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新しい糸1

 今年の本格的な社交シーズンが始まる直前の季節。今年は早くも社交界が浮足立っていた。

 第一王子のウィルフレッドが、全寮制の王立学校を卒業となり、王都に戻ってきているからだ。オフシーズンの間に、王子に対しての様々な憶測が飛び交う。


 国王譲りの稲穂の様な黄金の髪に、母の家系に多く見られる琥珀色の瞳はとろけるような色香を持つとか。

 王立学校では優秀な成績を収め常に上位を確保していたとか。

 前例にならい今後は軍に席を置くことになるだろうとか。

 そして目下、最大の関心事は、伴侶に誰を選ぶかであった。


 建前上は、法に従う限り自由な婚姻が認められているので、誰にでも伴侶になる可能はある。そのため本人の知らない所で、様々な令嬢との噂話が独り歩きをしている。中には、王立学校でそれなりに話をした事がある令嬢もいたが、ただの同窓生の令嬢や、全く接触したことのない令嬢の名前まで上がっていた。


 中でも一番有力な候補と噂された令嬢が、ディアドラ・クリフォード侯爵令嬢だった。

 母親同士が姉妹であるために子供の頃からの面識もあり、二人が会っている所を見た者は、ウィルフレッドの余所行きでない飾らない表情に大変驚くのだ。


「ところで、ウィルフレッド王子とディアドラ嬢の関係は、結局の所どうなんだね?」

「仲の良い従妹でいらっしゃいますよ」

「そういう事じゃなくてだな。解っているだろう?」


 名前を知っている程度の男から呼び止められ、日常会話を振られた事を不審に思っていた。最終的に直球で入れられた探りに、腹芸の下手な男だなと内心で評価しながら、薄い微笑を浮かべてジョン・ヘッドリーは答えた。


「さあ?俺などには解りかねます」

「解らないわけがないだろう? 君は、ウィルフレッド王子の乳兄弟だろう」

「殿下はあまり心の内をお話になられませんので」


 しれっとジョンは嘘をついた。


 先日、ディアドラに無理やり付き合わされて流行りの植物園に行った時も、休憩に寄ったカフェで人気の少ない席に案内されたことを良い事に、全種類のデザートを頼んだディアドラは、一口ずつ食べた後に残りを全部、ウィルフレッドとジョンに押し付けた。


「それくらい食べられるわよね?」


 何故かその言葉にむきになったウィルフレッドは、ジョンと手分けをするために二手に分ると、自分の分を優雅とは言い難い速さで完食した。


「そんなに食べたかったの? そうよね。男性だと頼みにくいものね。追加を頼んでおいたわよ」


 ニコニコとディアドラは言った。


「え……」


 教育の行き届いたウェイターが、静かにデザートを盛りつけられた皿と空になった皿とを入れ替えた。

 ジョンの方はまだ半分も完食に至っていなかったので、ウェイターに追加の断りを入れた。


 引きつった顔でデザートを見つめるも、ディアドラの笑顔に気が付いたウィルフレッドは、慌てた様子で猛然と食べ進め、ジョンも手伝ってどうにか食べきっていた。その日の王宮での夕食は胃もたれに見舞われたために断ると、ウィルフレッドの好物のメニューであった事が発覚し「おのれ。あの悪魔め」とつぶやいた。


 結局、社交デビュー目前にしても、子供の頃の力関係が尾を引いている二人の関係に、進展も何もあるはずが無い。


 ジョンは、重厚な扉をノックすると返事も待たずに扉を開けた。

 豪華ではあるが重厚で落ち着いた雰囲気の室内にズカズカと入ると、奥にある小さな扉を軽くノックをして、こちらも返事を待たずに開けた。

 そこは、寝室に続くあいの間で小さなソファーが置いてある。ちょうどソファーの背が向いていたが、ソファーから伸びた足が窓枠に投げ出されている。この場所でそんなだらしのない恰好が出来る者は、この部屋の主しかいない。


「ウィル様。もうお茶会の皆様が集まっていますよ。早く準備をして下さい」

「予定の時間はまだだろう? まだゆっくりしていて構わないだろう」


 ウィルフレッドは、窓の外の庭を見下ろす。

 今日はウィルフレッドの母の王妃主催のお茶会が庭で開催される予定だ。そのガーデンパーティーには、ウィルフレッドも主催の側として顔を出さなければならなかった。名目は、若いお嬢さん達のために、本格的な社交シーズンの前の予行演習としてのお茶会。しかし、本格的に軍に入るまでに少しでも多くの令嬢と顔合わせをさせたいと、王妃が思っている事は容易に想像がついた。


「今日はディアも来るのか?」


 一番引っかかっているのはソコかと、ジョンはため息をついた。


「いらっしゃると聞いていますよ。大丈夫ですよ。今日は社交デビュー直前の方々が主役なんですから。そのくらい、ディア様もご存じです。はい、起きてください。早く身支度を終わらせて行きましょうね。皆様お待ちです」

「だから、予定の時間はもう少し後だろう? 早すぎるだろ」

「天気も良いですし、城の薔薇園が丁度見頃ですからね。皆様早めにいらして庭園を散策なさっているようです」

「もう、来ているのか?」

「ほとんどの方が集まっていますよ。意中の方を決めてしまわれれば良いのでは?」

「そうしたら、別の煩わしい事が始まるだろう」

「そうかもしれませんね」

「他人事だと思って。お前だって俺の側近になるんだから将来有望として目をつけられているだろう?」

「うちは、男爵ですからね。王宮をウロウロできるような高位の方からは歯牙にもかけられていないから大丈夫ですよ」


 そんな会話をしながらもウィルフレッドは、ジャケットを羽織り、タイやカフスを整えると、髪をセットする。

 身支度を整え終えると部屋を出た。


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