面通し
導士と傭兵取り交ぜて二十名あまり。その全員が協力してくれることになった。
犯罪者の捕縛は相手が抵抗する可能性もあって危険を伴う。
「私は……このためにウーハンまで来ましたし、絶対に成功させたいと思っています。みなさん、協力に感謝します」
協力者へのお礼は欠かせない。さすがに過去を知られたばかりなので、どんな顔をして良いのか判らないし、彼らの顔を正視する事もできないけれど。
「風呂焚き……任せておけ。罪人を捕えるのも傭兵の仕事だ。逃がしはしない」
ユエンに続いて他の導士もティエレン達も口々に頼もしく請け合ってくれて、ただもう「ありがとうございます」と深く頭を下げるしかなった。
と、「そいつがなにをやったのかは知らないがな」とユエンが言い、思わず「は?」と顔を上げてユエンの顔を見つめてしまった。私だけではなく、誰もがユエンを見ている。「こいつ何言ってんだ?」的な顔で。
注目を浴びたユエンは居心地悪そうに顔を引き攣らせていた。
「あ、いや、だってな、ほら、フェイフォンがよ、回りくどい事ばっかり言っててな、そいつらが何をやらかしたのか結局言わず終いだったんだよ。けど風呂焚きが遠い所から追いかけてくるほどだろ? 見過ごせないからな、協力する事にした」
「お……おう、そうだな。そういやフェイフォンの野郎、肝心な事を言わなかったな。まあそれでも俺は協力すると決めたんだけどな」
しどろもどろなユエンの言葉に、得心顔に一人が同調すると後は早かった。「フェイフォンは説明が下手だからなー。仕方ないなー。でも協力はするけどなー」みたいなフェイフォンを下げるような言葉が飛び交っていた。
「お前ら……」
さんざんに言われているフェイフォンは、でも嬉しそうだった。
私も……嬉しい。フェイフォンに頼んだ婉曲で曖昧なぼかした表現を逆手にとって、察しなかった振りをしてくれている。変に憐みの目で見られたり同情の言葉を口にされるより、こうやって流してくれた方が気が楽だ。
まあ……みんな見事なまでにセリフが棒読みになっているけれど。
実力のある傭兵でも演技派ではないからそれこそ仕方ない。下手な演技に乗らせてもらおう。
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簡単に打ち合わせをするということで場所を傭兵組合に移した。
フェイフォンを先頭にしてウラヤに付き添われた私、その後ろにユエン達協力者がぞろぞろと続いて歩いているのは異様な光景だったのだろう。事情を問い合わせてくる人もいたけれど誰も具体的な返事はしない。迂闊に話してしまったらどこからどうヒノベ達に伝わるか判らないからだ。ただ、透徹道場などで顔見知りになっていた導士にはユエン達から経緯を話して加わって貰った。説明と共に言い含められたのか「事情は良く判らんが俺も行こう」と神妙な顔で告げてくるのが少し可笑しく、そしてとても有り難い。
組合にはケイインとマアリイが待っていた。
ケイインは副組合長として今回の捕縛作戦の指揮を執る。
マアリイは現場となる娼館への連絡役としてフェイフォンが呼び寄せていたそうだ。
マアリイは眉尻を下げた心配顔をしていて、彼女もまた私の“事情”を聞いたのだと知れた。
「オウカ……まさかあんたがそんな……」
「マアリイ」
フェイフォンンはマアリイの言葉を遮るようにして後ろにいる導士や傭兵を示し、
「あいつらは俺の説明が下手なばかりに“奴ら”が何をしたのか判らないままに手を貸してくれることになった」
「はあ? 何を言って……」
「そして、俺は改めて説明するつもりはない」
「いや、だから何を……ふん? ふうん……」
あ、マアリイの目が例の見透かすようなそれに変わっている。
フェイフォンと私達とユエン達の集団へと視線を巡らせた。屈強な傭兵達がマアリイの目力に負けたように視線を逸らせたり居心地悪そうに身動ぎしている。
「なるほどね……あんた達、良い男じゃないか」
