魔木―侵食―
翌日、朝食を済ませてから魔物の領域へと降り立った。
胸壁の凸部に縄を掛けての垂直降下。最近薪拾い専用と化していた縄が役に立った。
広い索敵範囲を持つ導士が魔物の様子を探りながら前進し、足を止めたのは森から二百メートル程離れた場所だった。手順は既に打ち合わせている。足の速い導士が少数で森に突入し、適当に暴れたら撤退。追ってきた魔物を仙術や仙技で迎え撃つ。
火属性の導士が多いため森の中で戦闘を行うと森林火災に繋がる恐れがある。城塞都市から離れた森なので焼けたところで森林資源の損失などを意に介する必要は無いのだが……有るかも知れないと期待されている魔木まで損なう結果は避けたい。その為に魔物を森の外に釣り出して殲滅する算段だった。
で、これはとても上手くいった。
森から溢れだすようにして後から後から出てくる魔物たち。
数えるのも面倒になるくらいの数いるそれらを長距離は仙術、中間距離では仙技、近接では直接戦闘と役割を分担して次々に狩る。
魔物はどこまで愚かなのだろう。
目の前で仲間が為す術も無く打ち倒されていくのに、それが見えない訳でもないだろうに闇雲に突進してくるのだから呆れるしかない。
平野には魔物の死体が累々と連なっている。
群の形態としてはハウンドのような獣型の魔物を、オーガやトロールなど大型の魔物が率いているといった感じだった。なんとなく猟犬を連れた猟師を連想させられる構成である。猟犬ほどに訓練されておらず、猟師のような機知も無かったけれど。
「さすがにこれだけの導士がいると凄いですね」
愚かな魔物とは言え数が数だ。ちょっとした街を滅ぼすくらいの戦力ではある。
それを危なげなく狩り尽してしまうのだから本当に凄い。
「開けた場所に固まっているならどれだけ数がいようと恐れるには足りん」
何時かも聞いたようなウラヤのセリフは普通の傭兵が聞いたなら目を剥きそうな内容だったが、確かに、と私も思った。仮に仙術使いや仙技使いがいなかったとしても、導士の身体能力なら無双状態になっただろう。
「オウカの“仙術”も随分と様になってきたな」
こっそりとウラヤが囁いてくる。
が……その実、私が使っていたのは純粋な仙術ではなかったりする。
仙術と魔術の組み合わせ、これまた似非なる仙術という訳だ。
ロンフェンを発ってから似非仙導力の鍛錬を続け、ついに仙術武器として鉈を使えるようになった日、私は大いなる落胆を味わうことになった。気と魔力から似非仙導力を生成し、体中に行き渡らせ、自らの体を仙力を通すための導線と化さしめる。許容量を超えないように注意しつつ仙力を招き、鉈に流し込めば仙術が発動する。
うん、確かに発動はした。
でも……とてもショボかった。
考えてみれば私の似非仙導力は適正に乏しく、仙術武器はファンランが三分間で仕上げたインスタントだ。普通の仙術使いと同じにならないのは当然と言える。
ぶっちゃけると、私の仙術は仙技と大差無い。『仙力を招き、仙術武器を介して発動する』のが仙術であるならば、それは確かに仙術ではあるけれど、仙術に求められる『長射程』とか『広範囲』とかとは全くの無縁だった。
そんな訳で当初は仙技使いのまま更新を控えていた。下手に仙術使いを名乗って、「じゃあ仙術を使ってみろ」と言われたら恥を掻いてしまうから。
でも今は仙術使い。
補助魔術『魔術付与:推進』を組み合わせ、どうにか『長射程』だけは実現して仙術の体裁を整えられたからだ。これ、結構難しい。仙術の弾体となる炎の塊が出現して発射されるまでの僅かな時間。これを逃さずに魔術を付与しなければならないからだ。早ければ付与すべき対象がまだ存在していない。遅ければ既に発射された後なのでやっぱり対象不在。シビアなタイミングを体に覚え込ませるまでには数えきれないほどの失敗を重ねてきた。お蔭で今では呪文詠唱分で連射性能は劣るものの、一応仙術使いを名乗っている。
今回の戦いにも仙術担当として参加した。
後ろから遠距離攻撃するだけの簡単なお仕事でした。
簡単すぎて……これはちょっと性に合わないかも。
前衛として戦っていた人達が羨ましい。
砲台役よりもああやって体を動かす方が私は好きだ。
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「森の中にまだ魔物がいるな」
「全て誘い出すには至らなかったか」
「数は十というところだ。これなら小細工せずにこちらから出向いた方が早いな」
森の中までを索敵範囲に収めている導士達が話し合っている。
どうやら釣り出されずに森の中に留まった魔物もいたらしい。
残敵が十となれば、これは確かに誘い出すような手間を掛けずに、こちらから行って倒してしまった方が早いだろう。それは判る。判るのだが……。
「どうした? 森に入るのは気が進まんようだが?」
乗り気でないのが顔に出ていたらしく、ウラヤにそう言われた。
「これだけの魔物が住み着いていたとなると……臭そうです」
