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エセ仙術使い  作者: 墨人
第四章 城塞都市ウーハン
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宿屋

 メインストリートを南門付近まで戻ったところにフェイフォン推薦の宿屋はあった。

 木造の四階建て。一階が酒場を兼ねた食堂、二階より上が客室となっているのは、こうした宿においては標準的な構造だろうか。


「おや、フェイフォンじゃないか。日が高いうちに来るなんて珍しい」


 そう言って出迎えた女性に対し、


「マアリイ、客を連れてきた」


 とフェイフォン。

 これで女性の名前が判った訳だが、その名が。

 宿の軒先に掲げられていた看板には『マアリイの宿』とあった。

 宿の名として冠されているのであれば、普通に考えればこの女性こそが宿の主となる。

 しかし所謂”宿屋の女将さん”のイメージからはかけ離れた人だった。

 一言で表すなら、妖艶。

 二十代も後半といったところか。こちらの世界の基準では年増扱いされる年頃なのは間違いない。しかし重ねた年月がそのまま色気に転化されたのではないかと疑いたくなるほどに色っぽい。彼女を見て「なんだ年増か」などとマイナスな評価を下す男などまずはいまい。いたとしたら……それは常人とはかけ離れた感性の持ち主であるに違いない。十人中九人が、いや、百人中の九十九人、千人中の九百九十九人まででも彼女を美女として認識するだろう。


「ふうん……客ねえ……」


 目を細め、私とウラヤを見比べるようにしているマアリイ。

 ウラヤが居心地悪げに身動ぎしている。マアリイの目に見つめられると、同性の私ですらぞわぞわとしてくる。

 ……いや、これは性別なんて関係ない。ぞわぞわの正体はマアリイの色っぽさに起因するのではなく、全てを見透かされているような奇妙な感覚にあり、それは単なる気のせいではなかった。


「フェイフォンが連れてきたってことは、まともな傭兵なんだろうね」

「もちろんだ。ウラヤとオウカ。この二人に暫く部屋を貸してやって欲しい」

「部屋なら空いているからね。問題ないよ。でも……」


 一度言葉を切り、マアリイはこう続けたのだ。


「ふうん、見たところ夫婦や恋人同士ってのじゃあないようだね。部屋は別々、二部屋用意するべきかね」


 いきなり私の性別を見破った発言である。

 思わず「え゛っ!?」という言葉にすらなっていない音が口からこぼれ出た。似たような声をウラヤも上げている。


 ――もしかして、”素”に戻ってます?


 知らない内に男前モードが解除されていたのかと、ウラヤとフェイフォンに目線で問うてみる。

 そろってふるふると首を横に振られた。


 ――いや、普段どおりだぞ?


 ウラヤの目がそう言っている。

 男前状態を普段どおりと言われてしまうのは少々不本意ではあるが……。

 いや、ウラヤが実際にそう言った訳ではないけれど。


「初見でオウカを女と見破るとは。凄いな」


 ウラヤの言葉には、マアリイの眼力に対する賞賛が込められていた。

 しかし賛辞を受けたマアリイは「はあ? なに言ってるんだい?」と素っ気無い。


「こんな綺麗な顔した男なんているわけないだろ」

「しかし俺も親父も騙されたぞ? 見た目の話じゃない。雰囲気が、な?」

「雰囲気とか気配とか、難しく考えるのは導士の悪い癖だ。目で見て、見たままをまず受け入れなよ」

「ぬぬ……」


 マアリイにやり込められてフェイフォンが唸る。

 その様子からは二人が親密な間柄なのが窺えた。


 それはともかく、結局部屋は別々に、二部屋を確保することにした。


「当然だな。俺も男であるし、オウカも女だ」

「意外ですね。ウラヤが私を女として見ているなんて」

「時々忘れそうになるがな」

「……そうですか」


 多分、ウラヤなりの冗談なのだと思う。


 *********************************


 私達に割り当てられたのは最上階、四階にある個室だった。

 部屋に荷物を置いたらすぐに食堂に戻る。

 これも何かの縁と言うことで、ウーハンでの最初の食事はフェイフォンが奢ってくれる事になったからだ。

 フェイフォンは良い人だと思う。


 食堂でウラヤ達と合流して。


「あの、なんだか組合の宿泊施設とそんなに変わらないんですが」


 部屋を見ての感想をマアリイには聞こえないようにこっそりと言ってみた。

 城塞都市の特性からウーハンの宿屋は長期滞在が前提の下宿屋のような料金体系になっていて、私達も一月分を支払っている。これまで傭兵組合の宿泊施設ばかりを使ってきた私の感覚からすると、やっぱり高い。

 高いなら高いなりに立派な部屋なのだろうと思っていたのだが、実態は先ほどの感想のとおり。

 寝台は多少上等ではあるものの、部屋の広さは組合の宿泊施設と大差無い。それはそれで慣れた感じだから問題無いのだけど、期待外れなのは否めないところだった。


「組合のとは違うだろ。なあ、フェイフォン」

「ああ。大違いだ」

「でも……」

「オウカ、他の街と城塞都市を一緒にしては駄目だ。他にあるような広い宿泊施設を作るのは傭兵組合にとっても難しい」

「広い、ですか?」


 他の街の宿泊施設は畳換算なら四畳くらい……それでも広い?


