黒い毛糸
ご主人は起きあがるとミイニャンにご飯をくれました。牛乳も少し温めてミイニャンのお皿に入れてくれました。ミイニャンはありがとうと上を向いて鳴きました。ご主人がミイニャンを触ろうとする手を避けて、ミイニャンはご飯に集中します。
ミイニャンが食べ終わってご主人の所に行くと、ご主人はふかふかのクッションに座って編み物をしていました。
ミイニャンは驚きました。ご主人は編み物をしない人だと思っていたからです。お隣のご婦人が子供や母親に帽子を編むように、ミイニャンのご主人はミイニャンに帽子を編んでくれるのでしょうか。
ご主人は下を向いてやたらに手を動かしています。やけになったように、不揃いの編み目が出来ていきます。
ミイニャンが喜んで跳ねているとご主人は笑いました。
「ミイニャンにはもっと綺麗に編んで上げるよ。水色とかの色の毛糸で。」
ミイニャンはご主人が今編んでいるやつが良いのです。
あいつが、女の子らしい女が好きって言うから、編んでるこれをマフラーだって言って渡すのよ。ミイニャンはどんどん出来ていくぼこぼこの編み目の黒いやつを見ていました。
ご主人、これ、格好いいよ。ミイニャンこれが欲しい。
ご主人は黒いやつを編み終えると紙袋に入れてクローゼットに仕舞ってしまいました。そして綺麗な水色の毛糸でミイニャンのためにマフラーを編んで、ミイニャンの首に巻いてくれました。
「ミイニャン格好いいよ。似合うね。」
ご主人の柔らかな甘い声にうっとりとして、ご主人の手に頭をすりすりとしながらミイニャンは黒いやつのことを忘れてしまいました。
水色のマフラーを誇らしげに巻いて遊ぶミイニャン。白黒のしましま猫に水色が若々しく映えます。夏蜜柑の木に登って、がさがさと葉っぱを言わせて枝を揺らし、実が落ちるまで楽しむ。ミイニャンがいくらふざけてもご主人は怒りません。今日も夕方はみかんの汁色でした。
ご主人が帰ってきて、足音をこつこつ言わせている。ストールやスカートをひらひらさせて、ふわふわと揺らす。ミイニャンは装ったご主人が美しくて好きです。お部屋でもこもこのワンピースに着替えたご主人は絨毯の上で伸びをして少し眠ります。隣でミイニャンはご主人を見守ります。
ご主人は黒い毛糸で編んだぼこぼこのぶさいくなやつを畳んで枕にしています。ミイニャンはそれに触って、あごを乗せました。
黒い毛糸は、何かに似ている。
びっとミイニャンは耳を立てました。
雪が降っている。ご主人は床を暖かくするだろう。暖かな風がくるようにもするだろう。心配ない。
黒い雪が降ったことをミイニャンは忘れていました。黒い雪が温かかったこと。
ご主人が枕にしている黒いやつを口で咬んでひっぱるとご主人は頭を浮かせてくれました。
「あげるよミイニャン。ほどいてなんか作ろうと思ったけど。もう面倒くさい。ミイニャンにあげる。」
ご主人は泣いています。だけどミイニャンにはなんにも出来ません。ご主人の側に座って、ご主人に好きなだけミイニャンを触らせて上げました。ミイニャンは黒い毛糸をかじかじして楽しみました。
明日も黒い雪が降る。ミイニャンの髭がレーダーのように感知して震えます。ご主人の髪の毛の根本が黒くなっていました。