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こいものがたり

永久に、傍に

作者: リア

大丈夫だと思ってたんだ。

自分の身体なのに、自分が一番判ってなかったみたいだな。




やっと一週間が終わった。明日から3連休だ。

俺は終電の中でため息をついた。

何か食べるものでも買って帰るか、と思ったが最近食欲がない。

俺の周囲は心配性が多いらしく、大丈夫だと言っても誰も納得しない。

心配性の筆頭はあいつだけど。


明日から休みだから大丈夫だと周囲を納得させ、仕事を片付けた。

これで、来週からの業務がスムーズに行く筈だ。

とりあえず水とカロリーメイトだけを買い、家路に着いた。


家の鍵を開ける。

俺は家の中を見渡した。なんだかすごい有様だ。

今週は特に忙しかったからな。


そう言えば、あいつに電話しないと。

俺は携帯を開いた。

・・・あいつへのリダイヤル履歴をみて、一瞬時間が止まった。

おいおい、3日以上連絡してなかったのか。俺。

でもこの間、家で食事をしている時、確か電話・・・


思考がはっきりしない。

まともに食事したのはいつだった?

最近ちゃんと寝たのはいつだった?

グルグルと視界が回る。

あぁ、心配される筈だな、と思いながら。俺の意識はブラックアウトした。







「ちょ、ちょっと!どうしたのよ!」


聞こえるはずのない声がする。暖かい腕で、俺は抱き起こされた。重い眼をあけると、あいつがそこにいた。


「どうして、ここにいるんだ?」


声がかすれてる。よりにもよって台所で寝たのか、俺。


「馬鹿!こんなになるまでなんで、何も言わないのよ!」


引きずられるようにして、あいつは俺をベッドに運んだ。




散らかり放題の家を見渡し、あいつがため息をついた。


「人間の生きていける環境じゃないわね、すでに」


お前な。


「そこまでいう・・・」


反論しようとして、思い切り咳き込んだ。


「大人しくしてなさい。この有様じゃどうにもならないから、まず少し片付けるわ」


あいつは旅行鞄をかろうじて見える床に置き、腕まくりをして片づけを始めた。

くるくる、くるくる。よく働くな、相変わらず。

俺がやったら確実に1日以上かかるだろう有様だったのに、ほんの1時間で見違える位部屋は綺麗になった。女って凄い。


何もない冷蔵庫にため息をつき、あいつは買い物に出かけた。帰ってきて何かごそごそとやって、タオルと着替えを持ってきたかと思えば、なんと人の服を脱がせ始めた。

恥ずかしいだろ、馬鹿!


「自分で、出来る」

「はいはい我侭言わないの。身体起こすのもキツイでしょうが。」


我侭・・・俺は子供か?

実際抵抗出来なかったので、しょうがないとあきらめた。

身体を蒸らしたタオルで拭いて、服を着替えさせてもらって。

頭に冷えピタを貼ってもらって。

ストロー差したペットボトルで水分補給させてもらって。

大分楽になったが、あいつが体温計を持ち出して熱を測ろうとしたんで、出来る限りの抵抗を試みた。大丈夫だって言ってるだろうが。数値で見ると余計具合悪くなるんだよ。

無理矢理測られた体温計の数値は39.2度。


「なんで生きてるのかしら、こいつ」

「お前、さり気に、俺を馬鹿に、してないか?」


睨んでやったが、ふんと鼻で笑われた。




どうやら病院まで運ぶ自信がなかったらしく、近くの医院の先生が往診に来てくれた。


「すみません、わざわざ」

「軽い肺炎じゃな。風邪が悪化したんじゃろう。」

「どこまで無理すれば気がすむのかしらねぇ?」


やばい。切れてる。

俺は布団を頭の上まで引き上げた。

2~3日養生して、熱が下がらないようならまた呼んでくれ、そう言って先生は帰っていった。(実は飲み友達だったりする。)




どうやらおかゆが出来たらしく、布団を引っぺがされた。


「食欲ないだろうけど、ちょっとでいいから食べて」


枕を背もたれにして、身体を起こされて。

次はおかゆの茶碗が来るんだろうと思っていたが。


「はい、あーん」

「・・・」


おい。


「はい、あーん」

「自分で、食える」


何でお前はそういう事を平然とやるんだというか恥ずかしくないのかおいまさか他の奴にもこんな事してるんじゃねぇだろうなそんなことしてたらタダじゃおかねぇというか本気で毎回毎回止めてくれ頼むから恥ずかしいんだよ!


