1.作戦会議 in酒場
うぅ……、何故だ、何故なんだ。どうしてルミリアは僕を見てくれない。どうしてみな僕を置いてどこかに行ってしまうんだぁ。
「マスター、おかわりを頼む」
僕はマスターに酒のおかわりを頼んだ。
「はいよ。兄ちゃん、酒はこれで最後にした方がいいんじゃないか? これで20杯目だぜ」
「大丈夫、僕はまだまだいけるから」
「いやいや、飲みすぎだって。明日はきっと酷い二日酔いで仕事どころじゃなくなっちまうぞ」
「そんなことよりもどうして女性は僕を置いてどこかへ行ってしまうんだ。僕の何がいけないんだぁ」
「そりゃあ、話し掛けておいて急に寝ちまうんじゃなぁ」
「あぁ、僕はどうして……」
「あー、ダメだこりゃ」
マスターはやれやれといった様子で首を振っている。あぁ、これまでにたくさんのお客から色んな話を聞いているだろうマスターですらお手上げとは、もう……。
「そこにいるのはモルティオ殿ではないか?」
僕が落ち込んでいると後ろから中年の男に声を掛けられた。はぁ、中年おじさんは今お呼びじゃないんだけどなぁ……。
「いらっしゃい。お客さん、この人の知り合いかい?」
「えぇ、まぁ」
「ちょうど良かった。酷く落ち込んじまってるから話を聞いて元気づけてやってくれよ」
「了解した。モルティオ殿、こちらの席でゆっくりとお話を聞きますよ。ここならあまり他の人に聞かれずに済みますから、ささ」
マスターのありがた迷惑な気遣いのお陰で僕は中年おじさんと話をしなくてはならなくなってしまった。
はぁ、面倒なことになった。僕は本物のモルティオじゃないから不審に思われないように振る舞わなければ。
席を移動し、僕らは隅のテーブル席に着いた。
「一体どうされたのかね? 私でよければ相談にのりますぞ」
ん? そういえばこの声、聞いたことがあるな。
顔を上げて中年おじさんを見る。中年おじさんは、真面目だけど残念な勘違いをして問題を起こすことで有名な衛兵のベレンツォだった。
「珍しいじゃないか。真面目な君がこんな時間に酒場に寄るとは」
「少し前に備品の確認作業が終わったのだよ。上から明日、いや今日は休みをとるようにと言われたから久しぶりに酒でも飲もうと思って来たのだ。
話を戻すが一体どうされたのかね? 私が力になりますぞ」
ベレンツォは張り切った様子でこちらを見てくる。果たしてベレンツォに相談して僕の悩みは解決できるだろうか……。まぁ、話すだけ話してみよう。
僕はとりあえずこの酒場で会った女性達が僕に興味を持ってくれないことを話した。
「なるほど、そうですか……。実際に見たわけでないから的確なことは言えないが、城でのモルティオ殿の女性に対する振る舞い方と違うような気がしますな。その違いが問題なのかもしれないですね」
「一体何が違うんだ?」
「話を聞く限り、酒場でのモルティオ殿の行動はまるでローライト殿下のようです。酒の力によって積極的になれたはいいものの、自分をコントロールしきれていないと思いますぞ。酒の力に頼らず本来の自分であたっていく方がいいのではないかね?」
「おぉ、そうか!」
実はあまり期待していなかったが、まさかこのようなアドバイスをしてくれるとは思ってもいなかった。よし、それなら――。
「次からは酒を飲まないでルミリアに会いに行くぞ。そうすればルミリアは――」
「モルティオ殿!」
突然ベレンツォは険しい表情で鋭く名を呼んできた。
「いくらローライト殿下にお仕えするモルティオ殿であっても、勇者様のお名前を呼び捨てにするのは許されませんぞ! そもそも勇者様に対して――」
ベレンツォは本気で怒っているようだ。僕はモルティオじゃないんだから別に――あぁ、そうだった。まだ僕が何者なのか言ってなかったんだった。
「ベレンツォ、僕はモルティオでなはい。これを見てくれ」
僕は懐から王族の証である王家の紋章が刻まれた指輪を取り出した。
「急に何をおかしなことを。私の話はまだ終わって……まさかっ!」
ベレンツォは顔面蒼白になりながら口をパクパクと動かしている。
「あ、あなた様は一体……?」
「僕はローライトだ。今は訳あってモルティオの姿になっている」
「し、失礼いたしましたっ !!」
ベレンツォは慌てて立ち上がり何度も深く頭を下げてきた。
