縛る糸2
「あんた、王子に色目を使ってるんだってなぁ。俺らとも遊んでくれよ。なぁ、良いだろう?」
扉を背にしているために男の表情を窺う事は出来ないが、下品な言葉で容易に想像が出来る。
ディアドラは少しでも男達から離れたいと動こうとするが、出来た事は足を引き寄せ小さく身を固める事だけだった。
「……色目なんて、使ってないわ。そんな必要が無いもの」
ディアドラは、逆光で黒く塗りつぶされた男の顔を睨みつけて答えた。声は震えているものの落ち着いた言葉に、男達は面白そうに表情を変えた。
「へぇ? ずいぶんな自信じゃねぇか」
「そんなことしなくても自分に夢中ってか」
「良く言うわね! 知っているんだから! 王子のデビュタントであなた、二曲も踊ったそうじゃないの! 特に親しい間柄じゃないと踊らないものを、なんて図々しい女!」
男達の声にかぶさるように、女のヒステリックな怒鳴り声が響いた。女も男達と同様に王城の下働きのお仕着せを着ていた。男達を押しのけて建物の中に入って来て、ようやく顔を見る事が出来た。知らない顔だ。
「私を誰だと思っているの。従妹なのよ。親しくて当たり前でしょう」
ディアドラの言葉に女は顔色を変えた。つかつかとディアドラの前に立った女に、扉からの光の中に引きずり出される。光に髪の毛の色は濃紺。
「髪の色が違う…あんたたち、適当にさらって誤魔化したわね!?」
「知らねぇよ! ドーラが言った部屋に居た女をさらって来たんだぜ」
「ぼやけた色のドレス着てるじゃねぇか! それに他に女は居なかったんだ。この女じゃなかったら、てめえが間違ったんだろう」
「ディアドラ様が部屋を出て庭に向かったのをちゃんと確認したわよ。あんたたちが、部屋を間違ったんでしょう」
言い争う声を聞きながらディアドラは状況を整理した。つまり、ディアドラのドレスを着て庭に出たアンをディアドラと勘違いし、部屋に残っているのがアンだと思い実際はディアドラを誘拐したという事だろう。
そして、どちらもディアドラとアンの顔を知らなかった。
言い争いの末に、考える事を放棄した様子で、女がディアドラを見下ろした。
「あんた、誰よ」
会話の内容からディアドラを誘拐するつもりは無かったと推測できた。アンだと思って誘拐したのがディアドラだった場合、どんな反応になるのか。緊張で喉がカラカラに乾いている。恐る恐る言葉を紡ぐ。
「……ディアドラ・クリフォードよ」
女は目を丸くして驚き、喜色で顔を輝かせた。
「まあ、まあ。あなたが、ディアドラ様? あぁ、ずっとあなたに会いたかったのよ」
女の飛び上がらんばかりの喜び様に、ディアドラは困惑する。
「邪魔者のアンとかいう女を消そうとしただけだったのに、あなたを連れてきてしまうなんて、ごめんなさいね? でもこれは運命なんだわ。あなたと私の運命。私はあなたで、あなたは私なんだもの」
「言っている意味が解らないわ。ええと、ドーラ?」
「やめて! あなたまでその名前で呼ぶの? 知っているでしょう? わたしはディアドラよ」
ディアドラは、慎重に言葉を選んだ。
「貴女、ディアドラというの。私と同じ名前ね」
「そう、そうなのよ! 解ってくれるのね? あなたの幸せは私の幸せなのよ! だから私頑張ったわ。あの女が王子様に色目を使って私の邪魔をしていると聞いたから、砂糖壺の中身を塩にしたり、階段から落としたり、色々努力をしたんですよ。なのにあの女、堪えないどころか、図々しくも王城に泊まり込むなんて何を考えているの!? 頭にくるわ。王子と結婚するのは私だもの。ねぇ、そうでしょう?」
「……何を言っているの?」
得体の知れない恐怖にディアドラは振るえた。
「貴女は私じゃ無いし、私は貴女じゃ無いわ。それから、ウィルとは、結婚とかそういう話が出た事は無いのよ。私にもそんな積もりは無いわ」
「あの女に騙されているのね? 私達は、一番気品があって、一番美しくて、一番尊いのよ。そんな私たちに相応しいのは王妃の座に決まっているでしょう。シルクのドレスを着て、大きな宝石を身にまとって、貴族の一番上に立つのは私達しかいないじゃないの」
うっとりと夢見る女に男達はやれやれと苦笑いをするだけだった。初めて聞く戯言では無いのだろう。
ディアドラはというと、あまりの言葉の通じなさと自分との混同の様子に、言葉を失った。空想の自分の姿にうっとりとほほ笑む女の様子を、顔色を無くして見つめる事しか出来なかった。