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エセ仙術使い  作者: 墨人
第三章 ロンフェン
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ウラヤの申し出

 割焼印を押した左腕にはお爺さんから渡された膏薬を貼り付けた。油紙の上にドロッとした膏薬を塗り拡げた物で、見た目も臭いもちょっと引いてしまうような代物だったのだが、「組合特製だ。良く効くぞ」との言葉に偽りは無く、貼って暫くすると痛みが和らいでかなり楽になった。

 ついでに気功スキルの一つ『身体操術』を使って痛覚軽減を行う。


 ――これで、もう大丈夫。


 膏薬と痛覚軽減によって、意識しなければ無視していられる程度の痛みになった。

 ……まあやせ我慢の類なのは間違いないのだけど。


 最初からスキルを使っていれば焼印に伴う痛みのかなりの部分を感じずに済んだだろう。それをしなかったのはなんとなく「フェアじゃない」と思ったからだ。

 組合証の発行と割焼印。あの痛みを受け入れて耐えきるまでが傭兵になるための通過儀礼だとするなら、スキルなどを使って痛みをごまかすのはズルをするようなもの。そのまま受けるのがスジだろう。


 まあスジ以前に、やらなくて良かった点がもう一つある。


「泣かねえどころか悲鳴も上げねえとは大したもんだ。顔の割に肝が据わってやがるな」


 お爺さんはそう言って褒めてくれた。

 真相を言えば、あまりに痛すぎて悲鳴を上げる余裕すら無かったのだが。

 もしもスキルを使って痛覚を緩和していたら、悲鳴を上げる余裕が生まれてしまったかもしれない。それを思えば素のままでいたのがかえって功を奏したのだと言える。


 膏薬が剥がれないように布を巻き終えると、終わった安堵でぐったりとしてしまう。何もしていないのに随分と体力を消耗してしまった感じだ。


「組合証は大事にしろよ。再発行もできないじゃないが、おめえもこれをもう一回ってのは避けたいところだろう?」

「そりゃあそうです。失くさないように肌身離さず持っておくようにします」


 再発行には手数料もかかるらしいけれど、それは些細な問題に過ぎない。新しく組合証を作るなら、割焼印も押し直しになる。手数料よりも余程重いペナルティだ。うっかり失くしてしまいましたなどという下らない理由でもう一度体験するのは勘弁願いたい。


「そうしろ。とは言え規則だからな。再発行の件だけじゃねえ。おめえを傭兵として迎え入れるにあたって説明する事が山ほどある。後で聞いてませんでしたなんて言い訳はできねえからな。ちゃんと聞いて、しっかりと憶えろよ」


 お爺さんは「おい! 後は頼むぜ!」と若手の職員を呼びつけた。山ほどある説明を自分でするつもりは無いらしい。まあ幹部らしきお爺さんが新人傭兵の世話を一から十までやってはいられまい。仙技が必要な記入と割焼印を終えたら引っ込むのが当然なのだろう。


「では説明しましょう。まず組合証を再発行する場合ですが……」


 組合職員はそうして話し始めた。


 ……。

 ………。

 ……………よ、ようやく終わった。


 話は、本当に山ほどあった。

 職員から聞かされたのは組合証の再発行に関する注意事項に始まり、傭兵として仕事をするなら知っておくべき事柄や組合の規則的なあれこれ、昨夜も話題に上った報酬に関する規定など多岐に渡った。

 良くも全てを丸暗記しているものだと感心させられる。


「……疲れました」


 つくづく思う。

 私も天音桜と同じで、椅子に座って勉強するよりも体を動かしている方が性に合う。


「おい、大丈夫か?」

「それが憶えられたのかという意味なら……我ながら怪しいです」

「だろうな。俺だって全部覚えてる訳じゃない」


 ワハハと笑うジンノに「それでは困りますよ」と苦言を呈する組合職員。

 一度聞いただけで憶えられるような情報量ではなく、いっそのこと書面にして渡してくれれば良いのにと思う。傭兵一人一人に渡す分を手書きで写すのは大変だろうけど。

 あちらの世界にはありふれていたコピー機やプリンターのなんと偉大である事か。


 ――うん? コピーはできなくても印刷はできる?


 割焼印に使われた金属棒。あれには組合符牒の文字が一つずつ刻まれていて、並べて固定して一続きの文字列をいっぺんに押していた。金属棒の数を増やせば初期の印刷技術にそのまま繋がりそうだ。

 これって知識チート?

 うまくすれば大儲け?


 ……。

 いや、やめておこう。

 お金儲けよりも優先すべきことがある。

 金属棒の発想があるなら放っておいてもいずれ印刷技術は生まれるだろうし、それがこの世界の正常な発展なのだ。所詮『私』はこの世界にあっては異物に過ぎない。知識チートで発展を歪めるのは如何なものか……。

 そんなもっともらしい理由を捏ね繰り回し、知識チートはやらないと決めた。

 本音を言えば、印刷技術が実用化されるまでの長い時間に付き合うのが面倒臭すぎる、というのが大きな――いや、最大の理由なのだが。


「おい、昼飯食ったら材木屋に行くんだろう。その元気は残っているか?」


 通りがかったお爺さんがニヤニヤ笑いながら聞いてくる。

 さきほどのお爺さんの言葉は割焼印のダメージ疲れだけではなく、長い話の聞き疲れも含めてのものだったようだ。


 *********************************


 組合の食堂でお昼ご飯を頂き、精神的な疲労を押して材木屋に向かった。

 木刀作りの材料選びであるが、私も同行したジンノも木については詳しくない。素人があれこれ思い悩むよりも早くて確実だろうという事で、用途を説明したうえで材木屋が勧めてくる物の中から選ぶことにした。


