さらばヤッシー!こんにちわ首長竜!
ざばあ!
明るい水面に浮上、水上が見えるので鬼業は一気に浮き上がった!
「・・・・・塩辛い?」
呼吸をするため、一時的に気を解いたが。その拍子に口に入った水は、辛かった。
湖でも川でもない。ここは、海なのだ。
よく周囲を見渡すと、岸が見える。
水竜も見える。
着いた。
「刺激しないように、ゆっくり上がるか」
「だな」
先に浮上した鬼業に習い、瀬古も上がる。河川もそれと同じく、無言で上がる。
そこは、夢のような世界だった。
薄っすらと注ぐ陽光を浴びながら、寝っ転がっている水竜の群れ。自分達が急に小さくなってしまったような感覚を覚える、非現実的な光景。
キョアア
水竜の鳴き声。初めて耳にするそれは、その巨体に似合わぬ可愛げなものだった。
鬼業達は、水竜の居ない場所を探し、一旦腰を落ち着ける。
「柄にもなく、素直に感動している」
鬼業ですら、一時、戦いを忘れた。
「おれもだ」
「私もです」
3人共、ただただ心ゆくまで、水竜を見つめ続けた。
と。
ぼちゃん
「食事か」
1匹の水竜が、先ほど鬼業らが通って来た水路に入って行った。
そして別方向に潜ったようだ。透明度は恐ろしく高いが、見えなくなった。
数分後。
ざあ
帰って来た水竜は、仲間の下に戻ると、口から魚を吐き出し始めた。
「鵜かよ」
思わぬ光景に、鬼業も驚いた。
「鳥も確か、あんな事するよな?」
「ええ。主に、親鳥がひなのために」
瀬古の言葉を河川が付け足す。ではあれは、親竜か。
「あれは・・・」
河川が何かに気付いた。
「何だ?」
「カツオ?」
瀬古からの問いに、河川も、まだ不確かながらも答える。
水竜の吐き出した魚の中に、海の魚が見える。
だが、まだ何か、河川は訝しがっている。
「何が可笑しいんだ?ここは海に繋がっているんだ。カツオぐらい取れるだろう」
鬼業の率直な意見。だが。
「では何故、今まで私達の通って来た水路には見当たらなかったのか。そしてここが海に繋がっているなら、今まで水竜が見つからなかったのは?」
「むう・・・・」
全く分からん。と言うか、鬼業はそこまで考えていなかった。
そして更に河川は気付いた。
「量が少なすぎる・・・」
「そりゃまあ、1匹で運んだ分量だからな」
河川の疑念に、瀬古が答える。
「だから、普通、群れの親全員がエサを取りに行くはずなんです」
親は漁場でそのまま食事、その後、子供へのお土産を持ち帰る。そしてその往復をするのだ。だから、親全員が行くはずなのに。
「だが、行ったのは1匹だけだった・・」
今度は鬼業も、河川の考えについて行けている。
ここで河川は、思考を深める。
ルートは把握した。後の事は、動物の専門家にでも任せれば良いのだが。自分も知りたい。
1説。群れの水竜達が病気や怪我で漁に行けない。これは無い。全員、顔色も良さそうだし、エサも元気に食べている。
2説。仲間内で、はっきりとした役割分担が有り、あの1匹が狩猟係だった。これは不明。だが、非効率なように思える。あの体格で仲間の収穫だけを頼りにするのは、不合理過ぎないか。
3説。あの水竜だけにしか出来ない何かが有る。これかな。
そしてそれは、あの水竜の体格に関係しているのではないか。
漁に出た水竜は、仲間の中で、そこそこの大きさ。大き過ぎはしない。対して残った仲間は、立派な体格。
湖に現れたのも、大きいとは言え、子竜。
・・・「地下で何かが起きた、のだと思います。それであいつは移動出来なくなって、エサを取れず湖に出るしかなくなって」・・・。
地上での話し合いの中で聞いた、山中竜の言葉だ。
「恐らく」
河川は、考えた事をまとめる。
「太平洋に繋がるラインが、かつては存在した。そこからフタバスズキリュウ、あるいはプレシオサウルスが入って来た。そして絶滅を逃れた。生き残った水竜達は、人間にも見つからず、種を保ち続けた。だが、つい最近、漁に出ていたルートが塞がれた。と言っても、完全に潰れたわけではなく、小さな水竜なら侵入出来るようだ。以上」
おー
瀬古、鬼業共に感嘆するしかない。流石は、河川だ。
だがあくまで推測に過ぎない。ちゃんとした調査が必要だ。・・・どうやって調べるのかは、知らないが。
「おれ達のやるべき事は、現在地の把握。塞がれたこいつらのエサ場へのルートの確保。この2つで良いのか」
「二手に別れるか?おれと河川で現在地を調べる。鬼業、お前なら1人でも道を開けるだろう」
鬼業の再確認に、瀬古が提案を出す。
「単純な腕力なら、それで十分でしょうけど」
河川は、鬼業のやり過ぎ、通路の壊滅的な被害をちょっとだけ心配する、が。
「ま。水中なら、お前らが居てもしょうがない。陸上で働いてもらった方が良いだろうな」
「そう言う事だ。ボンベ背負って水の中で、常時の動きは出来ない。悪いが、頼んだぜ」
「頼まれた」
手を打ち合わせる鬼業と瀬古。妙案が有るわけでもない河川も、最後には同意した。
