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エセ仙術使い  作者: 墨人
第四章 城塞都市ウーハン
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壁上走破

 不敵な笑みを浮かべたままのフェイフォンが語った「二日で行ける理由」に納得した私達は魔物討伐依頼を受けることにした。

 そして翌日、北門前の広場に十六人の導士が集合した。


「おう、来たな二人とも」


 導士として実働に当たるとともに組合職員として指揮もする。そんな立場のフェイフォンが声を掛けてくる。


「よう」

「今日はよろしくお願いします」


 挨拶を返す私達。

 ウラヤは止水の件で導士たちに顔が売れている。「あんたも行くのか。これは心強い」などと歓迎の声があちこちから上がったりもするのだが、同行している私に対しては、


「……風呂焚きも来たのか」


 ぼそりとした呟き。私に聞かせようとしての発言ではないだろうが、聞こえてしまった。

 どうして風呂焚きを軽蔑するような事を言うのだろう。自分だってお風呂に入るだろうに。まあ気にしないでおこう。これから最短でも二日間行動を共にするのだし、いきなりトラブルを起こしてギスギスした雰囲気になるのも嫌だ。


「おい!」


 気にしてる人がいた!

 呟きを発した若い導士(それでも私よりは年上のようだけど)に険しい目を向けるウラヤの服を掴んで引き止めた。私自身が気にしないようにしているのだからウラヤにもスルーして欲しい。


「ところでフェイフォン、薪採取の方は大丈夫ですか?」

「それなら帳場から言伝が行くようにしてある」

「そうですか」


 毎日受けていた薪採取はお休みだ。ティエレン達のグループには組合経由の伝言を依頼してある。今日明日は私抜きで行って貰おう。以前の状態に戻るだけだから荷車を一台にすれば対応できるだろう。ちなみに娼館通りへの伝言はマアリイに頼んである。薪採取にしろ風呂焚きにしろ勝手に休むのは宜しくない。


「それと、これマアリイから預かってきました」

「お、済まんな」


 フェイフォンに渡したのはマアリイ手作りのお弁当だ。

 出がけに手渡される際には「こっちがフェイフォンのだから間違えないようにね」と念を押された。もしかしたら例の生薬が入っているのかもしれない。


「さて、弁当も受け取ったし、行くとするか」


 歩き出したフェイフォンに続いてぞろぞろと移動を開始。

 北門から外に出ず、外壁の内側伝いに進むと壁面に張り付くようにして階段が設けられていた。壁上に出るための階段である。


 中央部が擦り減った階段を一段一段踏みしめて壁上まで登る。

 そこは三人くらいなら並べるくらいの幅の通路になっていた。左右には腰の高さくらいの壁がある。内側は転落防止のまっすぐな壁、外側は凸凹と狭間が設けられている。身を隠しながら矢を射るための胸壁なのだろうが、これ必要無いような気がする。飛び道具を使う魔物なんていないだろうし。


「ここからは走るぞ」


 十五人の導士が一斉に仙腎を活性化させた。

 こんな人数の導士に囲まれたのは初めてだ。

 濃密な仙導力の気配に圧倒されそうになる。


 ――おっと、いけない、私も。


 練気の調息、気功スキルは風へ。

 補助魔術『加速』を重ねて速度特化状態に移行。


 そして、走り出した。


 *********************************


 北壁上の通路を西へとひた走る。

 これが通常なら片道一週間の行程を往復二日に短縮する秘策だった。


 本来なら「野を越え山を越え谷を越え」となり、それも叶わぬほどに険しい地形であれば迂回を余儀なくされる。それが北壁上を行くことで全スルー。もちろん地形に応じて北壁にも結構な高低差が生じているが、斜路や階段としてきちんと整備されている。なにより障害物が一切無い。樹木を避けたり藪を掻き分けたりという手間がかからないのだからとても走りやすく、これはもう単なる長距離走だ。導士なら脚力と持久力に任せて距離を稼ぐことができ、その後最寄りの地点で北壁から下りて目的地に向かう予定である。


