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夏の思い出

作者: マサキ ナオ

初めての投稿にホラーになっているのか、謎ですが。読んで頂けると嬉しいです。

 10年前の今日も。自分はここに立ってギラギラと輝く太陽を見た。

今は廃校になった古い校舎は、壁も所々が剥がれ落ち、廃墟と化した姿の中に、あの頃の面影はなに一つ残っていない。

 もう二度とここに戻って来ることはないと思っていたのに。一通のメールが二条謙也を再び記憶の中から抹消したいこの地へと呼び寄せた。あの日、今と同じこの場所に立っていなかったら。それからの人生を見えない檻の中で過ごすことは無かったはずだ。

 目の前の水のないプールには、時折吹く生暖かい風で、枯葉が舞っている。

 いったいあの日起きた出来事はなんだったのか? 真実を知るのが怖いような気もするが。わからないままでは、先に進めないことだけは確かだ。だから。決心して帰って来た。この記憶が留まる地へ。






 校庭の端にある桜の木のとまったセミがうるさいくらいシャーシャーと鳴いている。もうすぐ卒業だというのに、冬を待たず、この中学は1学期の終了式の日に閉校する。詳しい理由も聞かされず、今日が最後なのだ。

 ちょっとした感傷に浸りたくて、謙也は教室を抜け出して、ここにやって来た。

 初めて女の子とキスをした校庭にあるプール脇の木陰近く。山村留学に憧れて、親の反対を押し切ってやって来た鄙びた村でのいろいろな記憶は、謙也にとっては宝石箱に詰め込んだ宝石のようにキラキラと輝いている。2学期からは親元に帰り、前に通っていた進学校に戻ることになっていた。今日で謙也の青春は終わる。

 廃校が決まりプールの水も換えられることなく、水面には緑色の藻が浮いているままだ。

謙也はじっとその緑色を見つめていた。

「ポチャン」突然の水音。後ろに人気を感じて振り向いた。

 ぞっとするような冷たい視線が謙也を射ている。

 彼は謙也の2・3メートル後方に立っていた。確か名前は烏丸。珍しい名前だと友人が言っていたから、たまたま記憶の底に残っていただけだ。小柄で大人しい目立たない生徒だった。手には石ころが握られている。それを謙也越しに投げる。放物線を描いて飛んで行った小石が再び水音を立てた。

 甲高い声音が叫ぶように。

「おまえが嫌いだ!」

「えっ?」

 ほんとにえっ、っと思った。自分はこの生徒の存在を知っているだけで、特に絡んだことも無く、会話を交わしたことさえ無い。まして恨みをかうようなことに、全く心当たりは無い。

「……僕は、君から嫌われるほど、親しくないだろ」

 静かな声でそう答えるしかない。

「おまえの存在が嫌いだ」

「……」

「俺の前から消えてよ!」

 もうわけがわからなかった。いったい、こいつは何なんだ。そう思った瞬間。突然彼が。謙也に向かって突進して来た。

 危ない。ぶつかられて、身体をぐいっと押された。バランスを崩した身体は、もう少しプールに近いところにいたら。間違いなく、ぬるりとした緑の藻に紛れていたはずだ。

「危ないだろ!」

 渾身の力を込めて、小さな身体を突き返す。

 気味の悪い笑顔だった。確かに彼は笑っていた。

「ドボン!」水音は先ほどの小石とは、比べ物にならないほど大きかった。

 

