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エセ仙術使い  作者: 墨人
第四章 城塞都市ウーハン
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魔物の正体

 魔物はうつ伏せの水死体ポーズになっていて水面上に見えているのは背中を中心とした一部だけ。


 ――ワニ?


 背中にゴツゴツとした突起が並んでいたり、太い尻尾があったりと、ワニを連想させる特徴が揃っている。


「やはり見たことの無い魔物だな。流されないうちに一体引き揚げてくれ」


 フェイフォンの指示で数人の導士が水辺に駆けて行った。

 一番近い魔物にも僅かに手が届かず、剣を使って手繰り寄せようとしている。


「魔物ってわざわざ調べるものなんですか」

「普通は討伐証明部位を採ったら放置だな。しかし新種の魔物となれば話は別だ。何しろまだ証明部位が決まっていない。それを決めるためにも未知の魔物を狩ったら死体丸ごとを持ち帰るように取り決められているのさ。まあ、今回は俺がいる。あいつをウーハンまで引き摺って行く羽目にはならない」


 ただ待っているだけなのもなんなので訊ねてみたら、フェイフォンは丁寧に答えてくれた。


「それとあれだ、『魔物図絵』。魔物の領域には央国内では見られない種類の魔物も多い。内地から来た傭兵が探索に出る際には『魔物図絵』を一読するように勧めている。今回は戦うまでもなく片付いちまったから大した情報は取れないが……それでもこういう場所にこういう魔物が居るかもしれないってだけでも、知っているのと知らないのとじゃ大違いだ」


 魔物の死体を調べるのは二つの理由からだった。

 一つは討伐証明部位の決定。魔物を観察して、他の魔物との取り違えが発生しないように特徴的で、なおかつ一体の魔物からは一個しか取れない部位を証明部位として指定するそうだ。

 今一つが『魔物図絵』の更新。知は力なり。“知っている”というのはそれだけで、過酷な魔物の領域で生き残るための助けになる。とても大切だ。


 その時、「うわ!」という声と、続けて激しい水音が立ち、引き上げに当たっていた導士の一人が川に落ちた。「なにやってんだあいつは……」というフェイフォンのぼやきに重なって、


「引き摺りこまれた! こいつ、まだ生きてるぞ!」


 傍にいて落ちる瞬間を目撃していた導士が叫んだ。

 慌てて『止水』の索敵を再発動すると、生きた魔物の気配が三つある。

 いつの間にか水面上に見える暗緑色の塊は七つになっていて、生き残りの三体は水中に潜ってしまっていた。


「死んだ振り!? 仕留め切れていなかったのか!」


 ウラヤが悔しそうにしていた。

『止水』の索敵を継続させていれば魔物の死んだ振りになんて引っかからなかっただろうに。私にも悔やむ気持ちがあるが、ただこれを迂闊の一言で済ませてしまうのはやりすぎだ。索敵は「見えない敵を探す行為」なのだから、索敵結果として察知した対象が全て目に見える場所に出てきたら解除するのが普通だ。


「……」


 嫌な雰囲気の沈黙が場を支配する。

 水中には導士が一人と魔物が三体。

 あの人、もう駄目だな……。

 いかに身体能力が高くとも、導士だって人間だ。そして人間は陸の住人、水中ではどうしたって動きが制限される。水中を自由に動き回る魔物が相手では分が悪かった。だから誰も助けに行けない。特に私はスキルの継続に一定リズムの呼吸を必要とするため、息を止めなければならない水中は鬼門中の鬼門だ。川に飛び込むなんてとんでもない。

 次に彼の姿が現れる時、それは無残な死体になってであろうと誰もが思っていた。

 しかしそんな予想は良い方向に裏切られた。


「くそ! 今度こそ……」


 ウラヤが再度仙術を行使しようと構えた丁度その時、


「ぶはっ! げほっ! げほっ!」


 盛大に水を跳ね散らかしながら浮上してきた導士は怪我をしているふうでもない。

 無傷? ホームグラウンドである水中に引き込んでおいて何もしなかった?

