掛け違った糸2
王城の一角にある図書室。
元々王宮の一室だった場所を改装した図書室は、大きなガラス窓から光が奥まで入り、後から壁一面に設けられた書架は高く天井までそびえる。中央には、重厚な木製のテーブルとイスが設えられ、書架から自由に本を手に取り読む事が出来るようになっている。
城下には、誰もが利用できるもっと広大な図書館もある。しかし、王宮内にあるこちらはで誰でもが利用できるわけではなく貴族専用となっており、歴史書や領地経営に必要な書籍に娯楽小説など貴族にとって身近な書籍を中心に閲覧自由となっている。
アンは、書籍を数冊取りしばらく閲覧し、絞り込んだ1冊を抱えて入り口の文官へと申し出た。名前と書籍を記録され返却の期限を確認し礼を言って図書室を後にした。
王城のメインエントランスへと向かう途中アンは、ウィルフレッドと遭遇した。
通行の邪魔にならないよう、通路の端へと避け、礼を取った。
通り過ぎていくと思ったウィルフレッドは、アンの前で立ち止まった。
「やぁ、久しぶりだね。アン嬢」
「お、お久しぶりでございます」
緊張のためにアンの声は少しだけ上ずってしまった。
「デビュタント以来だね? そんなに畏まらないでほしいな。同じ年なんだし。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
アンが顔を上げるとウィルフレッドは、にっこりと笑顔を浮かべ少しおどけた様な、困った様なそんな表情を浮かべた。
「ええ、かまいません」
ウィルフレッドの後ろには、ジョンも居た。他に人がいるということでアンも素直に後を付いて行った。
連れてこられたのは、人通りの無い廊下の片隅だった。
「あーその、アン嬢。君の周りが騒がしいと噂を聞いたんだが……」
「騒がしい、ですか?」
はっきりしない、奥歯に物が挟まった様な質問にアンは首を傾げた。
「私、何がご迷惑をおかけしているのでしょうか?」
「いや、そうでは無くてだな。君が、嫌がらせを受けていると聞いたんだが」
「嫌がらせですか?」
アンは、不思議そうに首を傾げた。
その様子に、ウィルフレッドは、内ポケットから小さなメモを取り出すと読み上げていく。
「ふん。調べは付いているんだ。『ドレスの裾が破れていた』『ドレスにワインが零された』『紅茶に塩が入っていた』他にもあるぞ」
「何ですかソレ!?」
「噂をまとめたメモだ」
「そんな、大衆紙の記者の様な真似をなさらなくても」
思わず、メモを取り上げようとアンの手が動いた。ウィルフレッドはあっさりとその手を避けた。
アンは、苛立った表情を見せたが、ウィルフレッドは涼しい顔のままだ。
「王子である俺から何か取り上げる気か?」
「うっ」
ウィルフレッドは、メモの中身をアンに見えるように掲げた。
「この内容は本当か?」
「……違うものもありますが、身に覚えがあるものもあります」
「ほらみろ! ジョン! ディアを問い詰めるぞ!」
「ウィル、落ち着いて下さい」
「……どういう意味ですか?」
ジョンが、ウィルフレッドをなだめるよりも早く、アンがウィルフレッドに詰め寄った。
「まさか、ディアドラ様を疑ってらっしゃるんですか?」
アンの勢いにウィルフレッドはグッと息を詰めた。
「……しかし、噂では……」
「噂、噂と、先ほどみたいに直接、私に尋ねればよろしいじゃありませんか! 嘘偽りなくお答えいたします」
「アン嬢。君に嫌がらせをしているのは、ディアだと聞いたが、違うのか?」
「違います。ディアドラ様は何時だってわたしを気遣って下さいました」
アンがそう言い切っても、ウィルフレッドは一度持った疑惑を捨てきる事が出来なかった。
「嘘じゃない?」
眉を潜めたウィルフレッドの様子にアンは、眉を吊り上げた。
「疑うのですか? ご自分の従妹ではありませんか! デビュタントではあれほど親しそうにしていらっしゃったのに! それに、私は嘘偽りなくお答えすると申し上げましたのに! お話はそれだけでしょうか? でしたら失礼いたします」
アンは、背筋を正すと足早にその場を立ち去ってしまった。
アンがそこまで怒ると思っていなかったウィルフレッドは、引き留める事も忘れてその後ろ姿を見送った。
「だから、言ったじゃありませんか。ディア様がそんな事なさるはずが無いって」
ジョンは、頭痛をこらえる様な表情をしていたが、ウィルフレッドは小さくなっていくアンの背中を見つめていて気が付かない。
アンが通路を折れて姿を消して直ぐ。
女性の悲鳴が聞こえた。