2.予定外の来客
空がうっすらと明るくなり始めた頃、僕らはムルーア丘の見晴らし台に着いた。誰もいないから本来の姿に戻り、ミクレイの森を見る。
「こうやって見ると結構距離があるものだなぁ」
「そうですね。どれどれ」
ベレンツォは懐から望遠レンズを取り出してミクレイの森を見始めた。うん? なぜベレンツォは望遠レンズなんて持っているんだ?
「ベレンツォ、君はいつも望遠レンズを持ち歩いているのかい?」
「はい、そうでございます。見習い時代に恩師から『遠く先を見通せるようになれ』『一点に気をとられぬよう、広い視野を持つように』と教わったので常に持ち歩くようにしているのです」
ベレンツォは懐かしむように説明してくれた。
説明してくれたはいいが……ベレンツォの解釈がズレているように感じるのは気のせいだろうか? しかし今更その事に触れるのは躊躇われるな。
「勇者様も望遠レンズをお持ちでしょうから、少し森の奥で待機していた方が良さそうですぞ」
「そ、そうだな、そうしよう」
とりあえずそのことには触れず、僕らはミクレイの森へ向かった。
「ここまで来れば見晴らし台から見つけられることはないと思われます。30分おきに入口付近から望遠レンズを使って見晴らし台の様子を見るようにすれば良いと思いますが、いかがでしょうか?」
「それでいいだろう。よし、それではここで待つとしようか」
僕は近くにあった大きめの石に座ることにした。
ふふっ、きっとルミリアの事だからすぐにでも僕の為に飛んで来てくれるはずだ。そして僕は彼女に愛の告白をして――。
「ほぉ~、誰か人を待ってるのか」
「それなら俺達も一緒に待たせてもらおうか」
突然、背後から人を馬鹿にしたような男達の声が聞こえてきた。
「な、何者だ!」
ベレンツォが素早く僕の前に立ち、身構える。
「おいおい、やめときなおっさん。たった一人で俺達ラヴァンドーラに敵うと思ってんのか?」
「ラ、ラヴァンドーラだと?」
ベレンツォはラヴァンドーラと聞いて一歩後ずさった。
ラヴァンドーラ……確か凄腕の冒険者や騎士団ですら手を焼いている極悪集団だったな。
「後ろにいるのはローライトだな」
「貴様、殿下のことを呼び捨てにするとは無礼だぞ!」
「うるせぇなぁ。雑魚はさっさと消えろや」
ラヴァンドーラが剣を抜いた。マズイ、いくら衛兵で武術を身に付けているとはいえこの人数を相手にするのは無理だ。このままではベレンツォが危ない。何とか回避しなくては……そうだ!
「やめるんだ、君達。そこの男は王国の魔術師の中で一番実力のある魔術師だ。この男は金のために王家を裏切り、僕を誘拐した。逆らうと殺されるぞ」
「はぁ? こんなおっさんがスゲェ魔術師だってぇ?」
「ただの頭の固いおっさんだろ?」
ラヴァンドーラはベレンツォを馬鹿にしたように見ている。
「ロ、ローライト殿下、一体何を仰っているのですか !?」
ベレンツォは僕の発言が理解できず、困惑した表情で僕を見てきた。まぁ、話してないのだから当然の反応だ。だが今はその素の反応を存分に発揮してくれ。
「ほら、見たか? この反応を。これは君達を油断させるための迫真の演技だ」
「ローライト殿下、仰っている意味が分かりません。説明をしていただけませんか?」
「まだシラを切るつもりか、この反逆者め!」
「は、反逆者ですと !? 私は王家を裏切る気持ちなど微塵もありません! この身が朽ち果てるまで王家に全てを捧げる気概でお仕えしております!」
「あんな大虐殺をしておいて何を言っている! 君達、ボーっとしてないで早く逃げるんだ。例え君達が悪名高いラヴァンドーラだとしても、僕はもう誰かがこの男の手によって虐殺されてしまうのは嫌なんだ」
僕は必死に訴えかける善き王族を演じる。
「……大将、どうしますか?」
「うむ……」
どうやら奴らは半分ほど信じているようだ。よし、奴らの意識がこちらに向いていない隙にベレンツォに計画変更の話をしておかなければ。
僕はラヴァンドーラに気付かれないようにこっそりとベレンツォを手招きする。
「ベレンツォ、計画を一部変更する」
僕は素早く計画の変更内容を話す。
「おい、何をこそこそしていやがる!」
ラヴァンドーラの1人がこちらの動きに気付き、声を荒げた。
ちっ、気付かれたか。とりあえず一通り変更点を話せたからいいが、ベレンツォが正しく理解できているか確認できなかったから不安だな。しかしもう、どうしようもない。
僕はベレンツォに目で合図を送り、全てを託した。
「……全く、愚かな奴らだ。大人しくさっさと引き揚げていればいいものを」
ベレンツォは先程までとはうって変わって、低い声色で言った。ラヴァンドーラは先程までとは様子の違うベレンツォに警戒して皆、一歩後ずさった。
「私を見くびっていたことを後悔させてやろう。見るがいいっ!」