「街並みを見れば判るだろう? 城塞の中に無理矢理街を作っているんだ。何より土地が不足している」


 そう前置いてウラヤが語ったのは、過去にウラヤが滞在した城塞都市の宿泊施設の有様だった。

 私が知る宿泊施設をちょっと手狭なワンルームとすれば、ウラヤが語ったそれはカプセルホテルのようなもの。寝台だけでほぼ一杯という狭さだった。なのにフェイフォンは「それでも個室なだけマシだ」と言う。

 ウーハン傭兵組合の宿泊施設は個室ですらない。別棟を建てる事さえできず、傭兵組合の建物の一角が施設にあてられており、一つの部屋に三段ベッドを二つ押し込んだ六人部屋になっているそうだ。これにはウラヤも驚いている。


「さすがに、な。そんな部屋にオウカを泊まらせるのは問題があるだろ? 外で宿を取れってのにはそういう理由もあったんだよ」

「そうだったんですか。フェイフォン、ありがとうございます」

「礼には及ばないさ。仙術使いを遊ばせておけないってのも間違いなく本音だからな」

「それでも、です」

「そうか」


 照れたように頭を掻いているフェイフォン。

 安さにつられて宿泊施設の利用を強行していたら困ったことになっていたと考えれば、何度お礼を言っても過分にはなるまい。


「……まあそれはもういいだろ。飯にしようぜ。マアリイ! 持ってきてくれ!」


 照れ隠しだろうか。厨房に呼びかけるフェイフォンの声は大きい。


「そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ」


 厨房から出てきたマアリイは大きなお盆一杯に幾つもの料理を乗せている。あれだけでも結構な重量になるだろうに危なげ無い。単なる腕力ではなく、絶妙なバランス感覚でお盆を保持しているのだろう。

 それにしてもあの料理の量。

 フェイフォンは太っ腹……と思ったら、それで終わりではなかった。マアリイに続いてもう一人、こちらは小さな(と言ってもマアリイが持っているのと比べればであり、単品で見るなら大きいとも言える)お盆に料理を満載した女性が厨房から出てきた。

 あれ? あの女性には見覚えがある。

 傭兵組合への道すがらに発見した、不良傭兵二人組に絡まれていた女性だ。

 あちらも私達を見て目を見開いて、


「さっきはありがとうございました」


 にこりと笑って、ぺこりと小さく頭を下げてきた。

 こうして見ると、大人びた装いによって数歳上に見えるものの、実際の年齢は私とそんなに変わらないようでもある。

 ……大人びた、は的外れか。

 私と同じなら十六歳。結婚して子供がいてもおかしくない。二十歳で成人というのはあくまでも『あちらの世界』の感覚だ。


「いえ、傭兵として当たり前のことをしただけですから」

「うむ」

「おや、シューリン、二人とは知り合いだったのかい?」


 お盆からテーブルへ料理の皿を移動させながらマアリイ。

 タン、タン、タンと皿が小気味の良い音を立てる手際の良さである。


「はい、姐さん。先ほどお話した、私を助けてくれたお二人がこの方々です」


 こちらは幾分慎重な手付きで配膳しながら応じる彼女――シューリン。

 するとマアリイ、「へえ、確かにまともな傭兵だね」と笑みを深めた。

 例の一件はシューリンからマアリイへと伝わっていたようだ。


「フェイフォンの言い様じゃないけれど、これは本当に何かの縁があるのかも知れないね。うちの娘を助けてくれた傭兵がその日の内にうちの客になるなんてさ」

「え!? ここにお泊りになるのですか!?」

「ああ。フェイフォンの紹介でね。ウラヤとオウカだ。取りあえず一月分の御代は頂いているし、まず間違いなく何ヶ月かはうちの住人になる。シューリンも顔を合わせる機会が今後ともあるだろうね」

「そうなんですか! 助けていただいたご恩返しです! 精一杯お世話させていただきますね!」

「は、はい。よろしくお願いします」


 シューリンは満面の笑みで力強く宣言してくれたのけれど……その八割方が私に向けられているような気がする。彼女を助けたのはウラヤも一緒だったのに。シューリンが示した偏向にはウラヤも気付いていて、ポリポリと頬を掻いている。「まあ、こんなおっさんよりもオウカみたいなのの方が良いのだろうが」と呟いているのはどういう意味なのだろうか……そういう意味なのか?


「ちょいと落ち着きなよシューリン。あんたも目が曇ってるね。オウカを良く見な。女の子だよ」

「え……女の子……?」


 やれやれ風味な溜め息混じりにマアリイが言い、シューリンはまじまじと私の顔に見入っていた。

 女ですよー、正真正銘の女ですよー。モード変更は自由自在とはいかないので、せめてそのような意思を込めてシューリンの目をまっすぐに見つめていた。


「お前は、もしかしてこの娘を誑し込もうとしているのか?」

「そんなわけありませんよ!?」


 ウラヤ、見当違いな突っ込みをしないで下さい。 

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