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エセ仙術使い  作者: 墨人
第四章 城塞都市ウーハン
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新技『透徹・炎』

キリの良い所まで書いたら少し長めになりました。

 ウラヤとフェイフォン、重鎮二人にがっちりと抑え込まれている若手の導士は「え? なんで?」と狼狽を露わにしていた。私の悲鳴が、いきなり抱き着かれそうになっての戸惑いや羞恥からのものではなく、紛れもなく恐怖から発されたものだったからだ。


 まさか、これほどだとは。

 自分自身の事なのに……否、自分自身の事だからこそ意外の念を禁じ得ない。


 抱き着かれそうになったその時、『私』が有する記憶の底の底、もっと深い所から何かが溢れだしそうになった感覚がある。本能的に「これを思い出すのはヤバい」と意識を逸らせたお蔭で事なきを得たが、垣間見た断片のみですら無様な悲鳴を上げ、身は竦み、心臓はバクバクと激しく鳴っている。

 それが何だったのか。『私』になる以前の記憶であれば、それは『オウカ』が体験した出来事の記憶に違いなく、平和な農村に生まれ育った『オウカ』にこれ程の恐怖を植え付けた出来事となると、六年前の山中での一件以外には考えられない。

 夢を通じて客観視した『私』にとってはどうしても半ば他人事として感じられてしまうのだが、精神はそうであっても、この体には過酷な体験の記憶が刻み込まれているのだろう。それが若手導士の行動をトリガーとして解き放たれそうになった訳だ。


 若手導士を両側から抑え込みつつ、ウラヤとフェイフォンが目配せを交わし、「お前、こっちに来い。あ? いいから来い」とウラヤが若手導士を引っ張っていった。ちょっと怖い声だった。


「あいつはウラヤに任せておいて、俺達は魔物の検分をしておこう」

「はい……」


 努めて何事も無かったように振る舞ってくれるのが有り難い。

 こうして適度な距離を保っていれば男の人も怖くないのに、とも思う。


「フェイフォン、取り敢えずの報告だ。負傷は六名、幸いにして重傷は無し」


 導士の一人が報告に来た。リザードマンとの戦いは全員無傷とはいかなかったが、重傷を負った人はいなかった。一番重い怪我でも応急処置をすれば今後の行動に差し支えの無い程度と聞き、フェイフォンの顔には自然と安堵の笑みが浮かんでいた。


「一時は巻き込みも止む無しでウラヤにやってもらおうかと考えていた。オウカのおかげで犠牲者を出さずに済んだ。感謝している」

「できる事をやっただけです。幸いにしてこういう魔物にも効く技がありましたので」


 できる事をやるのは当然だ。

 自分にできる事をやって、自分にできない事はそれをできる他の人にやって貰う。それがこうした集団パーティーを形成する意味だ。私には届かないところまで『止水』が届く人に索敵は任せていたし、森から魔物を誘き出す囮役は私よりも足の速い導士が担っていた。他の人が倒せない魔物を私が倒せるから私が倒した。それだけの事。


「技か……よくもこんな硬い魔物を……ん? なんだこれは? どこも斬れていないように見えるが……斬れなくても良いとか言っていたが……ふーむ、そういうことなのか……」


 リザードマンの検分を始めたフェイフォンは無傷に見える死体に戸惑っていた。

 外見に傷が無くて当たり前だ。『透徹・斬』で内側を斬ったのだから。


「しかしこいつは厄介な魔物だ。導士の攻撃が通じないとなると魔木の武器があったとしても普通の傭兵が相手にするのは無理だろう」

「あれほど巧みに剣を操るのも、だな。蹴りやらなんやら使ってもいたし」


 フェイフォンが中心になってリザードマンについての語り合いが始まった。『魔物図絵』に載せる魔物情報を整理しているのだろうが、


「あの、どうしてこの魔物が火を吐くというのを無視しているんですか?」


 何時まで経ってもその点が言及されないのが不思議になって発現すると、全員から「え?」という目を向けられて私の方も「ええ?」となってしまった。


「あれはお前がやったんだろう?」

「違います」

「いや、お前の技ってのは表面を傷付けずに内側に仙技を叩きこむってのじゃないのか? 俺はそう解釈していたのだが」

「それで合ってますけど、私がやったのは内側を斬るという技なので」

「内側だけ斬るってのも大概だな。どうやるんだよそれ」


 不毛な言い合いになってきたところで「おい、やっぱりこいつは火を吐く魔物じゃないな」と声がかかった。一人の導士が例の火を吐いたリザードマンの顎に手を掛けて開かせている。


「ほら、口の中が焼けちまってる。もともと火を吐くような魔物ならこうはならないだろう。俺達が自分の仙技で傷付かないのと同じだ」


 言われて覗き込むと、確かにリザードマンの口の中はこんがりと焼けていた。

 火を吐く生態なら自分が噴く火に耐えられる体を持っているだろう、というのは納得できる。が、あれをやったのが私だと言われても、そっちは納得できない。だって私が使ったのは『透徹・斬』、ただの斬撃だ。それに同じように『透徹・斬』で仕留めた他二体のリザードマンは火なんて吐かなかった。


 ……あ、同じじゃないかも?


