第9話 つかの間の休息(1)
さて、今日はカテキョがお休みだ。わぁ〜い。
何をしようか?・・・屋敷内の探検?いぃねぇ〜。・・・屋敷から出て外へ買い物?いぃねぇ〜。・・・アビーたちとお茶しておしゃべり?いぃねぇ〜。
思いつくままいろいろ考えたけど、私はお金持ってないし、人のお仕事の邪魔にならないという点で、屋敷内の探検に決めた。
そして思った。以前デラに、ひとりで部屋から出歩いて咎められたことがあるので、誰かをお供に頼もうかと・・・。でも、それじゃあ探検にならない。案内になっちゃう。だから、やっぱりひとりで探検に行くことにした。
さぁ、どうやって部屋の隅に控えてる二人を撒こうか。今日の担当女官は、17才、五等女官のチマと、15才、女官見習いのアビーだ。ふふふ、チョロそう。
「ねぇ、チマ。私、今日のお茶の時間、お茶請けにはいつもと違うものが食べたいなぁ〜。ね、担当の人・・・大膳寮だっけ?そこの人たちにお願いしてきてくれない?で、ちょっと早めだけど、もうお茶にしようよ〜」
とおねだりした。(ちなみに大膳とは、この屋敷内で、口にするモノ全般を担当している部署、いわゆる厨房みたいなものだ)
チマは顔を真っ赤にして、すぐにご用意いたします、と退室した。もちろんアビーに、あとはお願いね、というアイコンタクトをとってから。
チマは私に話しかけられると、いつも赤面する。まだ私に慣れてくれてないのかな?
次はアビーだ。私はおなかを押さえてしゃがみ込んだ。
「あいたたた。おなかが痛〜い!」
「フィオナ様!?いかがなさいました?」
「アビー・・・おなかがすごく痛いの。お願い、薬師に何かお薬をもらってきて?」
「はい!・・・あ、ですがフィオナ様、わたくしが退室いたしますとフィオナ様がおひとりに―――」
「あ痛ーっ!え〜ん、アビー助けてぇ〜」
私はアビーの言葉を遮って、有無を言わせぬよう、腹痛アピールを激しくした。私をひとりにしてはいけない、と躾られているのであろう、アビーは部屋の中でおろおろとしていた。
「私がフィオナの側に居るゆえ、そなたは薬師のところへ行って参れ」
最近、女性の声・・・(たまにタカルエのおじいちゃん声は聞くけど)しか耳にしなかったから、突然聞こえてきた男性の声にビクッとなった。
「ジーク!」
私は演技のことをすっかり忘れて、立ち上がってしまった。
「なんだ、腹の具合はもう良いのか?」
ぐっ・・・
くそっ。おかげで仮病がバレちまったい。ジークめ。
結局、チマの用意してくれたお茶を、ジークと一緒に飲む羽目になった。
「久しぶりだな。息災であったか?」
ジークがお茶を飲みながら私に言ったが、私はそれどころではない!
なんせジークの後方に立っているチマとアビーが私を睨んでいるのだ!彼女たちはまじめに私に仕えようとしてくれていたんだから、騙した私が悪いのだけども・・・
私が上目遣いにアビーたちをチラチラと見ていると、ジークが「フッ」と笑った。
そして後ろに少し顔を向けながら、後方で控えている二人に言った。
「そろそろ許してやれ。退屈しておったのであろう。そういう意味では私にも責めはある。フィオナにはずいぶんと寂しい思いをさせたのだ」
私は、私を庇ってくれたジークにびっくりした。まぁ、確かに彼は優しい人だとは思うけど、私の最新の記憶では、ジークは意地悪レベル5なのだ。ちなみに5はマックスだ。
チマたちは、ジークにたしなめられて初めて自分たちが、この部屋の主、いわゆる私のことなんだけども、を恨めしげに見たいたことに気付いたようで、恥ずかしそうに俯いた。
「今日はそなたと気晴らしでもと思うてな。どうだ?私と遠乗りにでも行かぬか?」
何事もなかったかのように、突然ジークは私に向かって誘った。即座に「行くっ!」と答えた私だが・・・はたと冷静になった。遠乗りとはなんぞや?
