要請受諾
「なにいっ!?」
異口同音に驚きの声を上げ、ケイインとフェイフォンがぐぐっ、っとテーブルに身を乗り出してきた。そしてハモッた上に全く同じ動きをした二人は気まずそうに顔を見合わせて椅子に深く腰掛けなおす――その動きまでが計ったように同期しているのは似た者同士の親子故なのか。緊迫したシーンの筈なのに、ウラヤの喉が「くっ」と鳴る。笑いを飲み込んだらしい。
ケイインとフェイフォンが瞬時の目配せを行っていた。
再度のハモリを回避するための譲り合いなのか牽制なのか。
結果、先に口を開いたのはフェイフォンだった。
「おいおいオウカ、人をからかっちゃいけないぜ。俺だって諧謔は嫌いじゃないが、時と場合を選ぶだけの分別はあるつもりだ」
「うむ。それにオウカの顔でそう言われてしまうと、違うと判っていても『もしや』と思ってしまうではないか」
「……信じていないみたいですね。それでは……少々お待ちください」
女だと告白しても信じてもらえない、という事態は、実は最近とみに増えてきている。
原因は言わずもがな、天音桜から受け継いだ『男前モード』にある。
ミヅキの村にいた頃は剣術に集中したり気持ち的にそっち方向にいった際に発動していた男前モードであるが、旅をしているうちに”男装中は常時発動”状態になってしまった。自分は傭兵であるとの認識がそうさせているのかもしれない。
この男前モードが発動していると、周囲からの私の認識が完全に男になってしまう。
……男装しているのだから男と認識されるのに不都合は無いのだが、それにしたって顔の造作自体は全くいじっていないのだ。例えば、姉のトウカは顔のつくりにおいては私と酷似している。そんな彼女が男装したとしても、誰も彼女を男とは認識しないだろう。一発で「男装してる」と見抜いてしまうはずだ。同じような顔なのにそこまでの差が出てしまうのは、トウカの内面から滲み出る女らしさや、私が男前モード時に身に纏う男らしさが関係しているのは間違いない。
だからここですべきは男前モードの解除だ。
軽く目を閉じ、眉間から鼻筋にかけてを縦に揉み解しつつ、
――乙女チック妄想……!
男前モードにはオンオフのスイッチなど無く、切り替えは私の精神状態に依存するらしい。この辺は自分で認識できない部分なので推測するしかないが、天音桜の記憶やウラヤの反応などを見るに確かだと思われる。
こうして脳内に妄想を巡らせて精神状態を女性的な方向にシフトさせていけば……「うふふふ」……いけない。乙女な妄想をするはずが乙女を妄想してしまった。
ついでに無意味な笑いがこぼれ出て、ケイイン達だけでなく隣のウラヤまでが僅かに引く気配が感じられる。
が、「む? 雰囲気が……」とフェイフォンが言ったので、男前モードの解除には成功したようだ。
目を開くと、私を凝視しているケイインとフェイフォンがいる。
「改めまして、私が”その娘”です」
「お、女だ……」
「訳あって男装していますが、正真正銘、女です」
「凄い変わりようだな。いや、顔も声も口調も変わってはいないのか……なのに、まるで別人のようだ」
「俺も初めて見たときには驚かされたものだ。これはもう一つの芸と言っても過言ではない」
「芸、か。なるほど……む? また変わったな」
……再び男前モードが発動したみたい。
解除を維持するのは難しい。気を抜けばすぐに発動してしまうし、だからと言って気合を入れれば余計に発動してしまうこの矛盾。まあ、男装を解けば基本解除になるし、「一度女だと知ってしまえば、この状態でも確かに女に見える」とフェイフォンも言っているのでまだ手遅れではない筈だ。
「これが芸かどうかはさておき、繰り返しますが、私が”その娘”です」
「……なあ、それも本当なのか? 男と思わせておいて、実は女でしたでウケを狙っただけではなく?」
「どうして私がウケを狙わなければならないんですか。そういうのは苦手ですし、仮に狙うにしても時と場合を選ぶだけの分別は私にだってあります」
「だが……”その娘”というのはアレだぞ? さっきウラヤが話していた六年前の」
「ですから、山中で複数の男に襲われたのが私なのです」
「っ!?」
今度は息を呑む音が重なり、その後は既視感ある展開となった。
ケイイン達は、こうした話の場に被害者自身を同席させたウラヤを非難したし、被害者の割には平然としている私の態度を不思議がったりもした。ミノウのお爺さんに私の過去を明かした時の流れが繰り返された訳で、だからこちからの返しも同じような流れになる。過酷な体験の後に記憶や精神がおかしな具合になってしまう事例は二人も知っていて、一通りの説明が終われば「そうか……」となんとも言えない様子ながら納得してくれた。
「男を遠ざけるための男装であったのか」
「それがあの域に達しているのは、余程に……」
二人が同情的な視線を向けてくるのには、
「確かにオウカは色々とおかしな具合になっているが、素直に強く育っている。だからこいつをそういう目で見ないでやってくれ」
