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合宿終了。

「以無。てめえが、そんな面倒見たがりとは思わなかった。ついでに、合宿リーダーも引き受けろ」


「おう」


 意外にも、鬼業は二つ返事で厄介事を引き受ける。


 その疑問、晩御飯を食べ終えた春風は解消してみる。


「正直、以無さんの趣味には合わない気がしていましたが」


「そんな事はないぜ。おれ、小学校で動物の飼育委員やってたんだ」


 ・・・何の関係が。


「んじゃ、行って来る」


 現在、午後8時。南部と瀬古は帰って来たが、木の実はまだ走っている。鬼業は、やはりリュックを背負って、そこに行くのだ。


「本当に。謎の面倒見の良さですね」


「はい。見た目とは、裏腹に。ですね」


 笑い合う河川と春風。鬼業には内緒だ。




「よう。道は、見えるか?」


「ああ・・・。大丈夫・・・」


 息を荒く出来るほどの速度は、もう出せない。現在、時速30キロで走行中の木の実。鬼業のアドバイスにより、速度を若干落とし食事中だ。


「懐中電灯なんて持ったら、邪魔で仕方ないからなあ。かと言って、頭に巻く奴も、光がブレまくってめんどくせえ」


「大丈夫・・・。ずっと国道沿いだから、分かる・・・」


「そっか」


 足取りに不安が無い事を見て取り、鬼業は帰った。やはり馬鹿みたいな速度で。


 木の実は、その光景にへこたれる事も無く、しっかりと走り続ける。




 午後11時。


「寝ないのか」


「こっちの台詞だ。意外だぜ。教官が、そんなにお優しいなんて」


「おれの責任問題になるからな。何かやらかしたら」


「はーん」


 鬼業と大熊特別顧問は、合宿所ロビーにて、長椅子で寝ていた。両者、風呂には入ったが、自室に戻る様子は無い。


 鬼業は、数時間後、木の実にジュースを届けねばならない。流石に飲まず食わずでは、いかなる強者と言えど、持たない。


 大熊は、前言通り、待つのもお仕事の内。ちなみに奥さんは食器を片付けた後、既にお休みだ。


 4月の北海道でも、奥さんの持って来てくれた毛布のおかげで、寒くない。


「お前。本当に、何でそこまでやる?以無は、群れを作らないはず」



 以無の古武術。それは有史以来、日本国に轟き続ける最強の名。それでいて、以無が歴史の表舞台で華々しく活躍した事は無い。


 ただ強者との戦いを求める以無は、弱者をも含んだ現世の戦いに興味が無い。




 ただ一度。かつての第2次世界大戦時。以無は、初めて歴史に名を残しかけた。国土に飛来する戦闘機を素手で撃ち落とし、一気呵成いっきかせい、米国本土に乗り込みかけた。


 邪魔さえ入らなければ、恐らくアメリカと言う国は消えていただろう。



 その邪魔者、同じ日本人でありながら、以無でさえ全く素性が分からなかった。鬼業も、口伝で聞いている。かつて日本に、以無が仕留め切れなかった強者が存在した、と。


 3日に渡って戦い続けた挙句、空襲により、決着は付かずじまい。お互い、戦闘機を腹いせに落とし空襲を止めたが、水を差された事により、戦いは中断。


 決着は、持ち越された。



 あれは、何者だったのだろうか。




 鬼業は、この話が大好きだ。よく爺さんがしてくれたお伽話とぎばなし




「会いたい奴が居る。おれが目立てば、そいつに会えると思っている」


 ご先祖様が勝てなかった化け物。


 おれに会うために、きっと血統を残している。


 会いやすくしてやろう。


 これが、鬼業の目論見もくろみ



「考え有っての事か」


 大熊には、まだ以無鬼業と言う男は掴み切れていなかった。まあ、味方を害さなければ、それで良いが。




 午前2時。鬼業が出る。大熊は、いびきをかいて寝ていた。




「もうちょいだ。残りたったの、400キロ」


 かなり良いペースで来ている。これなら、皆で朝食を取れるかも知れない。


「・・おお」


 疲労は濃い。だが、足取りは決してたゆまない。


 鬼業はいつも通り、ジュースとおむすびを渡し、帰る。


 次はもう、ゴール目前だろう。食べ物を持って来ては、朝食に差し支えるか?と悩みながら。



 午前5時。鬼業が出る。大熊は、ロビーには居ない。奥さんがもう起きて朝食の準備を始めているので、部屋に引き上げさせたのだろうか。



