本物の似非
「へえ、オウカは仙術武器を試しに来たのか」
似非導士の話から、私がこの山を訪れたそもそもの目的へと繋がった。
仙技を使える導士が仙術武器を持ち、それを使いこなせれば仙術使いになると言われている。つまり仙術武器を使いこなせない導士もいる訳で、まずは自分がどちらなのかを見極める必要があった。仙術使いや武器屋から借りて試すのが一般的であり、私もこの後下にある直売所で仙術武器を借りるつもりだった……のだが。
「何を水臭い。そういう事なら私が判定してあげるわよ」
「良いんですか?」
「大した手間じゃないから。ちょっと手を出して」
言われたとおりに差し出した右手を、ファンランは両手で包むようにして持つ。『職人の手』という言葉から連想されるようなゴツゴツした手ではなく、細くて小さくて柔らかい手だった。ついでに言うと格闘術使いの手からもかけ離れている。
「仙導力を使ってみて」
「判りました。こうですね?」
調息を行いつつ無声詠唱で『筋力増強』を発動させて似非仙導力状態へと移行。
しかしファンランは「どうしたの? 早く仙導力を使ってよ」と重ねて促してくる。
「あの、もう仙導力になってますよね?」
「いいえ、なってないわ」
「仙導力と言うか、似非仙導力ですけど?」
「……ややこしいからもう呼び方を決めるわよ。仙腎を持つ導士が使うのは仙導力、仙腎の無い私達が使うのを似非仙導力と呼ぶわね」
「判りました」
「それでね、あなたのそれは似非仙導力にもなっていないのよ」
「はい?」
おや? これはどうしたことだろう。
戸惑う私に、ファンランも戸惑ったように小首を傾げている。
「……もしかして、私とあなたで似非仙導力の認識が違っているのかも知れない」
「気と魔力を合わせて似非仙導力。そういう認識ですが」
「それは私も同じね」
「ですよね? 今も練気しながら魔術を使って似非仙導力になってますよね?」
「あ、それ違う。そこが違う」
きっぱりと、しかも二回重ねて否定されてしまった。
「あなたは気と魔力を別々に使っているでしょ? それじゃあ似非仙導力にならないわ」
「別々じゃないです。一緒に使ってますよ?」
気功と魔術の同時使用で仙導力そっくりに、つまりは似非仙導力になるのはウラヤやミノウのお爺さんだけでなく、立ち寄る街々で出会う導士の人達の反応からも確かである。『気+魔力=仙導力』の公式は間違いないと思うのだが。
「うーん……合わせてとか一緒にとか、言葉にすると同じような意味になるからこれまたややこしくなるのか……気配が同じになるのも誤解を生んでいるのね……」
一方、ファンランはトントンと指先でテーブルの表面を叩きつつ思案している様子。
やがてトンッと強く一叩きして、「例え話をしましょうか。ちょっと想像してみて」と話し始めた。
「想像するのは三枚のガラスと、赤と青の染料よ」
「ガラスと染料ですね。はい、想像しました」
脳内に透明なガラス板三枚と瓶に入った染料をくっきりはっきりと思い浮かる。天音桜の人格を持つ私である。想像力や妄想力には自信があった。
「そうしたら、ガラス二枚にそれぞれ色を付けて」
「判りました。塗ります」
ペタペタと染料を塗りつけ、赤と青の色ガラスが完成した。
本当の色ガラスはこんな簡単にはできないのだろうけれど、例え話なのだから構うまい。
「次は染料を混ぜ合わせてね。何色になるか判る?」
「赤と青なら……紫ですね」
「正解。じゃあ、それを三枚目のガラスに塗って」
「はい、塗りました」
「ここで確認するけれど、今あるのは赤青紫、三色のガラスと染料よね?」
「そ……そうですね」
染料全部混ぜちゃってるから紫しかないよ。
後で使うなら先に言ってくれれば良いのに。
まあ想像の話だから修正も簡単だ。
改めて染料三色を想像し直す。
「ここからが本題。赤い染料は気、青は魔力、紫が仙導力、色のついたガラスはそれぞれから感じる気配を表しているとして……」
「はい」
「赤と青のガラスを重ねると紫に見えるわね?」
「見えますね」
「それが今のあなたの状態。紫に見えていても、そこにあるのは赤と青。紫じゃない」
「なるほど!」
ファンランの例え話はとても判り易かった。
気功と魔術の同時使用によって仙導力そっくりの気配になる事を上手く説明していて、私の中でも「そういうことだったのか!」と収まり良くオチが付いた。
しかし、オチが付いたと喜んでばかりもいられない。
この例え話をそのまま仙導力に当て嵌めるなら『気+魔力』がこれまでとは全く違う意味になってくる。
「仙導力は……気と魔力を混ぜて作る?」
「ええ。導士の仙腎が生み出す仙導力は気と魔力、双方の性質を併せ持っているわ。それを似非仙導力として再現するなら、こちらも気と魔力を混ぜ合わせなければならないの」
赤と青の染料を混ぜ合わせたように、気と魔力を混ぜ合わせる。
そうして初めて本物の似非仙導力になる。