 5分経っても10分経っても彼は浮き上がって来なかった。

 自分のせいではない。彼が勝手に落ちたのだ。


 走った。15年の人生の中で一番走った。

謙也は決して振り向かなかった。

 悪いのは彼だ。理由もわからない自分に。悪意だけを向けて攻撃して来た。

 だから。

 もし。死んだとしても。彼が悪いのだ。


 いや、あれはきっと夢だったに違いない。だって、あれからどこからも彼は見つからなかったし。そう、あのプールの中からも。

 彼の残した手紙には、『自分は一人で生きて行くから、探さないでくれ』と書いてあったらしいと人づてに聞いた。


 彼は家出人のままなのだ、今も。






「うふふっ、メールを読んでくれたんだ」

「えっ?」

 声変わり前の甲高い声音は、あの時のままだった。忘れもしないゾッとするような声で。

 ちゃんと来てくれたんだと、おもしろそうに囁く。

 ぞわりと、背中を冷たいものが撫ぜたような気がした。身体が硬直して動けない。声のする方を見ようと、振り向こうとするのに、どうしても身体が動かない。


「ずっと、俺に会いたかったんだろ。だから久し振りにお前に会いに来てやったんだ」

 そう言って笑う。背筋が凍りつきそうなくらい、冷たい声が背中で笑っている。

「烏丸なのか?」

「ああ」

「生きていたんだな」

「……」

「僕は……君を殺したんじゃないかと……」

「ずっと罪の意識に怯えていた?」

「そうだ。あの日から僕は……」

「あはははっ」

「なんだ! 笑い事じゃないだろ!」


「……じゃあ、本当のことを教えてあげる」

「えっ」

「後ろを振り向いてみなよ」

 そう言われて、ゆっくりと声のする方を振り向いた。

「……どこへ隠れた?」

「俺なら、ここへいるじゃないか」

 きょろきょろと辺りを見回すが、どこにも烏丸の姿はない。

「ここに、いるったら」

 確かに自分の後ろから、声はするのに。彼の姿をどこにも見つけられない。

「どこにいるんだ!?」

 謙也は、半分怒りを含んだ声で叫んでいた。

「ここだよ」

 至って冷静で、感情のない声音。


「あの日からお前の身体を半分借りてるんだ。本当は全部乗っ取ってやろうと思ってたんだけど。それじゃあ、面白くない気がしてね」

 烏丸が、何を言っているのか、わけがわからない。


「あの日俺の肉体は死んだけど、精神は君の中に生き残ったのさ」

「言っている意味が分からない」

「まあ、そうだろうね」

 そう言ってクスクスと烏丸は笑う。


「俺はあの時、もうあの身体のままで生きていくのが嫌になってた。家も学校も大嫌いだった。だから、誰かに殺してもらおうと思ったんだ」

「そんな独りよがりの思いのために、俺を利用したのか?」

「ああ、そうだよ。誰かを巻き込んでやりたかった。誰でも良かったんだ。幸せそうな奴を思いっきり不幸のどん底へ落としてやりたかった」


「僕は本当に君を殺したのか? でも、君の死体は上がらなかったじゃないか?」

 あははは。

「俺の死体をプールから引き上げて、裏の山へ捨てたのは、お前じゃないか」

「そんなことは、絶対にしていない」

 謙也の記憶のどこを探しても、そんな事実は思い出せなかった。

「じゃあ、スコップを持って堀りに行くかい、裏山に1本、大きな桜の木があっただろう。その樹の下に俺の身体は今も眠っているよ。君の腕時計と一緒に」

「嘘だ!」

「じゃあ、確かめに行くといい」

「……」

 真夏の太陽は殺人兵器のように痛いのに。背中を流れているのは、間違えなく冷や汗だった。


「うふふっ、お前の身体は居心地がいい。もう少し一緒に暮らそうぜ」

「……そうだったのか。それが真実なのか?」

「ああ、君に突き落とされて。苦しかったけど、必死に浮き上がらないよう頑張ったよ」

「それは、自殺と言わないのか?」

「そうだね……僕は半分自殺したんだ」

「自分の自殺に僕を巻き込んだわけだ」

「ああっ……」

 それは、それは、おもしろそうに笑う。

「お前は、そう罪の意識に苛まされる必要もないかもな」

 そう言って、烏丸の高笑いする声をどこか遠くで聞いている、自分がいる。



「……残念だったな、烏丸」

「はっ?」



「僕は君が思ってるほど、タフじゃないんだ」

「どういう意味だ」




「あの日、僕は電車に飛び込んだ」

「……」

「君を殺したと思った罪の意識に苛まれてな。でも、何も納得できないままじゃ、成仏なんかできないだろ」

「おまえは……」

「やっとこれで、天国に行ける」


「もう僕の中には君はいられないのさ。ほら、聞こえるだろ、君を呼ぶ声が。もうすぐ授業が始まるぞ、早く学校に戻れよ!」







「ああああああああああ!!!」






End.



ギリギリ、ドキドキな投稿になっちゃいました。これからもっともっと精進したいです。

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