虎皮の篭手
「残念ながらツケにはできません」
再びウラヤと対峙して、ファンランはきっぱりとそう言った。
断るだけでなく「これはあなた方を信用できないからではありません」と、ツケにできない理由を説明してくれた。
なんでも『仙術武器の売買は適正価格をもってすべし』との法が央国政府によって定められているそうだ。北に魔物の領域があり国内にも魔物が出没する状況で、仙術兵や仙術使いを数と質の両面で充実させたいとの意向から定められたらしい。
高過ぎれば買えない導士が続出して数を増やせない。
安過ぎれば「使いこなせないけれど取り敢えず買っておこう」などと考える人が必ず出てくる。誰だって手が届くならできるだけ良い物を入手したい。しかし仙術武器の数は限られている。不相応な仙術武器を手にする人がいる裏側で、逆の意味で不相応な武器しか入手できずに本来の実力を発揮でない導士がいれば、これは全体的に見て質の低下を招いてしまうのだ。
そこで『適正価格で』の法だ。
以前ウラヤが言っていた「身の丈に合った武器でなければ色々と勿体ない」状況を意図的に作り出し、自分に合った武器を選ぶようにと促しているのである。
とは言え適正価格の仙術武器は高価な品だ。結果として潤沢な資金を持つ貴族や武門、軍の仙術兵などが質の良い仙術武器を独占しており、これまたウラヤが言っていた通りの状況である。在野の導士にとっては些か厳しいのも事実。見習い職人の練習作を非正規品として安価に放出しているのも救済措置の一環として行っているそうだ。
「うーむ、やはりツケにはできんか……」
「国が禁じているなら仕方ないですよ。最初に決めていたように練習作を買いましょう」
「そうだな……済まん、ファンランがお前の知り合いならと欲が出た。いや、待て、しかしそうなるとお前の分を買う金が無くなる」
「私の事は気にしないでください。もう試して、ここにあるような仙術武器は使えないと判っていますから」
「そうなのか。そいつは残念だったな」
言いながら、ウラヤはとても微妙な顔をしていた。
ウラヤの所持金はそれほど多くない。現役時代に蓄えた分を加えても練習作を一点購入するのがやっとくらいのものだろう。もしも私にも仙術武器が必要だとなったら……ウラヤは多分私を優先する。そもそもそういう約束でロンフェンを訪れている以上、前言を翻すような真似はしない――できない性格だ。
そうなるとウラヤは自分の仙術武器を諦めなければならず、長年の鬱屈から解放された感情は行き場を失ってしまうだろう。だから私には仙術武器が必要ないと知り、それを残念だと思いつつも所持金を自分の武器に回せるのは嬉しい。嬉しいけれど、残念。相反する感情が渦を巻いているのだろう。
「気兼ねなく自分の武器を選んでください」
「そうさせてもらおう……ん? なんだ?」
諦めて練習作が置いてあるコーナーに向かおうとしたウラヤをファンランが呼び止めていた。
「失礼ですが、その腰の物を見せて頂けませんか?」
「? 構わんが?」
ウラヤは剣の鍔を手首のスナップだけで弾いた。鞘から勢いよく飛び出した所で剣身を掴み、ファンランに向けて柄を差し出す。さり気なくやっていたけどなんだか格好良い。
「……」
ファンランは無言でウラヤの剣を検分している。角度を変えて観察したり、素振りをしてみたり。何をしているのだろう……あ、もしかして私の鉈みたいに“枠”が?
「あの、ファンラン、どうですか? その剣も仙術武器にできそうですか?」
こそこそと尋ねてみたら、「え? “枠”?」と虚を突かれたような顔をされた。
「これに“枠”なんて無いわよ。それほど仙導力に馴染んでもいないわね。出来上がっていれば感覚的に判るものだから、そこは最初から気にしていないわ」
ウラヤの剣も私の鉈みたいに仙術武器化できるのかと思ったら違った。残念。
まあそんなに都合良く“枠”ができてたりはしないか。
製法を知らずに“枠”が出来上がるのも万に一つの偶然みたいだし、なによりウラヤがあの剣に仙導力を流す頻度はそれほど高くない。戦闘時くらいだし、荒事が生業の傭兵とは言え年柄年中戦っているわけでもない。日用品と武器の差異だ。
「でも、それなら何を見ているんですか?」
「この剣は……普通の剣とは少し違うわね?」
「両手でも使えるように特注で作ってもらったそうです」
「両手“でも”なのね? 両手用ではなく」
「普段はほとんど片手で使ってます」
「なるほど、そういう……それなら……」
ファンランは受付の女性を呼び寄せて何事か耳打ちした。
耳打ちされた方はぎょっとした顔で驚きを露わにしたけれど、すぐに何処かへ向けて走り去っていった。
「何事だ?」
訝しげに問うウラヤに「これはお返しします」とファンランが剣を差し出した。軽く放ってくるっと回ったところで剣身を掴み、柄の方をウラヤに向けている。
……あれ? ファンランも格好良い。私もああいう手技を練習するべきだろうか。
「あなたに相応しい仙術武器を取りに行かせました。私の――いえ、ファンラン作の一品です。あなたの力が及ぶ限りの仙術を使えるでしょう。きっと気に入って頂けると思います」
「なに? ファンランの作だと? いや、待ってくれ。金が無いと言っただろう。値引きもツケも無しではとても買えん」
「値引きもツケも必要ありません。そもそも代価を頂くつもりがありませんので」
「……そ、それはタダで、ということなのか!?」
「そうです」
ウラヤがあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
多分私も似たような顔になっていると思う。
ファンランの作品であるなら、私の鉈みたいな例外を除けば漏れなく最高の品質であるはずだ。それはもとより高額な仙術武器の中でも一際値が張るという事でもある。
それをタダで?
