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エセ仙術使い  作者: 墨人
第一章 ミヅキの村
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村の中と、村の外

 翌朝、姉のトウカから用事を言い付けられた。

 ウラヤに食事を届け、食後は村と周囲の山にウラヤを案内するようにと。


 当面ウラヤの身の回りの世話はこちらでする事になっている。いつまで、というのは曖昧で、ウラヤが「自分でやるからもう結構」と言うか嫁を貰うまでになると思う。随分と厚遇しているようではあるが、実際に厚遇しているのだから仕方ない。

 引退したとはいえ元傭兵でしかも導士。

 傭兵組合が派遣している巡回が頼みの綱である辺境の農村にとって、ウラヤのような『戦える人』が住人になってくれるのは非常に有り難い。できる限り厚く遇して村を気に入って貰おうという魂胆である。


 そしてそうした役目は経済的に余裕のある村長が引き受けている。村の安全を守るための投資と考えても責任ある立場である村長が負担するのは当然なのだろう。

 世話をするのが私である事に不満は無い。

 私もウラヤには近付きたいと考えていたからだ。彼は傭兵として色々な場所に行き、色々な物を見聞きしているだろう。仙導力についても詳しく知りたいと考えていたからウラヤに近付く大義名分ができるのは渡りに船だった。私自身が導士になれないのは昨夜の恥ずかしい検査で判っているが、しかしこの世界で生きていくのならいずれ導士と相対する事態に遭遇するかもしれない。その時、仙導力を知っているかどうかは大きく影響する。彼を知り己を知れば百戦危うからずだ。


 トウカが用意した鍋には鳥肉と根菜入りのお粥のような料理が二人分入っている。椀と箸も二組。要はウラヤと一緒に飯を食えということだ。義父と義兄は昨夜の検査の件をトウカに話していない。私も恥ずかしいから詳しくは教えなかった。トウカが知っているのは「男と間違えられて尻を触られ、驚いて悲鳴を上げた」という嘘ではなくとも事実からは相当かけ離れた内容となっている。その結果、トウカが元傭兵にどんなイメージを抱いたのかは想像に難く無く、私に男と二人きりになるような役を言い付けたのもそのイメージ故なのだろう。誤解されているウラヤが少々哀れではあるが、誤解を解いてしまったら私をウラヤの世話係から外してしまうだろうから放っておいた。


 *********************************


 二人分の朝飯と、山に入るならついでに薪取りもしようと思い鉈と背負子を持ってウラヤの家に向かった。

 ウラヤは村に一軒だけあった空き家を使っている。

 つまり昔私が住んでいた家だ。両親が他界して姉妹で村長に引き取られてからは空き家になっていたのを、ウラヤが移住すると決まってから修繕している。村長の家に比べれば随分と小さなその家を見ても大した感慨は湧いてこない。天音桜の人格を持つ今の私になってからはそれ以前の記憶が他人事のような感じで、多少懐かしいと感じる程度だった。


 庭先でウラヤが剣を振るっていた。

 手にしているのは片手でも両手でも扱える両刃の直剣。

 四十まで傭兵をしていただけあって洗練の度合いではあちらの世界の剣術に劣るものの力強く熟練した剣捌きだった。


「ウラヤ、朝ご飯です」

「おう、待っていたぞ」

「朝から稽古とは精が出ますね」

「稽古ってほど気合の入ったものじゃない。習慣になっちまってるんでな。惰性で続けてるだけだ。しかし……ふむ……」


 ひらひらと手を振ったウラヤは一転して考え深げな顔になり、じっと私を見ている。


「な、なんです? もう尻には触らせませんよ?」

「いやそうではなくてな。昨日は確かに感じていたあの妙な気配がすっかりなくなっているのでな。不思議な事もあるものだと」

「私に仙腎とやらは無かったんですから、やっぱり気のせいだったんじゃないですか」

「だが、あそこまでとなるとな……」


 納得できない様子で首を傾げているウラヤを見て、一つの推測が当たっていたのを知った。昨夜ウラヤが感じ取った妙な気配というのは、やっぱり私が練り上げていた気だったのだ。それを確かめるために今朝は気功スキルを使わずにいた。


「それよりもご飯にしましょう。せっかく姉さんが作ってくれたんです。冷める前に」

「あ、ああ、そうだな」


 土間から一続きになっている食堂で粥を食べた。ウラヤは「美味いな」と言って完食した後「味に文句は無いが、できれば肉をもっと喰いたいところだ」とぼやいていた。

 ミヅキの村に専業の猟師はいない。農作業や山仕事の合間に簡単な罠を仕掛けている程度なので肉類の供給は潤沢とは言えない状況だ。村を案内しながらそんな事情を説明すると、


「なら俺がやってみるのも良いかもしれんな」

「昔猟師だったんですか?」

「いや、そうじゃない。傭兵をやってれば真似事ぐらいはできるようになる。何日も野営が続いて食料が乏しくなれば、後は現地調達さ」


 そのお陰で一応弓も使えるようになった、とウラヤは嘯いた。

 ウラヤが猟師をやる、というのは良いアイディアだと思う。本人が真似事と言っているように本職の猟師には劣るだろうけれど、能動的に狩れる分これまでよりも肉の供給は増える筈だ。ウラヤは戦力として期待されていて、本人もそれは承知しているだろうけれど、生産的な貢献もしてくれるなら村にとって有益である。


 その辺はおいおい考えるとして、村の中は一通り案内し終わったので山へと向かう。ちなみに村を案内したのはウラヤに村内の位置関係を把握して貰う他、村人にウラヤを紹介して回る意味も兼ねていた。