……本物の似非というのは妙な表現だが、そういうことなのだ。
私の理解が及んだところでにっこりと笑みを浮かべ、「では、今度こそ似非仙導力を」とファンランは言う。
いや、「では」とか言われても困ってしまう。
どうやって混ぜるのか、私はそれを知らない。
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混ぜ方が判らないと言うと、ファンランは困り顔になってしまった。
「気のコントロールはできるのよね?」
「もちろんです」
それこそが天音流剣術の根幹である。できない訳がない。
「魔力のコントロールは?」
「できません……と言うか、魔力ってコントロールできるものなんですか?」
「そこからなの!?」
「できるものなんですね。すみません」
「別に謝るような事じゃないけど……まああの人の剣術は気功が専門だから魔術関連に疎くなるのは仕方ないか」
「そうなんですよね……」
天音桜が両親から習った天音流剣術も、師と仰いだエルダーから教わった名も知らぬ剣術も、どちらも気功による身体強化に主眼が置かれていて魔術的な要素は皆無であった。
私が魔術を使えるのは天音桜が独自に学んだからである。
しかしながら天音桜が魔術を学んだのはあくまでも剣術に組み込むためだったので、十分と判断した後はそれ以上を学ぼうとしなかった。使い方は知っていても仕組みは判らない。そんな程度の浅い知識であり、ファンランの言う通り疎い。
「でも気功専門と言うなら『龍鳳』だって気功専門じゃないですか。なのにファンランは魔力のコントロールができるんですか?」
気功スキルの行き着く先、究極の存在がファンランのような仙人だ。
仙人は魔術を使わない。
私などは気功スキルだけでは足りなくて魔術を重ねたりするけれど、仙人は気功スキルだけでその遥か上を行く。魔術なんか使う必要が無いのである。
「それはこっちでね。仙術武器を作るには仙導力を理解しなくちゃならないでしょ? 理解する一番の近道は自分で使ってみることだから。必要に迫られれば大抵なんでもできるようになるものよ。オウカは魔術も使えるんだし、私よりも簡単にできるようになるんじゃないかな」
「そうだと良いんですが」
「私が手伝うから大丈夫よ」
頼もしく請け合ったファンランに手伝って貰った結果、大丈夫だった。
さすがに『龍鳳』の師範だっただけあって指導するのが上手だ。
魔力をコントロールするには、まず自身の体内にある魔力を明確に認識しなくてはならない。しかし気功に偏った私にはそれが難しかった。認識できるのは気ばかりで「魔力はいったいどこにあるの?」といった状態だ。
ファンランは私の頭頂に左手を、尾骶骨の辺りに右手を宛がい、
「これから私の気を『通し』てあなたの気の質を少しだけ変えるわね。気が無くなったように感じるでしょうけど心配しないで。質が変化して感じ難くなるだけで、あなたの気はちゃんとあるから」
信じられないような事を平然と言い、本当にやってのけてしまった。
無意識にも意識し続けていた自分の気が全く感じられないのは非常に心細いものだったが、その状態で魔術を使うことで魔力を認識できるようになった。魔力を体外に放出するタイプの魔術が適していると事と屋内である事を考え合わせ、『魔術付与:火属性』を使ってみたところ、鉈を持つ右手に向かって体内を流れるモノがあり、それが魔力だったのである。
認識さえできてしまえば後は比較的簡単だった。
魔術を発動させずとも魔力を任意に動かしたり集めたりできるようになり、元からできていた気のコントロールと合わせれば両者を混ぜ合わせるのもそれほど難しくは無かった。
「これが仙導力ですか」
初めて生み出した仙導力は微々たるものではあったけれど、気とも魔力とも異なる第三の力として確かな存在を主張していた。似非だけども。
「驚いた。私よりはと思っていたけれど、まさか一発でできるようになるなんて」
「ファンランの教え方が良かったからです」
「そういうことにしておきましょうか。ともあれそれが仙導力よ。繰り返していればいずれはもっと多くを生成できるようになる。根気の要る作業だから頑張ってね」
「はい! 頑張ります! ありがとうございます!」
これは頑張り甲斐がある。
似非導士と呼ばれ、最初は抵抗のあったその呼ばれ方も「似非だからこそ導士にできないこともできる」と思うようになっていた。
でもこれからはもう一歩先に進める。
相変わらず似非ではあるけれど、実質的に仙導力に極めて近い力を手に入れたのだ。「似非なのに導士と同じこともできる」と胸を張って言えるようになるかも知れない。
その第一歩として、似非導士の偉大なる先達であるファンランから似非仙導力の扱いについてレクチャーを受けることになり、それは空腹を意識してお昼ご飯時を大きく過ぎてしまったと気付くまでみっちりと続けられた。