 どうして、という疑問はすぐに氷解していた。


「早く上がれ!」


『虎皮の篭手』の紫電を強めながらウラヤが呼ばわるのに、「駄目だ! 足を掴まれてる!」と叫び返す水中の導士。両手で水を掻いているのに全然岸に近づいてこない。


 ウラヤの両手から紫電が消えた。


「これでは撃てない。巻き込んでしまう」


 ウラヤの雷撃は強力だ。三体が生き残ってしまったとはいえ、現に七体を纏めて仕留めている。導士と云えども巻き込まれて無事には済むまい。味方だけを器用に避けるような便利機能は無いのだから、仙術を止めたウラヤの判断は正しい。

 正しいのだが……あの魔物がこれを狙ったのだとしたら。

 仙術の性質、味方を巻き添えにできない事。それらを理解した上で導士を川に引き摺りこみ、殺さず、生かしたまま川中に留めているのだとしたら……。


 ――あの魔物、相当に知能が高い。


 そういう結論になる。


 *********************************


 水飛沫を上げないぬるっとした動きで二体の魔物が岸に這い上がってきた。

 水棲ではなく両棲だったか。

 仲間が無事に水から上がるのを確認し、導士を引き留めていたもう一体も同様に上陸してきた。さっき引き込まれた導士は無事。魔物から少し離れた所で岸に上がっている。


 こうして陸上で魔物を見てみるとワニよりもトカゲに似ていた。鰐口ではなく、口吻の先端が尖り気味になったトカゲ顔なのだ。四肢が長めなのと、尻尾を含めた全長が三メートルちかいという大きさを除けば、やぱりトカゲが一番近い。


 そしてトカゲそのものの動きで地を這い……向かってきた!


 少し意外。雷撃避けをした知能がるのなら、逃げるのではないかと思ったからだ。

 なにしろ十六対三。数の上で劣勢であるし、なにより今しがた七体の仲間が瞬時に葬られたばかり。森の外で無謀な突撃を繰り返していたオーガやハウンドみたいな考え無しではあるまいし、彼我の戦力を比較して不利と判断する事も、その判断に従って逃亡を図る事も……ん? 違うのか? もしかして、比較の結果有利と判断したから向かってきている?


 それが無謀なる蛮勇なのか、確かな裏打ちのある自信に基づいているのか。

 ……そんな事をのんびり考えている暇は無いか!


 トカゲは素早い生き物だ。その大きさが全長三メートルに拡大され、しかも四肢が通常の比率よりも長め。魔物が地を這う速度は私の目から見ても「速い」と感じるくらいになっていた。


「惚けるな! 迎え撃て!」


 ウラヤが一喝。空気が引き締まる感じがした。

 相手は未知の魔物。いきなり近接戦に持ち込むよりも遠距離攻撃を加えて様子を見たい。

 そんな暗黙の了解があったのかなかったのか、期せずして仙技仙術持ちが一斉に術を放っていた。私も仙技版『炎の矢』を放ち、ウラヤは雷の仙術を片手撃ちしている。雨霰と降り注ぐ攻撃の術を前にして、魔物は更に速度を上げた。私の『炎の矢』その他何割かは目測を外されて虚しく地面を着弾。とは言え攻撃密度は高い。直撃もいくつかあったというのに、魔物の外皮は無傷だった。


「仙技が通ってない!」

「硬いぞ! 気を付けろ!」


 突進してきた魔物は、その勢いのまま進路上の導士に飛びかかった。ぐわっと開いた口の中には鋭く尖った歯がずらりと並んでいる。あれに食いつかれたら大抵の生き物はずたずたにされてしまいそうだ。もちろん人間だって例外じゃない。


「がっ!?」「うおっ!?」「つうっ!」


 魔物の突進を避けざまに剣を振るった導士達が、ほぼ同時に驚愕の声を上げていた。


「ほ、本当に硬い!」


 カウンター気味に入った斬撃でさえ魔物を切り裂くには至っていない。それどころか思いきり斬りつけた反動で手首を痛めたらしい人までいる。

 導士が操る武器には仙導力が流し込まれていて、魔物が持つ物理攻撃無効特性を突破して魔物を斬れる……筈だった。それでいてこの結果。無効特性なんか関係なく、素で硬い。


 木刀に宿る『気の刃』似非仙導力バージョンに意識を向ける。

 似非仙導力を収束させて生み出した刃は本物の刀剣に劣らない切れ味を持つが、それだけでは足りないかもしれない。


 ――加えて『魔術付与:火属性』……『炎の刃』!


