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エセ仙術使い  作者: 墨人
第四章 城塞都市ウーハン
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ウーハン傭兵組合

 行く先々の街で“入り”と“発ち”を確認し、ヒノベ達が城塞都市ウーハンに向かったのは確定した。城塞都市は北壁にあり、北壁は央国の北の果て。そこまで続いた街道は地図の上でもぷっつりと途絶えていて、いわばどん詰まりだ。


 ようやく追い着く。


 思えば長い旅だった。

 ロンフェンを出てから季節は二つ過ぎ、私ももう十六歳になった。導士の脚力をもってしてもこれ程の期間を要するのである。大陸はスケールが大きい。

 それだけに、延々と東西に延びる城壁が見えてくれば感慨もひとしおである。


「街の手前に畑があるみたいですね」


 荒涼とした土地を北へと進んできた。北壁の一部と化しているウーハンへと街道は続いていて、その両側には緑の田畑が広がっている。家も点在しており、そこだけ切り取れば農村の風景に他ならなかった。城塞都市という名前から武力一辺倒な街を想像していただけに意外の念を禁じ得ない。


「壁の向こうは魔物の領域だというのに、よくもこんな場所で」

「北壁以南で魔物が湧く頻度ってのはどこでもそんなに変わらん。そう考えれば軍が駐留している城塞都市に近い方が安全だとも言えるぞ」


 なるほど、魔物の領域が近いという不安よりも、強大な戦力たる軍がいるという安心の方が大きいという事か。実際、田畑で農作業をしている人達に悲壮感は感じられない。それだけ北壁の防御力と駐留軍を信頼しているのだろう。

 そんな農家の人達に軽く会釈などしながら街道を進み、やがて城塞の大門に至る。

 鉄枠で補強された頑丈そうな大扉は開け放たれていて、門衛もいない。こんなに開放的で良いのかしらと思えば、


「城塞都市が備えているのは北からの魔物だ。ここを襲うような怖いもの知らずのならず者なんていない。いざという時には閉めるのだろうが、普段はこんなものだ」


 北の探索に参加した経験のあるウラヤが教えてくれた。ウラヤが知っている別の城塞都市でも似たようなものだったらしい。『いざという時』――北からの魔物が城塞都市に雪崩れ込んできた場合、南の門を閉ざして魔物を城塞内に封じ込めるそうだ。中に取り残された人たちの運命は……運と実力次第。まあ、軍兵と傭兵が多くを占めるのが城塞都市の住人であるから、そんなに酷い事にはならないと信じたい。


 門を潜ると思わず「これは凄いですね」と言ってしまうような光景が広がっていた。

 そもそも軍事目的で建設された城塞の敷地内に後から街が作られた。その結果として城塞本来の石造建築と後付けの木造建築が入り乱れており、しかも木造建築が軒並み高層だ。二階建てならこれまでにも多く見てきたけれど、ここでは三階建て四階建てが当たり前で、五階を越える建物さえちらほらと見受けられる。しかもメインストリートこそ幅広で整備されているものの、両脇に並ぶ建物は密集しており、建物と建物の隙間から覗き見る路地の奥は迂闊に踏み込めば迷う事間違いなしの混沌たる様相を呈していた。

 門外にも土地はあって、現に農村のように人が住んでいるのだから、いっそのこと計画的に立て直した方が良いんじゃないかと思う。火事になったらとてもヤバい事になりそうな街並みである。


 ――ここにヒノベがいる。


 練気。魔力混合。

 似非仙導力版『止水』発動。

 試しに気配を探ってみる。


 導士は導士の気配を察知でき、しかもかなりの距離を隔ててさえも有効である。導士特有と思われたこの能力も、本当の似非仙導力で『止水』を使えば私にも再現できた。通常の索敵範囲は相変わらず百メートル程度が限界だけど、対象を導士に限ればその限界を大きく超える。多分、このウーハン全域をカバーできるはずだ。