「・・・・」


 鬼業は、木の実にジュースを届けられなかった。


 いや。言い方を変える。


 早朝の国道沿いの道で、人目を避けるかのようにして、呼吸を止めた木の実の体が転がっていた。


 鬼業は体をあらためる。冷たい。もう、助からない。


 助からないと分かっているが。



 左手で木の実の体に気を与え、生命に活を入れる。右手で、心臓に断続的に優しく刺激を送る。


 恐らく、脳がもう復活出来ない。が、やれるだけやる。


 それを5分繰り返した。


「・・・はっ」


 木の実が、自発呼吸をした。だが、まだ。これだけでは生き返ったとは言い切れない。


 もうちょっとだけ、気によって全身を温め続ける。


「ああ・・」


 喋った。今の状態なら、あるいは!


 木の実を抱え上げ、体に負担をかけないように、逆走中に見かけた総合病院に連れて行く。


 後は、運だ。木の実の生命力と、悪運。




「そうか」


「ああ」


 むっつりとして朝食を食べ終えた鬼業は、部屋に居た大熊に木の実の話をした。現在、死んではいない。それだけは分かっている。


「何が起こったと思う」


「分からん」


 大熊の問いに対するあっさりとした答え。分からない。それが鬼業の回答。


 心臓発作。そんな病気と言うか、事故と言うか。そうしたものは健常者だろうと誰にでも平等にランダムに発生し得る。言えば、鬼業にすら起こり得るのだ。それが木の実に起きたとしても、特段の不思議ではない。


 そして木の実の体、衣服には殴られた後などは無かった。ケンカや事故でああなったのではないな。地面に寝た時の汚れ以外、特筆すべきものは見えなかった。


 が。


「おれが分からんのは。何故、あんたが木の実を殺ったのか、と言う事だ」




 鬼業の言葉から、1分は経っただろうか。大熊は、やっと喋った。


「何故だ」


 何故分かった。


「木の実には、抵抗した跡が無かった。奴が常人に遅れを取るとは思えん。そして。この地で奴を苦も無く殺せるのは、あんたとおれだけだ」


「ちゃっかり自分も入れているのか」


 くくく。


 含み笑いを殺せもせず、大熊は笑うしかなかった。


 こんな小僧に見抜かれた。



「確かに。おれが殺った。だが、どうしてそれが。痕跡など、残さなかったはずだ」


「痕跡が、全く無かったんだよ」


 もしも心臓発作などの、突発的な病状ならば。木の実は、手を投げ出したような、綺麗ではない体勢を取っていなければならない。だが、木の実は大人しい、整った体勢だった。


 体を丸めた姿勢でも、鬼業が疑問を持つ事は無かっただろう。体に異変が有れば、木の実も自然にそうしたポーズを取る。



 だが、木の実の体は、そのいずれの体勢でもない。


 誰かが、動かしたのだ。



 奴は何者かに襲われた。その何者かとは、木の実を抵抗の暇も無く一撃で殺せる人物。二撃目が有るなら、木の実も抵抗出来たはずだ。奴の肉体は頑強。犯人に手傷を負わせるぐらいは、やれたろう。


 そして犯行から犯人を割り出す。


 河川なら、確かに木の実を殺れる。だがその場合、のど元に痕跡が残る。医者がそれを見付けられないなら、河川の技ではない。


 瀬古、南部は有り得ない。両者の習得した技術では、相手の肉体を痛めつけなければ殺せない。骨折すら起きていないのでは、二人の仕業ではないな。


 そして春風でもない。奴なら、木の実を殺れなくもない。が、その場合、毒物が検出されるだろう。あるいは刃物の跡が見付かる。春風が木の実を格闘術で仕留めるのは不可能。忍術を使うしかない。




「自首しな」


「まだ警察に届けてなかったのか」


「医者から通報が行く前に、自首しな」


「おれが逃げたら?」


「あんたは、奥さんを置いては逃げられない」


 これが鬼業が急いでない理由。


 そして鬼業はまだ、大熊が木の実を襲った理由を知らない。



「おれの流派は、知っていたのか」


「一応な」



 北海道最強の男。関東養成所でそう聞いた時、ピンと来た。


 つき大熊おおくま流。相手の身体に打撃を加えると同時、内蔵に致命的な衝撃を与える、必殺の流派。未熟者がその技を実行すれば、敵には三日月の痕跡が残ると言う。そして熟練者なら、相手に痕跡を残さない。