鬼業は先ほどの水竜の動きを思い出す。あの先に、彼らの漁場が在るのだ。
気をまとい、一直線に目指す。無駄に時間をかけても意味は無い。風景は、来るまでに楽しんだしな。
在った。水竜の昼寝所から、そこまでの距離でもない。ざっと2キロか。鬼業は何回かの上下移動を繰り返したが、やはり水路と陸路が交互になっていた。
「なるほど」
確かに、これでは通れないだろうな。
崩れた天井が降り積もり、通路を狭くしている。通るためには、残った天井岩盤と、堆積した石ころで高くなってしまった床との隙間を行かなければならない。水竜のサイズなら、ほふく前進をするような格好を取る必要があろう。
シ
壊しても問題の無さそうな箇所を切る。天井をまず、広くする。道具は、もちろん手刀だ。
そして堆積した岩塊を捨てなければならない。鬼業自らが切った天井もだ。いくらか広い岩で、掃き清める。ほうきのように数百キロの岩を扱う鬼業は、石ころを通路の広い箇所に集める。通路の広さはバラバラ。広い部分は、100メートルは横幅があるので、まあ大丈夫だろう。
ちょっとした土砂は、水竜が通れば、その体積で自動的に消えるだろう。大まかに掃除すればそれで良い。
「こんなもんかな」
後は、実際に水竜が通れるかどうかテストすれば終わりだが。そう都合良くも行かないか。
キュオ
来た。
水竜は、鬼業を物珍しげに見届けながら、陸路を普通に進んで行った。体をくねらせながら、器用に前進している。端っこに避けてやった鬼業も、興味深く観察していた。
そして鬼業は、水竜の後を付ける。閉鎖箇所が1箇所とは、限らない。
だが、どうやら大丈夫のようだ。
更に1キロほど、陸路と水路を進んだ所で、漁場に到着。鬼業もその目で、カツオを始めとする魚を取る水竜を目撃した。
あえて言おう。わくわくした。
河川と瀬古は、昼寝所の天井を目指し、登っていた。
まずは瀬古が素手で岩壁を登る。その後ロープを垂らし、河川も。更に新しいロープを取り出し、これを何十回か繰り返す。
瀬古には山登りの経験は一切無いが、岩肌に指先を打ち込みながら登れたので、案外楽だった。これがもっと脆い岩なら、こうも簡単には行かなかっただろう。
「さて」
河川がロープを登り切るまで、瀬古は真上の風景を見ていた。
昼寝所に日が差していたのは、天井に隙間が存在したからだ。そして天井は、岩ではない。
樹木の根っこだ。
その根っこの間を通り抜け、2人は地上に出る。
「頼めるか?」
「了解」
瀬古の言葉で、河川が動いた。本来、このような真似は春風の得手とする所だが、河川も苦手ではない。
あの天井の全てを覆っていた巨大木のてっぺんまで登る。岸壁上りとは逆に、木登りは河川に任せる。
瀬古が同じ要領で木を登ってしまうと、傷付いた木は枯れてしまうのだ。
体の動かし方を熟知している河川は、体を上に持ち上げる木登りに於いても、秀でていた。
その高さから見る世界の中には、分かりやすいランドマークが居てくれた。
富士山。
つまり出発点である富士山周辺に位置する山中湖から、然程離れてはいないな。いかな鬼業と言えど、全力で走ったのではないから当然と言えば当然か。
ここは恐らく、富士の樹海の中か。であれば、直線距離にしてたったの数キロ。
ただ、海水が流入するほどの深さまで降りて行ったのだ。移動距離はそれなりに長い。
「河川。お前が山中湖へ走るか?おれは鬼業と共に待とう」
「どちらでも構わないけれど・・・」
瀬古は、報告役としても河川の方が有能だと考えた。
そして河川が消えるのを見送ると、瀬古は先ほど登って来た岸壁を降り始めた。待機チームが来るのだとしても、ルートを確保しておけば効率が良いだろう。
登りの時に固定したロープがそのまま在るので、基本はその道を行く。ただ、降りて行く最中にもっと楽な経路があれば、そっちを選ぶ。
寝ている水竜達は、こちらに気付いてはいるが、敵視はしないでいてくれる。助かる。
そして昼寝所で、30分ほど待つと、鬼業が帰って来た。
「河川は?」
「報告に走った。どうやらここは、富士山からそう遠くないぜ」
「そうなのか」
鬼業もまた、通路を掃除した事を報告。
「めでたしめでたし、って事か?」
「さあて」
瀬古も完全にそのつもりで発言したわけではないので、鬼業の同意が得られずとも気にはしない。
「専門家が調査をするにも、おれ達の誰かが付いていなければなるまい」
それだ。鬼業の言葉に、瀬古も頷く。
ここは水竜のねぐら。奴らの気分次第では、人間なんぞは食後のおやつだ。1人では1食分に足りないので、調査チーム丸ごと食われるだろうな。それを防ぐ措置が要る。
ただ、そこまで不安視もしていない。彼らは、かなり大人しい。
鬼業と瀬古は、今、メシを食っている。缶詰の貝、魚、乾パン。焼き鳥もある。
それら匂いが分からないわけではないだろうに、水竜は鬼業らを襲わない。
河川に極められた事を、あの水竜から聞き及んだのか。
もしかしたら、事故は起きにくいか?
