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透明な女の子  作者: 毛利忠壱
夏は白き出逢いの季節
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夏は白き出逢いの季節

声が響いてくる。

優しく、それでいて気の強そうな聞きなれた声が俺の心に直接語りかけるのだ。


「強くて弱い、優しいひねくれ者のとおるさんへ」


一度溜めて息を吸う音。

身構える。


「あなたの青春は何色ですか。」


「俺は……」







*************************



灰色だ。

曇り空みたいなどす黒い灰色。

高校生活も日常生活もすべて灰色。

俺、灰原透はいばらとおるは誠に遺憾ながら灰色の人生を絶賛満喫中なのだ。


夏休み直前の上気する昼休み。

だが俺はクラスの誰とも会話せず頬杖をついたまま微動だにしない。


巷では高校生活と言えば部活、文化祭、恋愛、青春と相場は決まっているらしい。

高校生になったというだけで人は無理に人生を華やかにしようとし、過ぎ去ると狂ったように回顧しだす。

どこかの国の偉い哲学者などは「私が神なら青春は人生の最後に持ってくる」とまで言い放ったという。

堅物のイメージがある哲学者ですらよほど青春した時代が楽しかったのだろう。


しかし花の高校生活、青春の1ページの高2の夏だというのに俺は恋愛も勉強も友人との談笑すらもやる気がなかった。

それに既に高校に入って早2年弱経ったというのに刺激的な出来事なんてまるでなかったし高校生らしい青春イベントもなかった。

むしろそれを避けてきた、と言った方が正しいのかもしれない。

そう、俺はいわゆるひとりぼっち、略してぼっちというやつなのだ。


ただしこれだけは言っておかなければならないが、断じてクラスに馴染めていないわけではない。

馴染もうとしていないだけだ。

馴染むのにはカロリーの消費が多すぎる。

人に話は合わせなければいけないし聞きたくない話も聞かなければならないし、第一話しかけるのがそもそも多大なカロリーを消費する、というか面倒なのだ。

俺は無駄なカロリー消費が両面印刷でメモにも使えないパチンコ屋の広告よりも、メニューの写真と明らかに大きさが違うファミレスのハンバーグよりも嫌いだった。

そういうわけで学校でまともに会話する相手は2人ぐらいしかいない。


「透、そろそろ購買行かないとまた焼きそばパンだぞ」


と、俺の机の前で立っている温厚そうなメガネ学生が注告する。


「俺は大丈夫だ。お前こそ生徒会、遅れちまうぞ」


メガネ学生こと中村群青なかむらぐんじょうは、そうだな、と小さく言った。

彼は会話相手その1。


昔から群青は真面目だった。

彼は生徒会に所属している。

もしも今生徒会に所属している学生の中で生徒会に入った理由を正直に教えてくれと言ったら、群青以外の生徒の多くは先生の印象とか成績という俗っぽい一面が垣間見えるだろう。


そんな中でも「学校を良くしたいから」とか真面目に書いてしまいそうなのが群青だった。


彼の筋金入りの真面目さは見た目からも分かる。

校則通りの制服を夏休み前のこのくそ暑い時期にもかかわらずボタンを上までしめて汗ひとつかかずいそいそと生徒会活動に明け暮れる彼を見て剽軽ひょうきんなお調子者に見えた人が仮にもし万が一存在するのならばぜひ俺に一報入れて欲しい。


