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エセ仙術使い  作者: 墨人
第三章 ロンフェン
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記憶のズレ

 ファンランの手には私が書いたあの手紙がある。


「あなたがこれを書いたなら『あっち』を知っているのは間違いないけど……私はあなたを知らない。あ、もしかして『あっち』とは見た目が変わっているとか?」

「いえ、年齢が多少違いますが、その分を差し引いてもおおむねこんな感じです」

「そうなの? うーん、でもやっぱり憶えがないなあ。あなたみたいな良い男、一度でも見たなら憶えていそうなものだけど……」

「すみません。これ男装です。本当は女です」


 女だとカミングアウトしたら、素で驚かれた。

 男だと思われるように装うのが男装なのだから、これについては文句を言うつもりは無いが「男装しているのに、『あっち』でもこんな感じ? 男装癖のある知り合いなんていなかった」との呟きは聞き流せない。


「ちょっと待ってください。『あちらの世界』では別に男装なんてしてません」


 天音桜がサラシを巻いていたのは、胸が揺れると剣術に邪魔なので抑える為。

 ポニーテールは普通に女子がする髪型だった。

 着ていたのは剣術道着で、これには男女の別など無い。

 天音桜に男装癖があった訳ではなく、髪の結び位置も含めて、こちらの世界の男装が奇しくも天音桜の見た目に酷似しているだけだ。


 髪型などについては「そう言えばそうか」と納得してくれたファンランだったが、どう記憶を掘り起こしても私――と言うか天音桜を思い出せないでいる。


「見た目はともかく、アマネサクラっていうのが『あっち』での名前なんでしょ? なんとなく……ええと、『ニホンジン』っぽいけれど……それにも聞き覚えが無いなあ」


 あの受付の女性、私が無しにした「アマネサクラ」も伝えていたらしい。

 それにしても日本人と言う言葉は中国でもそのまま使われていたのだろうか?

 久々に自分の口以外から日本語らしき言葉を聞けてちょっと嬉しくなってしまった。


「そうです。天音桜は日本人でした。ただファンランはその発音では聞いてないと思います。私もファンランの名前は『ホウラン』という日本語の読みでしか聞いていませんでしたし」

「どういう事? 直接会った訳ではないの?」

「直接と言えば直接、間接と言えば間接……なんと言えば良いんでしょうか、そこは特別な場所で、私が日本の言葉を話していてもファンランの耳には『中国』……は、伝わらないですか? えーと、『チャイナ』? あ、判りましたか、そうです、『チャイナ』の言葉や発音に変換されていた筈なので」


 話しながら、これはかなり面倒臭いことになりそうだと思い始めていた。

『あちらの世界』の話をしようとすると、どうしてもこちらの世界には存在しない言葉が必要になってくる。それでも元々同じ言語を話していた者同士なら、その言語を用いてスムーズに会話ができるだろうに、日本語と中国語ではそれもままならない。“仮想世界”やら“翻訳アプリ”を中国語でなんというのか、そんなのは知らないのである。

 結果として、伝えたい内容の何倍も言葉を費やし、しかも伝わるかどうかを考えながらだからつっかえつっかえの拙い喋り方になってしまう。五年前にも経験した語彙の不足から発生するコミュニケーション不全がここに来て再発した形だ。こんなところをウラヤに見られたらまた「こいつは時々言葉が不自由になる」などと言われてしまうだろう。


「そうだ、ファンランは『FSサーバー』って判りますか?」


 この手の言葉は発音が変わり難いだろうと見当をつけて言ってみた。

 するとファンランは「あそこか……なるほどね」と思い当る節があるようだった。


「あそこで会った日本人の名前、中国語で聞こえてたな」


 しかも翻訳アプリが発音まで変換してしまう実例も知っているらしい。

 こうなれば話が早くなる。


「FSサーバーのロンフェンで格闘術の指導をしてもらったんです。どうです? 思い出しませんか?」

「FSサーバーのロンフェンで? それ本当?」

「私、嘘は吐きません」

「だったら、私はやっぱりあなたを知らない。知りようがない。だってそれじゃあ私と……違うか、私“が”会える筈ないもの」

「は?」


 いや、話が早くなり過ぎた。

 私の理解が追い付かないままにファンラン一人が納得してしまって、額に手を当てて天を仰ぐ「なんてこったい」の嘆きのポーズになっていた。ああいうポーズ、こちらでは余り見ないので懐かしい感じがする……なんてのはどうでも良い。


「あの、ちょっとどうしてですか。本当に私嘘は吐いてませんよ? FSサーバーで……」

「ええ、多分、あなたは本当の事を言っている。FSサーバーを知っていて、そこにロンフェンがあるとも知っている。それなりに私達に近いところにいたのでしょうね」


 FSサーバーはエルダー同士のコミュニケーションのために開設されたサーバーだった。その存在は一般に公開されていなかったし、特別なアクセスキーを取得しなければ接続先候補にすら上がらない秘密のサーバーである。知っているという、ただそれだけで、エルダーに近しい立場にいたという証明になっていた。


「それなら何故」

「何故も何も、私が持っている『あっち』の記憶の最後でも、ロンフェンはまだ完成していなかったのだもの」

「完成していない? 何を言っているんですか。ちゃんとありましたよ。現に私はロンフェンを知っています。ここに来るまでの道だって、そりゃあ細かい違いは幾つもありましたけど、そんなの問題にならないくらいに記憶通りでした。あれはファンランが『あちらの世界』のロンフェンに似せようとしてやったんですよね?」

「だから、あなたの言葉を疑っているわけじゃないの。言ったでしょう? 私の記憶の最後って。あなたの記憶は、その“先”なのよ」


 ……先?

