遠回り
「ウラヤ、ミヅキまで行って来たのか!?」
目を剥くジンノ。
ウラヤとは朝方に組合の食堂で顔を合わせていて、夕方にもなっていない今時分に戻ってきている。その間に普通なら一日行程の場所へ往復してきたとなれば、これが普通の反応だろう。導士の身体能力を知っていて、先日は山越えに付き合わされた私には「またやったのか」くらいのものだけど。
「山を突っ切って一直線だからな。ウラヤが本気を出せばこんなもんだろ。とは言え、それにしても早くねえか?」
「オウカの現状やらヒノベが導士だったことやら話したら意外なくらいに話が早くなった。とはいえあくまでも一時的な離村、事が終われば戻るって形になっている。それに、条件も付けられた」
「条件ってななんでえ」
「俺が戻る時にはなんとしてでもオウカを一緒に連れて来いってな。ついでに言っておくとこいつは村長の独断ではない。さすがに全員は無理だったが、村の主だった奴らを集めて同意を得ている」
「そいつは……オウカ、おめえ村の連中に感謝しろよ」
「はい……」
ヤバい。涙腺が緩みそうだ。
元傭兵の導士が村民になれば村の生活は格段に安全になる。なのに義父達はウラヤの離村を認め、私を連れ戻すようにと条件を付けた。これはその期間高まるはずだった安全度を犠牲にしてまで私の帰村を望んでいるという事。しかも話はすんなりと纏まったらしい。いくらウラヤの足が速いにしても、今時分に帰ってきているのがその証拠だ。
「まあなんにせよミヅキがそうなら問題は無いな」
「ああ。気兼ねなくヒノベを追える。ってことで話を戻すがな、爺さん、ヒノベってのはどうなんだ?」
ちょっと上を向いて涙を堪えている間にウラヤが話を本筋に戻してくれた。
ヒノベの腕前の程を訊くだけなのに随分な遠回りだ。
お爺さんによるとヒノベは「どちらかと言うと仙技を重視する」タイプの導士である。仙導力の強さはウラヤと同じくらいだったらしいが、それは五年前の話。年齢的にもまだまだ伸びしろがあるだろう。現在ではウラヤを上回っていると予想できて、技術面は不明ながら仙導力によるステータスアップ効果だけでもけして侮れないレベルにあると思われる。
でも。
「オウカ、お前、なんだってそんな顔をしてるんだ?」
「だって、それならヒノベが勝手に死んでるなんて心配はしなくて済みそうじゃないですか」
「そういう考え方もあるのか……」
「はい。ヒノベを追うにあたって最悪なのは、死体に追い付くことですから」
生きているヒノベに会わなければ“お礼”のしようが無くなってしまうのだから、ヒノベが強いに越したことはない。強ければ“お礼”の難易度が上がるが、それは生きたヒノベに追い付いてから考えれば良い。
「オウカは面白え考え方をするな。だが楽観はできんぞ。ヒノベは北壁を目指していたからな。油断すればヒノベでもどうなるかわからん」
ジンノとの遣り取りにお爺さんが口を出してきた。
央国の北の果てにあるのが北壁であり、その向こうは魔物の領域だ。ウラヤに見せて貰った『魔物図絵』に記載されていた魔物のうち、上位の魔物も魔物の領域には生息しているらしい。
壁の北側は危険だ。
なんでそんなところに行こうとするのか。
「魔物の領域は上手くすれば一山当てられる。一攫千金を狙って行く奴は多いぞ」
結局お金か。
壁の南側で大人しくしていれば良いものを。
――魔物なんかに殺されていませんように。
不本意ながら、またもヒノベの無事を祈ることになってしまった。
「爺さん、ちょっと待ってくれ。ヒノベは北壁に向かうと言っていたのか?」
私が誰にともなく祈っていると、ウラヤが少し顔色を変えてお爺さんに尋ねていた。
「確かにそう聞いたが……それがどうしたってんだ?」
「先日の調べでは武州に向かったとなっていた」
「だからそれがどうし……いや、そうか、そういうことか」
「ああ。爺さん、ヒノベはもしかすると……」
なんだかウラヤとお爺さんが深刻そうに話している。
傍で聞いている私とジンノは「そういうこと」がどういうことなのか判らずに置いてきぼりだ。
「なあ、ここには四人いるんだ。二人だけで話してないで俺達にも判るようにしてくれないか」
焦れたようにジンノが催促すると、「ヒノベは仙術使いかも知れん」とウラヤはますます難しい顔になった。
え? 今の話でどうしてそうなるの?
