職業に貴賎なし
週一ペースのつもりが先週は都合により投稿できませんでした。
ですので今週は二話分です。7/22の2時以降に最新話で飛んできた方は前話もチェックしてください。
シューリンの顔に理解の色が浮かぶ。
「本当に女の人なんだ……」
「そんな残念そうに言われても困りますが」
「ごめんね。あ、でも助けてくれたのは違いないんだし、お世話はほんとに精一杯やるからね!」
そう言って、シューリンは空になったお盆を携えて厨房へと戻って行った。
一方、マアリイはそのままテーブルに残り、四つの酒杯に壺から水のように透明な液体を注いでいた。手渡されたそれからはプンとアルコール臭が漂ってくる。紛うことなきお酒である。
「乾杯といこうか」
「なにに乾杯するんですか?」
酒杯を掲げてフェイフォンが言うのに問えば、
「有望な導士がウーハンに来てくれた事に」
「上客が二人もこの宿に来てくれた事に」
フェイフォンとマアリイからポンポンと答えが返ってくる。
有望な導士に上客か。期待を裏切らないようにしようと思う。
「乾杯!」
四つの酒杯がテーブル中央の上空で軽く触れ合わされ、そしてグイッと。
「ほう! 上等な酒だな!」
「だろ? 実は酒に関する良い店ってのもここなんだよ」
「なるほどなるほど。これはフェイフォンに感謝せねばならんな」
嬉々としてお代わりを要求するウラヤ。
気を良くしたようにウラヤの酒杯に酒を注ぐフェイフォン。
でも私は、
「~~っ! ~~っ!」
乾杯なのだから飲み乾すのが礼儀なのだろうと、そう思って一息にいったのが間違いだった。辛い! 食べ物から感じる辛さとはちょっと違うけれど、とにかく辛い。そして喉から胃にかけてがカーッと熱くなっている。これ、アルコール度数がメチャクチャ高いお酒だ。
「おやまあ、オウカにお酒は早かったかね。ほら、お茶をお飲みよ」
同じお酒を呑んだのにマアリイはケロリとしている。マアリイが淹れてくれた温めのお茶を飲んで口と喉を洗い流し、ようやく落ち着くことができた。
お酒がこんなに辛いなんて知らなかった……。
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宿の主として最初の乾杯だけ参加して仕事に戻ったマアリイであったが、時折現れてはウラヤ達にお酒を注いだり大皿の料理を取り分けてくれたりした。乾杯でお酒を諦めた私には「普段は出さないものだから他の客には内緒だよ」と甘いお茶を出してくれた。甘さの正体は蜂蜜らしい。甘味の乏しい生活が続いているのでとても美味しかった。
私が甘いお茶に嬉々としている一方、上等なお酒が呑めてウラヤも上機嫌だ。
料理も美味しくて箸が進む。
傭兵が三人集まれば仕事絡みの話題が多くなるのは止むを得まい。それでもフェイフォンの語り口が軽妙なのと、マアリイがタイミング良く入れる合いの手のお蔭で堅苦しくはならず、楽しい食事の席となった。
話題は主にウーハンの現状や傭兵仕事の傾向などだった。
私が知らなかった事や浅くしか知らなかった事などを傭兵と組合職員双方の立場からフェイフォンが教えてくれる。明日からの仕事を考える上で参考になる話だった。
そんな中、シューリンに絡んでいたような不良傭兵の話題も出た。
「欲に駆られてとは言え積極的に探索を行っているのも確かだ。苦々しくあるが、ああした連中もいなければいないで困ったことになる」
「それは判りますけど……街中で問題を起こすのはどうなんですか。女性一人に男二人で詰め寄るなんて」
「問題になったならもちろん組合だって黙っちゃいないさ」
「え? 問題、ですよね?」
あそこで割って入らなかったらシューリンがどうなっていたか判らない。
本人も「助けられた」と言っているのだから、少なくとも身の危険を感じる状況だった筈。
「いや、今回は俺達が止めたから問題になっていない」
「まあそういうことだ」
「……そういうことですか」
未然に防いだから問題になっていない。
問題になっていないから組合も動けない。
連想で『あちらの世界』の警察に関するある言葉が思い出された。
