色をまとう糸2
ディアドラは、ウィルフレッドとは、ただの従弟という関係である事。母親同士がそれぞれ嫁いでも仲が良く、そのために子供の頃から親しい従弟である事。自分としては、その関係を変えるつもりが無い事を丁寧に説明した。
アンは、頷いてくれたものの、納得してくれたという確信は持てなかった。
もっと色々お喋りをしていたかったが、ディアドラは足の怪我の影響で、アンは慣れない王城という豪華な空間に緊張した影響で、食後は早々に灯りを消して休んだ。
多くの貴族は、夜会などに出席し夜遅くまで起きていて朝は遅い。しかし、昨日、早くに休んでしまった二人は、比較的早い時間に目が覚めていた。
ディアドラはゆっくりと歩いてみるが、違和感があるものの、痛くて歩けないというほどでは無くなっていた。早朝に医師の診断を受け、ゆっくりと歩く分には大丈夫であろうと診断を受けた。踵の高いヒールはしばらく履かないように、足を疲れさせる事はしないように、と注意を受けた。
ディアドラとアンは、身支度を整えるために王城の侍女の手を借りていた。
家から運んだ今日の分の着替えが並べられていく様子を眺めていたディアドラがポツリとつぶやいた。
「良いわね。そういうドレス。私も着てみたかったわ」
ディアドラは、アンのふわふわしたパステルカラーの明るい色合いのドレスを見つめていた。
ディアドラが濃い色のドレスを好んで着ているために、社交界の流行もすっかり濃い色が主流となっている。アンが良く着ている淡い色合いのドレスは、流行から外れたものとなってしまっていた。
そんなドレスを着てみたいと言うディアドラをアンは意外に思った。
「ディア様なら、どんなドレスも着こなせると思いますよ」
「そうかしら? 髪の色が濃い藍色でしょう? 顔もきつめだから、淡い色は似あわないと思って、着た事が無いのよね。濃い色のドレスを着ると似合うって良く言われるし」
「淡い色もお似合いになると思いますけど。そうだ、この水色のドレスを試に着てみませんか?」
アンのその提案にディアドラは身を乗り出した。そして、ふと思いついた事を提案してみた。
「良いの? そうだ。よかったら、私のドレスと交換してみない?」
「え! 良いんですか? 父や兄達が女子らしいドレスが好みで、どうしてもこういったデザインのドレスが増えてしまうのです。一度、ディア様のような大人っぽいドレスを着てみたかったのでうれしいです」
唐突な思いつきだったが、ドレスを交換してみるというのは、意外と心躍った。
二人が楽しそうに話を進める傍で、王城の侍女はテキパキと着替えの準備を進めていく。
手触りの良いシルクに精緻な刺繍の施されたドレスを着たアンは、上機嫌で鏡の前でポーズをとった。ディアドラに似合うように仕立てられているため、少し背伸びをした印象は拭えないが、思ったほど不似合ではなかった。
ディアドラの背中のコルセットを締め上げていた侍女が、申し訳なさそうに言った。
「……申し訳ありません。こちらのドレスを着る事が出来ないようです……」
驚いたアンが、ディアドラの背後に回ると、背中のコルセットの紐が上まで締める事が出来ない様子だった。
「ディア様……お胸が大きくていらっしゃったんですね」
腰の部分はアンと大差なかったために問題は無かったのだが、ディアドラは胸を強調しないドレスを仕立てていたために、見た目で思っていたよりも豊かな胸をしていたのだ。
「もったいない。もっと映えるデザインにされればよろしいのに」
アンが、心の底から思った事を言うと、ディアドラは顔をしかめた。
「胸を見て鼻の下を延ばす殿方は、ろくな方が居なくてよ。見せる事が武器になるから夜会などでは仕方ないけれど、そうでない場所では邪魔なだけよ」
「なるほど」
道理でアンがディアドラのドレスを着る時に、侍女に詰め物をされた訳である。アンが、詰め物を必要とした分、ディアドラはドレスがきついという事だ。
結局ディアドラは、背中を糸で仮止めをして鏡の前に立った。僅かな間だけ交換するだけなので、それで十分足りた。
ディアドラは、くるりくるりと鏡の前で見栄えを確かめる。
「意外と悪くないかしらね?」
ディアドラには可愛らしすぎる印象だが、少し甘さを控えれば十分に似合うドレスになりそうだった。
侍女にはしばらくしてからもう一度来てもらえるよう言いつけた。アンが、せっかく着たのだから散歩がしたいと言ったからだ。
「ディア様も行きましょうよ。朝露に濡れるお庭なんて滅多にみられませんよ!」
貴族が起きだす時間や王城の動き出す時間を考えると、確かに滅多に見られない光景かもしれない。しかし、ディアドラが望めば見られない光景ではないであろうし、背中の仮止めが気になり、部屋に残ることを選んだ。自分のドレスはアンが着ているので、散歩から戻ったら朝食の前に再び交換する事にした。
アンは庭に降りると帽子を押え泊まっているゲストルームを振り仰いだ。
ちょうどディアドラが窓から顔を覗かせているのが見えた。
憧れの存在であったディアドラに優しく親切にしてもらって、こんな風にドレスを交換して遊ぶほど親しくなれた事が嬉しくて、大きく手を振ってみる。
ディアドラは少し驚いた様子を見せたが、こぼれる様な笑顔でひらりと手を振り返した。
朝露を含んで瑞々しい空気を体いっぱいに吸い込みながら、手入れの行き届いた庭を散策する。朝食の前にドレスを元に戻す約束をしているので、ゆっくりはしていられない。いつものアンであれば足早に回ってしまう所だが、大人っぽいドレスが心を浮き立たせ、心なしか優雅な足取りとなった。
時間いっぱい散策をして部屋に戻る。
「ディア様、ただ今戻りました」
浮き立った気持ちのまま、元気に部屋の扉を押した。
最初に違和感を感じたのは強烈な香りだった。それは、ディアドラが愛用している薔薇の香水だった。いつもは上品に仄かに香ようにまとっているその香り。それが扉をわずかに開けただけで強烈に香って来たのだ。
そして扉を開いたその光景にアンは絶句した。
アンが戻ったら、直ぐにドレスを元に戻して身支度を整える予定であったので、テーブルに宝飾品や化粧道具などを並べらた状態のだった。それが、今は床に散乱している。パウダー類が絨毯の上にこぼれ、ガラスの小瓶もいくつかが床に転がり割れた物もあった。整えられていた部屋がめちゃくちゃになっている。
「ディア様? ディア様!」
どこかに隠れていないかとベッドの影や戸棚の中を探すが、ディアドラの姿は無かった。
明らかに、ディアドラの身に何かが起こったのだ。
アンは、真っ青になった。