内心で首を傾げる私を尻目に「武州……なるほどな……」とジンノも納得してしまった様子。再びの置いてきぼり。
「あのー、どういうことなんですか?」
「ん? そうか、オウカにはまだ判らないか。説明してやるからちょっと待ってろ」
ウラヤはいきなり席を立つと部屋から出ていき、かと思えばすぐに戻ってきた。手には「帳場で借りてきた」という筒状に巻いた大きな紙を持っている。テーブルに紙が広げられると、それは地図だった。ウラヤが持っていた皮製の地図よりも詳細に書き込まれている。
「まず、俺達がいるミノウはここだ」
大陸の東端に張り付くようにして倭州があり、ウラヤはその中の一点、地図上にあるミノウの街を指差した。次にその指を北方向に滑らせ、「これが北壁だな」と一際太く描かれた北壁を示すラインをなぞる。この位置関係は初めて地図を見た時にも確認している。
「で、武州はこっちだ」
ウラヤは州境を示す線をなぞって武州の位置を判り易く示してくれた。
武州は、倭州の西側にある。
「あれ? 遠回りになってます?」
「……どうして自信なさそうに言う。どう見たって遠回りだろうが」
「紙の上ではそうでも実際にはこっちの方が近い……いえ、早いかもしれないじゃないですか」
北にある北壁を目指すならそのまま北上するのが最短コースだ。
地図上で道筋を辿ると、北海道に相当する地域にあるチダイという街までは倭州内での移動を続け、そこから北側の斎州に移ることとなる。
でも地図上の最短距離がそのまま時間的にも最短になるとは限らない。
例えばミヅキの村からミノウの街までを線で結べば、その線上には例の山がある。導士でもない普通の人があの山を直線的に越えるのは困難だ。結局は麓をぐるりと迂回する街道を行った方が早い。『あちらの世界』にある「急がば回れ」という言葉そのままに、“近い”と“早い”は必ずしも一致しないのである。
それと同じように、北壁を目指すにも地形やらなにやらの要因によって、西にある武州を経由した方が時間的には早くなる可能性もある。
「そいつは地図を見る上での注意点として後々教えるつもりだったのだが……必要なかったようだな。うむ、確かに遠回りした方が早い場合もままある。だが素直に街道を辿るなら地図の通り北に向かった方が早く北壁に到達できる」
少し意外そうな顔をしながらもウラヤは私の指摘を否定していた。「道ってのは歩きやすい場所を選んでできるもんだ。地図に載る主要な街道なら尚更な」との補足付きで。
……言われてみればその通り。
人や物の行き来に使われる街道を険しい地形に無理やり通すような真似は誰もしないだろう。
「となるとやっぱり遠回りですね。でも、それでどうしてヒノベが仙術使いって話になるんですか」
「導士が道を逸れて武州に向かうとなれば、ここを目指したと考えるのが普通だからだ」
ウラヤが「ここ」と言いつつ指差した場所。
そこに記されている地名を見て、思わず「あ!?」と声を上げてしまった。
そんな私に「一度話しただけなのに良く憶えていたな」とウラヤ。
強く興味を惹かれて聞いた話だから忘れるわけがない。
その地の名は『ロンフェン』。
仙技使いが仙術使いになるためのキーアイテム、仙術武器の生産地である。
「北壁に行く前に武器を調達ってところか。さっきは『かもしれん』と言ったが……『取り敢えず行ってみよう』で行ける距離でもない。ヒノベが仙術使いってのはほぼ確実だな。どこかで試して仙術使いになれると確かめていたか」
「そういうことになりますね」
ようやく「そういうこと」がどういうことなのか判った。
ヒノベの仲間は導士ではない普通の傭兵であり、彼らの足を考えれば無駄な寄り道は避ける筈だ。しかしヒノベが仙術使いになれるなら遠回りしてでも武州経由のルートを選ぶ価値は十分にある。強力な魔物が跋扈する魔物の領域を目指すのだ。戦力アップはできるだけしておきたいだろう。
「仙術使いか……」
ウラヤは忌々しそうにそう言うけれど、忌々しさの中に羨望の色が見え隠れしている。
……ウラヤは仙術武器を持っても仙術が使えなかったんだっけ。
「ウラヤ、おめえ仙術使いになれなかったのをまだ引き摺ってるのか?」
「……悪いか?」
「悪いとは言わねえが、いい加減その『仙術使いになれない導士は大したことない』ってな思い込みは改めるべきだ」
「それが事実だろうが。仙術が使えていればって場面に出くわせば爺さんだって同じように考える筈だ」
ウラヤが憮然としている。
けれど、これって……ウラヤが言っていた「導士としては大したことない」って単に仙術使いになれなかったから?
だとしたら、これはお爺さんの言う通り、ウラヤの思い込みだ。
仙導力が使えれば導士、仙技を使える導士が仙技使い、そして仙技使いが仙術武器を使いこなせれば仙術使いになる。こういう言い方をするから仙術使いが最上位のように思えてしまう。できる事が増えていくのだからあながち間違いでもないけれど、仮に戦うとしたらそれだけで勝敗が決まるものではない。
私が聞いた限りで判断すれば仙技が近~中距離の魔術に相当し、仙術は長距離の砲撃魔術や多数の敵を纏めて倒すための範囲型魔術に相当する。それらを使えない導士は純粋な剣士タイプというところだ。
要は間合いの問題。
遠距離攻撃に偏った仙術使いを、身体強化と剣術に絞って鍛錬した導士が倒してしまうなんてこともあるだろう。
天音桜は常々言っていた。
「近接戦では剣士タイプの方が強い」
私もそう思う。
また街から出られませんでした。
次こそは。




