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秋の大捕り物!怪盗ホワイトを追え!

 1990年、11月。それはある晴れた秋の日の事。



「バイト?」


「おお。おれも、何度か確認してみた。でも間違いなかった。バイト募集って書いてあったんだよ」


 休日を満喫しているであろう南部や瀬古、春風は居ない。今日は日曜日だもの。


 寮の中庭。若者達のいつもの溜まり場にて、鬼業は河川に言ってみた。


 街をぶらぶらして帰って来た鬼業は、玄関口に貼られていた「バイト募集」の貼り紙を見つけたのだ。


「でも、ここ。バイト、副業は禁止のはずじゃ」


「そこだよなあ」


 河川の疑問も最も。


 武力外交官見習いは、扱いとしては公務員だ。鬼業らは、給料ももらっている。だからアルバイトの類は基本的に禁止。南部のようにプロボクサーになりたい、それも現職中にでも、なら届け出を出さなければならない。後ろ暗い仕事ではないので、南部の要望程度なら問題無いだろう。


「玄関に貼ってあったなら、寮の管理人さんしか居ないよねえ」


「うむ」


 つまり、オッケーなのだろうが。


「で、どんな仕事だったの?」


「警備員、って書いてあった。美術館か博物館か忘れたが」


「美術館の警備?」


 よく分からない仕事だ。


 これが日本に密輸入される麻薬を護衛のマフィアごと潰せ、とかなら理解出来る。ここに持ち込まれる理由と合わせて、納得出来るが。


 たかが美術館でどんな荒事あらごとがあると言うのだ。一般の警備会社に持ち込めば良いだろうに。


 気になった河川は、直接その貼り紙を見に行く事に。鬼業も付いて行く。



 ・・・怪盗ホワイトを名乗る、神出鬼没の盗人。その犯行手口は1ヶ月前の予告状から始まり、丁寧に1か月後に実行。そして盗まれた美術品は、更に1か月後、無事に戻る。


 諸君ら、武力外交官見習い達には、この怪盗をとっ捕まえて欲しい。警察まで出張って、まんまと盗まれる事数回。最早、手ぬるい真似は出来ない。よろしく頼む・・・



「誰だろう?これ、警視庁から出されたんじゃないね。政府でもない。かと言って、虎星教官の文体でもない」


「うーん・・」


 河川の疑問に、当然のように鬼業は答えられない。


 玄関にあった以上、非合法のルートでない事だけは分かるが。


「それで?鬼業は受ける?」


「分からねえ」


 報酬は、成功すれば100万円。失敗でも、警備に付いた当日分の日給が支払われる。悪くない条件だ。


 悪くない仕事だが。


「泥棒風情におれらが出てって力を振るうのは、いじめじゃねえか?」


「確かに」


 もちろん、美術館、博物館は迷惑を被っているだろうし、見過ごす事など出来ないだろう。それは分かるが、鬼業らが出るのは、泥棒に向かって街を1つ壊滅させる兵器を用いるのと同等。過剰戦力なのだ。


「まあ、南部あたりは海外への渡航費用に要るかも知れねえ」


 ボクシングでメシを食うにしても、ある程度まではどうしても金が要る。貯金はいくらあっても足りないだろう。


「怪盗かー。ちょっと興味はあるかな。鬼業は?」


「うーん。足は早いんだろうけどなあ。それなら春風の方が強いだろうし」


 結局それか。河川は、もう慣れてしまった鬼業の趣味に、微笑むだけだった。


「うん。私も南部に付いて行って、怪盗の姿を見てみたいな。捕まえるのは、彼に任せるにしても。見るだけ見てみたい」


「なるほどなあ。じゃあ、おれも行こうかな。強そうなら、手伝わせてもらおう」


 ですねー、と言う事で、晩御飯前の軽い組み手。


 本当に軽くなので、お互いケガをしないよう気を付けて。



 河川の後退の跡には、鬼業のかかと落としがめり込んだ。中庭には、このような跡が無数に存在する。


 後退、即前進。河川は全速力で距離を詰め、鬼業の服を掴む。袖さえ掴めれば、そのまま何でも出来る。


 鬼業の右手首を己の右手で掴む。自身の左手で鬼業の右肘を極め、投げる。全力で打ち込んだ左掌打は、それだけでも自動車の1台くらいなら粉々に出来る。例え、鬼業の腕が微動だにせずとも。