 違う点が一つあった。

 放った技は同じ『透徹・斬』だったけれど、一体目は『炎の刃』からで、他は『気の刃』からだった。火の仙技を収束させた『炎の刃』を使ったら魔物が火を吐いたというのは、つまりそういうことなのだろうか?


「もう判らないのでちょっと試してみます」


 下手に考えていたって始まらない。実験できる素材がすぐ傍にあるのだから試してみるのが早い。そう思い定め、木刀に『炎の刃』を発現。リザードマンの死体の胸の辺りに『透徹・斬』を撃ってみる。


 結果、リザードマンの口から火が出た。


「うーん、なるほど、あの火は皆さんの言う通り私がやった事のようです」


 死体が自らの能力で火を吐くなんて有り得ない訳で、そう結論するしかない。

 恐らく『炎の刃』から撃った場合は『透徹』にも火属性が乗り、しかも収束されていた火の仙技が相手の体内で解放されたのだと思われる。そうなると私は自分自身の技で顔を焼きそうになったのか。それとも自分の仙技だから直撃しても無害だったのかも。試してみようとは思えないが。


 それにしてもこれは嬉しい発見だ。

 表面的な防御力を無視して相手の体内に直接打撃を加える『透徹』と、それを剣術用にアレンジした『透徹・斬』。通常の攻撃では打倒困難なリザードマンですら比較的容易く下すのを可能とする優れた技だ。言うまでも無く夢で見た天音桜の持ち技である。

 ここに新たな技を加えよう。

 打撃、斬撃、その次は炎撃。相手の体内に火属性仙技を送り込む技――安直だけれど名付けるならば『透徹・炎』。この技は大きな可能性を秘めている。『透徹』の射程距離は極めて短く、私の場合は十センチにも満たない。これ、大型の魔物だと内臓まで届かない可能性がある。表皮、皮下脂肪、筋肉。合わせて十センチに達してしまったら『透徹』はもう届かない。筋肉でもなんでも斬れば相応のダメージにはなるだろうが、決定打には成り得ないのだ。

 でもそこに送り込まれるのが打撃でも斬撃でもなく炎撃なら。

 与えらえるダメージは段違いになる筈だ。

 これは良い。

 天音桜の記憶におんぶにだっこではないと胸を張って言える、『地滑り』以来の新技になるだろう。


 *********************************


 こちらの話に一区切りついたところでウラヤと若手導士が戻ってきた。

 きつく説教されたらしく若手導士はすっかり意気消沈している。


「風呂焚き……怖がらせてしまったようで、その……済まなかった」


 少し離れた所で立ち止まり、若手導士は深々と頭を下げる。

 彼に対してウラヤがどんな話をしたのかは判らない。まさか過去の事情を詳らかにはしていないだろうが、私が男の人を苦手にしているのは理解してくれているらしい。


「もう良いですよ」


 あれは確かに怖かった。難敵ではあれど倒し方を知っているリザードマンとの戦いよりも、彼に抱き着かれそうになった瞬間の方がよっぽど怖かった。でも素直に謝ってくれたから許す。抱き着こうとしたのだって純粋に勝利を称えてであって、淫らな目的や悪意なんか無かったのは私にも判るし。


「でも気を付けて下さいね? 女の人にいきなり抱き着くなんて、私じゃなくても悲鳴を上げられますよ?」

「ああ。本当に済まなかった」

「もう良いですってば。それと、そんなに離れていなくても大丈夫です」


 今回の仕事はウーハンの導士達と縁を結ぶ良い機会になった。『薪の導士』や『風呂焚き導士』と呼ばれていたのも却って好意的な意味に転化できたのだし、せっかく良好な関係を築けそうなのにあれくらいの事で距離を置かれるのは勿体ない。


 だから私から歩み寄った。


「確かに男の人は苦手ですけど、普通に話す分にはこのくらいでも大丈夫です」


 手を伸ばせば届く距離で、大丈夫なのをアピールするべく笑顔で言った。


「お、おう……そうか……それなら良かった」


 若手導士の強張っていた顔にもようやく笑みが浮かんでいた。


 *********************************


「で、こっちはどうなっている?」


 ウラヤの声はまだ少し怖い。若手導士の顔から笑みが消える。

 私を怖がらせた若手導士に怒ってくれたのは嬉しいけれど、ウラヤが怖い声を出すと迫力が凄すぎる。このまま引っ張るようだと雰囲気が悪くなってしまうし、ウラヤの評判にも影響しかねない。「私なら本当にもう大丈夫ですから」と宥めたらとても変な顔をされた。


