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エセ仙術使い  作者: 墨人
第三章 ロンフェン
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似非仙術武器

「龍脈を招くわよ」


 ファンランが台座の紋様に触れながら言った。

 すると、他の漬け込み中の台座と同様に緑色の光が台座から噴き上がった。ガスバーナーの揺らめかない炎にも似た様相である。それだけの勢いで噴出しながらも無音であるのが、色合いとも相まって非現実的な印象を強くしている。


「これに触れれば良いんですね?」


 体内で生成した似非仙導力を右手に集め、そろそろと仙力の光に伸ばすと、「まだ駄目!」と焦った声で制止された。びっくりして手を引っ込めた私に「いきなりこれに触れるのは危険なのよ」とファンラン。


「危ないんですか?」

「危ないわよ。もし似非仙導力の質が合わなかったら……さっきの例え話の続きになるけれど、絶縁破壊が起こるかも」

「絶縁破壊……」


 知らない言葉である。が、“仙力に対して人体は絶縁”と言っていたし、そこに“破壊”という単語が合わさるとヤバそうな匂いがプンプンする。


「強い電気はゴムみたいな絶縁体の抵抗も貫通しちゃうの。落雷にあった人のレインコートがボロボロになっている写真とか『あっち』で見たことない?」

「……あります」

「仙術武器を試す時に失敗して怪我する人っているのよ。悪くすると死んじゃうし」

「死!?」


 仙術使いになれるかどうか、試すだけで命懸けだなんて。

 仙術使いの皆さんはそんな危険を乗り越えていたのか……。

 ちょっと怖くなってきた。


「大丈夫よ。最初は一番小さくしておいて徐々に強くしていくから」


 言いながらも何かしらの操作をしたのだろう。仙力の勢いがみるみる弱まり、台座を薄らと覆う程度になって落ち着き、ファンランが手を離してもその状態が維持されていた。

 他の漬け込み作業中の台座に比べて随分と控え目だ。


 既に仙力を噴き上げている台座が幾つもあるのに、敢えて未使用の台座を使うのは仙力の供給を最小にするためだったのか。そんな納得と共に、「まるでガスコンロみたいですね」と、そんな連想が働いていた。

 点火直後は最大火力で、中火や弱火に調節できるところが『あちらの世界』の調理器具に似ている。ファンランが手を離しても持続しているのだから、これは台座その物に備わった機能であるのだろう。

「ガスコンロねえ……言われてみれば似てるかも?」とファンラン。

 少しの呆れが声に混じっているような気がする。ガスコンロは俗物的過ぎたか。


「まあガスコンロ以上に便利な代物なのは確かね。止めない限りは龍脈を招き続けてくれる点が特に。『あっち』では三日三晩を不眠不休でやっていたのに、こっちではああして放置しておけるんだから」

「え? ファンランが持ち込んだ訳じゃないんですか?」

「そうよ。この『仙導紋』は私が生まれる前からこの世界に存在していたわ。仙導紋があったからこそ、この世界の仙術武器作りが発展したのでしょうね」


 ファンラン曰く、仙力を馴染ませる工程には長い時間を要する。『あちらの世界』では龍脈洞に丸々三日間(場合によってはそれ以上)籠り、龍脈の気を武器に流し込み続けていたそうだ。随分ハードな製法である。気功スキルに付随する疲労軽減効果と、もとよりタフで強靭なエルダーの体があるにしても相当な消耗を強いられる筈で、導士とはいえ普通の人間である仙術武器職人に同じことが出来るのかとなると、これは相当に難しいと言わざるを得ない。

 ましてや自分で使う分だけを作れば良い仙人とは異なり、仙術武器職人は需要がある限り仙術武器を作り続ける事となる。三日貫徹なんて無茶を頻繁に繰り返していたら早晩体を壊してしまう。

