『透徹・斬』
「魔物が剣術の真似事か! 舐めるな!」
怒声と共に数人の導士が殺到する。
ちょっと! それは迂闊すぎる!
降りかかる白刃を前にしてリザードマンは慌てない。
トカゲの口からシュシュっと漏れたのは気合の呼気だろうか。流れるような剣筋で全ての斬撃を処理してのける。しかも単に弾いたり流したりするのではなく、斬撃を受けざまに手首に渦を巻かせるように激しく剣を操って相手の剣を絡め取り、もぎ取ってしまうおまけ付き。導士の手から離れた剣はくるくると宙を舞い、未だ地に這ったままだったリザードマンの近くへ落ちた。
偶然ではない。狙っての事だろう。
残り二体のリザードマンも剣を手にしてしまった。
「気を付けてください! 真似事なんて『レベル』じゃ……いえ、真似事なんて域じゃありません!」
リザードマンを魔物だからと侮るのは完全なる間違いだ。『あちらの世界』において、魔族に次ぐ難敵として評価されていた理由の一つはリザードマンの知能が極めて高く、きちんとした剣術を操っていた点だ。武器を持つ魔物は他にもいる。ゴブリンやオーガだって棍棒という武器を持っていたりするのだが、本能任せ力任せに振り回してくるだけだった。
魔物の中で唯一、リザードマンだけが剣術を操るのである。
しかも、だ。
身体能力も侮れない。膂力に関しては大型の魔物に及ばないものの、スピードなら私の速度超特化状態にも匹敵。他の導士とだってそんなに変わらないだろう。
極め付けが強靭な表皮だ。仙技仙術をものともせず、『炎の刃』ですら切り裂くことが叶わない。生半な――『炎の刃』を生半と評するのは不本意であるが――攻撃など完全にシャットアウトしてしまう装甲で全身を鎧っているようなものだ。
考えてみると良い。
練り上げられた剣術を操る速度に優れた軽戦士でありながら、分厚い全身鎧に身を固めた重戦士に匹敵する防御力をも兼ね備えている。「反則だ!」と無意味な非難を叫びたくなるような相手である。
天音桜の記憶にあるリザードマンと異なる部分もある。
私が知っていたリザードマンはもっとひょろっとしていて、ワニみたいな盛り上がりも無いのっぺりした感じだった。色も違う。亜種だろうか? それともリザードマンという大きな括りの中に細かな種別があるとかか。這いずり攻撃をするのも知らなかった。これは『あちらの世界』で戦ったリザードマンが仮想世界内に再現されたデータに過ぎなかったからだろう。ゴブリンの樹上渡り同様、これこそが生の情報という訳だ。
「くそっ! こいつはヤバい!」
リザードマンと切り結んでいる導士が悲鳴に近い声を上げていた。
身体能力では導士が一歩リード、真似事などという侮りを捨てて真剣に対峙すれば剣技においてもリザードマンに劣るものではない。しかし僅かな隙を的確に突いて攻撃しても強靭な外皮に阻まれてしまうし、リザードマンは自身のその防御力を承知していて防御に気を回さない攻撃偏重の戦い方をしている。押されているのは導士の側だった。
剣を失った三人も副武器の鉈を片手に参戦しているが、それでどうなるものでもなかった。
「どうにかしてウラヤの仙術を当てるしかないか。さっきの両手で撃つやつな」
「あれを当てるのは難しいのだが……」
「釘付けにして動きを止めていればどうだ?」
「それなら。しかしそれでは足止めをしていた者を巻き込んでしまう」
「それでも……やらねば最悪このまま全滅も有り得る」
「……止むを得んのか」
「待って下さい!」
フェイフォンとウラヤが苦渋の決断を下しそうになっていて、黙っていられなくなって割り込んでいた。
ウラヤのフルパワー雷撃に期待するのは間違いではない。水中のリザードマンを七体仕留めた実績もあるし、『あちらの世界』の記憶に照らしてもある程度以上の威力がある術ならリザードマンに通用すると判ってもいる。通常攻撃が通用しない以上、このまま戦闘を続ければじわじわと追い詰められて最悪全滅しかねないのもフェイフォンの言う通り。最大威力の雷撃を当てるために導士に犠牲を強いるのはどうかと思うけれど、現状でとれる唯一の打開策である。
ただし、私がいなかったなら、だ。
私なら別の選択肢を提示できる。
「あの魔物は私が倒します。早まった真似はしないで下さい!」
「なんだと? だがオウカのそれでも奴は斬れなかったではないか!?」
ウラヤは「それ」と『炎の刃』を指し示した。
「ええ、斬れませんでした。斬れなくても良いんです」
「斬れなくても? お前はなにを言っている?」
「とにかく私に任せて下さい。さっきのは最後の手段、私が駄目だったらって事に」
「……できるのか?」
私の目を覗き込むようにしながらウラヤが問い掛けてくる。
この問いには自信を持って答えられる。
「はい」
「判った。お前が大言壮語を吐くような奴でないのは良く知っている。やってみろ」
「ありがとうございます。では……聞いてください! これから私が魔物を倒します! でも一体ずつです! 私が戦っている間、邪魔が入らないように他の魔物を引き付けておいてください!」
戦場にいる全ての導士に聞こえるように大声で呼ばわった。
返ってくるのは期待と不安。「風呂焚き、どうするつもりなんだ?」と質してくる声もあるが説明している暇は無い。論より証拠、行動で示す!
