薪採取依頼
薪採取の一行は私達を含めて十二人となっていた。
もともと十人でやっていた仕事に私達が追加された形になる。
十人でできていたなら人数を余計に増やしただけとなり、報酬は人数で頭割りなのだから元からやっていた人達から恨まれるんじゃないだろうかと心配だったのだが。
「おかげで荷車を二台に増やせた」
採取隊を纏める傭兵――ティエレンからは感謝された。
薪の採取依頼では組合から木製の荷車(時代劇でよく見る大八車に酷似している)が貸し出され、これに薪となる木材を満載して帰ってくれば達成となる。
これまでティエレン達は十人で荷車一台を運用していた。
原始的な荷車を引くには力が要る。今は空荷なので一人で引いているが、木材を満載した復路ともなれば引手に加えて押手、更には左右に介助を付けた四人態勢となり、残り六人が護衛役だ。単なる運搬ではない、魔物の領域を行き来するための編成となる。
朝方、集合場所として指定された北門前の広場に行った時、荷車は一台だけだった。
私とウラヤが導士だと知ったティエレンが急遽もう一台の荷車を借りてきた。
これまで護衛六人でやってきたのは全員が一般傭兵だったから。荷車二台なら八人を要し、護衛の人数は四人となってしまうが、その内二人が導士なら全く問題無いとの判断だった。
荷車が二台になれば採取依頼二回分になり、頭数が増えても結果的に報酬はアップする。ティエレンが礼を言ってきたのはそうした計算もあるだろう。しかしティエレンは「今まで日に一組だったのが倍になる。これは大きい」とも言った。
聞けばティエレン達も普段は巡回や探索といった普通の傭兵仕事をしていて、薪採取依頼を受けているのは薪不足に悩むウーハンの事情を憂えた故だという。しかも有志数十人が申し合わせ、スケジュールを調整し、日に一便、必ず誰かが採取を行うようにしているそうだ。
ティエレンだけでなく採取隊の誰もが中堅処の傭兵と見受けられる。実力相応の仕事をしていれば得られる筈の収入を犠牲にしてまで薪採取をしている訳で。低いながらも報酬が発生しているから厳密に言えば違うけれど、ボランティア精神に溢れた行いだと私には思える。
「素晴らしいです。皆さんのような傭兵がウーハンを支えてきたのですね」
「それを言うなら導士でありながらこんな仕事を受けてくれたオウカ達の方が素晴らしい。今までいなかったからな、そんな奇特な導士」
ティエレンが向けてくる賞賛がむず痒い。
私達の場合は長期間ウーハンを離れられないのと、私がお風呂に入りたいという理由があっての事なので、街の現状を憂えての献身とは言えない。
*********************************
「魔物の領域とは言っても普通の森ですね」
採取場所となる森の外縁部に到着した。
普通の森だった。
魔物の領域だからもっとおどろおどろしい雰囲気の森を想像していたのにミヅキの村の里山と変わらない。
「そりゃそうだ。北壁に近いこの辺りには滅多に魔物も出ない」
ティエレンはそう言う。
魔物の巣は粗方潰されていて、もっと北の方から時折魔物が流れてくるくらい。大規模な群が湧きでもしない限りはそうそう危険も無いそうだ。
それなら南側にある村の住人に開放して良さそうなものだが、いざ魔物が現れたらと考えればおいそれと村人を魔物の領域には出せず、村人側でも二の足を踏んでいるのが実際の所らしい。それはそうだ。村人自身にしてみれば自分達の分は近隣の安全な森で賄えるのだからウーハンに住む人たちの為に無用な危険を冒す気にはなれないのだろう。
「ところでどう動く? 決まったやり方があるなら教えてくれ」
ウラヤが問うと、ティエレンは驚きを露わにした。
「何故驚く?」
「導士が俺みたいな傭兵に『教えてくれ』なんて」
「……別に導士かどうかは関係無かろう。ずっとこの仕事をしているなら確立した手順があるんじゃないか? それに従った方が効率良いに決まっている。お前たちだって新参の俺達に引っ掻き回されるよりもいつも通りにやりたいだろう?」
「もちろんそうだが……」
ウラヤとティエレンの遣り取りから思い出すのは、ミノウで受けた“試し”の際のジンノ達だった。仙導力を持つ導士が、持たない普通の傭兵を見下した言動をするケースがままあるのだと言っていた。似たような経験をしているからこそ、素直に教えを乞うたウラヤに驚いたのだろう。
「そうか。そんな奴らがこんな仕事を受ける筈も無いか」
何か納得したように数度頷いたティエレン、森の中を指差した。
「少し奥に昨日までに倒した木がある。枝を払ってから適当な長さに切って荷車に積む。その間に明日以降の為に新たに木を切っておく。半数は警戒にあたりながら、ってのがこれまでのやり方だが、どうだろうな? あんた達がいれば全員で片づけちまっても良いのか?」
「そうだな。俺とオウカは広い範囲で魔物の気配を探る仙技が使える。目視頼りの警戒は必要ないだろう」
「そうですね。みんなで作業すれば早く終わりますし、そうしましょう」
「気配を探る仙技だって? 聞いたことも無いが……」
「まだ使える人があまりいませんから。でもその内広まると思います」
どうせウーハンに腰を据えるのだから余った時間を使って『止水』を広めるのも悪くない。城塞都市に住まう導士のレベルアップは央国の為になる。手始めにフェイフォン辺りに教えてみようか……。
そんな事を考えている内に、何本もの木が倒れている場所に出た。