ウラヤが言ってくれた。多少不本意な言われようでもあるが、変に意識されては私もやり難いので強めの頷きで同意を示しておいた。
「判った。正直そういう過去のある女の扱いには自信が無い。気を遣わなくて良いならそのほうが助かる」
「そうは言っても気を遣わないように気を遣わせてしまうと思います。嫌な話を聞かせてしまって申し訳ありません」
「謝るな。嫌な話をさせて申し訳ないと、本来なら俺達が謝るべき場面なんだから」
「ではお相子ということで手を打ちましょう」
「そういうことにしておくか……」
「そういうことにしてください。それで、ですね。先ほどの提案ですが」
「傭兵を集めてというあれか。その前に、オウカがその……当人だというのなら、幾つか確認しておきたい事がある」
多少遠慮して「思い出すのが辛いならそう言ってくれ」と気遣いを見せつつ(やはりいきなり気遣い皆無は難しいようだ)、それでも確認すべき点はしっかりと確認してくる。中には「焼印は本当に犯人のものだったのか。保護されてから村に運ばれる間に見たのではないか」という例の質問もあり、これにはいつぞやのジンノの論法をそのまま借りて回答とした。
一通りの確認を終えると、ケイインがゆっくりと頷きながら宣言した。
「ふうむ……判った。ここまで詰められれば問題無いだろう。そちらの提案についても実際の取り仕切りを組合側に任せてくれれば、その結果をもって証としよう」
ウーハン傭兵組合の副組合長であるケイインが明言したのだ。”面通し”は確実に実行できる。
「いずれにせよヒノベ達が戻るのは随分と先になる。細かな打ち合わせなどは後日でも良かろう。オウカ、協力感謝する」
「いえいえ、協力をお願いしたのはこちらですから。こちらこそよろしくお願いします」
「だったら、こいつもお相子ってことだな」
「はい。お相子です」
首尾良くウーハン傭兵組合の協力を取り付けることができた。
小さな嘘を紛れ込ませているのは秘密の話。
ミノウからの書状が水に浸かってしまったのは本当に不可抗力だった。慌てて乾かした後に、「こうなってしまったら仕方ない。いっそこことここも消してしまおう」的な企みがあったのも否定できないが。
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「組合長には話を通しておく」
そう言ってケイインが去ると、「さて」と気分を変えるように、声の調子を変えてフェイフォン。気の重い話はここまでだ、と言外に言っている。
「ヒノベ達が戻るまでウーハンに留まるのだろ? 宿は決まっているのか?」
「まっすぐこっちに来ちまったからまだだ。取り敢えず組合の宿泊施設を使わせて貰いたい」
「……空きが無いわけじゃないが、組合側としては、二人には普通に宿を借りて欲しい」
「どういう事だ?」
「仙術使いを二人も遊ばせておくのは勿体無い、って事だ」
「宿代を稼ぐために仕事を受けろ、か?」
「そんなところだ」
どうする? とウラヤが視線で問い掛けてくる。
「何ヶ月も居座るのはさすがにどうかと思います。自分達で十分に稼げるのにそれをしたら、本当に宿泊施設を必要としている人が迷惑を蒙ってしまいますし。フェイフォンの言うとおり、仕事をしながら宿暮らしで良いと思います」
それに、と内心で付け加える。
私が傭兵になってからこっち、ろくに仕事をしていない。遭遇した野盗を退治したとか街道に出没する猪を退治して焼いて食べたとか、治安維持に関わった例もあることはある。事後報告で幾ばくかの報酬を受け取ってもいるから一応「仕事をした」と主張できなくもないが……結局は全て偶然だ。正式に依頼を受けての仕事のなると、街から街への配達くらいしかやってない。
ここらで傭兵らしい仕事もしておくべきではないか。
「オウカがそう言うなら俺に否やは無い」
「でも、長期間街を離れるようなのは避けたいですね。近場で済むような仕事が良いです」
ヒノベ達の期間は半年後位になりそうとは言われている。
しかしどこに行くかはその時その場にならないと判らない、とも。
ならば明日や明後日にひょっこり帰ってくる可能性だって無きにしも非ず。
仕事で長く街を離れている間に入れ替わりでヒノベ達が帰って来て、またどこかに行ってしまうような事態は避けたい。仕事を受けるにしても短期のものに限りたいところだ。
そうした事情はフェイフォンも承知していて、「丁度良さげなのがあったら見繕っておいてやる」と請け合ってくれた。
「ならばあとは宿だな。フェイフォン、そちらが言い出した事だ。ウーハンに不案内な俺達にお勧めの宿、一つや二つはあるのだろうな?」
「ああ、そいつは任せておけ」
そうしてフェイフォン紹介の宿に行くことになったのだが。
「今日はもう抜ける。親父にも言っておいてくれ」とフェイフォンも一緒に組合を出てしまった。
「良いのか?」
仕事中じゃないのかとウラヤが問えば、「俺達は用心棒みたいなもんだ。多少は自由が効くんだよ」とフェイフォン。意外とフリーダムな勤務体制のようだ。




