気+魔力=仙導力?
魔術なのか!?
炎を噴き上げる剣を見てそう思ったのは、私自身も『魔術付与:火属性』を使えば同じような事ができるからだった。
しかしウラヤは呪文詠唱をしなかった。
まるで岩を斬る為に剣に流し込んだ仙導力がそのまま炎に変じたような印象だ。
「このまま斬っても良いが、仙技は離れていても攻撃できるのが最大の利点だ。こんなふうに!」
対岸の岩に向けてウラヤが剣を振るうと、剣の先端から『炎の矢』そっくりの細長い炎の塊が連続で発射された。岩の表面に一線となって突き刺さった炎の矢は数秒間燃え続け、消えた後には小さな穴と焼け焦げが残っている。
次に取った動作は突きだ。さっきのが『炎の矢』なら今度のは『炎の槍』と言うべきか。岩に残った穿孔は大きく、周囲は赤熱状態になっていた。威力も火力も段違いだ。
確かに派手な事になっていて、村の中で実演するのは避けておいて正解だったと思う。義父などは口をあんぐりと開けて呆然としている。
「と、まあこんなもんだな」
剣から炎が消える。剣自体には炎に熱せられた様子はなく、これも『魔術付与:火属性』に類似する点だった。
「ウラヤは、それ、剣がなくてもできますか?」
「できるぞ。だが尖った感じを出すのは剣を介した方がやり易いな」
私の質問に答え、実際に掌の上に炎を生み出した。放つ炎は、なるほど先端が少し丸まったようになっている。『尖った感じを出すのは剣を介した方が』というのは、私が気の刃で『鬼の手』を使ったり刀を覆ったりする時の感覚に似ている。武器を失った際に凝縮した気を実体化させて気だけで刀剣を形成するのが『気の刃』だけれど、これが結構難しく、私は手や刀を芯にして周囲を覆う使い方をしている。
「なあ、お前本当は仙導力を知っているんじゃないのか? なんというか、全然驚いてないだろ。仙技を始めて見た奴は大概村長みたいになるんだがな」
言われて、義父は空けっぱなしだった口を閉じて照れ隠しの咳払い。
いきなり炎が噴き上がったのには少し驚いたが、あの状態から遠距離攻撃できると言われればその後の展開は予想できた。目にした現象も『炎の矢』や『炎の槍』など『あちらの世界』ではさんざん目にした魔術にそっくりで、言ってしまえば魔術のレベルとしては低い方の部類に入る。あれ以上のド派手な魔術も多々知っているのだから淡白な反応になってしまっていた。「え? 驚いてますよ? 凄いですね」と取って付けたように言えば「心が籠ってない」と突っ込まれてしまう。
「それにな、いきなり武器の有る無しを気にするなんざ、仙術使いを知っているとしか思えないんだよ」
……ん? 仙術使い?
「あれ? さっきは仙技って言ってましたよね」
「言ったが……なんだ、本当に知らないのか?」
知らないのかと言われても、こちらとしては「何を?」状態で首を傾げるしかない。そんな私にウラヤも「偶然か?」と首を傾げている。二人して首を傾げて見つめ合い、先に目を逸らしたのはウラヤだった。なんとなく頬が赤くなっているような気がするが、見なかった事にしよう。
「簡単に言うとだな、仙導力を使えれば導士、俺みたいに仙技が使えれば仙技使いだ。で、仙技使いが特別な武器――仙術武器を手に入れてそれを使いこなせれば仙術使いになる。ちなみに軍に入っていれば仙技兵、仙術兵と呼ばれるな」
「仙術武器、ですか」
ウラヤの口振りからして仙術の方が仙技よりもランクが上なのだろう。そして仙術を使うには『仙術武器』なる特殊なアイテムが必要であると。
だからウラヤは私が武器の必要性を気にした点に注目したのか。
でも私が武器の有無を確かめたのは別の観点からだった。
私は仙導力を気功に類似する力だと考えていたけれど、気功スキルをどれだけ鍛錬しても練り上げた気を炎などに変化させるのは不可能だ。そこで思い出すのは『あちらの世界』で気功スキルを極めた人達、『仙人』が使う仙術だった。仙人は『武宝具』という特殊な武器を介して仙術を使うから、ウラヤの仙技もそうしたものかと思った。
でも武器を必要とするのは仙術で、仙技は武器を必要としない。
あっちにもこっちにも仙術があるからややこしい。
いや、どちらの仙術も特別な武器を必要とするのだから判り易くもあるのか。
とにかくあんな魔術みたいな事ができるなら、仙導力は気功とは別物だ……。
――違う。魔術みたいじゃなくて、あれは魔術そのものなのかも。
ウラヤが見せた仙技は『魔術付与:火属性』『炎の矢』『炎の槍』にそっくりだった。
そっくりだったのなら、同じものである可能性もある訳だ。
つまり、仙技とは魔術。
呪文詠唱が無かったのは無詠唱魔術だから。これは『あちらの世界』にいた弓使いと同様に魔術を『技』と認識して感覚的に使っていると解釈できる。
仙導力は気と魔力、双方の性質を併せ持った力。
そう考えれば今日のウラヤの行動にも説明が付く。気功と補助魔術を併用した状態が仙導力に酷似した気配として感じられたのだろう。
