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エセ仙術使い  作者: 墨人
第三章 ロンフェン
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過去を告白

「ヒノベがどうした?」


 お爺さんに重ねて問われても、ウラヤは次の言葉を発せずにいる。

 それはそうだろう。ヒノベを追う理由を説明するには、五年前私に降りかかった災難を明かさなければならないが、まさか当人を前にして「こいつヒノベ達に輪姦されたみたいなんだ」などとは言えまい。そこまで直截な言葉を使わなくても同じだ。どんなに婉曲な表現を用いたところで、意味が通じてしまえば結果は変わらない。

 セカンドレイプ。

 そんな概念があるのかも怪しいところだが、被害者本人がいる場で該当する性犯罪を話題に上せるのを避けるのは気遣いの範疇だろう。ジンノが同席を渋ったのも、そんな場面に居合わせたくなかったからだ。

 そのジンノもある程度察しているだけで詳しくは知らないから言葉に詰まったウラヤをフォローするのは無理。


 ――これは自分で言うしかないか。


「実はですね、五年ほど前になりますが、私、村の近くの山の中で複数の男に乱暴されました。あ、一応断っておくと、ここで言う乱暴っていうのは殴るとか蹴るとかの暴力的な意味ではなく、ご……」

「言うな! その先は言わんで良い!」


 努めて気楽な調子での告白はウラヤの叫びに遮られた。

 しかしその直前までの内容でお爺さんは話の方向を理解していた。

 ぎょろっと目を剥いてウラヤを睨むが……その睨み方は明らかに普段と温度が異なる。


「ウラヤ、おい、ウラヤ。おめえ、若い娘になんてこと言わせんだ。いや、なんでそんな話をする席に当人を連れてくる。おめえには気遣いってものがねえのか?」

「う……し、失念していた……」

「お爺さん、私は大丈夫です。あまりウラヤを責めないでください。どうも……今日のウラヤは調子がおかしいみたいです。普段はちゃんと私を気遣ってくれてますから」

「オウカ、済まん……」


 ウラヤがしどろもどろになってしまったので助け舟を出したら謝られてしまった。

 そこは謝罪ではなく感謝の言葉の方が良かったと思う。


「……あー、っと。つまり、その、なんだ。オウカに乱暴したのがヒノベ達で、だから二人はヒノベを追う、という訳だな?」


 ウラヤががっくりと項垂れてしまい、お爺さんはそんなウラヤを睨み付けたまま。

 はっきり言ってかなり雰囲気が悪く、なし崩しに巻き込まれたジンノには堪ったものではなかったのだろう。悪い雰囲気のまま停滞するのを避けるかのように敢えて話を先に進めようとしている。

 これは有り難い。

 結婚するまでは純潔であるのが望ましいとされている中で、未婚の私が既に純潔ではなく、しかも自らの意思ではなく性犯罪の被害として純潔を散らされたのだと告白する。その瞬間こそが山場である。『私』になった影響で五年前の一件を半ば他人事として捉えているにしても、この体は私の体に他ならず、純潔か否かを話題にすること自体、まともな羞恥心の持ち主なら忌避するところだ。

 だから、告白してしまった以上は早いところ次の話に移ってほしい。


「そうなんです。やられて、やられっぱなしっていうのはやっぱり嫌ですから。ヒノベ達を探し出して“お礼”をしてやろうかと」

「そ、そうか……」


 先に進むべく積極的にジンノの振りに乗ったら、逆に引かれた。

 項垂れていたウラヤは「オウカ、おまえ、“やる”とか言うのは……」とか困ったような顔をしていて、お爺さんもまた「なんだってしれっとそんな風に言える?」と奇妙な生き物でも見るような目で私を見ている。

 ……この辺り、ウラヤの割焼印を発見した日の義父を交えた場の再現だ。


「お爺さん、さっき大丈夫と言ったのは嘘でも強がりでもありません。当時の記憶がおかしな具合になっていまして、どうにも自分のことという感覚が薄いんです。こうして話していても『フラッ』……ええと、なんでしょうね? 急に思い出して泣きたくなるとか落ち込むとか、そういうのもありませんし」