「……導士多いですね」


 導士反応多数。三桁に届きそうな勢いだ。

 これでは探査できてもヒノベの居場所を探す手掛かりにはならない。


「場所柄を考えれば当然だ。それよりもさっさと組合に顔を出すぞ」


 そうして適当に道を尋ねながらウーハン傭兵組合に至ったのだが。


「あまり治安は良くないみたいですね」


 そう言わざるを得ないウーハンの実情だった。

 とある路地奥から穏やかならぬ気配を感じて覗き込むこと三回。喧嘩が二件、むさ苦しい男二人に女性が詰め寄られているのが一件。喧嘩二件はどちらも既に仲裁が入っていたので素通りしてきたが、女性絡みの方は放っておくと良からぬ結果に繋がりそうだったので私達が間に割って入った。まだ“入り”も済ませていないけれど、街中の治安維持も傭兵の務めなのである。

 門から組合までの短い距離で三回のトラブル。はっきり言って治安が悪い。

 密集した建物、高い人口密度、活気に溢れていると言えば聞こえは良いが、どこか猥雑で私はあまり好きになれない雰囲気を漂わせている。


「それも場所柄だ」

「場所柄ですか?」

「そうだ」


 軍が駐留していて傭兵も多い。場所柄と言うなら逆に治安が良くなりそうなものだけど。

 ウラヤの言に内心で首を傾げながら傭兵組合の建物に踏み入り「そういうことか」とがっくりきてしまった。

 どこの組合でも共通の食事処。テーブルの一つにさっき女性に詰め寄っていた男二人の顔がある。

 ……あの二人、傭兵だったのか。

 そう思って見渡してみると、なんだか柄の悪そうな人が多いような。

 傭兵が率先して治安を乱しているような場所柄ということか?


 その二人組も私達に気付いて剣呑な視線を向けてきていた。

 これは一悶着ありそうだと警戒している私を後目に、ウラヤは何事も無いかのように帳場に向かい、いつものように“入り”の手続きを始めてしまう。


「オウカ、お前も早くしろ」

「は、はい。でも……」


 例の二人が仲間も引き連れて後ろにいるんですが。

 なんかニヤニヤしながら指をポキポキ鳴らしたり、明らかにイチャモン付けようとしてます。


「構うな」

「は、はい」


 ウラヤに急かされて、私も組合証を提出した。

 帳場の職員さん――事務方とは思えない迫力満点の男性だ――は、私達の組合証を改めると「ん?」と不思議そうに私を見た。視線は下の方、私の下腹部辺りに向いている。

 この反応……この人は導士だ。組合証には私が導士であると記されているのに導士の気配が感じられないからこうなる。こうしたリアクションはこれまでに何度も経験していた。


「私は仙腎の気配が薄いんです」


 一言添えれば大抵は納得してくれる。割焼印を確認すれば組合証が私自身の物であるのは疑う余地も無く、組合証の信頼性は個人の感覚に優先されるからだ。職員さんも納得したようで何度か頷き、


「ほう、二人とも導士、それも仙術使いか。仙術使いだけの二人組というのは珍しいな」


 殊更に大きくはないが、低くて良く通る声でそう言った。

 すると、背後にあった不穏な気配は潮が引くように遠ざかって行き、振り返ると男達は組合の建物を出ていくところだった。


「ああした手合いをまともに相手にするな。こっちが導士だと判れば無闇にちょっかいを掛けてきたりはせん」


 事もなげにウラヤが言えば、帳場の職員さんも「そのとおり」と頷く。どうやらこの効果を狙ってわざと私達が導士であると口にしたようだ。


「助かりました。ありがとうございます」

「俺は普通に手続きしているだけだ。礼を言われる筋合いじゃないさ」


 ニカッと笑う職員さんが男前だ。


「それにしても……あの人達も傭兵なんですよね?」

「そうだな」

「あの、こう言ったらアレですけど、随分柄の悪い人が多いような……」


 今も食事処にいる人たちは普通っぽいのに、さっきの人達は本当に傭兵なのかと疑ってしまう。いつだかミノウのお爺さんが言っていたように、傭兵の人は程度の差こそあれ柄が良いか悪いかで言えば悪い方に傾くものだが、ここではその“程度の差”が悪い方向に大きく振れ過ぎているように思う。街の治安を守るのも傭兵の仕事なのに、守る側よりも乱す側にいた方が似合いそうなのは流石にどうなのかと言いたい。