一か所の木を集中して倒しているのではなく、森の所々を間引くようにしている。「一つ所で木を伐り過ぎると森が禿げると聞いたのでこうしている」とティエレン。外縁部からここに来るまでにも切り株は幾つも目にしている。伐採場所が集中しないようにしてきた結果、現在の作業場所は少々奥に入ったところにまで進んでしまったようだ。
「今日はあの辺のを切るか。今日二台分持って行くから少し多めに切らないとな」
ティエレンを含めた木を切り倒す組が荷車に積んであった斧を掴んで森に分け入っていった。「なら俺もこっちに行っておくか」とウラヤもティエレンの後を追う。
「そうすると私はこっちですね」
倒れている木の枝打ちと切り分け組が私の担当だ。
早速鉈を抜いて枝を払おうとすると、他の傭兵達が目を円くしていた。
「あんたもやるのか?」
「え? みんなでやるって」
「いや、あんたらは仙技で警戒するんじゃ?」
「それは今もやってますから大丈夫です」
気配を察知する『止水』での警戒ならば他の作業をしながらでも差支えない。「そうなのか?」と疑わしそうにしているのには「そうなんです」と言葉を重ねておく。
それよりも枝打ちだ。こんなふうに鉈を使うのも随分と久し振りなので、一打ちするごとにミヅキの村での生活を思い出して懐かしい気持ちになってくる。
「へえ、鉈の扱いが板についているじゃないか」
「以前は毎日のようにやってましたから」
「なるほど、慣れてるってのは本当なんだな」
「はい。さあ、どんどんやりましょう」
他の傭兵達も手慣れている。傭兵になる前は農民だった人もいるだろうし、何よりウーハンで連日の薪採取をしているグループのメンバーだ。枝打ちはあっというまに終わり、丸坊主の丸太材が後に残される。
「さすがにこの人数でやると速いな。切り分けはこっちでやるから、次は向こうの枝打ちをやってくれるか?」
そう言う彼が持ち出してきたのは鋸である。両側に握りが付いた二人で使う大きな鋸だ。これで丸太材を荷車に乗るサイズに切り分けるのだが……。
「あ、斬るのは私にやらせてください。これくらいの太さなら多分できます」
「鋸をやりたいのか?」
「違います。まあ見ていてください」
――天音流剣術『気の刃』!
木刀を芯材にして『気の刃3』を発動。ただしこれではただの鈍器に過ぎない。木刀を覆う気を整形操作して幅広な剣の形状に変化させた。刃の部分は特に収束を密にして硬度を上げるとともに紙よりも薄く仕上げている。
「木刀が剣になった!?」
「どこで斬れば良いですか?」
「あ、ああ、この辺で……」
「そこですね? それでは!」
上段に振りかぶり、まっすぐに振り下ろす。
擦過音とともに丸太材は分断された。
うん、良い切れ味。
「一刀両断かよ……凄えな……」
「これなら鋸は必要ないか。それじゃあオウカはこれと同じ長さにどんどん斬ってくれ。その間に俺達は枝打ちをしておく」
「任せて下さい。斬るのは得意です」
思えば、最近はこうして思いきり何かを斬ると言う場面がなかなか無かった。
丸太をズバズバ斬っていると、なんだか楽しくなってきて、やっぱり私は剣術家なのだと再認識された。
分担したお蔭で作業はスムーズに終了。
切り分けた丸太を荷車に積んでいく。この時、先ほど払った枝を丸太の間に生じる隙間に詰め込んでいる。上に乗せた丸太の重みで折れてしまうけれど、これが積み上げた際の安定材代わりになるそうだ。もちろん折れていたって薪になるから無駄にはならない。
「普段の倍なのに、かえって早く終わったな」
最後に太めの縄を幾重にもかけて固定すれば積み込みも完了だ。
ぐいぐいと縄を締め付けながら「やはり導士がいると違う」とティエレン。
どうやらウラヤの方でも木を切り倒す作業に手を出していたようで、そちらでも大幅な時間短縮が為されていたらしい。
「ところで……納品分とは別にいくらか薪を拾っていきたいのですが?」
荷車に積んだ木材は採取依頼の納品分として全て引き渡してしまう。
これとは別にお風呂用の薪を確保したい。が、これはまるきりの私事。依頼仕事の遂行中に私事を持ち込むのは公私混同になるのではないか。街の薪事情を憂え、敢えて低報酬の依頼を受けているティエレン達には不快な所業ではあるまいか。
そう思って訊ねてみた。
否定的な意見が返ってきたとしてもお風呂用の薪を諦めるつもりはなかったのだが、返ってきたのは「構わないぞ」という存外に軽い言葉だった。
「と、言うかな、俺達もいつもやってる。偉そうなことを言ったが俺達だって『はした金はいらん』なんて言えるような身分じゃないからな」
ティエレン達は採取依頼のついでに多少の薪を持ち帰り、それを自分たちが利用している宿屋に売っているそうだ。依頼の方で引き渡す木材の単価よりは高く、それでいて一般的な薪の販売価格よりは安く。ティエレンと宿屋、どちらも得する取引。「小銭稼ぎだがね、これをやってたら宿での待遇も良くなった」とティエレンは笑う。
食事の際に、たまに料理が一品サービスされるとか、そうした小さな変化があったらしい。
ともあれ余分な薪を拾っていくのも問題無い。
二抱え分。手持ちの縄で括れるだけの薪を戦利品としてウーハンへの帰途に就いた。
当初は採取依頼とお風呂絡みの話を今回で纏める予定だったのですが。
採取依頼だけ四千字超えてしまいました。
相変わらず進行が遅い……。
そんな訳で次回はお風呂の話から。
ただし入浴シーンはありません。




