ウーハンでの日常
日の出とともに目を覚まし、軽く身支度を整えたら『マアリイの宿』を出る。
敢えて気功スキルを使わずにランニングを開始。スキルに頼り過ぎると素の身体能力が中々鍛えられない。気功スキルのステータスアップはゲーム的に表現するなら%上昇タイプなので素の数値が高い程効果も高くなる。こうしてスキル抜きに体を鍛えればスキル効果の強化にも直結するという訳だ。
南門を抜けて農村部へ至る。
ウーハンは土地が狭くて鍛錬する場所にも事欠く始末。それなりに広いスペースを確保しようと思ったら南北の門前にある広場くらいなのだけど、幾ら早朝とは言え街中で木刀を振り回すのはいただけない。門外に場所を求めるのが当然となる。早朝のこの時間、北門はまだ開いておらず、開けっ放しの南門から農村部に出る以外の選択肢は無かった。
門を出てすぐの処に空き地があり、ここをウーハンに来てからの鍛錬場所と定めている。
が、ここはいったん素通りしてランニングを続行だ。
朝が早いのは農村の人々も一緒である。畑の間の道を走っていると、あちこちの畑に作業に勤しむ農家のおじさんやおばさんがいる。ウーハン所属の傭兵ということで当初は警戒されていた。城塞都市に集まる傭兵には柄の悪い人もいるのだと、村の人々も承知しているからだ。それも鍛錬ついでに何度か農作業を手伝ったら払拭された。こちとら似非とはいえ導士であるから、畑を広げるのに邪魔な岩や切り株の撤去など、普通なら隣近所総出で行うような力仕事にも役立てる。今では気安く声を掛けてくれるまでになった。
ペースに緩急を付けながら村を一周して空き地に戻ってくる。
以前なら朝の鍛錬は大抵一人だった。ウラヤも毎朝の鍛錬は欠かさないのだが、起床時間が遅い。傭兵としてはウラヤの方が普通だろう。私はミヅキの村での農民としての習慣が残っているせいで起きるのが早いだけだ。たまたま早く目が覚めたらウラヤも合流する、くらいだったのだが、リザードマンとの戦いを境にして日によってまちまちながらも眠そうな顔をした導士がやってくる事がある。
「風呂焚き……お前は朝から元気だな……」
欠伸を噛み殺しているのはリザードマン戦で一緒した若手導士――名前はユエン。
「今朝はユエンだけなんですね」
「みんな眠気に負けたんだろ」
「そういうユエンも眠そうですが」
「ああ、眠い」
「じゃあ少し体を動かして、眠気が覚めたら言って下さい」
「ああ……」
依然スキルは使わないまま『龍鳳』の型をなぞり、木刀を手に取って素振りもする。
少し離れた所ではユエンも剣を片手に体を解している。体慣らしの筈なのに鋭い動きだ。
……ところどころに『龍鳳』の体捌きが混じっていたりする。央国で一般的な剣術は私から見ると中華系。同じく中国の『龍鳳』だけに相性は良いのだろうけれど、いつの間に見憶えたのか。しかもこの短期間で随分とこなれているし。全く導士というのは油断も隙も無い。
「よし、目が覚めた。そろそろやるか」
言葉通り、見違えるほどしゃっきりした顔でユエンが言う。
やるのは組手だ。私は木刀を、ユエンは鞘が外れないように紐で固定した剣を使う。
何故こうなったのか。
それはリザードマンとの戦いがきっかけだ。
私の身体能力は導士の中では悔しいけれど低めに分類される。気功スキルと補助魔術を重ねても、ステータスアップ効果においては仙導力一本の導士に及ばない。でも導士が苦戦したリザードマンに対して私は終始余裕を持って対峙していた。「まるでどこにどんな攻撃が来るのか予め知っているような不思議な動きをしていた」との感想も頂いた。『止水』で敵の攻撃を予測できるのだから実際そうなのである。
「シスイはそんな使い方もできるのか!? 気配を探るだけではなかったのか……」
種明かしをしたら大層驚かれた。殺気を読んでの攻撃予測だからそれだって気配を探っているだけではある。同じ技の使い方を変えているだけだ。が、これが生来の導士にとっては存外難しい事らしい。ウラヤが『気の刃』を習得できなかったのと同様、どうやら導士は仙導力の細かな制御はあまり得手ではないようだ。広域探査もハイパワーで広い範囲を探るのは得意でも、狭い範囲での精度なら私の方が上だったりする。
それを言ったら「じゃあお前、どれくらい正確に読み取れるんだ」となった。
実演してあげた。
目隠しをして、小石を投げてもらい、その全てを木刀で打ち払った。
天音桜は弾幕の如き魔術を切り払ったりしていたくらいなので、小石くらいはなんでもない。余裕綽々でいたら意地になった誰かが結構本気で投げてきて肝を冷やすことになったけれど、これも防いで見せたのが決定的だった。
こうした経緯で攻撃予測できる相手との戦い――対人戦なら結構強いんじゃないかと立ち合いを求められるようになり、今に至っている。私にとっても導士相手の戦闘経験が詰めるのだから無駄にはならないので全て受けるようにしていた。
「じゃあ、いくぞ」
「どうぞ」
鞘付きの剣を突き込んでくるユエン。速くて鋭い突きながら『止水』で読めている私に通じないのはユエンにも判っている。挨拶代わりだ。本番はこの突きを木刀で払ってから始まる。