「……はあ……まあ良いか……で、実際どうなってるんだ?」


 深い溜息を一つ。それで気持ちを切り替えたのか、ウラヤの声は普段のものに戻っていた。フェイフォンがこれまでの流れを簡単に説明する。


「証明部位の選定はまだか」

「この形なら尻尾の先辺りが適当なんだが……」


 フェイフォンが言葉尻を濁す。討伐証明部位は“他の魔物と取り違えない特徴的な部位”であり、なおかつ“一体の魔物から一つしか取れない”のが絶対であり、加えて“できるだけ嵩張らない”のが望ましい。

 条件的には尻尾の先端部が当てはまる。


「問題はそれを切り取れるかって事だな」

「そうだ。まあ、試してみるか」


 そう言ってフェイフォンはリザードマンの尻尾に剣を当てて切断作業を始め、すぐに「さっきよりは柔らかいな」とこぼしていた。普通の傭兵がやるように剣を鋸みたいに押し引きし、ようやく尻尾の先端を切り落とした。


「切れるもんだな」

「死ぬと柔らかくなるのか」


 斬った本人も意外そうにしている。戦闘中は全く歯が立たなかったのに、今は苦労しつつも切り落とせたからだ。


「死ぬと柔らかくなると言うより、生きている間は固くなっているのでは?」

「どこが違うんだ?」

「私達は仙導力で体を固くできるじゃないですか」


 気功スキルには気の働きで体の表面を固くする防御技『鋼蓋』がある。私はまだその域まで及んでいないが、極めれば金属製の鎧に等しい防御力を発揮できる。また、導士なら素手で岩を砕くのも可能で、これは仙導力によって筋力の強化だけでなく拳の硬度を上げているからだ。そうでなければ岩の方が固いのだから砕けるのは拳の方だ。

 同じようにリザードマンも何らかの力を使い、ただでさえ硬い外皮を更に硬くしているのでないだろうか。そして死後はその力が消えるので強度が落ちる。

 そんな話をしてみると、自分達が実例であるだけにフェイフォン達は「なるほどな」と納得していた。


「しかしこれは……普通の傭兵には無理だ。生きている時より柔らかいとは言え、仙導力があってようやく切れたってところだぞ?」

「構わんのじゃないか? そもそも導士抜きではこいつを倒せないだろ。強力な仙技か仙術か……後はオウカが使った技か。目や口中、外皮に守られていない部位を狙えば魔木製の武器が通じるかも知れんが、それをするにも導士の身体能力が必要になる。普通の傭兵が根性でどうにかできるものでもない。少なくとも俺が知る一番の手練れにも無理だと思う」

「倒せたなら導士がいる筈、か」

「そうなるな」


 導士じゃない傭兵の中で一番腕の立つ人、と言われて私が思い出すのはミノウのジンノだった。で、ジンノに魔木製の槍を持たせてリザードマンの前に立たせたらと想像してみると……ジンノが死んでしまった。無理だ。ジンノの戦闘技術は熟練の域に達している。それでも根本的な部分で身体能力が足りていない。どれほど鍛えても普通の傭兵と導士の間には埋め難い差が存在しているのだ。


「なら証明部位は“尻尾の先端”にするか」


 そう言ってフェイフォンは切り取った尻尾の先っぽを小袋に仕舞い込んだ。ウーハンの傭兵組合にサンプルとして持ち帰るそうだ。


 *********************************


 その後、森の中を捜索したところ地面から普通に生えている魔木が二本発見された。

 どちらも私の身長より少し高い位の若木だったが、これでも何十年物だそうだ。魔界の木は成長が遅いらしい。これくらいの木でも槍の穂先ならかなりの数が作れるとフェイフォンはホクホクしていた。組合の管理で傭兵の戦力底上げを図れるから組合職員として嬉しいし、販売益の一部は報酬として受け取れるから傭兵としても嬉しい。フェイフォンにとっては二重に美味しく、軍が動く前に傭兵組合だけで甲斐があったと笑っていた。もちろん販売益からの報酬は私達にも支払われる。参加人数で頭割りの十六等分だが、それでも結構な額になりそうだ。


 帰路は伐った魔木を交代で担いで走ったため往路程の速度は出せず、ウーハンへの帰還は翌日へと持ち越しになった。二日は過ぎてしまったが「かかっても三日」とは最初からフェイフォンも言っていたので妥当な見積もりをしていたのだと思う。

今回までで結末前に書くべきことは全て書き終えました。

次回から最終章”お礼”になります。

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