実験してみよう。
「ウラヤ、ちょっと私の気配をどう感じるのか教えて下さい」
ウラヤにお願いして『素の状態』『気功スキルだけ』『補助魔術だけ』『気功スキル+補助魔術』の四つの状態での感じ方を教えて貰った。補助魔術を使うにあたっては念のため呪文詠唱はしないでおいた。無詠唱はできないので声に出さずに頭の中での詠唱だ。
結果は想像していた通りだった。
気功スキルだけの時は「仙導力っぽいが微妙な感じ」で、補助魔術を併用すると「仙導力としか思えない」になった。面白いのは補助魔術だけの場合は「何も感じないぞ? なにかしているのか?」だった事だ。
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村へと引きかえす頃には陽は大きく傾いていた。
「丁度晩飯時になるか。ウラヤも家で食べて行くと良い」
「うむ。そうさせて貰おう」
「ついでに風呂も使っていくか?」
「そいつは有り難いな。一人だとわざわざ風呂を沸かすのも面倒でな。ここのところ水浴びばかりだった」
義父とウラヤがそんな遣り取りをしながら歩く後ろに続き、私は今日判った事を纏めていた。
導士には仙技使いや仙術使いという上位のクラスがある事。
仙技は多分魔術と同じである事。
気功と魔術を併用すると仙導力に酷似した気配となり、魔術だけでは何も感じられない事。
仙導力が気と魔力を合わせた力だというのは推測に過ぎないけれど、そうだと考えておいて差し支えはなさそうだ。
特に仙技の存在を知れたのが大きい。
魔術が存在しない世界で魔術を使い、それを誰かに見られたら大騒ぎになる。だから効果が目に見えない補助魔術以外は使えないと今日まで考えていた。しかし仙技が一般に認知されているのなら、例えば『炎の矢』などを使っても「ああ、あれは仙技なのだな」と勝手に勘違いして貰えるだろう。
……辺境の農村では仙技も知られていないからやっぱり大騒ぎになるか。
まあその時には仙導力に似た力を使えると告白すればどうにかなる。
「ところでオウカ」
「ふぁい!? な、なんですか!?」
考えごとをしている所にいきなり声をかけないで欲しい。
そして「変な声を出すなよ」とか言わないで欲しい。
ちょっと驚いただけなんだから。
「お前のそれ、キコウだったな。キコウについては秘密にしておいた方が良いと思うぞ。まあ今日まで隠していたのだから余計なお世話かも知れんが」
「……ウラヤはどうして秘密にした方が良いと思うんですか?」
私が秘密にしていたのは、この世界にはスキルがないと思っていたからだ。
ウラヤが移住してきて導士や仙導力などスキルっぽい力があると知ってからも隠していたのは、それらを詳しく知らなかったから。どこまでがアリで、どこからがアウトなのか、その見極めが付いていなかったのが理由だ。
仙技を見て、あのくらいなら大丈夫、いざとなったら村人にも告白しようと考えていた矢先に「秘密にしておくべきだ」と言われた。何故なのか。
「前に言ったが、導士ってのは凄い傭兵になれるし凄い兵にもなれる。凄いってのは、つまり地位が上がるって事だ。傭兵には階級が無いが軍は違う。導士、仙技兵、仙術兵は皆高い位を与えられる。で、だ。血筋というのか、導士が生まれやすい家系ってのがある。辺境に暮らしていれば関係無い話だろうが、帝都の貴族や武門は大概がそうだ」
「力があるから地位が上がる。代々高い地位に就いていれば家の格が上がる。まあ当たり前ですね」
「ああ、当たり前だな」
そこで、ウラヤはじっと私を見ていた。見られても、どうして見られているのか判らず「なんです?」と言うしかない。
ウラヤは「察しが良いのか悪いのか……」と首を振った。
「この国には導士を軸にした身分制度があるんだよ。そこに仙腎がなくても導士と同じような力を使えるなんて奴が出てきてみろ。しかもお前が夢に見たっていう鍛錬法で誰でもキコウとやらを使えるようになるんだろう?」
「誰でもというのは言いすぎかもしれませんが……でも身分制度ですか。なるほど、それはちょっとまずいかもしれませんね」
気功スキルも魔術スキルも適性があるから、誰でもと言っては言い過ぎだ。
が、ウラヤの言いたい事は何となくわかった。
「私の鍛錬法は国の身分制度を揺るがしてしまうかもしれないんですね」
「そうだ。知られれば潰されるかもしれん。俺の考え過ぎかもしれんが……隠しておくにしくはないと、俺は思う」
「そうですね。私もそう思います」
「判ってくれたか。村長もこれは他言無用ということに。人の口に戸は立てられん。家族や親しい村人にも黙っておいてくれ」
「うむ」
義父も同意して、キコウについては三人だけの秘密にしておこうと決まった。
「ウラヤ、心配してくれてありがとうございます」
「せっかく住みついた村に余計な騒動を起こしたくないだけだ。別にお前の身を案じたわけじゃない」
お礼を言ったら照れたようにそっぽを向いてしまった。