 本当にこれは強がりでも何でもない。

 多分、当時の私は自分の心を守るために暴行の記憶を封じ込めてしまったのだと思う。その後の夢でも映像として第三者(天音桜)視点から見たせいで当事者意識が薄くなっている。当時の私が感じたであろう恐怖や絶望、屈辱感といったものを天音桜が感じていたような気配もあり、形としてはそうした負の感情を肩代わりしてもらったようなものだ。ライバルとの大事な試合直前にそんなのを肩代わりしてしまった天音桜への影響が心配ではあるが……とにかくも、おかげで今の『私』はフラッシュバックに悩まされる事もなく生活できている。


「……過酷な体験をした傭兵が救助された後にそれをきれいさっぱり忘れてたなんて話があったな。しかしまあ、泣かれて叫ばれるよりマシとは言え、面と向かうと奇妙な感じだな」


 そこでお爺さんはわざとらしく何度か咳払いを挟んだ。

 ジンノを見習って話を先に進めることにしたらしい。


「おめえらの言いたいことは判った。判ったが……なあおい、本当にヒノベなのか? 傭兵になってまで追おうってんだ、確証があるんだろう。しかしそれならそれで、どうして今まで訴え出なかったのかが解せん」


 お爺さんはヒノベに目を掛けていたという。

 そうでなくとも治安を守る立場にある傭兵が自ら犯罪を、しかも強姦などという一際恥ずべき犯罪に走っていたなどとは信じたくないのだろう。それでもこちらの話を嘘と決め付けず、ヒノベと断じている根拠を問うてくる。私情よりも組合幹部として公平に事実を確認しようとの姿勢だ。


「それがヒノベだと判ったのがつい最近だからです」


 ミヅキの村でウラヤの左腕の傷跡――割焼印を見た事。

 私を襲った男たちにも同じ傷があったのを思い出し、それを元にウラヤが調べた事。

 調査の結果としてヒノベ達が浮かび上がった事。


 ヒノベ達が犯人であるとの確証を得るに至った経緯を説明すると、お爺さんとジンノはあんぐりと口を開いていた。特に四人分の割焼印を完全に記憶していて、それを書き写した件に驚いている。


「俺も聞いた時にはまさかと思った。しかし書かせてみれば、見る限り出鱈目でもない。それでもなお半信半疑ではあったのだが……ここに来て調べてみれば四つが四つともヒノベ達の記録と一致した。そうなればもう疑う余地は無い」

「あの時のがそれか……」


 少しだけ調子が戻ったようなウラヤが言えば、調査時の様子を思い出したのだろうお爺さんが感慨深げに唸る。私が書いた下手くそな模写を見たのだろう。


「しかし……」


 でもお爺さんはまだ納得していない。


「さっきの話な、オウカは襲った連中を見てはいねえんだろう? 憶えているのは腕の傷だけだ。例えばヒノベ達がおめえを保護してミヅキに向かう、その道中で見たって事はねえのか?」


 ……実はここを突っ込まれると少し弱い。

 先日の義父を交えての席でもウラヤが言っていたように、私が犯人の顔を見ていたら犯人は私を殺したはずで、そうなっていないのは行為の最中に目隠しをされていたからだと説明していた。それは事実であるけれど、だったら何時割焼印を見たのか、となる。


 目隠しがずれた瞬間に偶然見たのか?

 それで四人分?

 偶然が重なり過ぎじゃないのか?


 夢で見ましたなんてのは荒唐無稽すぎて口にできず、どうやって見たのかは「記憶が曖昧で……」と明言を避けているものの、この話を聞けば誰でも抱くであろう疑問だった。


「いや、爺さん、それはないだろ。巡回中の山中だ。しかもオウカを保護した後なら一刻も早く近くの村へと急ぐだろう。そんなさなかに手甲を外して袖を捲る? しかも四人だ。なにがあればそうなるのか想像もできん。それよりは……」