 その勢いで鬼業は時速200キロで横回転、河川の思うがままに振り回され、地面に叩き付けられた。


とん


 足裏から。


 綺麗に着地した鬼業は、やはり軽く河川の腹に左拳を当てた。



 死んだ、としか思えない衝撃を食らいつつ、それでも意識を保っている河川は全力で体を逃がす。腹を貫く衝撃も、後方へ下がれば、何とか和らぐ。


「流石は河川。おれが一撃当てても、平気で反撃するんだからなあ」


 そう。河川は、打撃のダメージを殺しつつ、掴んだ袖を放しはしなかった。ちゃんと、鬼業の腕を極めようとしていたのだ。


 だが。初手でそれをしなかったのも、河川。


 何故か。


「オオ!!」


「良い気合だ」


 テコの原理を使いつつ、鬼業の右腕をへし折らんとする河川だが、鬼業の腕は動かない。


 つまり、鬼業の腕力は、少なくとも河川の数倍はある。そう言う事だ。だから、先手で腕を折るのではなく、大地に叩き付ける事を優先した。


 河川に右腕を掴まれたまま、鬼業はその右腕を大地に打ち付ける。


ゴア


 直径1メートルほどのクレーターが出来た。そして寸前で手を放せた河川も、足裏から綺麗に着地。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 お互いに礼。


 そして鬼業の開けた穴を塞ぐ作業に移る。クレーターとは、周囲に土の寄った状態。それを、周囲の地面を大木槌で叩く事によって、ならして行く。ここで鬼業が蹴りこんでならそうとすると、今度はもっと深い穴が開くので注意だ。素直に木槌を使うのが良い。


 鬼業が叩いた地面を、河川がくわで丁寧に撫でて行く。これでまあまあ良し。



「お前ら。また、ここでやってたのか。修練場を使えって言われたろ」


 その通り。稽古中、鬼業を始めとする人間の苛烈な攻撃によって、地形が変わる、周囲の建築物に被害が出るなどの影響が出始めたため、ここから離れた山中の修練場の使用を推奨されている。


「お帰り」


「瀬古か」


 瀬古に続き、南部、春風も帰宅。夕食も終わった頃、全員で玄関に集まる。


「これか。確かに、バイトって書いてあるな」


「だろ」


 まじまじと見る瀬古に、鬼業も答える。


「確かに、おれも金は欲しいけど。皆で行くなら、皆で受けようぜ。おればっかり走り回るのもダルいし」


「良いけど。私達5人で出るなんて、なんかお祭りに行くみたいですね」


「あー」


 南部の提案に、春風も同意。そして河川も春風の言葉に理解を示す。


 そうだ。確か、夏祭りの時もこうして出かけたものだ。地元の人間である木の実が、まだ北海道で入院しているため、皆で屋台を探索していたのだ。


「まあ、夜間警備のはずだろ?終わったら遊びに行こうぜ」


「ゲーセン?」


 鬼業と瀬古の意見。ボウリングは危険だから、選択肢に入れていない。言うまでもなく、ボウリング場が破壊される危険性が高いため、行く気がしないのだ。


 普段なら門限のある寮生活だが、バイトとして外出しているなら、許されるだろう。



 翌日の授業に於いて、虎星教官にも確認を取る。やはり、ちゃんとした仕事らしい。



「んで。勤務時間は?」


「午後5時の閉館時間から敵は来るらしい。そこから翌日の午前9時の開館時間までだ」


「長いな」


 瀬古の疑問に、実際に電話で聞いてみた南部が答える。


 鬼業の感覚としては、長い。3人と2人で交代した方が良くないか。


「でもまあ、良い経験かも知れません。警備のお仕事は、先のプレシオサウルス騒動でもちらっとだけしましたけど。こう言う、人間相手は初めてですからね」


 春風は案外ポジティブに捉えているようだ。


 武力外交官の本職は、間違ってもガードマンではない。どちらかと言えば、ガードされる側だ。


 だが、その真実の姿は違う。一般人をガードする警備員を含め、全国民をガードし、且つ自由に動く。そんな無茶な存在。それが武力外交官。


 今回は、勉強させてもらえるかも知れない。




 その後、新聞、テレビの情報をかき集めた所、中々面白そうな奴だと分かった。



 怪盗ホワイト。


 その名の通り、真っ白なスーツに身を包んだ不審者。基本的に夜に来るので、馬鹿みたいに目立つ。だが、その見た目でありながら、一度たりとも捕まった事はない。警察まで出張った現場で、誰もその衣服に触れる事さえ出来ていない。