治安維持にあたり犯罪者に対するのだから警察と傭兵組合は共通する部分も多い。
そんな警察の仕事は“本質的にはいつも手遅れ”であるというものだ。
もちろん防犯というものもあるし、警察が優秀であれば犯罪への抑止力にもなる。しかし、犯罪が起こり、その被害が届け出られてから捜査を開始するのが警察の仕事の基本となる。それで犯人が捕まったとしても既に被害は発生してしまっている。だから『手遅れ』。
とあるマンガに登場したセリフであるが、これがこのまま傭兵組合にも当てはまる。
警察や傭兵組合の在り方からすれば仕方のない事とは言え、釈然としない部分もある。
それに、
「……そもそもあの二人、シューリンに何をしようとしてたんでしょうね?」
これが大事だ。
仮に私達が間に合わず、シューリンが『手遅れ』になったとして。
金銭的、物的な被害なら回復する手段もあるだろうが、回復不能な被害だってある。命もそうだし、女性であれば……私が抱え込んでいるような被害もそうだ。
もしもあの二人がシューリンにそうした振る舞いをしようとしていたなら、骨の一、二本でも折って不埒な行いなどできないように……。
「おい、オウカ、殺気が出てるぞ」
「何を考えているのかは大体判るが、止めておけ。何もしてない奴を闇討ちしたらお前の方が犯罪者だ。お前を捕まえるなんて仕事をさせてくれるなよ?」
ウラヤとフェイフォンから突っ込まれた。
そこにマアリイもやって来て、「どうしたんだい、怖い顔して。さあこれを飲みな」と甘いお茶のお代わりを手渡してくる。一口飲むと、さっきのより少し甘味が強くなっているような気がした。
「甘くて美味しいです」
「そうかい。甘いお茶は気分が落ち着くだろ?」
「はい」
マアリイが言う通り、お茶の甘さが不穏な考えを溶かしてくれたようだ。
確かに先走ってあの二人に怪我をさせたりしたら罪を犯したのは私という事になる。
「あ、そうだ、マアリイはシューリンから話を聞いてるんですよね? 昼間の二人はどうしてシューリンに絡んだんですか?」
話の内容によってはシューリン本人に聞くのは酷な場合もある。
そう思ってマアリイに訊ねてみた。
未遂とは言え犯罪絡みなので、お酒によってはいながらもウラヤとフェイフォンもマアリイの言葉を聞き逃すまいとしている。
「二人の内の一方がシューリンの客だったそうだ。ただシューリンが昨日から“障り”でね。急だったもんで断れずに止む無くコレで済ませたそうなんだけれど……」
「待て! ちょっと待ってくれ!」
苦笑交じりに話し始めたマアリイだったが、「コレ」の件で緩く握った右手を上下に動かす仕草をして、そこでウラヤが待ったを掛けていた。
私もちょっと混乱している。
マアリイの手の動き、あれは……。
それに「シューリンの客」とか「障り」とか、合わせて考えるとアッチ系?
「おい、フェイフォン、まさかここは娼館も兼ねているのか!?」
この宿を推薦したフェイフォンにウラヤが食って掛かっている。
お酒は入っているせいか口調が荒々しい。
それにしても、やっぱりソッチ系なのか。
マアリイが示した手の動きは『あちらの世界』では男性のナニを手で扱く行為を示す場合が多い。こちらの世界でどうなのかは知らなかったが、ウラヤの反応から推察するに同じ意味で通用するようだ。
「オウカの事情を知ったうえでそんな所に連れて来たのだとすれば、フェイフォン、俺はお前を許さないぞ」
「待て待て、ウラヤこそちょっと待ってくれ。違う、ここは断じてそういう宿ではない」
「しかしあの娘はここで働いているのだろう!?」
「そうだが、違うんだ。まあ、聞いてくれ」
少し慌てたようにフェイフォンが語った内容を要約すると、シューリンは本来はこことは別の娼館に属していて、“障り”の間だけこちらの宿の手伝いとして働いているとの事だった。聞いていれば“障り”が月のものなのは想像できる。動けなくなるほど重くなる人もいる中で、シューリンのそれは症状が軽いのだろう。本来の仕事の代わりに宿屋でアルバイトするくらいには。
「そうだったのか……済まん、口が過ぎたようだ」
