ウーハンでの初仕事
今回は説明が多めの回です。
城塞都市には二つの武力がある。
軍と傭兵組合、共に国によって組織されているが性格は全く異なっていて、城塞都市においても役割が分担されている。
軍に課せられているのは城塞都市と北壁、ひいては央国国土を魔物から守ること。
なので活動範囲が限定されている。
傭兵組合の仕事は北壁の南北で異なり、北壁以南であれば他の街と同様に巡回を中心とした治安維持、以北であれば……“探索”だ。
探索と一括りにされているが、何を探すのかは人による。
ウラヤやフェイフォンが言うところの“まともな傭兵”が探すのは魔物や魔物の巣となる。
発見した魔物が手頃な勢力であれば即殺。討伐証明部位を持ち帰れば報酬が貰える仕組みができていて、魔物の領域を活動場所とする傭兵の主な収入源となっている。魔物の巣を発見した場合は少し異なる。「魔物の巣を見つけたので潰してきました」と言ったところで真偽を確かめる術が無ければおいそれと報酬など支払えない。いったん城塞都市に引き返し、派遣された組合職人が巣を確認してから潰すことで報酬が発生する。
役割としては軍が守備、傭兵組合が攻撃や偵察といったところ。
もちろん状況によっては協力もする。
魔物が大挙して押し寄せてくれば傭兵だって防衛戦に参加するし、傭兵が発見した魔物の群が大規模であれば軍が討伐隊を派遣したりもする。軍と傭兵組合の関係は良好と言えた。
そんな枠組みからちょっとだけ外れているのが“一攫千金を狙って城塞都市にやってきた不良傭兵達”だ。
探索において彼らが探すのはそのまんま金目の物だ。
魔物の領域にはその昔国があった。北から央国を脅かし、北壁の前身となる城塞群建設のきっかけとなった例の国だ。既に魔物によって滅ぼされているが、それでも残っている物がある。滅びた国の国民が所有していた財物だ。
魔物の価値観は推し量るしかないが、主に食料となるものに価値を見出しているのだろうと推測されている。農作物や家畜、そういったものだ。街を滅ぼして食べられるものを食べつくしたらそこまで。金銀宝石などは放置されていた。
魔物の発生から数十年。
魔物の領域の浅い場所にある街はほぼ採り尽くされている。新規の鉱脈を発見するためには魔物の領域の深くに潜る危険を冒さなくてはならないが、もしも発見した街に富豪の住まいでもあったなら、一挙に巨万の富を得るのも夢じゃない。山師のような不良傭兵が命の危険を省みずに探索に赴くのにはこうした訳であり、また、ヒノベ達の期間が何ヶ月も先になるだろうと予想されている理由でもあった。
と、この辺りは『マアリイの宿』での初日、会食の席でフェイフォンが教えてくれた内容だ。
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その会食の席で私とウラヤが発した「事情」という言葉をどうのように解釈しているのか、例のジェスチャーを理解したり性行為事情の話題に食いついた私に何を見たのか、マアリイは何かと私を気に掛けてくれるようになった。シューリンも助けられた恩返しとばかりに本業の合間を縫って何かと世話を焼いてくれる。掃除や洗濯など日常の細かなあれこれを引き受けてくれるのでとても助かっていた。
生活の拠点として『マアリイの宿』はかなり快適。
ただし、これはあくまでも私達が“客”だからだ。金の切れ目が縁の切れ目と言ってしまえばあまりにも世知辛いが、マアリイ達だって無償奉仕のボランティアではない。今後も引き続き宿を利用するためにお金を稼がなくてはならない。フェイフォンの思惑にそのまま乗ってウーハン傭兵組合の仕事を受けることとなった。
北の探索。
何を探すのかは人により、私達が探すのは……薪だ。
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「薪!? 薪を採るのが傭兵の仕事なのか!?」
フェイフォンから仕事の依頼を紹介されて、ウラヤは目を剥いて叫んでいた。
私もびっくりした。
ミヅキの村でも山仕事の一つとして薪拾いは行っていた。私だけじゃない。自分の家で使う分の薪は自分達で採ってくるのが普通だったし、子供ができる手伝いの一つにもなっていた。つまり薪を採ってくるなんてのは何の力も持っていない農民にだってできる事で、けして傭兵の仕事ではなかった。
「ウーハンでは立派に傭兵の仕事なんだよ。依頼書を良く見てくれ。採取場所は魔物の領域だ」
フェイフォンはウラヤの勢いに辟易した様子も隠さずに依頼書を突きつけてきた。
依頼書を詳細に見れば、確かに採取地は魔物の領域が指定されている。
「魔物の領域で薪拾いだと?」
「ああ、そうだ。ウーハンでは慢性的に薪不足でな」
ウーハンで消費される薪は基本的には南からもたらされる。軍の補給物資、行商人の商い、南側の農村からの持ち込みなどだ。しかしそれら全てを合わせてもウーハンの消費量を賄うには少し足りない。街並みを見ても判るように、ウーハンの人口密度は極めて高い。街の規模に比べて人が多く、薪も多く必要となるからだ。
