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エセ仙術使い  作者: 墨人
最終章 ”お礼”
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ヒノベ帰還

 実用レベルの『透徹』が決まると薪が割れる。そうして程良い太さまで割れた薪が積み上げられて、これが習熟度を測る格好の目安になっていた。私が薪採取に赴く日もあるから毎日開催とはいかない透徹道場であるが、すでに開始から一か月近く、卒業も間近いのではないかと思える人もちらほらといる。

 ユエンもその一人だ。

 多分センスがあるのだろう。『斬』への応用も難無くこなせそうだ。


「そろそろ昼だな」


 そんなユエンが空を見上げて言った。太陽は南中間近の位置にある。


「そうですね。それではお昼休みしましょうか」


 透徹道場午前の部はお終い。各々昼食をとりに街へと散っていく導士達。


「風呂焚きは今日も組合で食うのか?」


 ユアンが訊ねてくるのに「そうです」と答えると、「そうか……」と残念そうにして去って行った。以前は昼食を一緒にしようと誘われることもあったのだが、最近はそれも無くなった。

 透徹道場の日の昼食は組合でウラヤやフェイフォンと一緒に食べるようにしている。

 ヒノベ達が探索に出発してから四か月以上が経ち、そろそろ帰ってくるかもしれないということで、私達はこれまで以上にウーハンから離れられなくなった。街から出ずにできる仕事としてウラヤは組合に働き口を求めた訳だ。フェイフォンを通じたコネもあるし、『止水』関連で組合のウケも良かったお蔭ですんなりと採用されたそうだ。

 で、お昼ご飯。

 組合にも食堂はあるけれど、人足の人達にも配慮したメニューはウラヤ達には物足りない。不味いというわけではない。が、お金に余裕がある時に敢えて食べるほどに美味しいかといわれれば微妙。そこで私に出番になる。いったん宿に戻ってマアリイから料理を受け取り組合に持って行き、三人で食べたら食器類を宿に返してから道場午後の部へ。そんな流れになる。

 これフェイフォンからもマアリイからも感謝されている。

 フェイフォンはマアリイが作る美味しい料理を食べられるから。

 マアリイは例の生薬入りの料理をフェイフォンに食べさせる機会が増えるから。

 マアリイからははっきりと明言された訳ではないけれど、お弁当を受け取る時には必ず「これがフェイフォンの分だからね。間違えないでおくれよ」と念を押されるので、生薬が入っているのは間違いない。


 それでどうしてユエンが昼食を誘わなくなったかと言えば、彼はウラヤが苦手だからだ。

 リザードマン戦の後の抱き着き未遂依頼、ウラヤはユエンを警戒している。こうしてユエンが道場に参加しているのも気に入らないらしく、一度など「あいつ、まだお前の周りをうとちょろしてるのか」と舌打ちさえしていた。抱き着かれそうになった時には本当に怖かったし、悲鳴も上げてしまった。けれど今ではユエンも適度な距離感を保ってくれている。そんなに邪険にする必要は無いし、私を気にかけてくれるのは嬉しいが少し過保護過ぎやしないかとも思う。


 *********************************


 お昼休みを挟んで透徹道場午後の部を開始。

 暫くすると薪採取に行っていたティエレン達が三台の荷車に木材を満載にして帰ってくる。戻りのタイミングはまちまちながら、早く戻った日には採取に同行した導士も残った時間を鍛錬に参加していったりする。


 ティエレン達が貯木場を管理している組合職員と木材の受け渡し手続きをしている時だった。


「オウカ!」


 呼ぶ声に振り向くと貯木場に駆け込んでくるウラヤとフェイフォンがいた。

 血相を変えている、というほどではないが随分と緊迫した顔をしていた。


「なんだ? なにかあったのか?」


 ユエン達導士組、ティエレン達薪採取組、みんな何事かと驚いている。

 そもそもフェイフォンは薪関連とは無関係な立場なので彼が貯木場に来ること自体が普通ではない。加えて未だ新参ながら名声の高いウラヤが同行していて、しかも息せき切って駆けて来たとなれば、これで何事も無いと思う方がどうかしている。


 貯木場の端、他者に声が届かない場所。


「奴らが帰ってきた」


 短く、ウラヤはそれだけを言った。


 “奴ら”。

 それが誰を指すのかなんて確かめるまでもない。

 私達が遠く倭州から追ってきて、たった半月の差で入れ違いにウーハンを出て行った相手。ヒノベとその一味。一攫千金を狙って北方の探索に赴いた彼らが戻ってきた。


 ――ようやくこの時が来た。


 その思いと共に、


 ――とうとうこの時が来てしまった。


 そんな相反する思いもあった。


 私の胸中を知るウラヤとフェイフォンが顔を曇らせ、躊躇いがちに口を開いたのはフェイフォンだった。


「オウカ、最後の確認だ。これからお前に“面通し”をやって貰い、成功したならヒノベ達を捕える。俺達ウーハン傭兵組合が、だ。それで良いんだな?」


 フェイフォンが「最後の」と言った通り、これと同じ質問はこれまでに何度も受けている。フェイフォンだけではない。ウラヤからも、フェイフォンの父ケイインからも、それぞれ確かめられた。