 つまりは、未来?


「私の記憶の最後は『あっち』の暦で204X年の八月だった。あなたは憶えている? 私に会ったのはもっと後じゃない?」

「……その年の十月、です」


 夢の記憶は細大漏らさず思い出せるから、憶えているかと問われれば詳細に答えられる。天音桜が通う学校で行われた十月の学園祭。それが天音桜と芳蘭が初めて出会った時と場所だ。


 ああ、それにしても。

 真似をした訳でもなく、私もまた「なんてこったい」のポーズで天を仰いでいた。


 この事態を予想しておくべきだったのか。

 いや無理。

 こういう展開なら異世界で初めて出会う『同じ世界の出身者(同 郷 人)』として再会を喜び合う流れになるべきだ。少なくとも天音桜が読んだ創作物ではそうなっている。

 あちらの世界での生を終えてから異世界に転生したり、何らかの原因で同時期に起こった異世界転移であったりしたのなら、そうした再会シーンになったのだろう。でも私のケースは――そして間違いなくファンランも――、対象となる人物の人生の一部を夢として垣間見る形で記憶を引き継いでいる。その“一部”がどこからどこまでの期間なのかによって食い違いが発生してしまっていた。


 これは逆も有り得る。

 天音桜が大人になってからの知り合い(の記憶を持っている人)が現れても、私には真偽を確かめる術がない。もっと近く、例えばあの夏に予定されていたアルバイトで出会うだろう人達についても同じだ。一か月や二か月というのは世界を越える大椿事に比べれば些細な誤差ではある。しかし何事にもそうなる前と後の境目があり、その境目が誤差の期間内にあった場合、些細とは到底言えない大問題になるのだった。


「……」

「……」


 お互いに状況を理解しての無言の見つめ合い。

 気まずい。

 とても気まずい。


「ま……まあ、同じ世界の記憶を持つ者同士というのは判ったのだし、取り敢えずこっちにいらっしゃい。お茶の用意をしてあるから」


 気まずさをそのままに、建物の一つへと招き入れられた。


 *********************************


 山中の限られた平坦地に建てられた小さな家だ。仕切りの無い一間だけの造りになっていて、その中に生活の全てが詰め込まれている。一方の壁際に寝台があり、反対の壁は棚が作りつけられていて様々な小物が収められている。中央の小さなテーブルが食卓であり作業台でもあるようだ。簡素ではあるが、小さいとはいえ山の頂上付近であることを思えば十分快適に整えられた住居だった。入ってすぐの土間には大きな水瓶があり、清水でなみなみと満たされている。

 水瓶の隣には変わった形の竈があり、その上では鉄瓶が湯気を立ち上らせていた。

 その割に竈に火が入っていないようだけど……。


「どうぞ。熱いから気を付けて」


 ファンランが手ずからお茶を淹れてくれた。一口啜ると紅茶と烏龍茶の中間くらいの味わいがする。どっちつかずであるが、間違いなく美味しい。さすがは央国一の仙術武器職人、茶葉も良い物を使っているようだ。


「最初に、私とあなたの関係をはっきりさせたい。どういう距離感で接したら良いのか判らなくて」


 テーブルを挟んで向かい合い、自分で淹れたお茶の茶碗を手にしてファンランは言った。

 どうにも落ち着かないように見えていたのだが、実際に落ち着かないらしい。

 自分を知っている相手を自分は知らない。これは確かに座りが悪いだろう。ファンランが距離感と言ったように、どんな態度を取れば良いのか決めかねてしまう。


「私が格闘術の指導をしたということは、あなたはロンフェンの門下生だったの?」

「いえ、門下生ではありません。と言うかですね、そもそも私じゃありません」

「ん? 意味がわからないんだけど」

「ファンランに――あちらの世界のファンランに会ったのは私ではなく天音桜です。私はその記憶を夢の中に見ただけですから、そういう意味では初対面なんです」

「ん? んん? 増々わからなくなってきた。どういうことなの? あなたは『あっち』のあなたとは別人だと言いたいの? いえ、肉体的に別人なのは当たり前だから精神的と言うか魂的と言うか、そういう面の話で」

「……私は、別人だと考えています」


 五年前、あの夢から覚めた直後には自分を天音桜だと思い込んでいた。

 しかし天音桜の側からもオウカのあのシーンを夢に見ていた点から考えて、異世界転生ではなく、並行世界に存在する私と天音桜が双方で夢を見たのだと解釈するに至った。

 その経緯を説明するとファンランはショックを受けたような、それでいて腑に落ちたような、そんな顔になっていた。

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