木刀と鞘がぶつかり合い、傍で聞くなら剣呑な音が連続する。
総合的なスピードならユエンの方が上。木刀両手持ちの利点を活かして剣速なら私が上。そこに『止水』で先読みして動けるのを加えるとほぼ互角、拮抗した展開になる。純粋な剣対剣の打ち合いが楽しくなってきている今日のこの頃。途中に何度か休憩を挟みつつ、太陽の位置から「そろそろやめとくか」とユエンが言い出すまで立ち合いは続いた。
良い汗をかいた。
手拭いで汗を拭っていると、涼しい顔をしたユアンが「今日は薪割りだったか?」と問い掛けてきた。「そうです」と答えれば、「ならまた後でな」と言い残して立ち去るユアン。
……私も街に戻ろう。マアリイが美味しい朝ご飯を用意してくれている筈だ。
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北門前の広場。
既に集まっている薪採取の傭兵隊。その中にはティエレンの姿もある。
加えて数人の導士。こちらの中にはユエンがいる。
「今日は俺達が薪採取に同行する」
そう言ったのは魔木を採取した仕事の時に偵察役を務めていた導士だ。彼に加えて二名、計三名の導士がティエレン達とともに薪採取に向かう。膂力に優れた導士が加わる事で荷車は三台に増えていた。
これもリザードマン戦の影響だ。
あれ以降、私は薪採取依頼を受ける頻度を減らしている。『透徹・斬』と『透徹・炎』、あの時見せた二つの『透徹』を是非教えて欲しいと頼み込まれたからだ。最初は断った。『気の刃』を教えてくれとユエンから頼まれたのを断ったのと同じ理由で。そしたら薪採取には『透徹』の伝授を希望する導士が交代で参加するから、私は街に残って透徹道場を開いてくれときた。薪採取は本来なら導士が受けるような仕事ではない。場所が魔物の領域でないなら農民にだってできる簡単な仕事だ。なのに三人も導士が参加する事態に未だティエレン達は慣れていないらしく、恐縮したように「よろしくお願いします」と頭を下げている。
慣れてはいなくても、荷車一台分収穫が増える訳で、ウーハンの薪事情を憂慮していたティエレン達からは感謝されている。
薪採取隊が出発するのを見送ったら私達は移動だ。
北門前の広場から少し脇に逸れた一角に丸太が積み上げられている。前日に持ち帰られた薪用の材木だ。貯木場。ここが透徹道場の開催場所となる。
ここを管理している組合職員に断ってから丸太を一本引き出してくる。これは『気の刃』で薪として手頃な長さになるように輪切りにしてしまう。
「相変わらず凄い切れ味だな。できればそいつもできるようになりたいものだが……」
「丸太を斬るくらいは普通に剣でできるでしょうに」
「剣じゃなくてもできるってのが良いんだよ。それに、それが出来た方がトウテツも強くなるんだろ?」
「それはそうですけどね」
ユエンはまだ『気の刃』が諦めきれないらしい。
ただ武器に気を込めただけの『気の刃2』からよりも、より多くの気を凝縮した『気の刃3』から放った方が『透徹』の威力は大きくなる。『透徹』なら打撃力、『透徹・斬』なら切断力、『透徹・炎』なら火力がそれぞれ上がるのは私自身が確認している。
とは言えできないものはできないで仕方ないと思う。『気の刃3』からの連携はきっぱりと諦めて『透徹』単品で我慢して欲しい。
訓練の仕方は簡単なものだ。
輪切りした丸太の上に剣を置き、その上に拳を振り下ろす。
失敗すればただ剣を殴っただけ。ガン、と鈍い音がする。
成功すると丸太の内部に打撃力が透ってバシン、と弾けるような音がする。
このバシン、を百発百中で出せるようになれば一応『透徹』を修得したことになる。
貯木場の主役は薪割りをする人足の人達なので、邪魔にならないように隅っこの方で練習して貰っている。私は人足に混じって薪割り。これも仕事だ。採取依頼に比べれば報酬額は下がるものの例の魔木の売却益から分配を受けているし、『透徹』を教える代わりにいくらかの謝礼金も受け取っているので懐は温かい。『マアリイの宿』の宿泊費も暫くは心配しなくて済むほどの蓄えもできている。薪割りをしているのは必要に迫られてではなく、自分自身の鍛錬という意味合いの方が大きい。
そうして薪割りをしながら求められればアドバイスをしたり手本を示したり。
仙導力の細かな操作は苦手気味な導士も放出系の使い方には慣れている。バシン、バシンと小気味の良い音が徐々に増えていき、近頃では丸太を割ってしまう人もでてきた。丸太は内側から爆ぜ割れたようになっている。内部に浸透した打撃の圧力によって内側から割り裂かれたのである。『透徹』に実効的な攻撃力が備わった証だ。
あとは百発百中で割れるようになれば『透徹』の鍛錬は完了だ。『斬』や『炎』への応用は各自のセンス次第。それぞれに頑張って貰うことになる。
ちなみに、導士の多くが薪採取依頼に参加したり、貯木場で薪を相手に鍛錬したりするようになった結果、私の『薪の導士』という異名はうやむやの内に消えていた。




