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エセ仙術使い  作者: 墨人
第四章 城塞都市ウーハン
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 今となってはもう六年前となるあの事件。

 半ば他人事のように認識していても私自身の事なのは間違いない。自分の口から話すのはさすがにキツイので、こうした場面ではウラヤに一任している。


 話としてはありふれている。

 とある村娘が山中にて複数の男に襲われたという、ただそれだけ。

 当事者であるか否かを問わずに「そんな話を聞いたことがある」という程度の人であれば、そこらを探せば簡単に見つけられると思う。いくら傭兵が目を光らせていたって、こうした犯罪を根絶するなんて不可能なのだから。


 傭兵であり組合員でもあるフェイフォンたちはなおさらそうした話を聞く機会が多いのだろう。ウラヤの話にも多少の憤りを表しこそすれ、殊更に大きな反応は示していない。


「結局犯人は判らず終いだった。通りすがりの野盗の類なのだろうと長いこと考えられていたそうだが、しかし昨年、ヒノベ達こそが犯人なのではないかとの疑いが濃厚になった」

「そこが判らんのだ。強姦などはその場を押さえん限り犯人の特定なんぞできんだろう。犯人が顔見知りだったなら話は別だが、それならそれで何年も経ってからというのがおかしい」


 ケイインが呈した疑問にウラヤも「そう思うのが普通だな」と頷きを返す。

 科学的な捜査方法など欠片も存在しない世界だ。犯行のその場を目撃しなければ、後から犯人を探し出すなどほぼ不可能なのである。


「そこに至った経緯が、その滲んでしまった部分に書かれていたのだ。それを今から話す」


 ウラヤは懐から組合証を取り出し、ケイイン達が見やすいようにしてテーブルに置いた。


「昨年、俺は傭兵を引退した」


 言いながら、組合証の一部を指差すウラヤ。

 あの部分には組合証の発行日が記されている。即ち「いつ傭兵になったのか」だ。

 でもウラヤのそれは少し違う。最初の発行日には一本の横棒が重ねられ、下に書き加えられた新たな日付にもまた横棒。そうして三つ目の日付が、となっている。発行日と引退日、そして復帰日の順だ。


 ちなみに、傭兵が引退した際に組合証の返還義務は無い。

 これは治安維持に携わってきた傭兵への組合からの心尽くしと言うべきか。関所を越えたりといった特効は失われるものの、『元傭兵』としての身分証明としては効能を失わず、どこででもある程度の信用は得られるのである。

 この”ある程度”がどの程度なのかは人による。

 二十年以上を勤め上げたウラヤと、一年や二年で辞めてしまった人とでは、やっぱり扱いが異なるというもの。すぐに辞めてしまった人は組合証を出すことで逆に恥をかくかも知れない。


 ともあれ、組合証についてを熟知しているケイイン達ならばそうした表記が何を意味しているのかは判る。


「引退が必要なようには見えねえけどな」

「そうでもない。まだまだ若いと思っていても、四十を過ぎて衰えを感じてなあ」

「……やはり四十あたりでそうなるか」


 ウラヤの述懐にしみじみと同意を示すケイイン。年代的にはウラヤよりももっと上、同じ経験をしているのだろう。

 もっとも私にはウラヤが衰えているようには見えないし、これで衰えているなら全盛期はどんだけだったのかと空恐ろしくなったりもする。一方でフェイフォンは「年は取りたくねえな」などと言っていて、父であるケイインの衰えを実感している様子。

 この辺り、全盛期の導士が全力を出している場面を見たことの無い私には判らない感覚だ。


「ウラヤ、話を先に進めてください」


 ウラヤがケイインと共感してしまっているので先を促した。

 早いところ終わらせたい類の話なのだから。


「おっと、済まん。俺が引退後の落ち着き先として選んだのが偶然にも”その娘”のいるミヅキの村だった。その娘、村長の義理の娘になっていてな、移住後のあれこれで色々と世話になっていたのだが……ある時俺の腕にある傷を見たその娘が言ったのだ。『私を襲った男達にも同じ傷があった。どういうことなのか』とな」

「っ!? それで焼印か!」


 書状の滲んでしまった部分で唯一判読できた単語をフェイフォンが口にした。


「辺境の村々では傭兵の腕の傷は知られていないのだな。その娘、犯人を特定する一番の特徴を目にしながら、そうと知らないが故に誰にも言わずにいたのだ。俺の傷を見なければ今もって口を閉ざしたままだったに違いない」

「傭兵が焼印を晒す場面なんて限られているからな。その娘が知らなくとも無理は無い」


 実際、傭兵の割焼印については私だけでなく義父達も知らなかった。私自身が傭兵になって判ったのは、村人が知らなくても当たり前ということ。そもそも組合証に対する本人確認のためにあるのが割焼印なのだから、出す必要があるのは傭兵組合や関所での手続き時くらいとなる。巡回中の傭兵が村を訪れたとしても組合証の提示に割焼印の確認まではしていない。と言うか、割焼印の存在自体を知らないのだから確認を求める発想のしようがないのだが。

 街の住人なら知っている人もいそうだ。湯屋なんかで行き会えば焼印を目にする事もある。


「娘を襲った男達に焼印があったのなら話は変わってくる。元傭兵がその娘を襲い、直後に現役の傭兵が通りかかるというのは偶然が過ぎる。それよりは……」

「襲った本人が何食わぬ顔で、か」

「しかし……何故わざわざ村まで送り届けた? その……そうなれば良かったと言うわけじゃないが、放っておいたほうが当人達にとっては後腐れのない結果になったんじゃないか?」