マアリイが目元を緩めるとにっこり笑って言い、ユエン達の間にはあからさまにほっとした空気が流れていた。中にはマアリイの笑顔に見惚れていたり、顔を赤らめている人もいたり。マアリイは美人だからね。あの目で射竦められた直後に優しい笑顔を向けられたら落差の激しさにころりと転がっちゃう人がいてもおかしくない。マアリイがフェイフォン一筋だからその先は絶対に無いけれど。
「ちょいと待ってておくれよ。フェイフォンが説明下手だってのを知らせておかないと打ち合わせが上手くいかないかもしれないからね」
言い残し、マアリイはケイインの元へ。
マアリイがケイインに何事か囁くと、ケイインは目を見開いてこちらを見て、くるりと踵を返して組合建物の中に姿を消した。
その後、人数の多さから食堂を使って行われた打ち合わせの中で、ヒノベ達の罪状が明言される事は一度も無かった。
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打ち合わせで決められたのは配置と手順だ。
途中、ヒノベ達の行方を追っていた職員が戻り、現場となる娼館の名を告げる。偶然にもマアリイやシューリンが所属する娼館の隣だった。私も『お風呂の日』にはお世話になっているところで、そこの娼婦達にも日頃良くしてもらっている。
「マアリイ」「はいよ」とフェイフォンとマアリイの阿吽の呼吸。名前を呼ばれただけでマアリイは心得たとばかりに連絡の為に出て行き、打ち合わせが終わる頃に戻ってきた。
「話を通してきたよ。酒と料理でできるだけ間をもたせてくれるって。でも急いだ方が良いね。ちょっと覗いてみたけどあいつら相当女に飢えてる。食い気より女っ気、そっちにいっちまう奴がいてもおかしくない」
ヒノベ達が食欲よりも性欲を優先してしまったら“面通し”が成立しなくなってしまう。
マアリイの忠告に従って組合を出発する私達。組合側の人員も加わって人数は倍くらいになっていた。
娼館通りに向かう道すがら、付き添うように隣を歩くマアリイが私の顔を覗き込んでくる。身長差のせいで見上げるようになっていた。
「オウカ、あんた具合でも悪いんじゃないかい?」
「……マアリイは本当に鋭いですね。正直、ちょっと辛くなってきてます」
辛いと言っても体じゃない。
ユエンに抱き着かれかけた時に開きかけた記憶の蓋。それが娼館通りに――ヒノベ達がいるその場所に近づくにつれて開きそうになっていた。意識を他に逸らそうにも状況が許してくれない。
不意に、手を握られた。
「マアリイ?」
「子供の頃はね、こうして誰かに手を握ってもらうと落ち着く性質だった。だからね今は私がオウカの手を握ってあげる」
「マアリイ……」
「嫌なら放すけどね?」
「いえ、このままお願いします」
「そうかい」
柔らかなマアリイの手に救われた気がする。
手を繋いだまま娼館通りに到着。現場となる娼館からは威勢の良い話声や下品な笑い声が表にまで聞こえてきている。探索が上首尾だったのだろうか。
――この中に、いる。
そう思うとお腹の底の方がきゅっとして、思わずマアリイの手を強く握ってしまった。痛かっただろうにマアリイは振り解こうともせずに逆に優しく握り返していてくれた。
逃走を図られた場合の保険として娼館の周囲に待機する人達が散っていき、配置につく十分な時間を置いて突入組が娼館に踏み込む。ぴたりと喧騒が止んだ。が、すぐに騒がしくなった。良い気分で飲み食いしているところを邪魔されて不満の声が上がっているが、荒事には発展していないようだ。
威厳溢れるケイインの声で「そのまま着席しているように」「娼婦の皆さんは外に出るように」と告げられる。「オウカ? マアリイも」出てきた娼婦の人達は何か聞きたそうにしていたけれど、職員が誘導して娼館から離していた。
「オウカ、良いぞ、入ってこい」
娼婦の避難が終了し、ウラヤが私を呼んでいた。
「しっかりやっておいで」
繋いでいた手を放し、その手を私の肩に置いて言うマアリイに頷きを返し、娼館に踏み込んだ。
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お風呂の為に頻繁に通っていた馴染みの娼館なのに、戸口をくぐると瞬間には心臓がドクンと跳ねた。まるで初めての場所……敵地に踏み込むような心境だ。
