”お礼”を阻むもの
前話から間を置かずに投稿しています。
最新話で飛んできた方はご注意下さい。
後悔。謝意。
ウラヤの中で渦巻く色々な感情の内、それらが強いように見える。
「ウラヤ、そんな顔をしないで下さい。こうなったのはウラヤのせいじゃありませんよ」
「しかし俺が気付いていれば……」
「もしウラヤが気付いて、それを私に教えてくれたとしても、多分何も変わりません。私は今と同じ選択をしたと思います」
「そうかも知れんが……」
ウラヤの後悔。
それはフェイフォンによって私の過去が「できるだけ婉曲に、曖昧に、鈍い人なら気付かないくらい」にぼかした表現ながらも暴露されている事に対してではない。それ以前、フェイフォンも最後の確認として口にしていた“ヒノベ達をウーハン傭兵組合が捕える”ことに起因している。まあ、組合が捕縛に当たるから暴露もされているので、それも含みではあるが。
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私はヒノベ達に“お礼”をするために倭州を出てはるばる北壁までやって来た。
その時の記憶が無いせいで半ば他人事になっているけれど、六年前の一件は私に確かな傷跡を残している。体の傷は癒えても心の奥底に、私自身にもはっきりとは意識できないレベルで刻み込まれたトラウマ。
ミヅキの村では「複数の男に乱暴されて少しおかしくなってしまった可哀そうな娘」という扱いをされていた。人格の変化によって中身が変わっているし、あの事件がきっかけでそうなったのだから間違ってはいない。純潔を失い結婚相手としての価値が失われたのは、トラウマから男性が苦手になってしまった私にとってはさしたる問題ではなかった。が、それを問題無いと言えるようになってしまったのがそもそも問題だった。普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に家族を作る。そうした普通の幸せを、幸せとして認識すらできなくされてしまったのだから。
そんな自分に区切りを付けるための“お礼”。
……“お礼”なんて言い繕ってはいても、意味するところはただの復讐だ。
トラウマを克服するために、原因であるヒノベ達に復讐する。
具体的にどうしようと決めてはいなかったが……一番手っ取り早いのは、やはり戦いを挑み、勝つことだろう。完膚なきまでに叩きのめし、私が受けたのと同等以上の傷を与えれば、過去は消えなくても私の溜飲は下がる。
その結果としてヒノベ達が死ぬことになっても、それは仕方のない事。
返り討ちにあって私が死ぬ可能性もあるけれど、それも仕方のない事。
復讐なんてそんなもの。漠然とそう考えていた。
でも、その一番手っ取り早い方法はもうできない。
何故か。
傭兵組合に協力を仰いでしまったからだ。
いつだっただろうか。食事の席で“お礼”について私の心情の一端を明かしたところ、フェイフォンは愕然としてこう言った。
「それならどうして組合に話を持って来たんだ!?」
この国にもルール――法がある。
治安維持組織として機能する傭兵組合も法に則って運営されており、組合が捕えた犯罪者も法に従って裁かれる。
裁くのは法であって、被害者自身ではない。
傭兵組合が捕えた犯罪者は法が定めた刑に服する。軍が管理する鉱山などでの強制労働がそれで、期間はこれまた法に定められた規定による。
つまり組合には捕えた犯罪者を軍に引き渡す義務があり、加えるなら「無事に」という文言も付く。言い換えれば……とても奇妙な表現になるけれど、組合には捕えた犯罪者に復讐しようとする被害者から保護しなくてはならない。それが「無事に」という意味だ。
言われてみれば当り前な話だった。
これは『あちらの世界』でだって同じだ。例えば被害者なり遺族なりが「犯人に復讐させてくれ」と警察や刑務所を訪れたとして、それを容れてくれる訳がない。護送中の殺人犯がちょっとした隙に被害者家族に殺されてしまったなんてニュースもあるにはあったが、それは警察の不手際であるし、こうなれば今度は被害者家族が殺人犯として逮捕される。
法は復讐や自力救済を認めていなかった。
組合に協力を求めた時点で私自身の手で“お礼”をする道は断たれていたことになる。
ウラヤが「俺が気付いていれば」と言っていたのがこれだった。
とは言え、ならばウーハン到着前にこの事実に気付いていたらどうだったのかと考えると、ウラヤに言った通り、状況は余り変わらない。それか、もっと悪くなっている。
ウーハン傭兵組合にヒノベの件を知らせずに“お礼”を強行した場合。
その時は私達の方が犯罪者だ。「多少素行は悪いものの特に問題も起こしていない傭兵を殺した罪」で傭兵組合に追われる身になってしまう。当然、私を手助けしたウラヤも。
過去は変えられないから推測になってしまうが、自分の復讐心を優先してウラヤまで巻き込んで犯罪者になるなんて選択はできなかったと思う。
フェイフォンが最後の確認として「ウーハン傭兵組合がヒノベを捕えて良いのか」と訊いていたのもこの辺りが関係している。フェイフォンだけでなくケイインも私に同情的で、私が強く望むのならその想いを遂げさせても構わないと言ってくれていた。組合に所属する者として本来してはならない提案。もちろんその後に私を捕えるところまででワンセットになる訳だが……正義感あるフェイフォン達にとっては私の心情を慮って苦悩の末の事だろう。そんな苦悩を強いてしまったことが申し訳ない。
