プロローグ
連載初投稿作品です!
皆様に楽しんで貰えたら幸いですm(__)m
照りつける夏の日差しのなか、舗装されていない田舎道を歩く人影があった。
俺───望月 朧は、山梨県にある祖父の家に1人で向かっている。
周りは木々が穏やかに風に揺られ、すぐ側には清らかな川が流れている。こんな自然以外なにもない場所に、学生にとって貴重な夏休みを使って来ている理由は、2日前へと遡る───
「朧~。明後日までに、山梨にあるお父さん家に行ってくれない?お父さんが明後日から入院するらしいんだけど、今お母さんが旅行に行ってて、お父さん1人みたいなのよ。だから手伝いに行ってくれない?」
冷房の効いている部屋で寛いでいると、台所にいた母親が話しかけてきた。
…このテンションでいるときは、大概ロクでもないことをしでかすんだよなぁ…
案の定、何かを俺に押し付ける気だったらしく、わざとらしい猫なで声を出している。
このまま引き受けたら、大切な夏休みを棒に振りそうだ。ここは、毅然とした態度で行こう。
「…なんで俺が行かなきゃ行けないんだ。自分で行ってこいよ」
「んまぁ~、何て冷たい子なのかしらね~。おじいちゃんが心配じゃないの?それにお母さんが、めんどくさがりなのを知っての発言よね?私がそんな事をするわけないじゃない!
───だから代わりに朧が行って手伝ってあげて?じゃないとおじいちゃんが死んじゃうかもよ?」
…自分の父親が入院するっていうのに、なんて薄情な娘なんだよ。おじいちゃんが不憫すぎる。
ここは断っておきたいが、本当にじいちゃんが死んだら寝覚めが悪いな。はぁ。行くしかないか。
「…。分かったよ、行けばいいんだろ! まったく、よくそんなんで結婚できたな…」
「うふふ。それは母さんがかわいいからよ~。そんなことより、速くいく準備をしなさい。それと10万円あげるから、お父さんにお見舞い買っていってあげてね」
そうぶりっこポーズを取りながら、ウインクを決める母にため息が出る。今年で40になるが、身内から見ても高校生といっていいほど若く美しかった。
───腰まで届く緩くウェーブのかかった茶髪。顔は童顔で身長も低いが、出るところは出ている。いわゆるロリ巨乳だった。
そんな母の血を継いでいる朧も、身長は160㎝位で童顔である。髪も肩にかかるくらい長いため、19になった今でも女子に間違われることがある程だ。
さらに目つきが鋭く口調も少し荒っぽいが、趣味がお菓子作りでツンデレなところがあるので、一部の危ない趣味の男子に人気があったりする。
…本人は不本意であるが、男子に告白すらされたのだ。
───おぞましいことを思い出した。精神衛生上よろしくないな。早く忘れよう。
そして母が簡単に10万円出せるのは、彼女が株で儲かっているからである。しかも金を稼ぐ理由が、家事をしないために家事委託サービスの料金を支払うためだったりする。
「お見舞いって言ったってな、俺は俺はじいちゃんの好みなんて知らんぞ!」
「お父さんは甘いものが好きだから、お菓子を買うか朧が作ればいいのよ~」
「分かったよ、そうすることにする。帰ってきたら報酬を貰うからな!」
「はいはい、了解よ~。だからうだうだ言ってないで、さっさと行ってこい!」
───そう半ば追い出されるように家を出て、現在に至る。
「はぁ、どんだけ田舎なんだよここ。駅から一時間歩いているけど、ほとんど人すら見かけねーよ」
愚痴りながらも祖父へのお見舞いのお菓子と、その材料を担いで歩く。
しかし容赦なく襲いかかる暑さに、尋常ではない量の汗が流れる。服もベットリと体に張り付き、てで首もとを扇いでも全く改善されない。
…暑い。全てを忘れて、家に帰りたくなるほど暑い。
東京もなんだかんだ言って暑いが、盆地の蒸し蒸しとした熱気は、また別の辛さがあるな。冗談じゃなくて、熱中症になりそうだ。
「いい加減この変わらない風景も飽きたし、速くじいちゃん家に行きたい…」
思わず弱音が零れるほど疲れがたまっていたので、川で涼んで行くことにする。
先ほどから気になっていたのだが、とうとう限界だ。少し休まないとやってられん。
ふらふらとゆるい坂道を下る。 サラサラ。と静かに音をたてて流れる川の前に座り、靴下を脱いで足を川の中に入れた。
「ふぅ~、生き返るわ~。こんだけ暑いのに歩き続けるのは、苦行過ぎるっつーの!」
悪態をつきながらも、都会ではあり得ないほど澄みきった川を見つめる。
───綺麗なもんだな。近所の川とは大違いだ。
サラサラと水が流れる音だけが聞こえる。こういったゆっくりとした時間も、暑さを忘れられて気持ちいいな。これだけでも、山梨に来た甲斐があるぜ。
バシャバシャ。ひんやりと冷たい水を蹴り上げ、ボンヤリと水面を見つめる。
「…随分と癒されたなぁ。さっきまでのささくれた気持ちが嘘のようだ」
照りつく太陽の光を、清らかな清流が優しく受け止め、キラキラと反射することで調和していた。
光の燐光が踊るように水面を滑り、不意に朧を照らした。
「うおっ! 眩しいな!」
キラッと光る水面を見たせいか、目がしばしばする。
…なんか裏切られた気分だな。
微妙な気分で、仕返しとばかりに水面を睨みつける。せっかく和んでいたのに、規制を削がれた気分だな。
…はぁ。結構時間が経ったし、そろそろ行くか。まだ爺ちゃんの家まで距離があるからな。
モヤモヤした気持ちのまま、川から上がろうとしたら───
「な、なんだ! 足が動かねぇ…!」
接着剤でくっつけたように、川底から足が動かなくなっていた。
───どういう事だ!こんな透き通った川底で、ヘドロでもあるっていうのか!
…マジで動かないぞ。両手使っても引き抜けないし、やっぱり川底には何もない。一体どうなってんだ?
疑問に思いながらも、無理やり動こうと、上半身の勢いをつけて思いっきりジャンプしようとして───
「───なっ!体が沈む!?」
ズボォ!足が川底に吸い込まれ、感覚がなくなってしまった。
───どういう事だ!何が起こっている!?
混乱する頭で良い考えが浮かばず、がむしゃらに動いてなんとか抜け出そうとする。
しかし朧の必死な抵抗も虚しく、ズブズブと全身を飲み込まれ意識を失ってしまった