縛る糸1
意識を失っていたディアドラは、聞き慣れない声によって意識を現実に引き戻された。
貴族令嬢として育ったディアドラの寝室に入れるのは、家族の他は使用人であっても同性だけだ。知らない異性の声が聞こえる、それだけで異常事態が起こっていることをディアドラに知らせていた。
意識が覚醒し始めると、とても固い場所に寝かされている事に気が付いた。周りには、土、埃、枯草の匂いがする。
重たい瞼をこじ開ける。霞む視界、目隠しはされていなかった。瞬きを何度かすると次第に視界の霞が晴れてきた。
先ず見えたのは、土がむき出しの床。
そこにディアドラは寝かされていた。
体はロープで縛られていて自由に動く事が出来なかった。そこで、視線だけを彷徨わせる。
窓は何かに覆われて微かに窓だとわかる光の輪郭が見える程度。部屋の中を確認できているのは、壁板が痛んで隙間や割れ目から光が差しこんでいるからだ。
ここまでの粗末な建物に入ったことが無いディアドラには、何のための建物なのか、廃棄された建物なのか、使用されている建物なのかの区別もつかなかった。しかし、ディアドラの意識を刺激した人の声が建物の直ぐ外だということはわかった。
男と女が、言い争っているようだった。
下町訛りの強い男の声。かなり大きな声だ。
「ドーラ!お前の言うとおりに動いたんじゃないか」
「その呼び名で呼ばないで!」
女の金切声に男達のあざ笑う様な声が上がる。
「呼ばないでだってよー。ぎゃははは」
「はい、はい。それよりも早く金をよこせよ。危ない橋を渡ったんだぜ」
聞き慣れない声を聴きながら、少しずつディアドラの意識が整理されていく。
――あぁ、そうだった。私は、王城の部屋に押し入ってきた男達に攫われてきたのね。
王城の部屋に押し入ってきた男達は、城の下働きのお仕着せを着ていた。しかし、その服装は、ジャケットは明らかに体に合っていない様子だった上、襟も乱れていた。
その上、下働きなどは貴族と出会わないように仕事をするもので、ゲストルームに人が居る状態で下働きが入って来ることは、マナー違反だ。
異変を感じたディアドラはソファーから立ち上がろうとしたが、急に動こうとしたためにバランスを崩し、逆にソファーに深く沈み込むことになった。
ディアドラは、男達を睨みつけると毅然と言い放った。
「何者です! 無礼でしょう。下がりなさい」
返事は無い。
男たちは、ディアドラの言葉にひるむ所か、にやにやとした下品な笑いを浮かべて部屋に押し入ってきた。
目の前のテーブルに並べられていた化粧品やらソファーのクッションやらを手当たり次第に投げた。小瓶がいくつか割れ破片が飛びちったが男達は涼しい顔のままだ。
そして力づくで意識を奪われた。
その後の事は、解らなかった。
ディアドラがそこまで思い出していると、前触れもなく扉が開いた。
無意識にディアドラの体が震えた。その動きに男が気が付いた。
「もう気が付いちまったみたいだな」
闇の中に急に差し込んだ光に照らされたディアドラは、何が起こっているのか解らない不安と緊張で体を固くする。