 これはジンノだ。「それよりは」の後に続くのは「オウカを犯すために服を脱いだと考えた方が自然だ」だろうか。もちろんジンノはそこまで言わずに言葉を飲み込んだけれど。

 お爺さんはジンノに反論できず「むむ」と唸っている。

 なるほど。目隠しをされていたのにどうやって見たかを合理的に説明できなくても、搬送中に見ることの不自然さを語れば説得力が生まれるのか。さすがはジンノ。今後の参考にさせてもらおう。


 続けてジンノから見たヒノベがどうだったのかが語られた。

 最後に「だから俺はオウカの話を聞いてもそれほど驚かなかった。驚くよりも、やっぱり裏でやらかしてやがったかという憤りの方が強い」と締めくくる。

 すると、お爺さんは疲れたような溜め息を吐いていた。


「俺だってな、ヒノベが品行方正な聖人君子だなんて思っちゃいなかったさ。つうか傭兵なんてものは、おめえらも含めて多少なり柄が悪いもんだからな。そんな中じゃあ比較的マシって程度だったが……導士っつうのもあって贔屓目に見てたのは否定できねえ」


 苦々しげなお爺さんの述懐。

 どさくさまぎれに柄が悪いと言われてウラヤとジンノが不満そうな顔をしている。

 でも先輩傭兵でありこの辺りでは伝説的な導士でもあるお爺さんを、親しみが籠っているにしても「爺さん」呼ばわりしている時点であまり柄が良くないのは確かだ。


「ともあれオウカの事情は理解した。“礼”っつうのが何を指しているのかは聞かずにおこう。俺の立場じゃ『やっちまえ』とは言えねえし、心情的に『やめておけ』とも言えねえからな」


 苦く笑いながらお爺さんは言った。

 “お礼”=“復讐”なのだから治安維持組織の幹部たるお爺さんはそう言うしかないのだろう。


「で、ウラヤはオウカについて行くのか」

「ああ。ヒノベがただの傭兵ならオウカが遅れを取ることなどありえんだろうが導士となるとな……。俺としても傭兵が、ましてや導士が卑劣な行いしているなどというのは腹に据え兼ねるというのもあってな。オウカの“礼”を手助けでもできればと思っている」

「ウラヤ、ありがとうございます。でも……」


 確かに相手が導士となると“お礼”の難易度が高い。

 身近にいるウラヤの力量も計りきれていないし、ウラヤの「導士としては大したことない」という自己申告もどう捉えたらいいのか判然としないのが現状だ。万一のための助っ人として同行してくれるなら心強くもあるのだが。

 しかし手放しで喜んでもいられない。


「いや、気にするな。お前には色々と教えることもあるが、俺もお前から教わることがある。オウカの仙技は俺達とは違うからな。それを教えてもらおう」


 言い淀む私にウラヤは「これは俺の為でもあるんだ」と笑ってみせた。

 これはあれだろう。『止水』を教えると約束していた件。他にも『鬼の手』や、今朝方も『龍鳳』を興味深げに見ていたし。年齢を理由に一度は引退しても、もっと強くなりたいという欲求は健在らしい。

 ここでそれを言い出したのは、私の言いよどみを一方的に世話になることへの遠慮と取ったからだと思う。けれどそうじゃない。もちろんそれもあるけれど、今もっと気にしているのは、


「ウラヤの気持ちは判る。俺だって今の話を聞けばオウカを一人で行かせるのは心配だ。まあ導士相手に俺が行ってもどうにもならんだろうから、ウラヤが行ってくれるならそれが良いとも思う。しかしマズくないか? ミヅキの村では色々と世話になったんだろう?」


 ジンノが代弁してくれたように、ミヅキの村への不義理になるだろう点だ。

 お爺さんも「そういやそれは問題だな。前例を作っちまうと今後に障るぞ」と難しい顔をしている。移住に際して便宜を受けて置きながら勝手に出て行ってしまうようでは、他の傭兵が引退後の生活を考える際に引き受ける村が減ってしまうかもしれない。そういう心配だ。


「マズいことなど何もない。俺が今日どこに行ったと思っている。ミヅキの村長には話を通してきたさ」


 ジンノに指摘され、お爺さんにも難色を示されたウラヤだったが、しかしそう言って不敵に笑った。いくらか普段の調子を取り戻したような笑い方だった。

次で街から出られると思います。多分ですが。

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