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エセ仙術使い  作者: 墨人
第四章 城塞都市ウーハン
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仙術使いらしい仕事

 城塞都市ウーハンに腰を落ち着けてから早三月、平和な暮らしが続いている。


 日の出と共に起床したら朝の鍛錬、その後に『マアリイの宿』での朝食。

 薪採取依頼をこなしたら娼館通りに行ってお風呂。

 さっぱりしたところで『マアリイの宿』に戻って夕食、そして就寝。


 そう、私は今も『マアリイの宿』に泊まり続けている。

 報酬額の低い薪採取依頼だけではけして安くはない宿代には届かなかっただろう。稼ぎの良い魔物討伐などをしなければ早晩所持金が尽きてしまっていた筈だ。まあ傭兵らしい仕事をしようと考えてもいたので、魔物を狩りに行くのに否やは無かったのだが。

 それをせずに済んだのが、シューリンの指摘にされて気付かされた仙技による風呂焚きだった。


 娼館でお風呂を沸かすと謝礼が貰える。

 仙技でやれば元手はゼロ、無料タダだから丸儲け。ついでに一番風呂を貰っている。

 シューリンの紹介で娼館通りの娼館の多くがお客さんになってくれた。そうでなければ本来『お風呂の日』にかかる筈だった薪代より安いとは言え、毎日は無理だっただろう。私はお風呂に入れて、娼館は『お風呂の日』をいくらか増やせる。双方にメリットのある取り引きである。お陰で娼婦の皆さんからも感謝されていて、娼館を訪れれば歓待された。

 お風呂が仙技で済めば採取依頼ついでに持ち帰る薪はそのまま浮く訳で。

 これはティエレン達を見習ってちょっと安めにしてマアリイに売っている。売却代金に加え、継続して安価な薪を入手できるからとして宿代の割引も受けられるようになった。


 採取依頼と風呂焚きと薪売却(+割引)を合わせれば、特にそれ以上のお金を稼がなくても十分宿代には足りていた。荒事と言えば採取依頼ついでに遭遇した魔物を狩った事があるくらい。仙術使いを遊ばせておくのは勿体無いと言っていたフェイフォンの思惑からは外れてしまっているのが多少申し訳ないが、総じて波風の立たない平穏な毎日である。


 *********************************


 そんなある日、夕食の席にフェイフォンがやって来た。

 フェイフォンはすっかりウラヤの飲み友達になっているので、今夜も私達と同じテーブルに着き、「マアリイ、俺にも飯と酒を」と厨房に向けて注文している。


 フェイフォンが宿を訪れるのは珍しい事ではない。と、言うか、姿を見せない日の方が珍しい。目当ては夕食とマアリイだ。週に一回か二回はマアリイと一緒にどこかに行ってしまう。最初の頃はそれが何を意味しているのか分からなかったのだが、ある『お風呂の日』にシューリンから真相を聞かされた。


 フェイフォンとマアリイは一つの賭けをしている。


 その内容は『フェイフォンがマアリイを妊娠させることができたら二人は結婚する』というもの。マアリイに惚れ込んだフェイフォンがプロポーズしたところ、避妊薬の影響で子供のでき難い体になっているのを理由に断られたらしい。せっかくの導士が生まれやすい血筋を絶やすのは勿体ないと。

 でもフェイフォンは諦めなかった。薬の副作用として服用を止めても不妊気味になるとはいえ、望みが全く無いというわけでもない。過去に出産に至った例もあり、しかもそうして生まれた子供は漏れなくとても元気に強く育ったそうだ。困難を乗り越えて卵子に辿りつけるのは強くて優良な精子だからとか、そんな感じなのだろう。

 そこで二人は賭けをした。マアリイは避妊薬の使用を止め、フェイフォン以外の客を取らなくなった。こういう賭けをしている以上は他の男性と関係を持つのはご法度だから当然の措置ではあるものの、収入の大部分を断たれてはマアリイの生活が成り立たなくなってしまう。現役の娼婦でありつつ『マアリイの宿』の主人でもある、二足の草鞋生活の裏にはそんな事情があるのだった。