「……それで、構いません」


 問われる度に私は肯定の意思表示をしている。

 ヒノベ達は罪人。傭兵組合は治安維持の為に罪人の捕縛にもあたっている。ならば、ウーハン傭兵組合がヒノベ達を捕えるのは、央国における社会の仕組みとして当然の行いだ。


「本当に、良いんだな?」

「……はい」


 重ねて問われ、私も同じ答えを重ねる。

 ただ……。

 この問いを受け、この答えを返すたびに、体の芯があやふやになるような何とも名状し難い、でも不快なのは間違いない、とても奇妙な感覚に襲われる。私が理性に基づいて下した判断に対して、理性以外の何かが異を唱えているかのようだった。

 だからだろう。ウラヤもフェイフォンも探るように私の顔を注視していた。

 私は内心が顔の表情に出やすいから、そこから真情を読み取ろうとしている。


「本当に……」

「フェイフォン、くどいです。何度問われても私の答えは変わりません。私だってなにもわだかまりが無い訳じゃないんです。それでも割り切らなくちゃいけないじゃないですか。なのにそんなに何度も訊かれたら決心が揺らいでしまいそうです」

「……悪かった。済まん。だが、その決断をしてくれて俺は嬉しい。俺とてお前を罪人として扱いたくはないからな」

「私だって好き好んで罪人になんてなりたくありません」

「そうか、そうだよな」


 私の本気を理解してくれたのか、フェイフォンは心底からほっとした顔をしていた。

 傭兵であり導士であり、そして組合職員でもあるフェイフォン。飄々とした外見と言動をしているけれど根は真面目だ。柄の悪い傭兵が多い城塞都市で、睨みを利かせるために組合職員をやっているくらい正義感にも溢れている。そんなフェイフォンに、自分が罪人として捕えられるような未来は私だって願い下げだ。


「とにかくヒノベ達はそちらで捕まえて下さい」

「判った。それで、だな。確実に捕まえるためにあいつらにも協力を求めたいのだが……」


 こちらを気にして遠巻きにしている導士や傭兵を指してフェイフォンがそう言ったものだから、思わず「え!?」となってしまった。捕縛対象の筆頭であるヒノベは導士――仙術使いだ。常人とは比べ物にならない力を持っている。素直にお縄を頂戴すれば良いが、抵抗されたら厄介なのは確かだろう。でも組合にはフェイフォンやウラヤ以外にも導士はいる。引退済みとは言え未だに現役顔負けなケイインだっているのだ。

それだけ導士がいるのにユエン達にまで協力を求める?


「ヒノベはそんなに強いんですか?」


 ミノウのお爺さんの証言なんかからもやり手だと考えていたけれど……。

 一番最近のヒノベを知っているフェイフォンがこんな事を言い出すとなると、ヒノベは相当にとんでもない強さを有しているのだろうか。


「いや、誤解しないでくれ」


 フェイフォンは「心外だ」とばかりに慌てて言い加えた。


「ヒノベは確かに強いが、俺だって一対一で引けを取るとは思っていない。だがその場には奴の仲間もいる」


 ヒノベを糾弾するにしても、そうした面子がどう動くのかが予想できないとフェイフォンは苦い顔をしている。

 それは確かに考慮しておくべき点だった。

 柄の悪い連中にだって仲間内での結束はある。特に外部からの圧力などに対すると更に結束は固くなり、非があるとしても身内をかばう可能性は高い。弁護するとかではなく、物理的に。それはマズいのだとフェイフォンは言う。


「奴らが暴れたとしても俺やウラヤ、親父も含めて組合側の導士を総動員すれば負けはしない。だが……勝つってことはヒノベ達を殺しちまいかねないってことでもある。少なくとも五体満足でってのは無理だろう。それに街中で導士が戦うのは避けたい。周りへの被害がでかくなり過ぎる」

「それはそうですね」


 ヒノベの仲間には導士も何人かいる。複数の導士が仙技仙術を駆使して市街戦などやったら周囲の被害は甚大だ。木造建築が過密しているウーハンでは火の仙技で火災が発生したら延焼に次ぐ延焼で目も当てられない惨状になるだろう。だから戦いにすらならないように圧倒的な戦力を用意し、抵抗させずに取り押さえたいというフェイフォンの主張はもっともで、そしてこの場には透徹道場に参加していた導士達、折り良く居合わせた傭兵達がいる。彼らはウーハン的に表現するなら“まともな傭兵”だから事情を話せば間違いなく協力してくれる。


 そう、事情を話せば。


 先ほどフェイフォンが言葉尻を濁し、今も窺うような視線を私に向けてきている理由がそれだ。“面通し”などという特殊な場での協力を求めるのだから『何故そのような事をするのか』から説明しなければならず、その中には“面通し”の中心人物たる私に関しても含まれている……と言うか、私の事情を話さなければ何も始まらない。


 強姦された過去を、付き合いのある人たちにばらさる。

それは正直勘弁して欲しい。

 勘弁して欲しいが……私が拒否したらどうなるだろう。

 どうにもならないかもしれない。

 とても酷い結果になってしまうかもしれない。


「できるだけ婉曲に、曖昧に、鈍い人なら気付かないくらいに表現をぼかしてくれると助かります」

「……判った。済まんな」

「謝らないで下さい。よけい惨めになります」

「……」


 それ以上は何も言わず、フェイフォンは私に背を向けてティエレンやユエン達の方へと歩いて行った。流石に暴露の場に同席したいとは思えずその場に留まる。そんな私を見るウラヤの目には複雑な感情が渦巻いていた。

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