落ちた時の衝撃が大きかったのか、直ぐには立ち上がれない様子だった。
「階段を上っていたら、アンさんが落ちて来たのよ」
その言葉にウィルフレッドが、支えているアンに視線を落とす。
「ディアドラ様、避けずに私を受け止めようとなさったのですよ! 手を広げて! 何て危ない事をなさるのですか!」
「つい動いてしまったのよ。あのまま落ちたら、貴女が危ないじゃないの」
「結局一緒に落ちたじゃありませんか! 私、辺境育ちですから、結構丈夫なのですよ。ディアドラ様の方が華奢でいらっしゃるのに、受け止められるわけが無いじゃありませんか!」
「そうよね。気を付けるわ」
ディアドラにしては、言葉が少なく、おっとりとした様子に、ウィルフレッドとジョンは険しい顔をした。落ちた衝撃で、何時もの調子が出ないのだろう。
ジョンの手を借りて、ディアドラはゆっくりと体を起こし立ち上がろうとする。足を動かした瞬間、僅かに顔を歪ませた。どうやら足を痛めたようだ。
ジョンは、ディアドラの隣で膝を付き屈みこんだ。
「人が集まって来ています。治療もしたいので場所を移動します。抱き上げますので掴まって下さい」
「え?」
ジョンは、ディアドラの体の下に手を差し込み抱え上げる。ウィルフレッドに付いて軍属になるための準備をしているだけあって、人一人抱えても危なげなく立ち上がる。むしろ、慣れない態勢にディアドラの方が慌ててジョンにしがみ付く事になった。
「ウィル様、ディア様に静かな場所で休んで頂きましょう。アン様もご一緒して頂けますね?」
「お、おぉ。そうしよう」
「私もご一緒してよろしいのでしょうか?」
「階段から落ちたのでしょう? 後から痛みが出る事もありますから、少し様子を見た方がよろしいかと」
「あ、そうですね。お気遣いありがとうございます」
「しかし、何故落ちたんだ? 足でも滑らせたのか?」
ウィルフレッドの問いに、アンは躊躇いがちに階段の上を見上げた。
「……誰かとぶつかったのです。背中だったので誰とぶつかったのかは解らないのですが……」
念のため、野次馬と化していた貴族達にそれとなく落ちた瞬間を見た者は居ないか確認したが、皆、悲鳴を聞いて振り返ったり、騒ぎを聞きつけて集まったと言う事で落ちる瞬間を見ていた者は居なかった。
代わりに、ウィルフレッドは、とても小さいジョンの呟きを拾った。
「大きい……」
ディアドラは、良く聞こえなかったのか不思議そうにジョンを見上げた。
「何でもありません」
ジョンは、にっこりと社交用の笑顔を浮かべ、それに気が付いたディアドラは不審そうな顔をした。