 収束していた似非仙導力を、収束させたまま火の仙技へと変換。『気の刃』はオレンジ色に染まり、炎熱による溶断効果が追加された。極限まで研ぎ澄ました『気の刃』の切断力をもう一段階引き上げる一手、それがこの『炎の刃』だ。

 ちなみに『炎の刃』は、『魔術付与:火属性(仙技版)』発動後に火を収束させても発現できる。娼館でシューリンに見せたのはそっちのパターンである……っと『止水』の攻撃予測が働いていた。魔物の一体が私に向かってきている。狙いは、お腹。食い破るつもりか。


 ――甘い!


 直線的に突っ込んでくるなんて予測スキルの持ち主にとっては避けてくれと言っているようなもの。『鬼脚』のステップを踏んで魔物の側方に回り込み、がら空きの背中に『炎の刃』を振り下ろした。


 が……斬れてない!

 体表に残っていた水が『炎の刃』の熱に炙られて激しく水蒸気を上げ、見た目は派手な事になっていたけれど、でも斬れてはいなかった。うっすらと焦げ跡がついている、それが私の一撃が魔物に与えたダメージの全てだった。


 こいつ、硬いなんてものじゃない。

『炎の刃』でさえ切り裂けず、仙技や仙術も通じないとなると、この魔物を倒すのは至難となる。繰り返される突撃を避けるのはそれほど難しくなく、今はまだ犠牲者は出ていないものの、長引けばどうなるか判らない。

 ウラヤの雷撃が頼みの綱か。

 雷撃が有効なのは実証済みであるし、上手い事当てれば……。


 バシンッ! と音が響いた。

 その音はウラヤの雷撃がついに魔物を捕えた音だったのだが。

 ……一瞬ビクンとしただけで普通に動き続けてる。


 雷撃に弱いという訳ではない?

 さっき効いたのは両手撃ちのフルパワーだったから?

 それとも水中にいたからか?

 判らない。検証するような余裕も無い。溜め時間が必要な両手撃ちでは魔物の素早い動きについていけないだろうし。これはもう私達が逃げる手も考慮すべきではあるまいか。

 死んだらそれまでなのだから“勝てないなら逃げる”のも立派な戦術だ。


「うわっ!」


 撤退を考え始めたその時、一人の導士が悲鳴を上げていた。さっき手首を痛めたらしい人は、実際に手首を痛めていたようだ。魔物の突進を剣でいなそうとして叶わず、噛み付きこそ避けたものの体当たりを受けて吹き飛ばされていた。

 受け身をとって即座に身を起こしたから深刻な負傷はしていない様子。ただ、その手から剣が消えていた。痛めた手首が災いして取り落としてしまったのだ。


 導士を吹き飛ばした魔物が動きを止めていた。

 傍らに落ちている剣を見て、トカゲ顔の中、口の両端が僅かに吊り上がった。

 笑った、のだろうか。

 魔物は右前脚を剣の柄に伸ばし、握った。前足……いや、あれは手か。人間と同じ、器用に動きそうな五本の指が備わっている。そして剣を引き寄せ、引き寄せた動きに連動するように上半身が持ち上がっていき、ついには後ろ脚だけで立ち上がっていた。


「あっ! この魔物はっ!」


 ストンと、一切が腑に落ちて、思わず声が漏れた。

 私はこの魔物を知っている。知っている姿とあまりに異なっていたために気付けなかっただけだ。

 知能が高いのも、驚異的な防御力を有しているのも、当り前。


 剣の具合を確かめるように数度の素振りをし、堂に入った構えを見せる魔物。

 直立した身長が二メートル前後というのは小型の部類に入る。オーガやトロール、ベアーなんかだと三メートル越えや四メートル越えも珍しくない。そんな大型の魔物を差し置いて『あちらの世界』では「魔族を除けば最強の魔物」と称される。


 リザードマン。


 それがその魔物の名だ。

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