 さっさと結婚しちゃえば良いのに。


 この話を聞いた時にはそう思った。

 プロポーズしたフェイフォンはもちろんマアリイに惚れているし、一度断ったとはいえこんな賭けを受け入れたマアリイだってフェイフォンを憎からず思っているのだろう。そしてフェイフォンの父ケイインもマアリイなら息子の嫁に相応しいと考えている。なんとなれば、一介の娼婦に過ぎなかったマアリイがいきなり宿の主人に収まることが出来たのは、傭兵組合副組合長のケイインが持てる限りの伝手をフル活用したという裏がある。職業に囚われずにマアリイの人柄を見た結果だと思う。

 関係する三者が望んでいるのにすんなりいかないのは「導士の血筋を絶やしたくない」「薬の影響で妊娠し難い」という理由から。面倒な事と思いつつ、そういう事情ならばフェイフォンと彼の精子には頑張ってもらいたいと、ちょっとはしたないけれどもそう思う。私はマアリイが好きだし、フェイフォンにも好感を持っている。ぜひとも二人に幸せな結末を迎えてもらいたいものだ。


 まあこんな二人であるので、


「おまちどうさま」


 マアリイが運んできた料理には一品追加されていたりする。娼館から融通してもらった生薬を混ぜ込んだ、フェイフォンにだけ出す特別な料理だ。生薬の効果は滋養強壮なので、これは「早く私を孕ませておくれよ」というマアリイの精一杯のアピールなのだろう。


 そんな愛情の込められた料理を食べながら、


「実は少しばかり大きな仕事があってな。導士を集めているんだ。できれば二人にも参加して欲しい」


 フェイフォンはそのように切り出してきた。

 なんでも大規模な魔物の群が発見され、そこには魔木もあるのではないかと期待されているらしい。できれば傭兵組合単独で事に当たりたいが、現在ウーハン傭兵組合に所属する導士は減少しているため私達にも声を掛けたそうだ。


「導士が減ってしまったのは俺達が原因だしな。俺は協力すべきだと思うが」


 バツが悪そうにしながらウラヤが言う。

 ウーハンから導士が減ってしまったのは『止水』のせいだった。

 私が薪採取依頼ばかり受けていた一方で、ウラヤは有料での『止水』道場のようなものを開いていた。長期間ウーハンを離れる訳にはいかず、かと言って薪採取は仙術使いが二人も同行するほどの仕事ではない。街にいながらできる仕事として『止水』の指南を始めたらこれが大盛況。傭兵だけでなく噂を聞きつけた軍所属の導士までもがウラヤの元を訪れた。

 しかし『止水』の習得者が増えるにつれて一つの問題も起こってしまった。

 それがウーハン傭兵組合に所属する導士の減少だ。


 何故導士が減ってしまったのか?

 仙術武器を買いに行ってしまったからだ。


 要はウラヤと同じように仙技使いに留まっていた人の中に『止水』のお蔭で仙力を理解し、その結果として仙術使いになれた人が結構な数でいたという訳だ。確認は知り合いの仙術使いから仙術武器を借りればできるけれど、その次には自分の仙術武器が欲しくなり、こぞってロンフェン目指して旅立ってしまった次第。


「シスイは素晴らしいし、長い目で見れば仙術使いが増えるのも良い事だ。この件に関してウラヤが気に病む必要は無い」


 ウラヤを宥めるようにフェイフォンが言った。

 広域探査スキルの有無が導士本人だけでなく同行者の安全にも大きく関わるのはゴウヅでのゴブリン狩りで実証されている。また、仙術使いを数と質の両面で充実させようとの国策もあり、『止水』を広めたウラヤに対する組合と軍部からの評価は極めて高い。