 でも、この世界には仙導紋があった。

 垂れ流し状態の仙力に武器を“漬ける”形式のため、龍脈の気を制御して“流し込む”仙人の製法と比べると時間が掛かる――標準的な仙術武器でも二週間くらい――らしいが、セットした後は放置できるのが強みだ。複数を同時進行できる分で却って生産性は高くなる。

 何時、何処で、誰が、どうやって作り上げたのか、一切が不明だそうだ。

 直線と直角を組み合わせただけの紋様に何故そのような効果が宿るのかも謎。

 ファンランをして「必要に迫られて生み出された技術だろうけど、考えた人はよっぽどの天才か変人でしょうね」と言わしめるような代物であり、仙導紋があったればこそ仙術武器作りが発展したとの言もけして大袈裟ではないのだった。

 

 ともあれ私の適性検査である。

 絶縁破壊が怖いので左手に似非仙導力を移動させた。

 万一の事態を考えると、とても利き手は差し出せない。


「では、いきます」


 そーっと台座に触れた。


「どう?」

「どうということもありませんが……」


 いきなり手が弾け飛ぶようなことはなく、内心で安堵の吐息。怖がっていたのを悟られないように努めて平静を装った――のだが、ファンランには見抜かれていた。目が笑っている。


「なら、仙力を掌側から甲の側へ通すような感じで似非仙導力を動かしてみて」

「ええと……はい、こうですね」


 仙導力(似非だけど)の名の通りに仙力を甲側へと導くと、手で遮っていた仙力が素通りして甲側に現れていた。

 ……特に異常は感じられない。


「じゃあ少しずつ仙力を強めていくから、おかしな感じがしたらすぐに言ってね?」

「判りました」


 再びファンランが台座に手を置き、じわりじわりと仙力の光が強さを増していく。

 左手の感覚に集中。


「あ……」

「どうしたの!?」

「ムズムズしてきました」

「え!? もうなの!?」


 呆気にとられたようなファンランの声。


「あの、ムズムズするだけで、別に痛いとかじゃありませんが」

「痛みを感じたらもう手遅れ。これ以上は止めておいた方が良いわね」


 台座から仙力の光が消えた。

 消えてしまった。


「手を離しても良いわよ?」

「……はい」

「それでね、結果なのだけど」

「どう考えても良い結果じゃありませんね、これ」


 同情心溢れる目と、言い難そうにしているのを見れば嫌でも判る。

 先回りした私に、ファンランは「決して良い結果じゃないわね」と頷いた。


 私の適性は――低い。とても低い。一応仙力は通るものの、通せる量は微々たるもので、正規品として販売されている仙術武器だけでなく規格外品である見習い職人の練習作ですら使いこなせないだろうと言われてしまった。


「私に仙術は無理ですか……」


 仙術使いになれればラッキー程度の心積もりだった筈なのに、いざこうしてなれないことが確定するとやっぱり凹む。


「ごめんね。でもこういう事ははっきりさせておかないと」

「……そうですね。ありがとうございます」


 確かにこういうことははっきりさせておいた方が良いし、今回はっきりさせられたのは僥倖でもある。

 もしもロンフェンを訪れなかったとしたら。

 それでもいずれは仙術武器を試す機会が巡ってきた事だろう。加減できずに多くの仙力を招いてしまったら大怪我、死んでしまってもおかしくない。

 仙術使いになれなくとも、安全に自分の限界を見極めて、将来の危険を排除できたのだからとても有り難い。本物の似非仙導力だって大きな収穫だ。


「本当にありがとうございました」


 だからお礼の言葉には心からの感謝を込めた。

 しかしファンランは「どういたしまして、と言いたいところだけど、まだ終わりじゃないわよ」と返してきた。


「こんな結果でもね、ミアの友達を『はい残念でした』なんてそのまま帰すわけにはいかないわ。それ、ちょっと良く見せてくれない?」

「これですか?」


 ファンランが「それ」と言って指差したのは私の腰の後ろ、帯に差してある鉈だった。

 訳も分からないまま革鞘ごと手渡すと、


「うん、やっぱり」


 鞘から抜いた鉈を目の高さに持ち上げて、矯めつ眇めつしたファンランは満足そうにそう言った。


「なにが『やっぱり』なんでしょうか?」

「これ仙術武器の素体に使えるわ。あなたが望むならここで仕上げてあげる」

「ええ!?」


 いきなり突拍子もない話になっていた。

 あの鉈が仙術武器になる?