チマとアビーに着替えさせられた私は、部屋の外で待っていたジークに腕を引っ張られながら屋敷内を足早に歩いた。
「待って、待って、ジークってば。歩くのが速すぎるから転んじゃうよ〜」
「あぁ、すまぬ。いや、時間がもったいないと思うてな」
と言いながら、ジークは私を突如抱き上げ、左腕1本に、私を座らせるように抱っこした。
「ぎゃぁーっ!なんで?なんで?下ろして!?怖いーっ」
背の高いジークに抱えられて、見晴らしがすごく良くなった私は、慣れぬ高さと不安定な体勢からビビってしまい、ジークの首にしがみつきながら叫んだ。耳の近くで騒がれたジークは、
「うるさい。黙っていろ。この方が早く歩ける」と冷たく言った。
そんな言い方しなくっても、と少し拗ねかけたが、しばらくするとこの体勢にも慣れ、逆に抱えられた高さからの見晴らしを堪能することができた。
(楽ち〜ん♪)
不思議と、私の部屋を出てから廊下を歩くのに全く誰にも会わなかった。これぐらい大きいお屋敷ならば、たくさんの使用人がいても不思議ではないと思うのだけれど・・・
そしてこの石造りの屋敷を抜けると、大きな庭園に出た。もちろん私は来たことのない場所だ。多分、今放り出されたって、自分で部屋に帰れないだろう、それぐらい部屋から離れたところだと思う。なんつー広さなんだ、この家は。
うんざりしながら考え事をしていると、なんかヌメッとしたものが私のほっぺたをなで上げた。
「ぎゃぁーっ!!何?何?・・・・・・馬ぁっ?」
私の目の前には、馬がブルルッと鼻息をはきながら頭を振っていた。ドン引きの私にジークが
「ん?なんだ、フィオナは馬が初めてか?」
と聞いた。当たり前だ!見たことはあっても、生でなんか見るのは初めてだ!
そこまで心中で叫んで、ハッとなった。
見たことはあるけど、実物を見たのは初めてってどういうことだ???意味分からん。
とっさに浮かんだ自分の言葉に首をひねりながら思った。
きっと私は馬を知識としては知っていたが、本物を見た、あるいは触れる距離で眺めるのは初めてなんだろう。自分自身について、またひとつ分かったことが嬉しかった。
「――ナ!フィオナ!」
いつの間にか、地面に下ろされていた私は、ジークの呼ぶ声に我に返った。
「そなたは、本当にボーッとしていることが多いな。・・・大丈夫か?調子が悪いのであれば、今日の遠乗りは止めるか?」
「いやよ!私なら大丈夫よ!だから連れてって!」
私を気遣ってジークが予定を取り止めになりそうになってので、私は慌てた。
(ジョーダンじゃない。明日からまたカテキョ三昧の日々なのに!)
私の気迫にたじろいだのか、ジークは気を取り直すように咳払いを一つして「わかった」と言った。そしてヒラリと馬にまたがった。馬はきれいな白馬だ。ジークは見目麗しい分、こんなきれいな馬にまたがっていたら、全世界の女子のあこがれ、“白馬に乗った王子様”のようだ。
「どうした?私の顔に何かついているのか?」
私があまりにもジークの顔をガン見するものだから、不審に思ったようだ。
「ジークってさぁ・・・」
「ん?なんだ?それよりも手を貸せ。どうせ馬に乗れぬのであろう?私と相乗りだ」
「え?あ、うん。多分乗れない・・・」と言いながら馬上のジークに向かって手を伸ばした。
ふわりとジークに引き上げられた私は、ジークの前に横乗りで座らされた。
「で?私がどうしたというのだ?」
「・・・」
思いの外高かった馬上で、私はバランスとの格闘中なのだ!どう座ったら安定した姿勢になるんだろう??焦る私は、ジークの話なんぞ聞いちゃあいなかった。
「・・・ほら、こうすればフラフラすることもあるまい」
とジークは私の腕を引っ張って、自分のお腹に抱きつかせた。
「え?え?」私はあまりの密着感に焦り、抱きついたまま彼の顔を見上げた。
そんな焦った私を、ジークは余裕の表情で受け、そして「ふっ」と笑った。
なんだ?その“たらしの笑み”は・・・。ま、まぶしいじゃねぇか・・・。
「それで?先ほどそなたが言いかけた『ジークって』の続きは何だったのだ?」