「とりあえず座ってくれないか? 目立つのは良くないからね」
「ははっ!」
ベレンツォは素早く椅子に座った。
「無礼な発言、態度をとってしまい大変申し訳ありません!」
「僕が先に言ってなかったからね。気にしなくていいさ」
「ははっ、寛大なお心に至極恐悦でございます!」
「とりあえず先程と同じようにモルティオとして接してくれ」
「それは……」
「まぁ、名前を呼ぶときだけでもいいから」
「りょ、了解しました」
ベレンツォは持っていたハンカチで軽く汗を拭きながら答えた。ふう、これで暴露は済んだな。
「先程の話の続きなんだが、酒の力を頼らずにいけば、ルミリアは僕を見てくれるようになると思うかい?」
「それは……申し訳ありませんが私などには判断できません」
「そうか」
そうだよな、ルミリアのことをよく知っている僕ですら判断できないんだから、ベレンツォが分かるわけないか。
「あの、勇者様の意識をご自身に向けさせたいのであれば、何かインパクトのある大きなきっかけでもあれば良いのではないでしょうか?」
「ふむ、インパクトのある大きなきっかけか」
確かにこれまではルミリアと軽く会話したくらいしかないな。よし、それなら――。
「僕が誘拐されるのはインパクトのあることではないか?」
「は、はい? 今なんとおっしゃいましたか?」
「僕が誘拐されたところへルミリアが助けに来る。とても印象に残るきっかけだと思わないか?」
「確かにおっしゃる通りですが……一体どうやって実行されるのですか?」
「計画はこうだ。犯人役は君だ」
「えぇっ、わ、私ですか !?」
「君以外に頼める者はいないからな。大丈夫、責任は全て僕が持つ。ちゃんと捕まらないようにするから」
「わ、分かりました。それでは計画内容を教えていただけますか?」
「そうだな。まず始めに身代金要求の手紙を送らなければならない。君は何か紙と書くものを持っていないか?」
「こちらでよろしければ紙と書くものはあります」
ベレンツォは胸ポケットからメモ用紙と万年筆を取り出した。準備がいいじゃないかベレンツォ。
「僕が書くとモルティオに筆跡でバレてしまうだろうから、君が書いてくれ。内容は『身代金の受け渡しは3日後』で『受け渡し場所はムルーア丘の見晴らし台』、『兵を動かせばローライトの命はない』と書いてくれ」
「あの、兵を動かしてはならないと書いてよろしいのですか? そうしたら勇者様は動けないのでは?」
「ベレンツォ、勇者は我が国の兵ではない。上級貴族の1人だ。だから兵ではない勇者の出番になるんだ。
それに、父上のことだからきっと民を不安にさせないために内密で勇者に頼むことだろう」
「なるほど、さすがでございます。要求金額はおいくらにしますか?」
「適当で構わない。まぁ、十桁くらいの額にすればいいだろう」
「か、かしこまりました。……こちらでよろしいでしょうか?」
書き終えたベレンツォは確認のため、僕に文面を見せてきた。
……うん、完璧だ。これならいいだろう。ただ字がやたらと綺麗すぎるのが気になるが……まぁ些細なことだ。王族誘拐事件がおきてる時にそんなことを気にするものは誰もいないだろう。
「完璧だ、ベレンツォ。あとはこれを城に届く書簡に紛れ込ませておけばいい」
「そのあとはどうされるのですか?」
「ムルーア丘の近くにあるミクレイの森で身を隠しておく。そしてルミリアが現れたら僕はルミリアの元へ行き僕の気持ちを伝える。君はその間に王都に帰ってしまって構わない」
「了解しました! この計画が無事に達成できるよう祈っております! それでは早速行動を始めますか?」
「そうだな」
「ではお会計を済ませてきます。ロー……モルティオ殿はここで待っていて下さい」
ベレンツォは支払いをするためにマスターのところへ行った。
数分後、ベレンツォは肩を落としながら沈んだ様子で戻ってきた。
「どうしたんだ、ベレンツォ。具合でも悪くなったか?」
「い、いえ、なんでもありません。ただ衝撃的な事があっただけですので」
マスターのところへ支払いをしに行った短時間で衝撃的な事があったとは。……思い出させるのは悪いから触れないでおこう。
「それでは気を取り直して計画を実行しようか」
「は、はい!」
僕らはマスターにお礼をいって酒場をあとにした。