 山に入り、村人が山仕事で立ち寄る機会が多い場所を中心にして歩き回った。その間も適当な薪候補があれば鉈を振るって採取して背負子に積み上げていたのだが。


「なあ、おまえさん、剣術を学んでいるのか?」


 不意にウラヤが言ってきた。


「なんですか、いきなり」

「鉈の使い方がそう見える。剣の鍛錬をしないとそうはならない」

「そんな事を言われたのは初めてですよ」

「そりゃそうだろう。剣を使う奴じゃないと違いが判らないだろうからな。歩き方とかもそんな感じで気になってたんだが、鉈の使い方で確信した」


 これは私が迂闊だったようだ。

 剣術に限らず武術の類を学ぶと平時の動作にも影響が出る。達人ともなると立っているだけ、座っているだけ、歩いているだけでも隙が無く腕が立つと見て取れる。私から見たウラヤがまさにそうなのだが、ウラヤから見た私も同様だったらしい。

 ……自分自身が達人であると自惚れるつもりはないけれど。


「こんな所に剣を学べる相手がいるとは思えないのだがな」

「いませんね。自己流ですよ」

「……そうか」


 一応納得の言葉を発しているものの、ウラヤは胡乱げな視線を向けてきていた。平和な農村に暮らす娘が何故に剣術を学んでいるのかと考えているのだろう。男装しているのも合わせれば怪しく思えても仕方ないのかも知れない。


 ……いずれは知られてしまうのだろうし、早めに教えておいた方が良い。


 そう思った。

 傭兵として生きてきたウラヤなりの処世術なのか、彼は突っ込んだ詮索はしてこない。しかしウラヤが詮索しなくても、この村で暮らしていくなら村人の誰かが必ず話してしまう。村の中での私の微妙な立ち位置を説明するためには避けて通れない道なのだ。

 知らない所で好き勝手に言われるよりはマシだろうと思い、生々しい表現は避けて私の事情を話して聞かせた。


「……そんな訳で、自分の身は自分で守れるようになりたかったんです」

「男の格好をしているのもそうなのか……」


 ウラヤはこの地方の風俗事情を理解しているようで、男装している理由については言わなくても察してくれた。沈痛な面持ちで「済まんな、嫌な話をさせた」と謝り、はっとしてワナワナと震えだしたかと思うといきなりその場に膝を着いて平伏した。

 昨夜に続いてまたも土下座である。


「ウ、ウラヤ?」

「済まん! そんな事情があっては男に触れられるのは反吐が出るほど嫌だろうに……俺は……そんなお前の尻を触ってしまった!」

「それはもう良いですから、頭を上げてください」

「あまつさえ! 尻を触るだけに飽き足らず、見当違いの試しであんな事に……!」

「そっちはもう忘れて下さい。お願いします」


 自分に非があるとなれば二回りは年下の娘にも土下座をする。そんなウラヤはとても真面目なのだと思うけれど、尻々と連呼するのも昨夜の痴態を持ち出すのも勘弁して欲しい。


「昔の事ですから、今はそれほどでもないんです。変に気を遣わないでくれた方が有り難いので」


 もともと当時の記憶が薄いのに加えて、主観的には十三年前の出来事だ。フラッシュバックもほとんど無い。尻を触られて悲鳴を上げたのだって嫌悪よりも驚きの方が主な理由だ。気遣われれば嫌でも意識してしまうから何事もないように自然に接してくれた方が良い。


 ウラヤが土下座を解いて案内を再開したが、やはり気まずい。いくら気を遣わないでくれと言ったところで、聞いた直後にさらりと流せるような軽い話でないのも判っている。何か空気を変えるような話題は無いものか……。


「あ、そうだ。ウラヤは色々な所に行ってますよね」

「む……まあそうだな。幾つかの街を渡り歩いたし、北の探索に参加した事もある」

「でしたら教えて下さい。村の外がどうなっているのか」


 私はミヅキの村から出た事が無い。大人達ですら一番近い街に行った事がある程度だ。

 テレビもネットも新聞すらも無いこの世界では、自分の目で見える範囲、見てきた人から聞ける話が知り得る情報の全てとなる。


「なんだ、興味があるのか?」

「だって私はこの村が国の中のどこにあるのかも知らないんです。沿海倭州なんていって近くに海なんて無いのも不思議ですし」


 例の富士山らしき山との位置関係から付けた大凡の見当では『沿海』と呼ばれる程には海に近くない。その辺りの齟齬を修正しておきたかった。

 ウラヤは「海が?」と不思議そうな顔をしたが「地図を見た事無いのか」と自己完結していた。そして「傭兵時代に使っていた地図があるから帰ったら見せてやろう」とも。

 そう聞いては居ても立ってもいられない。残りの道行きと薪集めを手早く済ませるために気功スキルを使ったところ、ウラヤが「またもや……」と呟いていた。


 *********************************


 村に戻り、急いでウラヤの家に行った。「そんなに地図が見たいのか」と苦笑しつつ、ウラヤは荷物を探って地図を引っ張り出した。


「紙じゃないんですね」

「紙の地図はすぐダメになる。傭兵が持ち歩くには向かない」


 それは筒状に丸められた何かの皮だった。年季の入った色合いで端は所々擦り切れている。長い傭兵生活を偲ばせる古びた代物だ。

 ウラヤは多少もったいぶった手付きでそれをテーブルに広げた。


 私は自分が住む国の地図を始めて見た。

 最初に「ミヅキの村はどこにあるのか」と訊ねようと思っていたのだが。


『なにこれ!?』


 それを見ての第一声は悲鳴に近かった。

 しかも驚きのあまり脳内での翻訳が追い付かず、日本語で叫んでしまっていた。

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