 後腐れのない、か。

 それはフェイフォンの言うとおりだ。

 あの時、私が意識を取り戻すまでに丸一日は要している。傷つき弱った体で山中に放置されていたら死んでいてもおかしなかった。そして被害者が何も言わないままに死んでしまったほうが犯人にとっては都合が良い。


「そこは俺にも判らんよ。そのまま見殺しにするのは良心が許さなかったのか……いや、若い娘を集団で襲うような奴らに良心なんてものがあるとも思えんし。単なる気まぐれかもな。そこはどうでも良いだろう。ともかく、だ。その傭兵、つまりヒノベ達が怪しいのは確かだ」

「ううむ……怪しいのは確かに怪しいが……怪しい以上のことは言えないのではないか? どうやって証を立てる?」

「先ほどの話に少し補足すると、その娘は山中で意識を失い、そのまま村まで届けられた。ヒノベ達は娘が意識を取り戻す前に村を去っていて、その後ほど無くミノウからも離れている。そのため傭兵として振舞うヒノベ達をその娘が目にすることはついに無かったわけだ」

「ふむ?」

「そこで、だ。こう……何人でも良い、傭兵を沢山集めて、その中に”傭兵のヒノベ”達を紛れ込ませてだな」

「ほう?」

「その娘が”自分を襲った犯人”としてヒノベ達を指し示したとしたらどうだ?」


 ウラヤが提示した手段にフェイフォンたちはぎょっとしていた。


「ま、待て! その襲われた娘、焼印だけでなく顔も見ているのか!?」

「そうだ。その娘は犯人の顔を見ている。全員だ」


 *********************************


 犯人の顔を見ている。

 これがウラヤと二人で示し合わせた『小さな嘘』だ。


 見ているのは事実だけれど、それは天音桜の夢を経由している。

 夢で見たなんてのは荒唐無稽すぎるし、顔を見たのなら生かしてはおかれなかっただろうとも言われてしまったので「傷だけ見た」と誤魔化していて、そのためお爺さんの書状にもそのように書かれていた。見ていないのに見たと言ったら大嘘になる。見たのは事実で書状に書かれていなかったのを書いてあったと言うだけだから小さな嘘。ということにしている。


 ウラヤと示し合わせている点から判るように、夢に関しては既にウラヤに打ち明けていた。

 いきなり話しても信じてもらえなかったと思う。

 この世界には存在していない気功や魔術といったスキルに触れ、更には夢の縁でファンランから贈られた仙術武器――虎皮の篭手によって私の夢がただの夢ではないと理解してもらう素地ができていたからこそ信じてもらえた。


 犯人を特定するための手段も夢から得た知識を元にして私が考えた。

 刑事ドラマなどで見た”面通し”。

 物的な証拠が無い場合に取れる唯一の手だ。


「顔を見られていて、それで生かしておいたのか!? 何故!?」


 フェイフォン達がぎょっとしたのは面通しという手段に対してではなく、そっちだった。

 顔を見られた犯人が被害者を生かしておく。それもわざわざ村まで送り届けて。

 普通に考えればおかしすぎる話だ。


「それも俺には判らん。本人達は顔を見られたと思っていないのだろう。それよりもどうだ? 先ほどの手では証にならんか?」

「そうだな……その娘が確かに”傭兵のヒノベ”達を知らんのだとすれば、それでいけるだろう。いけるよな、親父」

「大丈夫だろう。フェイフォンが言ったとおりの条件付きでだが。その条件を満たさなければ濡れ衣の着せ放題だ」

「そこは安心してくれ。ヒノベがミノウに滞在した期間は短い。巡回の記録は簡単に追えた。ミヅキの村を訪れたのはその時一回だけ。辺境の村人がほとんど村から出ないのはあんたらも知っているだろ? その娘が街に出たことが無いのは村長の証言も取れている」

「そうか……それならば」


 ケイインとフェイフォンは納得したように頷きを繰り返した。が、「だが」と続ける。


「その方法で証を立てるにはヒノベ達を倭州にいるその娘の前まで連れて行かなきゃならない。どうやって倭州まで引っ張っていくつもりだ?」

「無理矢理は無しにしておけ。今の状態でそんなことをすればお前達の方を咎めなければならない。証を立てるためには倭州に連れて行かなければならず、証を立てなければ捕らえて連れて行くこともできない。この矛盾をどうするつもりだ?」


 本人の同意もなく拉致して連れ去れば、それは犯罪。

 治安維持にあたる傭兵としては見過ごせない。

 ケイイン達が言っているのはそういう事。

 とても公平な見解である。

 ここで「そういう事なら拉致っていけ」なんて言い出すようなら逆に信用できなくなるところだ。


「ヒノベ達を倭州まで連れて行く必要は無い」


 二人の指摘にウラヤは余裕の態度で返す。


「何故なら、証はここで立てられるからだ。おい、オウカ」


 ここまでウラヤに任せっきりだったけれど。

 ウラヤからの振りを受け、コホンと小さく咳払いして注意を引く。


「どうも、私が”その娘”、です」


 ここからは私の出番だ。

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