こうなるとミノウ傭兵組合のお爺さんが持たせてくれた例の書状には別の意味があったような気がしてくる。ミノウでヒノベ達の情報を簡単に得られたのは、組合に所属する傭兵としてウラヤが確固たる信頼関係を築いていたからだ。初めて訪れた街でも同じようにできたかとなれば、これは難しいと言わざるを得ない。ミノウ傭兵組合の名前で協力を要請する書状があったからこそ“入り”と“発ち”を辿ってヒノベの足跡を追って来られた。でも最後の最後、ヒノベに追い付いたウーハンでは逆だ。これまで通りに書状を使ったがために“お礼”を阻まれる結果となっている。
口に出しては制止も推奨もしなかったお爺さんの「裁くのは法に任せろ。お前まで罪を犯すことはない」というメッセージが込められているのではないか。ウラヤは「あの爺さんがそんな回りくどい事をするかね」と半信半疑だったけれど。
ともあれ、私は決めた。
ヒノベは法の裁きに委ねる。
央国の法では罪の重さや被害の大きさに応じた見舞金が被害者救済として支給される。罪人は軍の管理下で強制労働に服し、計算上の労働対価によって見舞金額を満たすまでが刑期となる。強姦の罪が幾らになるのかは現状定かではないが、この『計算上の労働対価』がかなり低い見積もりによって行われるのと、刑期中の衣食住費その他を差っ引いた残りしか見舞金充当に充てられない為、そう簡単には刑期を満了できない。しかも、フェイフォンによればただでさえ規律に厳しい軍が犯罪者に寛容な筈も無く、そんな軍が管理する強制労働は刑期を満了せずに死んでしまう受刑者も少なくない過酷なものであるそうだ。
私が受け取るお金の為にヒノベ達がそんな環境に放り込まれるなら、それをして“お礼”に代えてしまって良いだろう。そう割り切る事にした。
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「ヒノベ達が汗水流して……血も流すかも知れませんけど、そうして稼いだお金で精々贅沢させてもらいます。私達まで犯罪者になるより、その方が良いです」
「そうか」
きっぱりとそう言ったのに、ウラヤの顔は晴れない。
割り切る事にして、実際割り切っているのに、これを考えるたびに私が言い知れぬ不快感を湧き上がらせているのをウラヤも察しているからだ。
「それより……必要な事とはいえこんなに時間をかけてヒノベ達がどこかに行ってしまったりしませんか?」
「それは大丈夫だ。長期の探索から戻ったばかりなら美味い飯に綺麗な女、まっとうな寝台と相場が決まってる。念のために職員を貼り付けているし見失う心配はなかろう」
今度はウラヤがきっぱりと言い切った。
そんな単純なものなのかと思い、まあ理解できなくはないとも思う。
人の住まない魔物の領域を旅してきたヒノベ達。傭兵ばかりだから狩猟はお手の物、食うには困らない。が、それは生きていくのに必要な分は食べられるというに過ぎない。調味料の類は乏しかっただろうし、いくら肉が豊富にあったとしても味で論じるなら粗末な野営食だ。私だってそんな料理を『マアリイの宿』で供される美味しい料理と同列に扱おうとは思わない。
そして五か月近くに及ぶ禁欲生活で溜まりに溜まっているのだろう。
ついでに言えば外套に包まって地べたに眠る野営が続くと寝台が恋しくなるのも実体験から理解できる。
それらを総合するとヒノベ達の行く先を推測するのは簡単だ。
それを裏付けたのは貯木場にやって来た顔見知りの組合職員だった。
フェイフォンの方に行こうとしてあちらが取り込み中とみると、私達へ方向転換。
ウラヤに「報告します」と切り出した。
「どうだった?」
「あいつらは揃って娼館通りに向かいました。まだ営業時間前ですが話を付けてもぐり込むつもりのようです」
「まあそうなるわな」
さもありなん、とウラヤは頷いている。
私の推測とも一致していた。
娼館も一応は宿なので一階が食堂になっている。そこで思うさま食べて飲んで食欲を満たしたら次は娼婦を抱いて性欲を満たし、最後は柔らかな寝台で朝までぐっすり眠る。見事に人間の三大欲求全てを満たせる場所、それが娼館なのだった。
報告を終えた職員が戻るのと入れ違いに説明を終えたフェイフォンが戻ってきた。
「俺なりに婉曲であいまいなぼかした表現をしたつもりなんだが……済まん、多分全員察してしまったと思う。あ、謝らない方が良かったのか……済ま……いや、ともかく全員協力してくれることになった」
「謝らないで下さいとは言いましたけど、そこまで気にしなくても。鈍い人はいなかったということで、それはどうしようもありません」
導士の人達はユエン抱き着き未遂の時に情けない悲鳴を聞かれているし、傭兵の人達にはそんな失態は晒していないけれど、何か月も薪採取を一緒にやっていれば私が男性を苦手にしているのは知れてしまっているだろう。そこに今回の話だ。余程の脳筋傭兵でもなければある程度察してしまうものだろう。
「それとな、ヒノベ達の名はあいつらに伝えていない。オウカもそのつもりで口には気を付けてくれ」
“面通し”の公正を期すためだ、とフェイフォン。
誰が対象なのかを知っていればどうしても意識してしまう。“面通し”の場にいる導士や傭兵の意識がどこに集中しているのかを観察すれば大きな手掛かりになってしまい、それは“面通し”をする上で障害となる。名を伏せたフェイフォンの配慮は当然のものだった。




