掛け違った糸1
デビュタントの数日後、ジョンは頭を抱えた。
ディアドラがアンに嫌がらせをしているという噂は、数日の間に社交界中に知れ渡っていた。
城に到着すると、すれ違う貴族達が、噂の真相を探ろうとジョンに探りを入れようと、わざとらしく天気の話などを始めてくる。最初こそ笑顔でかわしていたジョンだったが、切無く行く先々に表れる事に辟易した。そして、使用人が使う隠し通路を通る羽目になった。さすがに使用人が、ジョンを呼び止める事は無かった。
ようやくウィルフレッドの部屋に辿り着いてノックをする。入出すると、興奮した様子のウィルフレッドに詰め寄られた。
例の噂が、とうとうウィルフレットの耳に入ったのだ。
「ジョン! ディアが、アン嬢に嫌がらせをしているというのは本当か?」
幸いここはウィルフレッドの私室。室内に他の使用人もいない。取り乱しているウィルフレッドをやんわりとたしなめた。
「単なる噂ですよ。ディア様がそんな事をするわけが無いでしょう」
「そう思うのか?」
「はい。ウィル様もディア様の為人はご存じでしょう?」
ジョンの言葉に、ウィルフレッドは考え込む素振りをした。
「子供の頃、俺を木の上に置き去りにした事があったな?」
「あれは……幼かったのです。目の前の事でいっぱいになってしまう事は仕方がありませんよ」
ウィルフレッドの眉間に小さな皺が寄った。
「城の池に架かる橋から落ちた事もあったな?」
「ディア様が橋の欄干に登ったのを真似して、ウィルが自分で登って落ちたんじゃありませんか」
ジョンは、額に手を当ててため息を付いた。
幸い子供の腰辺りまでの深さだったので、溺れる事は無かった。そして、ディアドラとジョンが慌てて水の中に入って引き上げた。ディアドラが、池に落ちた自分を助けるために二人が濡れたと大人達に説明をしたので、ウィルフレッドの名誉も守られた。
「剣の稽古に乱入して来た事があったよな?」
「あれは、新しく始まった授業でそれを知らなかったディア様がいらしてしまったのです。お兄様方の練習を見て興味があっとおっしゃって剣をちょっと振り回しただけですよ。その後にクリフォード侯爵にばれて怒られていましたよ。その後は、授業が終わってからいらっしゃっていましたよね?」
後日、城にやってきたディアドラは、しょんぼりと落ち込んだ様子だった。ウィルフレッドとジョンは、いつも率先して振り回すディアドラが大人しいと調子が狂ってしまい、慰めるためにあれこれと手を尽くし最終的にお茶の時間に3人分のケーキを平らげてやっと元気になった。
ちなみに、その日のケーキはウィルフレッドの好物だった。
「乗馬の練習を始めた時も俺を見下したように笑っていたな?」
「あれは、ウィル様がポニーに乗っていたからでは……」
ポニーに乗ったウィルフレッドが、手綱を引かれ馬場をゆっくりと歩いていた所。さっそうとディアドラは白馬に乗って表れ、「乗馬の練習を始めたと聞いたから、一緒に散歩でもと思ったのだけれど。残念ね。まだ馬には乗れなかったのね」と言って去って行った。
それまで大きな馬の迫力に押されて逃げ腰だったウィルフレッドは、積極的に乗馬の練習をするようになり、自由に馬を操れるようになると、意気揚々とディアドラに披露していた。
「ダンスのレッスンの相手をした時、足踏まれたよな」
「……先にウィル様が、ディア様の足を踏んだんですよ」
「だからって、俺の足を狙ってステップ踏む事は無いだろう!?」
まるで格闘技のようだったと、ジョンは当時を思い出す。
ディアドラのステップから逃げ回っている間に、ウィルフレッドのステップは劇的に上達していた。
「…………デビュタントでは、それは息の合った素晴らしいステップでおどっていらっしゃいましたよ」
会場の誰もが、二人がお似合いだと思うくらいには。
過去の出来事を指折り思い出していたウィルフレッドは、ポツリと呟いた。
「ひょっとして、俺、嫌がらせをされていたんじゃないのか?」
「…………」
何故、そういう結論に至るのだと、ジョンは頭を抱えた。