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絡まる糸2

 ホールで待っていた従妹と合流した後も、二人の事が気になったジョンは、ソワソワと落ち着かなかった。従妹のサイラにデビュタントで緊張しているかと聞かれ、笑われる事になった。違うと言っても今この場所では説得力を持たなかった。

 既にほとんどの招待客は広間に集っており、予定時刻に会場の扉が開いた。


 壁や柱は大理石で出来ており、金の縁飾りが眩しい。天井には精緻なフレスコ画が描かれ、幾つも下げられているシャンデリアには、大量のクリスタルが煌めき蝋燭の明かりを会場中に届けていた。各所に飾られた大きな花瓶に活けられた生花が、瑞々しい華やかさを演出している。


 城に馴染みの深いジョンにとっては、入った事のある広間である。

しかし、他の今日がデビュタントとなる多くの者にとっては、夢の様な光景なのだろう。入場の順番になっても呆けた様子でパートナーに促されて慌てて進み出る、といった微笑ましい様子があちらこちらで見られた。


 広間の両側には有力貴族やデビュタントの家族が並び、その内側にデビュタントが列を作る。そして、最後にウィルフレッドとディアドラが入場する。

 にこやかに笑顔で入場し、正面の玉座に座っている国王夫婦の前まで進む。ウィルフレッドはディアドラの手を取ったまま深く礼をすると、デビュタントがそろって礼をした。


 国王の祝いの言葉と合図で、ウィルフレッドとディアドラが広間の中央でダンスを1曲踊る。古典的なダンスで、会場の誰もが一度は踊ったことがあるステップ。ステップを間違えれば誤魔化し様が無いステップを、優雅に、感嘆の声が上がるほど華やかに踊る。

 笑顔を交わして息ぴったりに踊る様は、親しい間柄である事をうかがわせた。


 一曲目が終わり、次の曲が流れると一斉にデビュタントが踊り始める。この曲が終わってしまえば、パートナーを変える事は自由だ。むしろ、結婚相手を探す為にも、積極的に相手を変える事が推奨されている。


 ジョンも交流がある貴族の令嬢と1曲毎にパートナーを変えて数曲踊ると、飲み物を取る振りをして踊りの輪を抜けた。

 抜けた先でディアドラが壁の花になっていた。


「ディア様、こんな所でお一人ですか? 珍しいですね」


 昼間の茶会であっても、ディアドラの周りにはいつも人が溢れている。しかし、今は一人だった。


「今日の主役は私ではないもの。若い方はデビュタントのパートナーとしていらっしゃっているのだし、今日くらいは、大人しくしていたいと言ったの。皆さんわかってくれたのよ」


 ディアドラとジョンは、近くを通った給仕から、軽い炭酸入りの酒を受け取ると口を湿らせた。


「ジョンは? 今日の主役なんだから、こんな所に来ないで踊って来た方が良いわよ?」

「家族ぐるみで付き合いのある方とは踊ってきましたよ。少し休んでも良い頃です」

「そう?」


 2人が和やかに壁の花を満喫していると、周囲がざわめいた。


「あらあら」


 ディアドラも理由がわかったのだろう。困ったようにつぶやいた。


「何かありましたか?」

「あれをごらんなさい」


 振り向いた先では、ウィルフレッドが令嬢とダンスを踊っていた。


「ウィルったら、彼女と2度目のダンスを踊っているわ。相手の方は……ああ、王妃様のお茶会で一度会った事があるわ。辺境伯のお嬢さんだったわね?」

「ええ、アン・フロックハート嬢ですね」


 ウィルフレッドとアンのダンスを見つめていたディアドラは、ふと、わずかに眉をひそめた。


「辺境伯の奥様はいらっしゃっていないの?」

「いえ、確か、亡くなっていると聞いていますよ」

「あぁ、だから……」


 ディアドラは、理由も言わず僅かに考え込んだ。


「ウィルは、何回も逢っているの?」

「いえ、あのお茶会以来そんな機会は無いはずです」

「本当に?」


 ディアドラは、ウィルフレッドと同じ、とろける様な琥珀色の瞳でジョンの灰色の瞳を覗き込んだ。


「良いわ。その言葉信じましょう。そうすると、今、彼女が目立ってしまうのは良くないかしらね。ああ、そういえば、ジョン? 家族ぐるみのお付き合いのある令嬢は、ここにも居るのではないないかしら?」


 ディアドラが悪戯っぽく指摘すると、予想外の言葉に、ジョンは少しだけ驚いた顔をした。直ぐに同じように笑い返すと、ディアドラの手からグラスを受け取り、自分の分と合わせて近くのテーブルにグラスを置く。


「これは失礼を。一曲踊って頂けますか?」

「ええ喜んで」


 ジョンは少し大げさな仕草で、ディアドラの手を取ってダンスの輪の中へ進み出た。

 ウィルフレッド王子と最初に二曲踊って以降、壁の花を気取っていたディアドラが進み出ると、周囲の視線が自然と集まる。

 今流れている曲は最近の流行曲で、テンポが速く踊り自体も自由度が高く派手なものだった。

ウィルフレッドとほぼ同じ教育を受けて来た、ジョンのリードにディアドラは驚いた。


「あら?ウィルより上手ね」

「そうですか?」

「ええ。踊りやすいわ」


 ウィルフレッドには、普段ディアドラに振り回されっぱなしという思いがあるので、教師と踊る時に比べ、無意識に動きが硬くなる。一方、ジョンの方は、そもそも身分の差があるために、ディアドラに振り回されていると感じた事が無かった。その差がリードに表れたのだろう。

結果、二人は息の合ったステップを踏み、その日一番の喝采を浴びる事になった。


 流石に三回目は踊らなかったウィルフレッドをジョンは捕まえ周囲をかわして人気の少ない所に誘導した。


「あんな目立つ事をして、何を考えているんです!」

「別に良いだろう?誰と踊っても良かったんだから。それに、ジョンとディアの方が目立ってたじゃないか」

「あれは、わざとです。ウィル様達だけ目立つよりもマシだと思ったからです。こういう公の場所で一人の女性に近づく時は本人を含め周りに根回しをしておかないと、大変なことになります」

「大変な事?」


 ウィルフレッドは、意味が解らないと視線を会場に向けた。

 会場の反対側の、ちょうど二人から見える角度で、ディアドラとアン・フロックハート嬢が何か話し込んでいる様子が見えた。

 最初は和やかに会話を交わしていたようだが、途中でサッとアンの顔色が変わった。

 ウィルフレッドが駆け寄ろうとするのをジョンが腕を掴んで止めた。


「慎重に行動して下さいと申し上げているんです」

「だが、助けないと」

「何も心配ありませんよ。ディア様ですよ」


 しかしその後、アンは退席しても失礼にならない時間になると直ぐに帰ってしまった。


 そして、以前よりも注意するようになったからか、今までウィルフレッドに届く事の無かった噂話が届くようになった。その多くが、ディアドラがアンを快く思っておらず、アンが嫌がらせを受けているというものだった。


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