……って、タダだから値引きは不要っておかしいような気がする。
「それはマズくないですか? タダって、それだと全額値引きしてるじゃないですか」
「ロンフェンの在庫から出すならそうでしょうね。でも私個人の所有物を譲渡するなら問題ないわ。央国の法はそこまで禁じてはいないもの」
私の突っ込みを軽くいなしてファンランは続ける。
「さっきもね、オウカの検査結果に応じて一番良い仙術武器を出すつもりだったのよ。私が『適正価格』で買って、その後オウカにあげるって形で」
「ええ!?」
「検査の結果がアレだったから碌なお土産を持たせられなかったでしょう? せっかく来てくれたのにその鉈だけというのもね。まあ、オウカに行くはずだった物があちらに行くだけだと思ってくれれば」
私なんてファンランからすれば今日が初対面の相手なのに、そこまで考えてくれていたなんて。これもあれか。天音桜がミアとお友達だったからなのか。ミア、恐るべし……。
などと猫の目の人に思いを馳せていたら、ウラヤがじっとりとした目で私を見ていた。
――おまえ、なにかファンランの弱みでも握っているのか?
!?
――しかもその弱みを盾に強請などしていないだろうな?
気のせいかもしれないが、ウラヤの目がそんなふうに私を責めているように見えて、慌ててプルプルと首を横に振った。
――本当に疚しいことはしていないのだな?
もちろんしていません! という意思を込めてぶんぶんと首を縦振り。
そんな私をファンランが奇妙な物を見る目で見ている。
そんな目で見ないで欲しい。疑われたのはファンランの発言のせいなのだから。
仙術武器は高いのは繰り返し言っている通りだ。ファンランの作品ともなれば、その中でも一際値が張る。一生遊んで暮らせる、は大袈裟だとしても、仕事もせずに豪遊三昧の生活を数年続けるくらいはできてしまう金額だ。それを丸ごと被ってくれるなんて「どんな知り合いなんだ」と。第三者の立場でそんな話を聞いたら私だって強請や集りを疑ってしまうだろう。
――私は無実です!
普段は嫌になるくらい表情から内心を読まれている。これも伝わるだろうと念じていたらウラヤの目が緩んだ。判ってくれたらしい。
「オウカとファンランの縁は奇妙なだけでなく余程深いようだな。オウカのおこぼれに預かるのも何だが背に腹は代えられん。有り難く頂戴しようと思う。だがファンランの作など持ち出されても俺には使いこなせんぞ? そういう話であるなら先ほどの剣で十分なのだが……」
「しかし、聞けばあなたの剣は特注品だそうではありませんか。ここには同じ型の剣はありません」
ファンランの言う通り、先ほどのB+の剣は片手用の直剣。同じ直剣であっても両手兼用のウラヤの物とは長さやバランスが微妙に異なる。と言うか、直売所に置いてある剣型の仙術武器はどれも片手用だ。誰の手に渡るのか判らずに作るなら、最も広く使われているタイプにしておくのが無難だからだろう。特注品であるウラヤの剣と同じ型の物が無いのは残念ながら当り前でもある。
だからウラヤも「そうだが。無い物ねだりをしても仕方ない」とあの剣で妥協していたのだ。
でも、そんなウラヤの剣を検分した上で相応しい仙術武器を取りに行かせたという事は?
私と同じように考えたのか「もしかしてあるのか?」とウラヤが期待に顔を輝かせた。が、ファンランの返事は「いえ、その型の剣はありません」とにべもない。「ないのか……」とウラヤ落胆。
「……ならば、あの女人に何を取りに行かせた? 俺に相応しい仙術武器とはいったい何なのだ?」
「それは……ああ、丁度戻ってきました。説明するより見て頂いた方が早いですね」
乱れた息を整えながら、受付女性がファンランに手渡したのは、
「篭手?」
そんな感じの物だった。
黄色に黒の縞模様。あれは虎皮だろうか。指先から肘辺りまでを覆う長手袋の拳部と腕の外側は金属パーツで補強されている。更に五指の先には透明な石っぽい素材で爪が設えられていた。これが左右一対ある。
「……それが俺に相応しい仙術武器なのか?」
「防具に見えるでしょうが、れっきとした仙術武器です」
「格闘用の篭手ですね」
「“仲間”が来たら驚かせようと用意していた物よ」
「あ……」
あの篭手、武宝具だ。
ファンランが“仲間”と呼び、仙術を使うなら『あちらの世界』の仙人に間違いない。
こちらの世界では仙術武器と呼ばれている通り、剣や槍、斧といった武器の形をしているのが一般的だけれど、武宝具と呼ばれているあちら側では武器に限定されない。ファンランの武宝具も扇の形をしている。
「ロンフェンにファンランあり」と国中に知らしめて、『あちらの世界』の記憶を持つ者を探していたファンラン。やっぱり一番会いたかったのは仙人仲間なのだろう。そしてそんな仙人仲間が現れた時のために武宝具を用意していた……。
「そんな大事な物を貰ってしまって良いんですか?」
「作り直せるから大丈夫。それに、これならあの剣を使いながら仙術も発動できるでしょう?」
「それが仙術武器であるなら、確かに」
ウラヤは手甲を外し、受け取った篭手を装着した。
「おう、内側は普通の皮か。これなら剣を握っても滑らないな」
実際に剣を持って振りながら、ウラヤは満足そうに言った。
あれなら使い慣れた剣はそのまま使い続けられるし、空いている左手の篭手から仙術を発動できる。確かにウラヤに相応しい仙術武器と言えた。
ロンフェンに到着してからまだ二十四時間経過していないという事実に驚いています。