「だが導士不足なのは確かだ。それに……そろそろオウカも仙術使いらしい仕事をしておいた方が良いと思うぞ」

「そうだな。最近お前を妙な通り名で呼ぶ輩もいる。ここらで払拭しておくべきだろう」


 通り名というとあれか。

 私の主な収入源が低く見られがちな薪採取と娼館での風呂焚きなのを揶揄して『薪の導士』とか『風呂焚き導士』とか。さすがに面と向かって言ってくる人はいないけれど。


「別に私は気にしていませんが」

「いや、そこは気にしろ」


 ウラヤに苦い顔をされてしまった。


 薪採取はともかく、仙技を使った風呂焚きについて、ウラヤとフェイフォンは余り快く思っていない。

 実はシューリンに気付かされた後、これはウーハンの薪事情を改善する妙案ではないかと話をしている。“火”は攻撃手段としてイメージしやすく、仙技使いにおける火属性の割合は高い。彼らが私と同じように火の仙技を街中における火力として提供すれば薪不足も和らぐのではないかと思ったからだ。でも「仙技で風呂を……」と微妙な反応しか返ってこなかった。一応「こういう例もありますよ」的な内容で組合に掲示を出して貰ったけれど、同調する導士はついに現れなかった。導士のプライドが邪魔をしているらしい。


 まあ通り名云々は置いておくとして、仙術使いらしい仕事を全然してこなかったのも事実だ。そういう意味でフェイフォンの期待を裏切っていたのは否定できない。導士不足に困っているなら力になりたいとも思うのだが。


「でもですね、ウーハンを離れられないのは変わらないです」

「そこは心配しなくても良い。上手くすれば二日、かかっても三日で済む見込みだ」

「「二日!?」」


 フェイフォンが示した日数に、ウラヤと私の驚きの声が重なった。

 導士を掻き集めて当たるとなれば魔物の群は相当な大きさになる筈だ。そんな群が戦闘時間も含めて往復二日の距離にいるとすれば、これは大変な事なのではあるまいか。

 魔木の利権が絡むから傭兵組合だけで対処したいなんて言ってる場合じゃないような気がする。


「群は大きいがすぐにどうこうという危険はない。なんというか……落ち着いてしまっているそうだ」

「落ち着いている?」

「山の恵みが豊富なんだろうな。十分な食い物が手に入るなら移動よりも定住を選ぶくらいの知恵はあるんだろ。向こうからは出てこないし、場所がちょっと特殊なせいでこっちからも発見できなかった」

「特殊な場所ですか?」

「隣の城塞との中間くらい、北壁に程近い場所だ。北壁建設前後に軍が徹底的な掃討を行っていてな……俺達の認識では“魔物がいない場所”になっていた。盲点というやつだな」


 しかも地形などの影響もあって普通に歩けば片道でも一週間はかかってしまい、なおかつ隣の城塞との担当区分が曖昧なため中々目が届かなかったらしい。今回発見されたのは北方探索(金品目当て)帰りの傭兵が帰路に迷った結果だそうだ。未開の地を行く探索だけに帰り道で迷子になるのはままある事で、そんな場合はとにかく南を目指すのが常道との事。南に行きさえすればいずれ北壁に行きあたるので、そこから東西いずれかに進めば城塞なり城塞都市なりに至るという訳だ。

 片道一週間と言うのも、その傭兵隊がウーハンに至るまでの日数を元にしている。


「ちょっと待って下さい。片道一週間って……いくら導士でもそれを往復二日は無理でしょう?」


 山越えの如く、導士の脚力と悪路走破性を考慮すれば一般傭兵よりも大幅に移動時間を短縮できるのは確かだが、それにしたって十四分の一は言い過ぎだ。しかも往復二日には戦闘時間も含むのである。


「それがそうでもない。導士ならいける」


 しかしフェイフォンは不敵な笑みを浮かべていた。

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