 大熊は、その道を極めた。故に、木の実に傷一つ付ける事無く殺れたのだ。



「木の実 八。奴は、おれの元弟子だ」


「へえ」


 プロレス志望が、破壊の奥義を極める流派を学ぶ?鬼業には大量の疑問が渦巻いた。


「奴が北海道に居た頃に、習いに来た。あの体を持て余していたんだろうな。そしておれも、あの才能におれの全てを叩き込んだ」



 木の実が中学生の頃。まだ明確な夢を持っていなかった頃の話だ。


 月の輪大熊流は、かつては北海道に一勢力を築いた流派。ただ、時代の流れに付いて行けなかった。必殺技の必要の無い時代に、あくまで奥義を練習し続ける。そんなものが、いつまでも残れるはずもない。


 そこにやって来た才能。木の実。


 大熊は木の実に、持てるだけの技術と知恵を授けた。中学校の三年間、木の実はひたすらに強くなり続けた。



 だが、木の実は、レスリングに出会ってしまった。


 そして、引っ越し。



 この北海道で再会した時、大熊は再度、木の実を誘った。月の輪大熊流を、継がないかと。


 木の実は、当然断った。現在の己は、プロレスを志している。師匠に感謝はしているが、それは譲れない。


 そして、今朝。


 鬼業に代わり、ジュースとおむすびを持って行きがてら、やはり勧誘してみた。ダメ元でも。


 断られると。分かっていたのに。




「おれは。奴の才能に、目がくらんだ。あいつが、商売のために、あの体を使うなんて。許せなかった」


「なるほど」


 鬼業にも、理解出来なくは、ない。以無は、殺傷を尊ぶ。相手を殺して生き残るをしとする。


 ただ、現在では通用しないのだ。こんな考えは。




 だから、こう言う。


「木の実が、プロレスをしていたなら。奴の肉体に刻み込まれていたのは、レスリングの技巧の前に、月の輪大熊流だったはず。おれが以無、あんたが大熊であるのと同様」


 大熊は、黙って聞いている。


「奴の生活を成り立たせるのは。奴の人生を少なからず輝かせたはずのものは。あんたの教えだったはずだぜ」


「ああ」


 そう、だったのだろうな。


 それでも、おれは。


「月の輪大熊流は、一人の若者にメシを食わせてやれる。それで良いと、すべきだったんだよ」


「お前なら。そう出来たのか?」


「・・・さあな。おれは、そんな難題に出会った事が無い」


 難題。鬼業がそう言ってくれた事に、少しだけ救われる。



「おれに分かっているのは1つだけ。あんたのやるべき事が、奥さんの作ってくれたメシを食ってから警察に行く事だって。それだけさ」


 だから鬼業は通報しなかった。




 木の実が即死していなかったのは、生命の残り火が、肉体に宿っていたのは。大熊が、木の実を丁寧に鍛え上げたがため。


 木の実を殺ったのも、木の実に不死身の生命力を身に付けさせたのも、大熊。


 ちゃんと師匠をやっていたんじゃないかよ。あんたは。




 その後。


 合宿は中断。虎星教官も北海道まで来て、全員が警察の事情聴取を受けた。



 そして。



 木の実は、幸運にも意識を取り戻した。軽い後遺症が残ってるが、今後の経過次第では、何とか普通の暮らしが出来るはずだ。


 武力外交官としてはもちろん、プロレスラーとしての未来も、途切れたが。




「いてえだろうが!!」


「根性が足りねえんだよ!!」



 マラソン中に、こけた。その主張を決して取り下げなかった木の実の言により、大熊は逮捕されなかった。


 北海道の総合病院に入院している木の実は、毎日、大熊に付き添われてのリハビリに勤しんでいる。看護師が毎日、目を光らせていなければいけないほど、二人共、無茶をする。



 途切れた未来を、再び取り戻すために。


 元弟子の温情に甘えっぱなしでは、居ても立ってもいられないが故に。


 二人の努力の日々は続く。




 鬼業達も関東養成所に戻り、座学の日々だ。


 その話は、また今度。

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