鬼業が合流してから、1時間後。河川と、南部、春風の待機チーム。それに専門家、警備の警察、自衛隊などが到着。
5人が、それぞれ1人ずつ専門家を背負い、崖を行き来する。この間、自衛隊が周辺に散らばり、警察が警備網を張っている。
「おお・・」
いかな動物、生物の専門家と言えど、この首長竜の群れには、度肝を抜かれたようだ。
そしてこの専門家達の目的は、生態調査。移動ルートと、健康状態を知る事。
出来れば、首長竜を安全に閉じ込めたいのだ。何なら、富士周辺の全てを自然保護区にしても良い、と政府は考えている。
この生き物には、それだけの価値が有る。
その後の簡単な調査結果を報告する。
現地にキャンプを張る事は捨てる。あの巨大生物に寝返りを打たれたら、死ぬ。「昼寝所」(正式にこう呼ばれる事になった)直上に基地を設置。現場に降りるには、武力外交官見習いを使う。固定式移動器具は、使わない。エレベーターくらい、簡単に取り付けられるが、首長竜がじゃれついたら、大惨事だ。出来る限り、現地に物は置かない。
そして、首長竜を追跡調査する事によって武力外交官見習いに作ってもらったマップと、首長竜の排泄物から得られた情報を分析。
「ありがとうございました」
「こっちこそ。得難い体験だった。礼を言うぜ」
丁寧な礼を行う竜に、鬼業が応える。
山中湖周辺から引っ越し、生活も落ち着いた山中竜は、武力外交官養成所を訪れていた。
あれから、3ヶ月が過ぎていた。季節はもう秋も深まっている。
鬼業達も、一月前にようやくねぐらに帰って来たのだ。
「考えられる限り、最高の結果だったと思います」
落ち葉の積もる中庭で、鬼業らは竜の話しを聞く。その落ち葉からは、春風が焼き芋を作ってくれている。
「おれらの仕事と言うよりは、政府の英断だろうな」
結局。
富士山の周囲、富士五湖周辺は、民間人の住める土地ではなくなった。完全に自然保護区として指定したのだ。かなりの暴挙とも言えるし、英断とも言える。この働きが無ければ、鬼業らがどれだけ動こうと、徒労に終わっただろう。
富士登山も、ストップだ。当然、再開の予定は無い。
たかが1種の生命のために、大勢の人間の人生が変わった。これは良い事なのか。
「僕も。ずっと説明し続けます。絶対に、素晴らしい事をしたんだって。あいつらが元気に暮らしているのは、とても、とても、良い事なんだって」
「そうか」
鬼業達に、その善悪の区別は付けられない。無理やり転居させられた者も居るだろう。現在、転職で窮地に在る者も居るだろう。
そうした中で、あの首長竜達は、より安全な生活を手に入れた。
そして、鬼業は、楽しかった。山中竜も、幸せになれた。
ならば良し。
大勢の人を巻き込んだこの大騒動。
終わってみれば、普通の人々は大迷惑を被っただけのようだが。
テレビでは恐竜特撮が流行り、恐竜漫画が始まり、恐竜グッズが並ばない街は無かった。
山中竜もまた、以前のように首長竜と一緒に甲羅干しなど出来なくなった。一介の高校生である事に変わりはないのだから。
それでも。以前とは違っても。
「いつか、僕が恐竜の専門家になったら。きっと会いに行きます」
「お前なら、行くさ」
鬼業は、鬼業達を昼寝所にまで導いたのが、山中竜だと覚えている。だから、断言出来る。
こうして。日本は首長竜の生息地としての一面を持つ事になりました。
めでたしめでたし。
この後も、鬼業達は色んな物語を積み重ねて行くのだけれど。
それはまた、今度。