「にしてももう2週間連続で焼きそばパンじゃないか」


その群青がメガネ越しに呆れた視線を送ってくる。


「気に入ってるんだ」


「正気とは思えないな……じゃあ僕は先に行くよ」


彼は呆れ顔のまま教室を出て行った。

もちろん焼きそばパンが気に入っているのなんて嘘だ。


高校の昼休みというだけあって教室は賑やかだ。

いつも通りのクラスの景色。

夏休みが目前の今、太陽の光が窓から照りつける。

名前も知らない俺のクラスメイトたちは談笑したりふざけあったりと今日も平和そうだ。

俺はこの「賑やか」な教室を改めて窓際の1番後ろの席から頬杖をついて眺めた。


だがそこに加わろうとは思わない。

クラスメイトたちも加わってほしいとは思っていないだろう。

というかクラスメイトが俺を認識しているかすら怪しい。

よく誰からも認識されていない人のことを「空気のようだ」などというが、俺の場合「窒素のようだ」とでも言った方が適当だ。

お世辞にも空気のように人に必要とされているとは思えないしされたいとも思わない。

それに高校2年の昼休みを賑やかに過ごすのに俺の体力では少なすぎる。


きっとこういう高校生活を青春とは言わないんだろう。

青春を最後に持ってきたいと言ったどこぞの哲学者でさえこんな高校生活を見たら前言撤回を申し出るかもしれない。

俺の学生生活は青春とは無縁だけれど、もしも今の自分の「青春」とかいうものを色で例えるなら、多分灰色なんだろうな。



購買はもう混んではいなかった。

群青の注告通り焼きそばパン以外のメニューもとい売れ残りはどこにも見当たらなかった。


「おばちゃん、これ一個」


投げやりに焼きそばパンの方に指を指す。

購買のおばちゃんはにっこりと笑った。


「あいよ、120円ね。あんた、ほんとに焼きそばパンが好きだねえ」


好きもなにもそれしか選択肢がないじゃないか、とは言わず俺は120円を出しながら曖昧に返事をした。


何度も言うが焼きそばパンなど別に好きではない。

大体パンに焼きそばを挟んで焼きそばパンなんてネーミングがあまりに安直だし、味に関しては最後まで売れ残っている時点で察して欲しい。

購買のおばちゃんは満面の笑みで「焼きそばパンが好きだねえ」と言ってしまうくらいだから売れ残った焼きそばパンにどれだけ需要があるかなんて考えもしないのかもしれない。


「透また焼きそばパン?」


急に呼ばれた。

とは言うもののこの学校で俺のことを呼ぶ女子なんて1人しかいないのだが。


黄瀬きのせか」


振り向くと予想通り制服をラフに着こなした活発そうなポニーテールの女子、黄瀬奈央きのせなおの姿がそこにはあった。

彼女が噂の会話相手その2だ。

学校での会話相手は以上で終了。


「仕方ないだろ、気に入ってるんだから」


棒読みで俺は続ける。


「あんなののどこが美味しいのよ」


黄瀬が声をひそめて言った。

一応購買の前だから遠慮したのだろう。


黄瀬は昔から世話焼きなところがある。

だから今の質問に本当はちっとも美味しくない、とでも答えようものなら「ならばなぜ毎日食べているのか」と問いただされ俺がしどろもどろになるのは目に見えている。

それに理由を説明するのも面倒なので敢えて本音を飲み込んだ。


「そりゃ溢れ出る肉汁とか…」


もちろん軽いジョークだ、会話を早く切り上げるための。


「肉なんて入ってないじゃない!」


黄瀬は声をひそめたまま詰め寄ってきた。


さて困った。

肉が入っていない、というのは正論なのだ。

この学校の焼きそばパンには肉はおろか野菜すら入っておらず、慰め程度に焼きそばの上に紅生姜がかかっているだけだった。

きっとこれも不人気のゆえんだろう。


ただし今の俺には焼きそばパンの不人気の原因について議論する気はさらさらなかった。


「別にいいだろ。そんなことより呼んでるぞ」


俺はすがるように黄瀬の後ろからやってきたクラスメイトらしき2人組を指さした。

黄瀬のクラスメイトなら俺のクラスメイトでもあるはずだが俺はその2人を知らないし、2人も俺を知らないだろう。

空気中の窒素を気にとめるほど暇な学校生活を送るやつなんてそうそう「華の高校生」にいるものでもないのだ。


「ほんとだ!じゃあね!そんなものばかり食べてたら体に悪いわよ」


お前は俺の保護者か。

黄瀬は手を振りながら去っていった。


気付けば購買の近くにはもう誰もいなかった。

おばちゃんも既に奥に引っ込んでしまったらしい。

俺は溜息をついて踵を返した。

溜息をつくと幸せが逃げるというが、ならば俺はいつもこうやってたくさんの幸せを逃してきたんだろうな。

まぁこれもいつも通りなのだが。


美味しくもない焼きそばパンを食べ、漫然と残りの授業を受けて帰る。

漫然と学校生活を送る間俺は透明になる。

極力会話を避け、人との接触を断つ。

黄瀬や群青以外とは会話を成り立たせたことすらないかもしれない。

けれどもいつも通りだ、これもまた。


俺はいつだって変わらない。

何があったって、誰と会ったって、俺は自分に干渉されないことだけを優先する。

それが一番楽だからだ。


窓の外の太陽は依然強い力で照りつけていたが、正午を既に回ったせいか少し落ちかけていた。

明るすぎる窓の外の太陽から俺は目をそらした。


なにも変わらない。

起きてから寝るまで些細な変化はあれ大まかな日常は変わらない。

だらだらと1日を過ごし、だらだらと今日も寝る。

そしてきっと明日もだらだらと今日と昨日とそう変わらない日常をロボットのように送るのだ。



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