私を守るように立つウラヤの背中越しに娼館の食堂を見回した。
ヒノベ達を含む探索メンバーはいくつかのテーブルに分散していた。卓上には所狭しと料理の皿と酒壺が並び、その多くは既に空になっている。料理と酒の匂いに饐えたような異臭も混じっていた。長い探索から帰ってそのまま娼館へ繰り出したのだろう。着ている服はよれよれ、髭も伸びている。揃いも揃って柄が悪そうに見えるのは髭面のせいか、先入観のせいか。そんな男たちが大人しく席に着いたままなのは先に突入した面々のお蔭だ。三十名。その大半が導士であり、なおかつ副組合長のケイインもいる。柄の悪さが頭の悪さに直結してでもいない限り、この状況でいきなり手を出したりはできない。
「やってくれ」
ケイインに促されて“面通し”開始。
後から一人で入って来てケイインに指名された私に視線が集中する。お蔭で全員の顔を正面から確認できるようになった。
――いた。
六年の歳月と探索帰りの髭面でいくらか人相が変わっていても問題ない。完全再現できる夢の記憶と照らし合わせれば見間違う筈も無かった。一人ずつ、順番に指差していく。
一人、二人、三人、四人……。
そして五人目、ヒノベ。
「今指差された者は立ってくれ」
ケイインが言い、ヒノベ達は「なんだってんだ?」と不平を漏らしながらも意外と素直に立ち上がった。彼らの不平は無視してケイインとフェイフォンは顔を見合わせて頷き合い、さらに他の組合職員にも確認した。
「間違いないな」
「ああ。五人全員、ぴたりと一致した」
「おい! フェイフォン無視するな! なんなんだよ、説明しろよ!」
「お前たち五人は過去に罪を犯している……と訴えが出ている。これから組合で話を聞くことになるから大人しく来てくれ。他の者はこの件とは無関係だ。飯を食うなり女を抱くなり好きに続けてくれ」
「罪だと!? 俺達が何をしたって言うんだ!?」
「それを含めた話を組合でしようってんだろうが」
指名された五人だけでなく探索仲間からも組合の横暴を非難する声が上がって娼館内が騒然となった。一触即発の危険な雰囲気だ。こちら側のメンバーも殺気立ち、剣の柄に手を掛けて威圧している。そんな中、ヒノベだけがじっと私を見ていた。他の連中のように無闇に騒ぎ立てたりしない。ミノウやここウーハンでも「柄の悪い連中の中ではマシな方」と評されていただけあって少し違う。
「お前何者だ? お前が俺達に罪があると鳴らしているのだろう?」
「今はウーハン傭兵組合に所属しているオウカといいます」
「オウカ? 倭州の出か……女みたいな名をしやがって……いや、お前、女か!?」
ヒノベも私と同じく倭州の出身。名前の響きで倭州読みに気付いた。
……でも女と見破ってきたのは少し意外だ。
『桜花』はまんま女性名で『オウカ』の響きも女性寄りではあるけれど、別の漢字の組み合わせなら同じ読みで男性名にも成り得る。性別の断定に名前だけでは不十分。なのに言い当てて来たということは、もしかして今の私は男前モードが解除されてる? 男装中は常時発動じゃなかったのか。
「女? 倭州の……女……っ!?」
私を注視していたヒノベの顔色が急に変わった。愕然と、幽霊でも見るような目で私を見ている。その変化をケイインとフェイフォンは見逃さない。
「連れていけ!」
鋭いケイインの声に導士を中心とした捕縛要因が動き、ヒノベ達に縄を掛けていった。他の四人が「よせ!」「やめろ!」と反射的に抵抗する中、ヒノベだけは私を見たまま固まったようになっていて無抵抗だった。
そんな光景を見て、“面通し”をやり遂げた達成感が湧いてきた。
――これで終わった。
六年前に始まった『私』としての人生が一つの区切りを迎え、これからは心機一転、新しい生活が……。
「っう!!」
達成感とともに少し気が抜けて。
その瞬間を狙ってでもいたかのように、記憶の蓋が開いていた。
「うあ……あああ!」
当時の記憶が溢れだしてきた。