「いえいえ、ちょっと待ってください。どうして私の鉈が仙術武器になるんですか。私にとっては大事な鉈ですけど、どこにでもあるような普通の鉈ですよ?」


 あの鉈を義父から持たされたのは八歳の頃だったか。五年前の一件以前、『私』ではなく『オウカ』だった頃なので記憶が曖昧だ。なのであの鉈の由来などは判らないものの、格別に裕福とも言えない農村で、子供の仕事用にと与えられる程度の品なのは確かだ。長年愛用してきて愛着があり、家族からの餞別でもあるから私にとっては大切な鉈だ。でも高級品でもなければ業物でもない。


「この鉈、“枠”ができてるのよ。“枠”の作り方は憶えてる?」

「龍脈に同調した気を根気よく流し続ける、ですよね」


 いくらなんでもさっき聞いたばかりの話を忘れたりしない。


「正解。仙導力で代替すると少し効率が悪くなるわね。で、ね? もっともっと効率が悪く……それはもう『根気良く』なんて言うのも馬鹿らしくなるくらいだけれど……普通の気でも“枠”は作れちゃうのよ。あなたはこの鉈に気を流し続けてきたのでしょ?」


 そう言われれば、その通りだ。

 ミヅキの村で暮らしていた頃は山仕事に薪割りにと鉈を使う機会は多く、そして『私』になってからは気功の鍛錬を兼ねるために『気の刃』を使ってもいた。毎日毎日、五年間。

 仙術武器を一つ作るのに何か月もかかると言う。龍脈洞ここでの“漬け込み”が二週間程度で、それ以外は『根気良く仙導力を流し続ける』期間。私の五年間が、知らないうちにこれに相当していたらしい。


「龍脈に同調していない気で、しかも製法を知らない。これで“枠”になったのは偶然でしょうね。小さくて歪な“枠”だから普通なら仙術武器とは呼べないような、恐ろしく品質の低い物が出来上がるでしょうけれど、だからこそあなたの仙導力でも起動できると思う」

「品質低いですか。しかも恐ろしく」


 自然と笑みが浮かんできた。

 ファンランの率直な言いようが清々しくさえあり、「普通なら仙術武器とは呼べないような」という表現が私にぴったりだと思えたからだ。

 普通の仙術武器を使えないのは私の似非仙導力の質のせいだからどうにもしようがなく、そんな私でも使えるのは普通なら仙術武器とは呼べないような仙術武器。実質的には仙術武器でありながら、実際的には仙術武器ではない。似非仙導力を使う似非導士にお似合いな似非仙術武器といったところだ。


「お願いします。是非私の鉈を仙術武器にして下さい」

「なんだか自虐的な事を考えていない?」

「ちょっとだけ考えてました」

「そうなの……」


 そしてファンランはやってくれた。

 仙導紋は使わずに、仙人としてのやり方で。


 外からは窺い知れないが、地面を踏みしめる両足からファンランの体に仙力が流れ込んだのだろう。手にした鉈が緑色の仙力に包まれて……「できたわよ」と彼女が言ったのは三分後くらいだった。


 仙導紋で普通の仙術武器を漬けるのに二週間。

 ファンランが龍脈の気を流し込むなら丸三日。

 私の鉈は三分で仕上がった……。

 “枠”が小さいとはこういう事かと納得しつつ、しかし思わずにはいられない。


 ――インスタントラーメン並みのお手軽さか。

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