「いや、気にしないでくれ。俺も先に言っておくべきだった」
「そう言ってくれるか。では和解の印として乾杯を」
「おう、乾杯だ」
酒杯を打ち合わせて中身を飲み乾す。
なんだこれは。やっぱり酔っぱらいだこの二人。
……ま、まあ、ここがそうした宿でないと判って一安心。
部屋で休んでいて壁の向こうから男女のそういう声が聞こえてきたりしたら、どうしたら良いのか判らない。
「話の腰を折って悪かった。続けてくれ」
「……その前に、オウカ、シューリンは娼婦だ。軽蔑するかい?」
そう問い掛けてくるマアリイは、まっすぐに私の目を見ていた。吸い込まれるような瞳であり、同時にあの何でも見透かしてくるような目でもある。偽りを述べれば即座に見破られてしまいそうだ。これは慎重に、言葉を選んで答える必要がある。
「軽蔑は……しません」
「へえ、それは本心から言っているの?」
「はい。もしも、娼婦ではないのに色んな男性と関係を持つ人がいたなら、それは軽蔑します。でも娼婦として、仕事としてそうしているなら、軽蔑しません」
職業に貴賎なしと言う。多分に綺麗事を含んでいるとも思うが、あらゆる仕事は社会に必要とされているから存在するという意味には賛同できる。食べ物を作る人が必要だから農民がいて、治安を守る人が必要だから傭兵がいる。娼婦も、その仕事内容を必要とする人達がいるから存在している。
単に男をとっかえひっかえしているようならビッチと呼んで軽蔑する対象となるけれど、仕事としてプライドを持ってやっているなら軽蔑すべきではない。自分ができる事でお金を稼ぐ。他者がとやかく言うべき事柄ではない。
この世界の価値観からは外れているかもしれないけれど、私はそう思う。
思考の根本が『あちらの世界』の概念なだけに拙い説明になってしまった。でも聞き終えたマアリイは「良く判ったよ」と頷いてくれて、「だ、そうだよ、良かったね」と言った。
「え?」
「シューリンだよ」
「あ……」
厨房への戸口から、シューリンの顔が半分だけ覗いていた。
涙目で、頬が赤く染まっているように見える。
ぺこっと小さく頭を下げて、シューリンの顔が引っ込んだ。
……全部聞かれてたっぽい。
と、言うか、マアリイはシューリンが聞いているのを承知で私に喋らせたようにも思える。だとすると私がどう答えるのか、最低限「軽蔑しない」という方向性なのは予想していた?
「オウカ、お前やっぱりあの娘を誑し込もうとしてないか?」
「男の俺でさえ惚れ惚れするような男前な顔であんな事言ったら……」
「そうだねえ、私も危なかったよ」
「なっ!? マアリイ、お前……!」
「冗談だよ。ともあれオウカがそういう考え方で良かった。シューリンとは仲良くしてやっておくれな」
「それは、まあ」
「よろしく頼むよ。それにしても、ウラヤ」
「お、おう、なんだ?」
私に対する和やかな表情から一転、マアリイは少々キツメな顔をウラヤに向ける。
「シューリンがそうなのはいずれ知られるだろうから隠すつもりは無かったんだよ。でもいきなり知らされてそこから始まるのと、ある程度気心が知れてからじゃあ違うだろう? だからこの場は遠回しにしてお茶を濁そうとしたってのに、あんたはどうして騒ぐかね」
「むう……す、済まん」
「ま、あんたが黙っててもオウカには判っていたようだからね、もういいよ」
「なに?」
「コレの意味、オウカにも判ったんだろ?」
再度、緩く握った手を上下させる仕草をしながらマアリイが言う。
「え? ええと……はい……判りました」
マアリイのあの目の前では下手な誤魔化しなど通用しないような気になってくる。
判っていたのは事実なのだから認めるしかなかった。
「オ、オウカ? 何故お前がソレを判るんだ? 俺は……お前をそんなふうに育てた覚えはないぞ!」
愕然? 呆然? ウラヤがワナワナしながらそんな事を言ってくるが。
「ウラヤは私のお父さんですか。私にだってウラヤに育てらえた覚えはありません。そんな事を言って、酔ってるんですか? 酔ってるんですね?」
まあ、酔ってるんだろう。間違いない。