「街道を通ってきたなら判るだろ? ここの南にはそれほど大きな森が無い。南の村の連中もこっちにいくらか回してくれているが、採り尽すわけにもいかん。どうしたって限界はある。北側は……そうでもない。そもそも人が住む土地じゃないからな。ほとんどの森は手付かず、幾らでも薪は採れる。しかし魔物の領域に普通の村人を行かせる訳にもいかんだろ?」
「それで傭兵を、か……」
ふむ、と頷き、理解を示すウラヤだったが、その顔には不満がありありと浮かんでいる。
「フェイフォン、仙術使いを遊ばせておくのは勿体無いと言っておいて、それで振るのが薪拾いというのは……」
「そう言うなって。この仕事、あまり受け手がいなくて困っているんだ。それに、日数のかからない近場で済む仕事が良いんだろ? これなら日帰りだから打って付けじゃないか」
「報酬がこれではな」
摘んだ依頼書をひらひらとさせながらウラヤが言う。
採取場所が危険な魔物の領域とはいえ持ち帰るのはただの薪。
依頼達成の報酬も相応なので、腕に覚えのある傭兵ならば魔物を狩った方が何倍もの報酬を得られるからわざわざ薪拾いの受けたりはしないだろう。そしてここ城塞都市に腕に覚えの無い傭兵などはいない。
もちろんウラヤだって腕に覚えはある。なんたって仙術使いなのだから。
薪拾いなどを勧められたら馬鹿にされていると感じたって不思議ではない。
「薪拾い、良いじゃないですか。近場で済ませたいと言ったのは私達なんですし、受けましょうよ、薪拾い」
「いや、しかしな……」
「山仕事で慣れてますから私なら大丈夫です。ついでに魔物を狩ればお金だって問題無いでしょうし」
私は良いと思う。薪拾い。
何もぐいぐい前に出るだけが傭兵の在りようではあるまい。縁の下の力持ち。城塞都市を維持するための資源を採取するのだと考えれば、薪拾いだって国防に貢献しているのだと言える。
「そんな事を言って、お前は風呂に入りたいだけではないのか?」
「……否定はしません」
薪拾いを推していたらウラヤがじっとりとした目を向けてきた。
「風呂? 何のことだ?」
「こいつ、風呂に入りたいとゴネてマアリイを困らせていたのだ。マアリイが所属の娼館に話を付けてそっちの風呂を借りてくれることにはなったのだが」
「ああ、それで薪か。ま、若い娘ならずっと風呂なしは辛いか……」
『マアリイの宿』での生活は快適である。が、一つだけ不満があった。
そう、お風呂が無い。
お風呂が無い宿というのは別に珍しくも無く、お風呂付が良ければ二つ三つは宿のランクを上げる必要があった。ただし『マアリイの宿』だってランクで言うなら中の上か上の下くらいで、ここから二つ三つ上げると上の上……最高級の宿になってしまう。料金だって格段に跳ね上がってしまうし、風呂の有無を理由にマアリイやシューリンとの縁を切るのも躊躇われた。
だったら湯屋に行けば良いやと考えていたのだが、
「湯屋? 止めておきな。襲われに行くようなものだよ」
マアリイに湯屋の場所を訊いたらそんな反応をされた。
襲われるってどういうことなのか、更に尋ねてみたらウーハンにおける驚くべき湯屋の実態を教えられた。
ウーハンの湯屋には女湯が無い。
そもそも女性客を眼中に入れていない。
軍が駐留する城塞に傭兵組合が間借りするのが城塞都市の基本の成り立ちであり、軍兵も傭兵も圧倒的に男性が多い。こういう特殊な街だから一般の女性は余り近寄らず、結果として住人の男女比が恐ろしい事になっている。圧倒的少数派である女性兵と娼婦達、後は宿屋で料理を担当している女性くらいだろうか。湯屋である以上営業時間中は常に浴槽に湯を溜めていなければならず、その間薪を燃やし続ける必要がある。この薪代を賄うだけの女性客が見込めないのだからどうしようもない。
結果、湯屋は女性専用のスペースを設けようとはしなくなった。
どうしても湯に浸かりたいなら男性客がいるのと同じ浴槽を使うしかない。お風呂だから当然の事全裸で、である。不良傭兵も多い場所柄を考えればマアリイの言いようもけして大袈裟ではないし、仮に襲われないにしても裸の男性が山ほどいる場所に突入などできるものではなかった。
仕方なく湯屋を諦め、大きなタライを借りて湯を入れて貰い、侘しくタライ風呂で我慢していたのだけれど、やっぱりたっぷりのお湯にちゃんと浸かりたい。
「お風呂に入りたいです」
どうにかならないものかとマアリイに相談したところ、提案されたのが娼館のお風呂だった。女性ばかりが所属する娼館である。女湯が無いウーハンの湯屋事情を鑑みて自前でお風呂を設置しているとの事。
ただ、薪が不足しがちなので娼館でも毎日は無理。普段はタライ風呂で済ませ、週に一回程度、薪に余裕ができたら風呂を沸かすそうだ。次のお風呂の日には声を掛けて貰う約束をして、その日を心待ちにしていたのだが、こうして薪拾いの仕事があるなら待ってばかりもいられない。ウーハンの薪事情改善に一役買えるし、依頼として納品する以外の余分な薪を個人的に採ってきても良い筈だ。
「だから行きましょう、薪拾いに。これも立派な傭兵の仕事です」
再度の薪拾い推しに、ウラヤはがっくりと肩を落としていた。