「だから、それが場所柄だと言うのだ。城塞都市の傭兵は他所の街で傭兵をやっている奴らとは違う。もちろん全部が全部そうとは言わないがな」

「他所とは違う? どう違うんですか?」


 私が問うと、ウラヤは苦笑を浮かべながら説明してくれた。

 曰く「傭兵は堅気の仕事に就けないか就きたくなかった奴」であり、「腕っ節一つで世の中を渡ろう」としていて、「しかし軍のような規則に縛られる組織には属したくない気儘な性格」の者が多い。それだけだと傭兵が駄目人間のように思えてしまうが、治安維持や魔物討伐、無辜の人々を守るのが傭兵の仕事だ。自分の命を危険に晒してそうした仕事をしている傭兵を駄目人間と呼べるだろうか。

 これは私にも実感として判る。

 私が深く交流したのはミノウの組合に属するジンノ達だけだが、彼らはけして駄目人間などではなかった。柄の良し悪しでいうならちょっぴり悪い方だけど、それとこれとは話が別だ。

 しかし城塞都市に集まる傭兵は少々毛色が違うとウラヤ。


「国を脅かす魔物を狩ろうって意気込みで来た奴は良い。そいつらは他所の傭兵と基本的に変わらん。ただな、前にも言ったと思うが、魔物の領域は上手くすれば一攫千金が狙える。一山当てよう。それだけを目的にして、その為に傭兵になった……それがさっきの馬鹿共みたいな奴らだ」

「……州境を越えてここに来るために傭兵になった?」

「うむ。中身は山師と変わらん」


 山師か。これは悪い意味での山師なんだろう。

 お金儲けだけを考えて、お金儲けの手段として傭兵になったゴロツキと変わらない人達。州境を越える為に傭兵になったという点では私も人の事は言えないけれど……。


「あんた、城塞都市の事情に詳しいようだな」

「以前他の城塞都市に行ったことがある。もう随分昔の話だが、国の主導で軍と傭兵が合同で行った探索行があってな」

「北伐か! てことは相当の手練れとみた」

「……当時の俺は仙術使いでもないただの若僧だったがな」


 あ、ウラヤがちょっと暗い目をしている。

 あの言い方、例の「仙術使いになれない導士は大したことは無い」と言うようになったきっかけの出来事がその探索行の最中にあったのだろう。魔物の領域で「仙術が使えていれば」という場面に出くわしたのか。何があったのか興味はあるけれど、ウラヤの雰囲気からして詮索は控えた方が良さそうだった。

 職員さんもウラヤの様子から察するものがあったのだろう。「そうか」と短く答えただけでそれ以上を続けず、「ここの事情はウラヤが説明してくれたとおりだ。まともに相手する必要が無いってのもな」と私に向けて言った。


「そういう訳だからあんた達みたいなまともな傭兵は大歓迎だ。しかも仙術使いとなればなおさらな。事に依ったら一緒に仕事をする機会があるかもしれない。その時にはよろしく頼む」

「仕事? 現役なんですか?」

「まだ引退するような歳じゃない。ここは不良傭兵が多いだろ? 舐められないように現役の傭兵を組合職員として雇ったりってのもあるんだよ」

「はあ、なるほど」


 組合証発行には仙技が必須だから引退した導士が組合職人にスライドするケースは多い。この人もそれだと思っていた。見た目の年齢はまだ三十前後くらいだから年齢理由の引退ではなく、怪我なんかで現役を続けるのがキツクなったとか。まさか現役のまま職員をやってるとは驚きだ。これも城塞都市という場所柄なのだろう。

本文中にある「二人とも仙術使い」は誤記ではありません。ウーハンまでの旅の間にオウカも仙術使いになっています。その辺りは以後の話の中で書いていきます。

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