「あ? ああ……そりゃまあ、なあ……」
私が何を気にしているのかに気付き、ウラヤは少しバツが悪そうにしていた。
魔物が住んでいた森に入りたくない理由、それはゴウヅでのゴブリン狩りでの経験があるからだ。あそこのゴブリンには衛生観念が欠けていて、食べ残した獲物は放ったらかしで腐るに任せていたし、糞便もそこらに山盛りになっていた。悪臭に耐えて戦った末にゴブリンの糞便塗れになり、ウラヤの手で滝壺に放り込まれたのは忘れたくても忘れられない記憶である。
ゴウヅのゴブリン集落はできてから日も浅く、構成員も少なかった。それでいてああだったなら、何時からとも判らず魔物の数も多いここの森の中はどのような有様になっているのか……。
森へ入るのに二の足を踏んでも仕方のない所だろう。
「安心しろ。幸いにして近くに川もある。もしもの場合はまた放り込んでやる」
「全然安心できません!」
「糞塗れのままでいるより良いだろ? それとも自分の足で歩いていくか?」
「どうして塗れるのを前提に……!?」
「最悪の事態を予想しておけってこった。まあ……冗談はさておき、魔木の件もある。どのみち森には入らざるを得ない」
「魔木ですか」
ウラヤ達は「魔木は魔物が多くいる場所で発見されやすい」と考えている。魔界産の樹木を棍棒のような武器として魔物が持ち込んできたものが魔木であるから、武器の所持率の関係で魔物が多い程に魔木の発見率も上がるとすればあながち間違った考え方ではない。でも今しがた殲滅した群はほとんどが獣型の魔物――つまり武器を使えないタイプだ。少数いたオーガやトロールも私が見た限りでは素手の個体ばかりだった。
正直、魔木はあまり期待できないと、そう思っていたら……
「そうだ魔木だ。魔木を探すにしろ伐採するにしろ魔物がいては邪魔だ」
続くウラヤの言葉に引っかかる部分があった。
伐採?
「伐採って、まるで魔木が地面から生えているような言い方ですね」
「……何を言っているんだお前は。木が地面から生えずに、ではどこから生えると言うのだ」
「え?」
「何故そこでポカンとする? まるで俺がおかしなことを言ったようではないか」
「あれ? おかしなって……え? もしかして私の方がおかしなことを言ってます?」
「そりゃあ……木が、地面から生えていて、それを伐採する。俺はまともな事を言っているつもりだが」
……とてもまともです、はい。
木が地面から生えるのも、生えている木を伐採するのも、どちらも当り前で普通だ。
それが魔木である点を除けば。
しかし、“それが魔木であっても”ウラヤ達にとっては当たり前で普通であるらしい。
どういうことだろうか。
魔界の植物がこちらの世界に生えているなんて。
種子の状態で持ち込まれるというのは、まあ有り得る話だ。意図してに限らず、オナモミみたいに魔物の体にくっついてくるケースもあるだろうし。でも、それが根付いて育ったなんて話は『あちらの世界』には無かった。植物にはそれぞれ育つのに適した環境があって、あまりにかけ離れた環境では芽吹くこともできないと聞いたことがある。ミヅキの村でも作物に適した土作りをしていた。同じ世界の植物ですらそうなのだから、違う世界の植物ともなれば余程奇跡的な偶然に恵まれない限り“適した環境”に巡り合えるとは思えない……。
と、そこまで考えて思い至った。
土か、と。
魔界とこちらの世界では確かに環境が異なり、土も違う。
でも限定的に、魔界の条件に近い土が存在し得る場所がある。
魔物の多い場所。
しかも長期間生活したような場所、だ。
魔物の糞尿。
死んだ魔物が腐り果てて。
それらが還った土は、魔界のそれに近いのではないだろうか。
推測に過ぎないけれど、それほど大きくは外れてはいないと思う。
魔木が魔物の領域でしか発見されないのは、央国国内に発生した魔物は早期に討伐されてしまう為に土が出来上がるに至らないから。北壁が完成して、以北の土地が魔物の領域になってから数十年。こちらには土が出来上がるだけの時間があった訳だ。
――これ、ヤバい。
冷水を浴びせられたかのように背筋が冷えた。
魔物が攻め込んでくるとか、そういう判り易い侵略ではない。
土が変わり、植物が流入し、取って代わっていく環境の侵食。
放っておいたら魔物の領域は魔界と変わらなくなってしまう。
「おい、大丈夫か? 急に顔色が悪くなったぞ。そんなに森に入るのが嫌なのか?」
ウラヤが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
魔界の侵食とか言っても理解してくれないだろうなあ……。
「……大丈夫です。魔木ですよね」
考え方を変えよう。
魔木を伐れば侵食を遅らせられる。
伐った魔木は武器となり、魔物討伐の役に立つ。
魔物討伐が早まれば、それもまた寝食を遅らせる結果に繋がるのだ。
「魔木があるなら何として見つけて伐らなくては」
気合を入れ直し、森へと向かった。