「ほら、ちょっとで良いから。」


・・・仕方ない。これ以上逆らったら何をするか判らない。俺はしぶしぶ食べ始めた。




ここ最近まともに食ってなかったからか、それとも高熱の為なのか。

2~3口食べると吐き気がしてきた。


「悪い、もう」

「ん、判った」


俺の状態が判ったらしく、すぐにおかゆを片付け、薬と水を手渡しされた。

大人しく飲んで横になる。

眼を瞑っていると、汗を濡れタオルで拭ってくれているのが判った。

本当に、看病の手際がいいというかなんというか。

大半は俺で慣れたようなもんだな。

情けないが俺は昔から身体が少し弱く、(といっても端からそうは見えないらしいが)年に数回はこんな風になってしまう。それでも最近は大分減ってきていたんだが。

久々に新しい部署に配属されたんで、大分無理していたらしい。

ふと、汗を拭う手が止まった。眼を開けてみてぎょっとした。


「どうした?」

「え?」

「自覚、ないのか」


俺は左手で、こいつの頬をなでた。冷たい。

ようやく、自分が泣いている事に気づいたらしい。


「俺は、大丈夫だ」

「嘘。あんたの大丈夫は、信用出来ないわよ」


涙声が、心に響く。

お前・・・

俺がこうなってやしないかと、それだけを考えて。

わざわざ休み潰して、こっち来てくれたんだな。こんなに、心配して。

俺は無理やり身体を起こして、こいつを抱き締めた。


「すまん」

「馬鹿。それは、私の台詞よ」


その言葉に、俺は少し心が痛かった。

お前は、まだ俺と一緒にこなかった事、悪いと思ってるんだな。

お前の道を歩いてくれれば、それでいいと思ってるのに。


自分ごと、お前はそっとベッドに俺を寝かせる。

お前の温もりが腕に心地いいが、うつったら困る。

手を緩めた俺の額に軽くキスをして、お前はそっと身体を離した。


「・・・さ、むい」


しばらくして、急に全身を寒気が襲った。震えが止まらない。

思考がまとまらなくなって、意識がまたもうろうとしてきて。

熱が上がってきたんだな、なんて。他人事のように考えた。

意識がブラックアウトする瞬間。口に甘い感触がした気がした。


「どうしたの?」

「・・・水。」


意識が戻った途端、のどの渇きを覚えた。どうやらずっと傍にいたらしいお前が、水を持ってきてくれたが、身体のダルさが倍増していて、首を起こすのもきつい。

無理矢理飲ませてもらうか?なんて考えてたら、いきなりペットボトルから水を飲みだした。俺にもくれよ、と思っていたらそのまま口付けられて。水が乾いたのどに流れ込んできた。それが数回繰り返され、ペットボトルは空になった。