 そして襲撃時間を閉館時間から、開館時間までに指定しているのも、一般人を巻き込まないようにするためらしい。インタビューに成功したテレビ番組に、怪盗ホワイト本人からのメッセージが残されている。


 民間人を巻き添えにしない姿勢と、その派手な犯行ぶりから、実は市民の人気はかなり高い。


 警備員や警察にも暴行の被害者は出ていない。美術館関係者以外からは、ほぼ恨まれていないと言っても良い。


 ホワイトグッズも、非公式ながら流通し始め、インタビューしたテレビ局では、義賊怪盗が主人公のドラマがスタートした。




 以上、ざっとした概要だが。


「触れられた事も無いだと?」


 鬼業の嬉しそうな声を聞いた皆には、不安しか無かった。絶対に、過剰防衛を取られる。しかも、国民人気の高いホワイトを無意味にボコったとなれば、お咎めは免れないだろう。


「おれが仕掛ける。鬼業、お前はそれまで動くなよ」


 南部が言い含める。自分が何とか気絶でもさせて取り押さえるしかないだろう。鬼業を動かすと、不味い。


「了解了解」


 鬼業も、人の獲物を勝手に取るほどには飢えていない。教官達に、戦友達。皆強くて、ご機嫌なのだ。




 バイト当日。


 場所は、東京 鬼才きさい合祭がっさい美術館。周辺は既にマスコミや野次馬の人だかりでいっぱいだった。そのための交通整理さえ出ている始末だ。


 人々は、特等席で怪盗ホワイトの華麗な犯行を見るために集まっている。


 警備の人員も、数百人。美術館内部もすし詰めで、周辺道路に警備の姿を見ない通りは無い。


「この状態で、触れられる事無く、窃盗を成功させる、か」


 瀬古の発言に、皆が考えを改める。思った以上に、やるようだ。


 この状況なら、この5人でも難しい。鬼業でも、誰も傷つけずには、恐らく不可能。それをやるホワイト。




 おれより、強い?


 鬼業は、心からの喜びを覚えた。


 全力で戦える相手に、会える。




 鬼業らは、場所を割り当てられるのではなく、自由に動いて良いらしい。


 やはり、誰からの依頼か不明だ。警察でも警備会社でもない。ましてや外務省でもない。


 まあ、良い。ひょっとしたら、虎星教官のツテを頼って、美術館関係者が出したお仕事かも知れない。



「出るまでは退屈だな」


「まあなあ」


 鬼業の軽口に瀬古が答える。


 5人固まっていてもしょうがないのだが、バラバラで居ても、やはり意味は無い。たった5人しか居ないのだ。他の警備のような人海戦術は使えない。


 トランシーバーもポケベルも持っていないので、連絡手段も無いしな。


 美術館2階。特別展示スペースにて、狙いの美術品、東京マドンナの像、その周囲に居る警備員らと共に立ち尽くす。



 「東京マドンナの像」。重量120キロのフルメタル像だ。現在は布をかけて保存されている。


 これを盗み出す。


 ホワイトは、犯行に重機を使った事は無い。つまり、鬼業達と同じく、人を超えているのだろうな。


 そして場所は常に衆人環視の最中さなか


 何をどうやればそんな事が可能なのだ。



「さてさて。どう来ると思う?」


「やはり、煙幕?」


 鬼業の展開した話題に、自分なりに答える春風。


 春風自身が盗み出すなら、そもそも予告状など出さないし、最も警備の手薄な昼間、人の少ない時間帯を狙うだろう。人が居て尚且つ注視もされていない瞬間。その時、さらっと盗む。


 即ち春風でも、この状態で「上手くやる」自信は全く無い。


 あえて言うなら、人の目を誤魔化さなければ、どうしようもない。故に煙幕。


「純粋に早い。もしくは、優れた歩法とか」


 これは河川の技術を見知った南部の意見。


 フットワークには自信のあった南部だが、河川の技法には舌を巻く。


 まさか河川レベルではないだろうが。それに近い領域の人間なら、不可能ではないかも知れない。南部はそう思った。


「人間を倒さず、って言うのが無茶だよなあ」


 瀬古の言葉には、全員が同意する。


 倒して良いのであれば、この5人なら簡単に出来る。


 だが、誰も傷つけずには不可能。単純に、道が無いのだ。


 過去のホワイト襲撃時、人の通り抜けられる隙間を埋めて警備員は人の盾になったはず。ホワイトは武装していないのだから、そこに危険性は無い。


 それでいて、誰にも触れられない。


 人間業では、絶対にない。



 午後5時。館内から一般人は居なくなった。居るのは、職員と警備の者だけ。


 ここからだ。



「いつものホワイトのやり口なら、夜闇に花火を打ち上げてから侵入とか、川からイカダや屋形船で侵入とか。決まりきった時刻じゃなく、あちらの都合の良い時刻に来る感じですね」