馬をゆっくりと歩かせながらジークが聞いた。
し、尻が痛てぇ。馬って歩いてるだけなのに、こんなに上下に揺れるんだ・・・知らんかった。
ジークを見ると、馬の上下の揺れに合わせて、自分も上下に揺れている。そうか、だから安定してるんだ。なるほど。
横座りの状態では、まるっきりジークのまねはできないけど、なるべく馬に合わせるようにしたら、少し楽になった。
それからようやく気がジークに向いた。(そういや今なんか聞かれたな・・・)
「ん?何?もっ回言って?」
「・・・そなたは・・・注意力散漫とよく言われるであろう?・・・先ほどは何を言いかけたのだ?と聞いたんだ」
「失礼ね。さっき?あぁ、『ジークって白馬なんか乗っちゃったりして、王子様みたいね』って言おうと思ったのよ」
ピキッ。ジークが固まった。
「え?なになに?まさか本当に王子様なんて言うんじゃないでしょうね〜」
意地悪な気持ち満点でジークを見上げた。
ジークは私の視線を感じ、目を逸らした。
「・・・白い馬に乗ってる男は、みんな王子様なのか?」
「そうじゃないけどぉ。ジークって金髪でハンサムな方じゃない?そういう人が白い馬なんかに乗ってたりすると、一般的にそう思うものよ?世の女性たちにとっては・・・」
「クククッ。そなたのような子どもに世間の女性論を語られるとは・・・私もまだまだなのだな」
「何?その言いぐさ。腹立つわねぇ。そうよねぇ。ジークが王子様なんてはずがないわっ!王子様はもっと優しいんだから!ジークみたいにそんな意地悪なわけないもん!」
と力説した。
「しかしな、フィオナ。王子と言えども人間。感情はあるし、精神的肉体的負担だって溜まるんだぞ?」
「大丈夫よ、何たって王子様なんだから。感情はそりゃもちろんあると思うけど、やっぱり人格者なんだから、周りが迷惑になるような感情の出し方はしないと思うわ。怒っていても、それは国民のため。悲しむのも国民のため。喜ぶのや楽しいって思う感情だって、国民の笑顔を見て出る感情なのよ、きっと。精神的肉体的負担ってストレスの事よね?確かにストレスだって溜まると思うわ。でも公私の区別をちゃんとつけて、休まないといけないときにはちゃんと休んで、体を動かしたり、友達や家族と過ごしたり、健康な生活を送っていたら、自ずとストレスも抜けるモノだと私は思っているわ。それができない王子様なら、それは周りが悪いのよ。王子様が休めないほど働かなきゃいけない、それは周りが無能なのよ。ひいてはそれも王子様の責任になるんだろうけど。だって王子に魅力があれば、自然と周りにはいい人ばかり集まると思うのよね・・・なぁ〜んて生意気言っちゃったりして・・・この国の王子様が聞いたら、私はきっと牢屋に入れられるわね」
ジークは私の意見に驚いたように言った。
「驚いたな。子どもだと思って忘れていた。そなたは賢い娘であったな。タカルエやルーマから聞いている。飲み込みが早いそうだな。幼い頃より行き届いた教育がされている、上流階級の常識の下地ができていると・・・案外、王子もそなたと共に過ごすことでストレスとやらが緩和するやもしれぬな。ふふふ・・・」
ジークの最後の言葉に、私はハッとなった。
「も、もしかして・・・ジーク、王子様なの?え?え?うそ・・・」
うろたえる私の額をジークはピンと軽く弾いた。
「ばかもの、早合点するな。誰が王子だと言った。違う。王子などではない」
「えっ?そうなの?・・・嘘言ってないよね?ホントに王子様じゃないの?」
「違う。王子ではない」
「なぁ〜んだ、よかった。王子だったら今までの非礼の数々、どうお詫びしようかって悩むところだった。はぁ〜」
「・・・フィオナ・・・そなた、己の行いを一応非礼だとは知っていたのか・・・」
ジークはあきれたように言った。
そんなたわいもない話をしてる間に、大きな門に着いた。
えーっ!!あんなに長い間、おしゃべりしながら馬に揺られてたのに、まだ屋敷の敷地内から出てなかったのーーーっ!
私は馬上で気が遠くなりそうになった。すでにこの時点で、私の桃尻は真っ赤っか。