間違いない、さっき意識が途切れる時、こいつこの方法で解熱剤飲ませやがったな。


「うつるぞ」


それしか言えなかった。お前、顔どころか耳まで真っ赤だぞ。

多分俺もな。




多分夕飯の支度だろう。立ち上がろうとしたあいつが、急に止まる。

俺の方を見るので、なんだろうと思ったら。無意識のうちに、服を掴んでしまっていたらしい。何やってるんだ俺は、ガキじゃあるまいし。


「え、あ、・・・すまん」


慌てて離したが、あいつはくすっと笑うと、ベッドに潜り込んできて、


「おい、やめろ、うつるぞ」


止める俺を抱き締めた。


「いいのよ、こんな時位甘えたって。誰だって病気の時は心細いし、誰かに側にいてほしいって思うんだから。」


俺の頭をなでる。

こんな時、本気でこいつにはかなわないと思う。




優しくて。


強くて。


お人よしで。


怖がりで。


涙もろくて。


俺が無理すると本気で怒ってくれて。


甘えさせてくれる、たった一人の女。




ああ、くそ。

離したくない。

いっその事、他のもの全部捨ててでもここにいろと。

そう、言ってしまいたい。

でも、大事だから。

お前がそれらを大事にしてるの、判ってるから。

今だけでいい。

ここにいてくれ。



どうやらそのまま寝てしまったらしく、起きたら昼になってた。

いつのまに着替えさせたのか、また別の服を着ていた。

昨日に比べると格段に良くなっている身体を起こし、ぱたぱたと動いているあいつをみた。


「おい」

「あ、起きたの?」

「せっかくこっち来ているんだ、どっか行くか?」


言った瞬間、クッションが顔面目掛けて飛んできて。

よけ切れずにもろにくらった。


「・・・また怒らせたいのね?」

「イエ、メッソウモゴザイマセン」

「そんな気を使う暇があったら、ちゃんと寝てなさい。」


クッションを取り、冷えピタを張りなおして。

あいつはくすくすと人の顔見て笑って。

俺も、幸せな気持ちになった。




それから2日後の連休明け、あいつは俺に、無理をしないよう釘を刺してから島に戻った。

心に隙間風が吹いた気がして、なんだか寂しい気分で、冷蔵庫を開けると。

作り置きされたさまざまなおかずが、俺を待っていた。冷凍庫にもぎっしりと。

一つ一つに解凍時の注意点、なんて書いてあって。

ああ、あいつはここにいる。

なんて、思って。

また、幸せになれた。




「メリークリスマース♪」


1週間後。世の中はクリスマスイブを迎えていた。

結局仕事に追われ、始発出勤終電帰宅をしていた俺を、一目見てお前は感づいたらしく。

そんなに顔色悪いか?確かに食欲ないしだるいが。というか、あれからまだ1週間だぞ?


「な、んでここにいるんだ?」

「クリスマスだから」


笑顔でそう言って、あいつは俺を無理矢理ベッドに押し込め。

またため息をついて部屋の片づけを始めた。




「仕事、大丈夫なのか?こんなに休んで」

「やめてきた」

「なっ!?」


手の平からこぼれおちるスプーン。それをすかさずキャッチし、俺の手の中に戻すお前。


「だって、お前、やりがいあるって言ってたじゃないか」


仕事、好きだったんだろう?


「もっとやりがいのあること見つけたんだから、しょうがないじゃない」


もっと、やりがい?

あいつはポケットから取り出したものを、俺の左手薬指にはめた。


「うん、ちょうどいい感じ」

「え、おい、お前」

「今年のクリスマスプレゼントよ。私を丸ごと全部、あんたにあげるわ。」

「でも、お前の家族は」

「ちゃんと説得してきたわ。まぁ、何度か戻らないといけないだろうけど。」


説得って・・・いいのか?

眼で訴えると、お前は綺麗に微笑んだ。

ああ、ばれてたんだな。寂しいと思っていた事。


「あいさつしに、行かないといけないな」


俺がそういうと、お前は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。

大分前に用意していた指輪を取り出し、お前の指にはめた。


「先越されるとは思わなかった。」


男としてどうかと思うが、まぁいいさ。どうせお前にはかなわない。

ガーネットのエンゲージリング。お前、誕生石のリング貰うのが夢だって言ってたよな。


「俺からのクリスマスプレゼントだ。俺を丸ごと全部、お前にやるよ。」


涙ぐんで微笑みながら抱きついたお前を。俺はしっかりと抱き締め返した。




たとえこの先、どんな事があろうと。

俺にとって一番大事なのはお前だ。

俺の為に、全て投げ出してきたお前を、俺は一生手放さない。

面と向かっては照れ臭くて言えないが。

愛してるよ。奥さん。

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