 ひと通り調べてくれた春風からの情報。


 現在、秋のまっただ中。夏祭りもしていないし、クリスマスツリーも点灯していない。何をキッカケに来ると言うのだ。



いしや~きいも~



「お。誰か買って来るか?」


「おれはもう良い。春風の焼いてくれたのが美味かったし」


 まるで緊張感の無い鬼業に、瀬古が答える。実際、春風の落ち葉で焼いてくれた焼き芋は甘く美味しかった。


「・・・季節の風物詩」


 河川のつぶやきで、南部と春風が気付いた。



 あれだ!



「おれが行く!鬼業は像のガード!春風も来てくれ!」


「承知!」


 疾風となって駆け出した南部に、春風が遅れず付いて行く。鬼業、瀬古、河川はそのまま警備。



 窓を開け、そこから直接館外に飛び出した2人。石焼き芋の軽トラは。


 居た!美術館の目の前の道路をゆっくりと徐行運転している。そして誰も警戒していない。


 上手い、と春風は感心した。



 居るなら、助手席か?


 南部が駆け寄り、声もかけず助手席のドアを開ける。


「こんばんわ」


 だが、そこに居たのは、白スーツの人間ではなく。


「はい。美味しいですよ」


 ちょっと驚いたような顔をした、普通の店主だった。



 ハズレ?


「あ、あの。5個下さい」


 流石に、間違えました、とは言えなかった南部である。


 春風は、周囲を見回している。季節の風物詩と言う、河川の目の付け所は間違っていない。


 近くに居なければいけないのだが・・・。



 芋を受け取り料金を支払っている南部を尻目に、春風はずっと探し続けている。


 しかし。見えない。



 空気も読まず、焦る春風の鼻をくすぐる良い匂い。芋ではない。


 これは、サンマか。


 そうだ。明日はサンマに・・・・・!


 こいつか!?



 春風は全速力を以って、近所の定食屋に直行。


 だが。


「ご注文は?」


 定食屋内は、それは当然白いエプロンのそろい立つ場所ではあったが。


 白いスーツの人間など、居なかった。


「・・・間違えました。すみません」



 馬鹿な。敵は一体、何処から来ると言うのだ!