「これが良さそうです」


 赤みを帯びた固い材木は見た目以上にずっしりと重く、繊維がみっちりと詰まっているのだと感じさせる。魔木にかなわないのは当然だとしても、材木屋が用意したものの中では群を抜いて頑丈そうだった。試した見たところ気の通り方も申し分なく、さくっと決定。

 木刀の長さに少し余裕を持たせて切り分けてもらった。


 約束通りここはジンノの奢りだ。

 材木屋と支払いについての遣り取りをしていたジンノが何かに気づいたように「お?」と声を上げた。ジンノが見ている先には材木屋にはあって当たり前の鋸や鉋、鑿などが並んでいる。


「オウカ、木を削る道具はあるのか?」

「……ないです」


 材料にばかり気を取られて道具の事を失念していた。漠然と「鉈があれば大丈夫」と思っていた節もある。知らないうちにウラヤ達の鉈信仰に感化されているのだろうか。しかし最初の粗く削る段階ならともかく、中盤から仕上げにかけては細かな作業に向いた道具が欲しい。


「なら次は金物屋だな」


 という事で案内された金物屋では掌に乗るくらいの小さな切り出し刀を購入した。ジンノは「材木だけじゃ魔木と釣り合わない。そいつも俺が奢ろう」と言ってくれたけれど、これは丁重に断っておいた。ジンノの好意に甘えてあれもこれもと奢られていたらキリがなくなる。奢られるのが当たり前だと思い始めたらダメ人間への第一歩を踏み出してしまう。


「遠慮はしなくていいぞ? 古参は新人の世話を焼く。世話を焼かれた新人は自分が古参になったら後から来た奴の世話を焼く。そうやって回っていくんだからな」


 ジンノはそう言ってくれたけれど、そう言われたからにはやはり奢ってもらう訳にはいかない。私が傭兵になったのは倭州を出るため、ただそれだけだ。ミノウの組合に長居をするつもりが無いのだからジンノが言ったような後に回す事ができず、私で途切れてしまう。

 奢ってもらうのは約束していた分だけにしよう。

 木刀絡みは約束に含めても構わないだろうと言うジンノを押し切って、切り出し刀の代金は自分のお財布から出した。


 *********************************


 材木と切り出し刀を入手したことで、武器に関しては一応の目途が立った事になる。作成は数日間に分けてゆっくりと行う予定だ。削り過ぎたら修正の効かない作業である。根を詰めればテンションがおかしくなって見極めを誤りかねない。失敗してやり直すことを考えれば、最初からのんびりと構えていた方が結果的に仕上がりは早くなるものだ。


「ついでに色々と買い込んでいくか?」

「そうですねぇ……いえ、今日はやめておきましょう。こんなものを抱えて買い物もないです」


 ゴウヅ行きに際して組合から借り出した道具類は返却してしまったので、傭兵活動に必要なあれこれを買い揃える必要があるのは確かである。しかし材木は意外と嵩張る。これを抱えてお店を巡るのはどうかと思えてくるくらいには邪魔だった。


「そうだな。どうせしばらくは動けんだろうからな。その間に集めれば良い」

「動けない? どうしてです?」

「どうしてって……お前、その腕で巡回なんて無理だろう? せめて膏薬が要らなくなるまでは街で大人しくしておくべきだぞ」


 ジンノ曰く、組合特製の膏薬はおおよそ一日で効果が切れてしまうため、組合証を発行した後は街に留まり、火傷が落ち着くまでは毎朝組合に出向いて膏薬を交換する必要があるそうだ。痛覚を軽減しているせいであまり気にならない火傷だが、負傷としてはまだまだ癒えていない。このまま不衛生になりがちな野営などをするのは確かによろしくなさそうだ。


 ジンノの言う通り当面はミノウの街で大人しくしておくべきか。

 大人しく、の意味がジンノの言う“巡回に出ない”とは少し違うけれど。

 ヒノベを追ってミノウを、そして倭州を出るにしても左腕が抱える問題は変わらない。小鬼討伐と魔木のお蔭で傭兵になるまでの期間はかなり短縮されたのだし、無駄に焦ることも無い。木刀の作成や旅に必要な荷物の準備に充てれば無為な日々にはならないだろう。


 そうして組合に戻ってみるとウラヤがいたのでびっくりした。


「何故驚く?」

「だって夜までには、って」


 出がけに「夜までには戻る」と言っていた。そう言ったなら、帰るのは夕方くらいになるのが普通だ。


「そういうことか。なに、話がすんなりと纏まってな。おれもこんなに早く戻れるとは思っていなかった」


 ウラヤにとっても想定外だったらしい。

 それなら仕方ない。


 ところでウラヤが出かけた要件は私にも関わりがある。

 何がどのように纏まったのか気になるところだ。

 何かと常識知らずな私をこのまま放り出したりはしないと頼もしい言葉も頂いているが、結局どうすることになったの。

 ウラヤは「それだがな」と前置き、


「俺は傭兵に復帰することにした」


 と、唐突とも言える言葉を口にした。


「え?」

「もういつ出発しても良いぞ。判らないことは道々に教えてやる」

「はい?」

「……判っててとぼけているのか?」

「ええと、ウラヤが一緒に来てくれるように聞こえますが?」

「やはり判っているではないか。傭兵に復帰すればお前と共に行けるからな。言ったろう? このままお前を放り出したりはしないと」


 そうだけど……。

 ウラヤが一緒に来てくれるなら心強いのは間違いない。

 でも、それはちょっとマズいんじゃないだろうか。

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