 ――それにしても、凄い。


 走りながらも感嘆を禁じ得ない。

 北から迫る魔物の脅威に対抗するために東の海岸線から西の高山地帯までを縦断する北壁は、どんなに険しい場所でも途切れずに続いている。これほどの巨大建造物、この世界の未熟な土木建築の技術で作り上げるにはどれほどの労力と犠牲を必要としたのだろうか。


 効果時間が切れそうになる『加速』を継ぎ足しならが走り続け、途中でお昼休憩。マアリイに作ってもらったお弁当を食べる。饅頭マントウに甘辛く味付けした肉と野菜が挟んであり手軽に食べられる。そして美味しい。フェイフォンも美味しそうに食べていた。


 昼食を終えたらまた走る。

 走る。走る。

 やがて日が傾き始めた頃、先頭近くを走っていた導士の合図でマラソンは終了した。


 気功スキルを解除した途端に疲労が押し寄せ、汗が噴き出してくる。


「お前さん中々やるな。良くついて来た。途中で音を上げるんじゃないかと心配していたのだが杞憂だったようだな」

「……それは、どうも……」


 今日が初対面の導士から声を掛けられ、乱れた息の中からようように答える。


 ――やっぱり導士は化け物だわ。


 改めてそう思う。


「くっ……やはり、歳には、勝てん……」


 年齢を理由に一度は傭兵を引退しているウラヤでさえ口ではそう言いながらも私よりはマシな状態だし、


「その歳でこれだけ走れれば十分だろ」


 そんなウラヤを慰めているフェイフォンにはまだまだ余裕がある。私に声を掛けてきた導士も同様だ。全盛期の導士はどこまでタフなのだろう。


「あの辺りだな」

「おお、なるほど気配がある」

「この距離で魔物の居場所を特定できるなんてシスイは本当に便利だな」


 声に視線を向けると、先ほど停止の合図をした導士が魔物の領域に立てた人差し指を向けていた。すぐ傍、胸壁の凸部には縄が巻き付けられ、更に布を挟みこんである。この導士、先だって偵察に訪れて目印を残していたらしい。


 私も『止水』を広域探査モードで発動して、


「あれ?」


 探査範囲には魔物の反応が一つも無いんですが……。


「どこだ? 俺には感じ取れないんだが」

「森の境目、川が蛇行している辺りだ」

「あんなところまで範囲に入っているのか? 凄いな」


 他にも探査が届かない人がいた。その人と一緒に偵察役の導士が指差す辺りを見てみると、木々が疎らな平原の奥に森がある。一面緑の森の中、帯状の筋があるのは水面は見えないが川だ。川が蛇行する辺りで森と平原の境目……って、遠い! 目算で正確な距離は判らないけれど、五百メートル以上一キロ未満くらいだろうか? 精査ではなく“漠然と感じ取れる”レベルだとしてもあんなところまで探査範囲に収まっているのか。

 私は未だに百メートル前後が限界なのに。


 これは、あれか。

 導士はもともと“他の導士の気配を感じ取れる”能力を持っていて、それはかなりの距離を隔てても有効だった。対象が導士に限定されるものの、もともと長距離の探査スキルを持っていて、そこに『止水』を加えることで導士以外も探査対象になった、と。

 攻撃予測スキルの効果範囲を拡大させた私とは違う。

 導士によって個人差はあるものの、総じて私よりも広い範囲の探査が可能なようだった。


「どうした? なにか落ち込んでないか?」

「皆さん私よりも止水を上手く使っているみたいで……なんだか立場がないような」


 ウーハンで『止水』を広めたのはウラヤで、ウラヤに教えたのは私。

 言ってみればオリジナルなのに一番下手というのはやっぱりクルものがある。


「なんでお前の立場が無くなるんだ?」


 そう言ってきたのは北門前の広場で風呂焚き発言した若手の導士だった。私とウラヤの遣り取りが聞こえてしまったらしい。なんだか突っ掛って来るような口調に思えるのは被害妄想だろうか。


「ええと、それは……」

「ふむ、丁度良い機会だからここで言っておこう。俺がお前たちに教えたシスイだが、考えたのは俺ではない。オウカだ。俺はオウカからシスイを教わった」


 他の皆にも聞こえるように大きめの声でウラヤが言うと、「そうなのか!?」「風呂焚きがシスイを!?」などと驚きの声が上がっていた。ここで風呂焚きと言ったのはさっきのとは別の導士だった。思った以上に私の通り名は広まっているらしい。