 同時刻。


 美術館内部、図書収蔵庫。


「秋は。読書の秋だろう」


 積まれたダンボールの中から出て来るなり白のスーツを着始めたヘンタイが、独り言を呟いた。




カン



 美術館1階玄関ホールに響いたその音に、待機していた全ての警備員の目が向いた。


 その瞬間。


「お疲れ様」


 美術館2階フロアに足を踏み入れていた者が居る。




「空気が変わった」


 雰囲気の変わった鬼業。それから少し遅れて、河川、瀬古も気付いた。


 1階が騒がしい。




 そして鬼業ら、2階警備陣の前に現れた者。


 白のシルクハット。白のマスク。目だけが見える顔に、白フレームのメガネ。そして白のスーツ。


「こんばんわ。怪盗ホワイトです」


 ご丁寧な自己紹介を繰り出す、一目ひとめで分かるバカ。



 こいつかよ。



 少々、気の抜けた鬼業だが、仕事はやる。


 それに、南部や春風の追跡を振り切ったとなれば、見た目のままのバカでは絶対にない。


 鬼業が前に出、河川、瀬古が像の左右に立つ。


 そして一応の手加減をしつつ繰り出された右拳は、時速150キロ。常人が食らえば死なない程度に体がメチャクチャになる一撃。


 その攻撃の後。


 鬼業は怪盗ホワイトを見失っていた。




「ほう」




 鬼業が、本気になる。




「オ!!」


 瀬古の気迫により、鬼業は殺気を削がれた。


「追いましょう!」


 河川に続き、鬼業、瀬古も走り出す。



「あんな狭い場所で本気になるな!警備員まで巻き込んじまうだろうが!」


「おお!わりい!」


「でも、何処に行ったんでしょう!」


 瀬古の注意を素直に受け止める鬼業。そして周囲への警戒を怠っていなかったはずなのに、全くホワイトの気配を感じ取れない3人。



 相手は120キロの金属像を所持しているのだぞ。


 かさばるし、その重量で足音も消せないはずなのに。



 あの時。


 鬼業の拳が空を切ったその瞬間には、既に奴は像に手をかけていた。


 河川の瀬古の反射速度より早く像を奪い去った。


 そして鬼業の目にすら残像しか残さず、天井を走っていた。そのまま壁を走り、警備の手を完全に振り切り、玄関から堂々と逃げて行った。


 像を持ったまま、警備の誰にもそれをブチ当てず、壁にも自動ドアにもかすらせず。


 更には美術館を抜け出す瞬間を目撃出来ていたのは、鬼業、瀬古、河川の3人のみ。




 身のこなしは河川や春風にも匹敵し。そして明らかに、鬼業よりも速い。




「河川!!」


「南部!逃げられた!!」


 大通りに出たこちらに気付いた南部。瀬古が状況を端的に説明する。



 鬼業の表情を見て、2人も本気になる。


 鬼業は、喜ばしそうに笑んでいた。



 マスク姿は、考えるより遥かに視界がせばまる。更にあのマスクには口元の呼吸穴が開いていなかった。


 奴は、視界に制限がかかった状態で浅い呼吸のまま、あの動きを示したのだ。


 つまり。


 鬼業から逃げおおせる事すら、ホワイトに取っては、激しい動きではなかった。



 戦いたい。鬼業は強くそう思った。



わああああ


 悲鳴、じゃない。


 歓声だ。


 ホワイトが、ビル壁面を走っている。左手には、もちろん布の被せられたあの像が。


 サーチライトに照らされたホワイトは、観衆に向けて右手を振りながら逃走している。



「野郎。好き勝手やりやがって」


「ここからは、早い者勝ちで良いか?」


 瀬古の呟きに答えるではないが、鬼業の言葉が静かに響いた。


 その言葉に誰かが反応する前に、鬼業の姿は消えた。



ゴ!


 道路を蹴り、ビル壁を蹴り、ホワイトに一気に迫る影。



 だが、ホワイトは尋常じんじょうではなかった。



「パス」


 声をかけると同時、像は鬼業の方に、ふわりと投げられた。


 鬼業はホワイトから目を離さず、像を受け取る。


 その像の真後ろに回ったホワイトを、鬼業はまたも見失ってしまう。120キロの像は、それなりに大きく幅を取るからな。だが、ここで鬼業が視界を確保するために動くと、像を受け取れない。


「ちい」


 鬼業は追跡を断念。像を抱えたまま、着地。像を壊さぬよう、衝撃を殺しつつ。



「春風と南部が走った。おれ達はこれを美術館まで送って行く」


「ああ」


 瀬古の説明にも、鬼業の気は乗らない。


 取り逃がした。自身の能力の全てが発揮出来る状態で。



 何者だ。


 そればかりを考えていた。




 東京マドンナの像は、無事美術館に戻った。これにより、警備に付いた者全員の名誉は回復された。


 が。怪盗ホワイトを逮捕までは出来なかったので、警察の威信はまだこれからだ。




 後日。


 休日の鬼業は、1人で出かける事が多くなった。修練場に出向き、全開で動くために。


 仲間達もまた、その鬼業に勝手に付いて行き、そして共に修練を積む。





 某日。某県、某所。



 あれが今の以無か。


 向き合った瞬間に心臓が止まるかと思った。


 本当に立ち会えばどうなるかな?


 万が一は。使うか。



 前進の体捌たいさばきと横入りの足運び、更に後退の重心。この3種を入れ替え、混在させる歩法。これを見せる時が、勝負の時。


 殺し合う前に、練習しとこう。実戦で使った事はまだ無いのだから。


 そのような相手に恵まれる事も無かった。



 それを使うかも知れない敵。


 初めて会った怪物。


 以無鬼業。



 怪盗ホワイトを名乗る者にも、その名は強く刻まれた。





 そして。鬼業達と怪盗ホワイトの縁は、まだまだこれからも続くのだけれど。


 その話は、またいつか。

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