ベレンツォはそういい放つなり僕に片手を向けた。僕はすぐにメモリーストーンを使ってモルティオの姿になった。
「貴様らのような無知の者にも分かるように説明してやろう。魔術を発動させるために重要なものはイメージだ。そして今私が使った幻術というのは最もイメージが求められる魔術である。
これを一瞬にして別人に、しかも呪文の詠唱をすることなく出来るということは、私の実力がどれ程のものか分かっただろう。今更どこへ逃げようが、私にとって貴様らの命など風前の灯火。一瞬にして消し炭にしてくれるっ」
「ひいぃぃっ !!」
ラヴァンドーラはベレンツォに手を向けられて腰を抜かす者や頭を抱えてしゃがみこむ者、逃げ出す者に分かれた。
や、やるじゃないか、ベレンツォ。指示した僕ですら「この男は危険だ!」と思ってしまうほどだったよ。
……って、感心している場合ではない。逃げ出した者が本当に逃げ切って後から報復でもしに来られたらマズイ。
「動いてはダメだ! 奴は動く者から殺しにかかるぞ!」
僕は叫ぶように声を張り上げて言った。すると逃げ出した者達は面白いようにピタリと逃げるのをやめ、頭を抱えてしゃがみこんだ。
ふぅ、これでなんとかラヴァンドーラ全員、戦意を喪失させて留めることができたか。あとは奴らを上手く誘導してしまわないとな。
「ベレンツォ、僕から1つ提案がある。彼らを仲間として使うのはどうだろうか? いくら凄腕の魔術師である君でも、いつやって来るか分からない追っ手の警戒を1日中君1人でするのは大変だろう」
「ほう、一理あるな。ならば言う通りに奴らを生かしてやろう。
まさか自分の助かる道を狭めてまでこんな奴らの命を助けたいとは。まったく、愚かすぎるほどのお人好しだな。
おい、立て!」
「はいぃぃっ !!」
ラヴァンドーラは怯えた表情をしながら素早く立ち上がった。
「お前らはこの森の入口の見張りをしていろ。追っ手が現れたら死ぬ気でかかれ。
私はローライト殿下を連れて森の奥の休憩小屋で身代金の引き渡し日まで待機している。
そうだ、言い忘れていたがもし逃げたしたり、裏切ろうとした者がいたら……分かってるな?」
「はいぃぃっ !!」
「よし、では行け」
ベレンツォの指示に従いラヴァンドーラは一斉に森の入口に向かって走り出した。
「では我々は小屋へ行くか」
ベレンツォはそう言うと僕の後ろにまわった。どうやら背後から僕が襲われないよう、彼なりに考えて盾になってくれているようだ。王家への忠誠心の厚さがとても良く伝わってくるな。
「分かった」
僕はベレンツォの忠誠心に感心しながらベレンツォと共に小屋へと続く道を歩き始めた。
休憩小屋に着き、誰もいないことを確認した後、僕らはなるべく入口から遠い右奥の部屋で待つことにした。
「や、やりましたぁ……」
部屋の扉を閉めるなり、ベレンツォは脱力して座り込んでしまった。
「よくやった、ベレンツォ。君の演技は指示した僕ですら君が本物の誘拐犯だと信じてしまいそうなものだったよ」
「そんな、私には勿体ないお言葉です。私はただ、昔見た演劇の悪役をマネしただけです。まぁ、守衛任務中に出会った子供の遊び相手で悪役をやって大泣きされたことはありますが」
おいおい、あのクオリティーで悪役を演じたら絶対に子供は泣くよ。手を抜かずにしっかりやるのはいいが、加減というものが出来ないのだろうか。
「ま、まぁとりあえず危機を脱することは出来たから、ルミリアが僕らの元に来てくれるのを待とうか」
「そうですね。しかし当初の計画から大分状況が変わってしまいましたので、勇者様が我々の元に辿り着けれるか……」
「大丈夫、必ず来てくれるさ。なんてったって僕とルミリアは運命の赤い糸で繋がっているからね。運命に導かれるようにして僕の元へ来てくれるさ」
「は、はぁ、そうですか」
「とりあえず僕の手足を縄で縛っておいてくれないか? ラヴァンドーラが突然やって来ても怪しまれないようにしておきたいからさ」
「分かりました、では私は縄を探してきます」
ベレンツォは縄を探しに部屋を出た。
さぁ、あとはルミリアが来てくれるのを待つだけだ。
少し予定外のことがおきてしまったが、ラヴァンドーラがいることで現実味が増したから良しとしよう。緊張感があることでさらに印象に残るだろう。あぁ、ルミリアが来てくれるのが楽しみだ。
読んで下さりありがとうございます!
本編を読まれてない方には意味不明なお話かもしれません(汗)
もし興味を持ってくださった方はぜひ、「ぼっちOL、異世界へ行く(仮)」もあわせて読んでいただけると嬉しいです(^^)
本編も読んで下さっている方、こちらにも足を運んで下さりありがとうございます!
補足としての役割を果たせているといいのですが……これからもよろしくお願いしますm(_ _)m