「はああっ!」
手近なリザードマンを最初の標的と定め、『神脚』のダッシュからまっすぐの突きを放った。
……避けられた。
危険察知の本能か、はたまた『炎の刃』の不穏な見た目の故か。導士の剣は意に介していなかったリザードマンなのに、私の突きだけには華麗な回避動作を見せていた。
まあ良い。初手で決まると期待するのは虫が良すぎるというモノだ。
――天音流剣術『疾風』!
リザードマンはまたも回避を試みていたが、『疾風』は剣速だけなら純粋導士をも上回る、私に為し得る最速の三連撃だ。『炎の刃』はリザードマンの肩、胸、腰を捉えた。
「おお!?」
見守る導士から上がる声。『炎の刃』に熱せられてリザードマンの表皮の水分が蒸発、水蒸気が上がる様が有効打を与えたように見えたのだろう。しかし水蒸気が収まればほぼ無傷。「やっぱり駄目だ!」との落胆も聞こえてくる。
そしてリザードマンは口角を僅かに吊り上げ、「シュシュシュッ!」と擦過音のような笑い声を上げた。
笑うが良い。そして油断しろ。
もとより『疾風』は速度重視の連撃技。生身の相手ならともかく、防御力に優れた相手には牽制にしかならない。敢えて『疾風』を放ったのは、とにかくこのリザードマンに『炎の刃』を当てて、しかし彼(彼女かも知れないが)には通用しないと示すためだ。変に『炎の刃』を警戒していしまっているのを解くために。
目論見は当り、リザードマンは防御を考えない猛攻を加えてきた。
剣だけではない。左手で殴り、蹴りも使い、頭突きに噛み付き、時には長い尻尾を叩きつけてきたりもする。手にした武器と己の体全てを最大限に活用した連続攻撃は流石に「魔族を除けば最強」と唄われた魔物だと思わされる。
知らずに戦ったなら圧倒されたに違いない。
でも私は知っている。
リザードマンという魔物を知っていて、こうした攻撃をしてくることを知っていた。
そして倒し方も知っている。
仮想世界での戦いによって。
……そう言えば、あの合宿は魔物との戦闘の予行演習、体験会として開かれたんだっけ。
『あちらの世界』の事情で開かれた体験会が、今、異なる世界で私の役に立つ。
リザードマンの多彩な攻撃を『止水』の攻撃予測をフル活用して捌き続けていると、次第にリザードマンのトカゲ顔に苛立ちが浮かんできた。苛立ちは乱れを呼ぶ。僅かなものだが、それで十分。放つのは突き。九種に分類される剣筋の中で、敵までの最短距離を疾る一撃だ。
自らの胸元に迫る『炎の刃』を目にしながら、リザードマンは尚も笑っていた。いや、嗤っていた。自身の防御力に対する絶対の自信と私の剣に対する侮りが合わさって浮かべさせた嘲笑なのだろう。
リザードマンの嗤いが深くなる。
渾身の突きはリザードマンの胸板に受け止められていた。
これで構わない。最初から突きで貫こうなどとは考えていなかった。
リザードマンの表皮は確かに装甲の如き強靭さを備えている。
でも関係ない。私には装甲の向こう側に攻撃を届かせる技がある。
――天音流剣術『透徹……』!
『炎の刃』が消失すると同時、リザードマンがびくりと身を強張らせた。
刀身を形成していた似非仙導力を解放しての『透徹』。このまま木刀を横に滑らせれば、敵の体内に直接斬撃を送り込む技、『透徹・斬』が完成する。
――『斬』……ん? んん?
棒立ちになったリザードマンの喉の奥に赤い光が灯り、
「んのわあっ!」
天音桜の世界の創作物語に登場する竜のブレスのように、リザードマンの口から紅蓮の炎が溢れだしてきた。間一髪、身を伏して難を逃れた。直撃していたら顔面を大火傷するところだった。
なんだ今の。リザードマンが火を吐くなんて私は知らない。
こ、これも『あちらの世界』では知られていない生の情報なのか。
口から煙を吐きながら倒れているリザードマンは死んでいた。最後っ屁みたいなものだとしたらリザードマン侮り難し。
「やったか! 見事だ!」
「オウカ、その調子で残りもやっちまえ!」
「判りました!」
感慨に浸るのは後にしよう。
ウラヤ達の声援を背にして他のリザードマンも『透徹・斬』で仕留めた。
仲間を倒された事で警戒を強めたのか、しっかりと防御にも気を割いていたのでいくらか手強くなっていたけれど、どうにかなった。
最後のリザードマンが倒れ、
「風呂焚きぃぃぃ! お前は凄い奴だあっ!」
「ひいぃっ!?」
私を風呂焚き予備する若手導士が両手を広げて駆け寄ってきた。
リザードマンを三体倒しきったので勝利を称えるハグでもしようと言うのだろうが。
「待てこら!」
「オウカにそれは駄目だ!」
私の事情を知るウラヤとフェイフォンが全力でガードしてくれた。