 その導士をじろりと見て、ウラヤが続けた。


「オウカは農村生まれ、導士の資質に目覚めてからも他の導士に巡り合わず、独自に仙導力の扱いを憶えていった。まるきりの自己流だな。そのせいで導士の常識に疎いところもあるが、逆に、そのお蔭で俺達とは異なる仙導力の使い方ができる。シスイもその一つという訳だ」


 導士の力を使って畑を耕し、仙導力を使って薪を割っていた。

 ミヅキの村での生活振りが明かされると導士達から笑いが起こった。


「なるほどなぁ。普通に導士の元で修業したら通り一遍の使い方しか憶えないものな」

「仙導力で薪を割ってれば仙技で風呂を沸かすのにも抵抗がないって事か」

「そういう事だ。だから風呂焚き導士などと、あまり馬鹿にしないでやってくれ」


 ミヅキ時代を紹介されたのは少し恥ずかしかったけれど、ウラヤのお蔭で導士達の態度は随分と軟化していた。『止水』の発信源が私だと判り、単なる風呂焚きではないと知ったからだろう。

 でも、何人かはまだ胡散臭そうな目を向けてくる人もいたのだが。


「あー、それとな、判ってない奴もいるみたいだから言っておくと、オウカは女だからな? ウーハンの湯屋には女湯がないだろ? マアリイが娼館の風呂を使えるように話を付けていたんだ」


 フェイフォンが付け足すに及んでそれも無くなった。

 女だと知って驚く人、私の胸元に同情的な視線を向けてくる人、色々だ。

 男装している手前そういう反応は構わない。

 でも「そうだったのか……」と安堵の息を吐いているのは何故なのか?


 不思議に思っているとフェイフォンが溜め息交じりに教えてくれた。


「オウカ、お前その顔で男装して娼館に通うってのが周りからどう見えるか、そこのところを考えたことはないのか? しかも娼館では下にも置かない歓待を受けているとくれば。風呂焚き導士ってのは男から男へのやっかみも入ってるんだぞ」

「え……それはつまり?」

「毎日のように、ってか毎日だが、娼館で娼婦を侍らせて、その……なんだ……ナニを致していると、そう思う奴がいたっておかしくないだろうが」

「……それは考えてもみませんでした」

「迂闊な奴め」


 ぼそっとウラヤに呟かれた。

 これは本当に想定外。

 なるほど、さっき私を睨んでいた人は娼館にお気に入りの娼婦がいるのだろう。で、私は娼婦に人気がある。嫉妬、ということか。

 でもそれも解けた。さらにフェイフォンが「この話、ウーハンに帰ったらそれとなく広めてくれないか」と言うのには「任せておけ」と快く応じてくれる。


「さあ、この話はここまでだ。明日は早くから動く。早いとこ飯を食って休むとしよう」


 フェイフォンの号令で良い雰囲気のまま晩御飯になった。

 各々の背負い袋から保存食を取り出して食事の準備にかかる。

 乾飯、乾し肉、鍋と水。壁の上なので燃料となる薪は無い。壁を下りて薪を拾いに行くのも手間がかかると思い一計を案じた。

 胸壁の凸部に木刀を差し渡し、鍋の取っ手を引っ掛ける。

 水を張った鍋の下に鉈を構えて『魔術付与:火属性』の仙技を発動。


 気が付くと、注目を浴びていた。

 皆が手を止めて私を見ている。


「……乾飯はお湯で戻した方が美味しいじゃないですか」

「そりゃそうだ! 確かに湯で戻した方が美味い!」

「さすがは風呂焚き導士だ!」


 こんどの風呂焚き導士には馬鹿にするような調子は含まれていなかった。

 それどころか火属性持ちの導士がこぞって真似をして、他の属性だったり仙技が使えない導士の分も引き受けたりして。

 乾し肉をおかずにホカホカご飯。

 温かい夕食を満喫してから外套にくるまって眠りに就いた。

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